召喚魔法の正しいつかいかた

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1章 召喚魔法使い、世界に降り立つ

第25話 ライオネル邸

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 ラーニャは今、過去最大級に後悔している。
 昨日は少し大事な話し合いがあるからと出かけたセンに着いて行かず、三人で部屋に残ってセンが教えてくれている勉強の復習をしていた。モノを学ぶというのは非常に面白く、ラーニャ達は非常に積極的に取り組んでいたが、何よりもセンに色々と教えて貰えるという事自体が三人は嬉しかったのだ。
 先日の誘拐事件以降、三人だけで外に出ることは暫く禁止と言われているので、大人しく部屋の中でセンが出した宿題をやったり、センの教えてくれた遊びをしたりしながら三人で時間を潰していた所、少し機嫌の良さそうなセンが帰ってきた。
 ラーニャ達にはセンが機嫌のいい理由は分からなかったが、そんな様子のセンを見るのが楽しかった。
 恐らくそのせいだろう。センが明日は新しい取引先の所へ挨拶に行くから一緒に来てくれないかと聞かれた時、二つ返事で行くと答えてしまったのは。

「……おっきい」

「だな、予想以上だ。まぁ、中に住んでいる人もかなりデカかったからな」

 のんびりした様子で話すトリスとセンの会話も、今のラーニャには音として聞こえているだけで意味のある言葉としては聞こえていなかった。
 今セン達四人がいるのは何処から見ても豪邸といった佇まいの建物を奥に控えさせた門の前である。
 ライオネル商会会頭、ライオネルの邸宅だ。
 二階建ての建物は正面から見えるだけでも窓の数が十を下らず、更にガラスが嵌め込まれているようだ。

(ガラスか……そう言えばハーケル殿の店の棚にもガラス製の瓶や道具があったな。ガラスがあるのは助かる……そのうち色々と作って貰いたい所だ)

 窓ガラスを見ながら作りたいものを頭の中でピックアップしつつ、センは門の脇に控えている守衛らしき人物の所へと行く。

「すみません。本日午後から約束させていただいているセンと申します。ライオネル様にお取次ぎをお願いします」

「セン様、お待ちしておりました。案内させていただきますので、お連れ様もこちらへどうぞ」

「よろしくお願いします」

 センは守衛に礼を言った後ラーニャ達を呼ぶ。
 ラーニャは顔を青くしつつ右手と右足を同時に動かし非常に歩きそうにしながら、ニコルは少し緊張しながらもしっかりとセンの事を見据えて、トリスはいつも通りといった感じでセンの傍に近づいてくる。
 ラーニャの様子にセンは心配になったが声を掛けても大丈夫ですの一点張りだった為、一番気負いの無さそうなトリスに、ラーニャの事を気を付けて見ておいて欲しいと頼むだけにしておいた。

(後で我に返ったラーニャが、妹分のトリスに様子を見るよう頼まれたことにショックを受けなきゃいいが……)

 まぁ、バレなければいいかとセンは思いながら、ライオネル邸の庭に目を向ける。
 元の世界でもこういった邸宅には縁のなかったセンではあるが、丁寧に整えられた庭は心地良さと共にどこか可愛らしい印象を受けた。

(まぁ、流石にライオネル殿がガーデニングをしているわけでは無いだろうが……意外とギャップ狙いでやっている可能性もあるか?まぁ、ガーデニングより畑作業っての方が似合いそうだが)

 センの想像の中で、麦わら帽子をかぶりタンクトップを着ているライオネルが手ぬぐいで汗を拭いていた。

(草刈り機とか凄い似合いそうだな……っと、アホなことを考えている間に家に着いたか。いや、家というか屋敷だな)

 守衛に先導されたセンが扉に近づくと、内側から扉が開かれ、フォーマルな装いの人物がセンへと一礼する。
 初老といった感じの年齢のようだが、ハーケルの様な柔らかさよりも真面目さが前面に出ているような人物に見える。

