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1章 召喚魔法使い、世界に降り立つ
第15話 センの提案
しおりを挟む屋台の店主に宿まで案内してもらったセン達は宿の裏手に案内され、そこで汚れを落としていた。
正確には水浴びをする三人と、そこから離れた位置で空を見上げているセンだが。
(風呂に入りたいな……おっさんに聞いてみたが、お湯に浸かるなんて贅沢はそうそう出来ないって事だったし……冬場でお湯につけた布で体を擦る程度らしいしな……風呂を入れる手立てが欲しい所だ)
流石に子供たちの水浴びをじっと見るわけにはいかず、最初に説明した後は視線を外し声を聞いているだけだが……特に問題はないだろう。
問題だけでいうならこの場にいるだけで、元の世界の色々と厳しい所では捕まりかねないが……この世界ではそういう事もない。
(他の奴らも風呂とかで困っているのかね?魔法の才能や魔法開発の才能を得た奴らはどうにかして自分で沸かしてそうだが……俺の召喚魔法はまだ液体を呼び出したり出来ないからな……温泉を呼び出すのは無理だ)
センの召喚魔法は、コップや袋等に何かに入っている液体を入れ物ごと呼び出すことは出来るが、液体その物を呼び出すことは出来ない。もし液体その物を呼び出すことが出来れば、温泉地帯の情報を得れば温泉に入ることも可能であっただろうが。
そんな風に風呂や温泉に思いを馳せていると、水浴びを終わらせた三人が裸のままセンに近づいて来た。
「センさんお待たせしま……」
「いや、待て。なんで裸のままなんだ……?」
センは頭痛を堪える様に頭を抑えつつ項垂れながら言う。
ニコルやトリスはともかく、ラーニャはそろそろ微妙な年齢の筈だ。センからすればまだまだ子供ではあるが、流石に裸を見るのは色々と気まずい。
「それが……私達の着ていた服が無くなって……」
そう言って若干顔を赤らめているラーニャは、やはり恥ずかしいのだろう。他の二人は特に何も気にせず裸体を晒しているが。
「あぁ、そういうことか。向こうに代わりの服を置いてあるからそれを着て来なさい。君達の元来ていた服は水につけてあるから後で洗うと良い」
(思い入れでもない限り、あの服はもうボロ布としか使えないと思うが……)
センが置いてあった服を着るように促すと、三人は井戸の方へと戻っていく。
(さて、部屋に戻ったら色々と相談をしないとな)
センは三人の後ろ姿を見送りながら、そう言えば服をこっちに召喚して渡してやっても良かったかと思っていた。
「昨日は色々と質問させて貰っていたが、今日は少し三人に話がある。」
「はい」
「あぁ、そんなに緊張しなくていい。気を楽にしてくれ」
ラーニャの肩に力が入ったのを感じたセンが笑みを浮かべて言う。
しかし、その言葉に反応したのはラーニャではなくトリスだった。
トリスは、ベッドでごろごろと転がっていたのだが、センの言葉を聞いた後立ち上がりセンに近づいて来た。
「どうした?トリス」
そのままトリスは椅子に座るセンの膝に座ってからセンを見上げて口を開く。
「……ここで聞く」
「……まぁ、別にいいが」
若干面を喰らっていたセンだったが、膝に乗って来たトリスがセンの身体を背もたれにして寛いでいる様子を見て好きにさせることにした。
(親戚の子供とかいなかったからな……いたらこんな感じなのか?俺は子供に懐かれるようなタイプじゃないと思っていたが……)
トリスのつむじを見ながらそんなことを考えていたのだが、ラーニャが真顔でこちらを見ていたのに気付き話を始める。
「簡単に話をすると、俺の仕事を三人に手伝ってもらいたいんだ」
センの言葉にラーニャとニコルは首を傾げる。
「お仕事……ですか?」
「あぁ、そんなに難しい内容じゃない。君達にも簡単に出来る。今日行った薬屋があるだろ?あそこに荷物を運んでもらいたいんだ。それと買い物とかも頼みたい」
