召喚魔法の正しいつかいかた

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1章 召喚魔法使い、世界に降り立つ

第18話 お人好しと薬屋

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 センがこの世界にやって来てから十日余りが経過し、その間センは、ハーケルやケリオス、宿の主人との親交を深めたり、ラーニャ達三人に勉強を教えたりしながら過ごしていた。
 勿論情報収集の手は緩めず、ケリオスから街や近隣の情報、ハーケルからは商人や流通、そしてポーションの調合等を教えて貰っている。
 またケリオスから知人の衛兵や傭兵の者達を紹介してもらい、人脈もしっかりと築きつつある。しかし、そろそろ次の手を打たなければならない時期になっているとセンは感じていた。

「ありがとうございます。セン殿。いつもながら個人の持ち込みとは思えない程、正確で品質のいい素材ですね。中級ポーションの材料がここまで潤沢に手に入ったことは、今までありませんでしたよ」

「ご満足いただけたなら幸いです。しかし、持ち込んでおいてなんですが、こう毎日のように素材を持ち込んで大丈夫でしょうか?いくら何でも捌くには多すぎるのではと思うのですが」

「えぇ、大丈夫ですよ。ポーションの需要は非常に高いので、納品先からはもっと欲しいと言われているくらいです。ですが、私一人で調合するのは限界がありますからね。それでもセン殿のお陰で、普段の三倍近く納品出来ていますし売り上げは非常に好調です。最近は従業員兼弟子でも取ろうかと考えていますよ」

 センが持ち込んでいる大量の素材はしっかりと捌けていると言って笑うハーケル。センも在庫過多になっているわけでは無いと聞いて安心したように笑い返した。

「ポーション作りは中々興味深いですし、学びたいという人は多そうですね」

「セン殿は中々筋が良かったですし、一つどうですか?」

「ははっ、非常に魅力的なご提案ですが、申し訳ありません。やらなければならないことがあるので、本格的に修行をすると言う訳にはいかないのです」

「それは残念です」

 全く残念そうな様子は見せずににこやかに言うハーケルは元々本気で誘っている訳では無く、センもそれは十分理解していた。

「ところでセン殿」

「なんでしょうか?」

 少し改まった様子を見せるハーケルに、センは心持居住まいを正す。ハーケルは恐らくこれから本題を話すのだろう。

「セン殿は、取引の規模を大きくしたいと思っているのではありませんか?」

「えぇ、その通りです」

「ですが、自分が商人ギルドに参加し、商会を立ち上げたり商会に雇われたりするつもりはない……合っているでしょうか?」

「はい、商会を経営していくほど商才はありませんし、雇われてしまうと時間の自由が利かなくなってしまいますから」

「時間……ですか?」

「えぇ、先程も言いましたが、やらなくてはならないことがありますので」

(やりたい事ではないのが辛い所だが……やらなければ世界が滅ぶと言われてはな)

 自分の台詞に若干苦笑しそうになりながらも、センはハーケルに言葉を返す。

「なるほど……因みに今よりも取引量を増やすことは可能と考えて大丈夫ですか?」

 現在センはハーケルから依頼された品と量を納品しているが、その素材を集めるのに三十分もかかっていない。

「えぇ、問題ありません。森が枯渇しなければ……今の五倍くらいは問題なく行けると思います」

「それは凄い、森の心配が先立ちますか。ですが、それだけ余力があるのであれば、どうでしょう?私が懇意にしている商会の方と会いませんか?勿論雇われるという事ではなく商談という形で」

「それは……こちらからお願いしたいくらいですが、よろしいのですか?」

 センはこの展開を望んではいたが、それにはまだ時間がかかると踏んでいた。取引先を紹介するというのはそんなに簡単な話ではない。紹介した人間が相手に不利益を与えれば信頼を失うだけでは済まないし、場合によっては何かしらの責任を取るような事態にまで発展する可能性がある。
 そもそも、商人として人を見る目がないというのは致命的とも言えるだろう。
 勿論センはハーケルの信頼を裏切る様な不義理をするつもりはない。紹介された以上誠意をもって相手と接するつもりだが、人同士の付き合い、そして何より商売は何があるか分からない。
 望んではいたものの時期尚早ではないかとセンは思っている。
 しかし、ハーケルはいつも通りの柔和な笑みを浮かべながらセンを見返す。

「えぇ、勿論です。セン殿の仕事は非常に信頼がおけるものですし、そのお人柄も……あの子達を見ていれば分かります」

(ラーニャ達がどうかしたのだろうか?)

 ハーケルの言った意味が分からなかったセンを見て、笑みを深めたハーケルが言葉を重ねる。

「あの子達は、孤児ですよね?しかも孤児院の子達ではない」

「えぇ、そうです」

「初めてこの店に来た時、あの子達は私……というより、セン殿以外の大人に怯えていました。ケリオスが来た時なんかは顔を青くしていましたね。そんな彼らが貴方の傍に居る時は安心した面持ちになる。それだけならば長い時間を共に過ごし、貴方にだけは心を開いているように思えますが、そうではない……私の見てきた数日間だけで、あの子達は本当にいい顔をするようになった。聞けば貴方との出会いはほんの数日前、貴方がこの店に来た前日だというじゃないですか。そんな人物の人柄を信じられない程、私は捻くれておりませんので」

 あまりにもストレートな賛辞にセンは顔を歪める。

「偶々縁が出来て、気まぐれで食事を与えただけですよ」

「おや?セン殿はそういうタイプでしたか」

 センの偽悪的な台詞を聞き、いつもの笑みとは違う心底可笑しいと言った笑顔を浮かべるハーケル。そして自分の言った台詞に対し、少し憮然とした表情になるセン。

「気まぐれで子供に食事を与える人間は偶にいますが、気まぐれで衣食住を世話した挙句、読み書き計算を教える人間はそうそういませんよ?因みに私は人生で一度しかそんな人物には会ったことがありません」

 センは額に手を当てため息をつきながら口を開いた。

「わかりました、ハーケル殿。むず痒いのでそのくらいにしてくれませんか?ハーケル殿が信用してくれているのは十分理解出来ましたので」

 センがそう言うと普段通りの柔和な笑みに……少し戻り切れていないようだが笑いながら口を開いた。

「では、そういうことですので……明後日の昼前に店に来てもらえますか?商談が終わったら食事を……」

 ハーケルの言葉を遮るように、勢いよく開かれた店のドアが大きな音を立てた。
 センはいつでも召喚魔法を発動させられるように準備しつつ、入り口に視線を向ける。
 そこに立っていたのはトリスで、センは体の力を抜きかけたのだがいつもとは違うトリスの様子に慌てて駆け寄った。

「に、兄様!」

 最近センの事を兄様と呼ぶようになったトリスは、顔を真っ青にしながらセンの事を見上げる。そして、その背中にはぐったりとしたニコルを背負っていた。

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