「ようこそおいでくださいました。私、ライオネル家執事、ハウエンと申します。ここからは私が案内させていただきます」

「よろしくお願いします、ハウエン殿」

 案内されて入った玄関ロビーは瀟洒な雰囲気の調度品で飾られており、こちらの世界の流行りの分からないセンでも見事の物であるように感じられた。
 ちなみに屋内に入ったラーニャは右足と左足を同時に出そうとしたのか、何もない場所でつんのめるように転びそうになっていた所をトリスに助けられていた。もはや彼女の緊張度は限界を突き抜けてしまったようだ。
 出来ればラーニャの手を引いてあげたいセンであったが、流石にそう言う訳にもいかず、傍を歩いていたニコルにジェスチャーでラーニャの手を引いてあげる様に伝える。
 センの言いたいことを把握したニコルは、ラーニャの隣に移動するとその手を取って歩き出した。

(妹分に続き弟分にまで面倒を見るように頼んでしまったが……すまん、ラーニャ)

 若干気まずい物を覚えながらハウエンの後ろについて歩くセン。
 しかしそんな思いも長く続く事は無く、一つの扉の前に立ったハウエンが立ち止まり、ノックをしてから部屋の中に声を掛けたことで、センは意識を切り替えた。部屋の中からの返事はセンには聞こえなかったが、ハウエンが一礼した後扉を開き入室を促す。

「セン殿!ご足労ありがとうございます、お待ちしておりましたよ!」

 部屋の中に居た人物……ライオネルが椅子から立ち上がり笑顔でセンの事を迎える。
 横にも縦にも大きいライオネルが両手を広げながら近づいてくる姿は、既に見知っているセンであっても軽く威圧感を覚えたのだが、ライオネルを初見の子供たちにとっては、魔物が牙を剥きながら襲い掛かってくるに等しい威圧感を与えていた。
 特にここまで緊張しっぱなしだったラーニャは、引き攣ったような悲鳴を小さく出してしまったほどだ。
 そんな子供達の緊張を感じ取ったセンは相手の動きを止める意味を含め、自らライオネルの方へ歩み寄り手を差し出す。

「ライオネル殿、本日はお招きいただきありがとうございます」

 センが差し出した手をライオネルはその大きな手で握り朗らかに笑う。
 若干手が握りつぶされやしないかと心配をしたセンだったが、力強さはあったもののセンの手は無事解放された。そしてセンがにこやかに対応したのを見て、子供達も辛うじてライオネルに挨拶を出来る程度には落ち着いたようだった。
 一通り挨拶を終えた後、ライオネルに勧められて四人はソファに座る。

「こちらの子達は……昨日の契約の範囲内ですかな?」

 笑みを浮かべながらライオネルがセンに尋ねる。
 それはつまり、センにとってこの三人は家族なのかと問われているわけだが……。

「えぇ、そう考えてもらって結構です」

 センは笑顔を浮かべながらライオネルに頷く。

(まぁ、家族と言われると少し違うかもしれないが……この子達と引き換えに情報を要求された場合、俺は情報を漏らしてしまう気がする。人質に取られた程度なら、そうなる前に召喚魔法を使うが……遅効性の毒とかで脅される場合もあるだろうしな)

 ラーニャ達三人は首を傾げていたが、ライオネルはその問いに満足そうに頷くと口を開く。

「では、私はこの子達の事もしっかり守らないといけませんな。ラーニャさん、ニコル君、トリスさん。私には娘がいまして……ニコル君やトリスさんと同じくらいの年頃の子なのですが、後で紹介するので良ければ仲良くしてやってくれないかな?」

「は、はい。その時は是非!」

 代表してラーニャが応じ、ニコルとトリスは横で頷く。それを見たライオネルは嬉しそうに頷いた後センへと向き直り背筋を伸ばす。

「では、今日の本題に取り掛かりましょうか」

「えぇ、では早速私の能力についてお話をさせて頂きます……」

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