小間使いみたいなものかなとセンが言うと、ラーニャが困ったような表情になる。
「えっと……でも私達はお店には……」
ラーニャ達は店の中に入ることを許されていない。今まで何とか手に入れた食料は全て嫌な顔をされながらも屋台で買った物、若しくは廃棄された物が全てだった。
「それは大丈夫だ。今日君達は体を綺麗にして、服も着替えただろ?少なくともその恰好なら買い物に行ってもいきなり叩き出されたりはしないはずだ」
センがそう言っても不安そうにしているラーニャとニコル。長年浮浪児として過ごし、蛇蝎の如く嫌われた経験はそう簡単には拭えないだろうことはセンも理解している。
「まぁ、いきなり全部を三人に任せたりはしない。最初の内は俺も一緒に行くからな。慣れてきて、三人が自分達だけで大丈夫だと思えるようになったらやってくれたらいい。当面は荷物持ちをしてくれるか?実は俺重い物を持つのが苦手でね」
センの言葉に冗談を言っていると思ったのか不安げだった二人が笑みを浮かべる。セン本人としてはかなり本気で言っているのだが、それは通じていない。
「分かりました。荷物運びのお手伝いをするのは大丈夫だと思います。でも買い物とかは……」
そう言って先程とはまた別種の不安を見せるラーニャ。
「あぁ……なるほど。もしかしてお金の計算とか気にしているのか?」
「は、はい。昨日センさんがご飯を買っていた時に、お店の人よりも早くお金の計算をしていてすごいなぁって思ったんです。センさんのお買い物を代わりにするという事は、お金の計算をしなくちゃダメですよね?」
「そうだな。お金の計算は絶対に出来ないと駄目だな」
センの言葉に二人は暗い顔になる。
「まぁ、そこは俺が教えてやる。この先、計算が出来れば仕事も見つけやすいだろうしな」
センが軽い様子でそう言うと、正面に座っていた二人は瞳が零れんばかりに目を見開く。
「センさん!?」
「お、おう、どうした?」
ラーニャが目と口を真ん丸に開きながら身を乗り出してくる。
「お金の計算の仕方を教えてくれるのですか!?」
「あぁ、お金だけじゃなくて計算は色々な所で使えるからな。文字の読み書きと計算くらいは教えてやるよ」
「も……読み書きと計算……」
愕然とした表情となったラーニャにセンは少々引いていたが、知識はタダで手に入る物ではないということを再認識していた。
現代の日本では義務教育課程があるので、余程の事情がない限り読み書きや簡単な計算は大半の人が出来る。しかしそれが安土桃山時代となるとどうだろうか?
戦国の世では学習に回せるリソースは決して多くなく、手紙でやり取りをする必要のある武将であっても読み書きが出来ない者がいたとされている。
学習とは個人の範囲でやるもので、生活に余裕がなければ日々の生活に追われ、学習に意識が回らないのは当然である。
そして、他の人が出来ないことを出来るというのはそれだけで力になる。この世界において読み書きや計算はそれに当たるのだ。
(普段金を扱っていて数字には慣れているであろう店の人間であっても、計算は相当遅かったしな……)
複数の商品を使う場合、何か計算機のようなものを使っていたが、間違えないようにするためというよりも暗算が出来ていないという感じであった。
(あの薬屋の店主は普通に暗算で素早く計算していたが、あの人の方が特殊なんだろうな)
「まぁ、時間はかかるかも知れないが……ゆっくり勉強していこう。あ、やりたくなかったら無理にやる必要は無いぞ?」
「やります!やらせてください!」
「僕も、おねがいします!」
「……わたしもやる」
ラーニャやニコルだけではなく、センの膝の上に座っているトリスもそこはかとなくやる気を見せている。それだけセンの提案は魅力的なのだろう。
「センさんのお手伝いに、私達自身の仕事に勉強となったら寝る暇もなくなりそうですね」
寝る暇がないと言いながらも嬉しそうにしているラーニャに、センは首を傾げ問いかける。
「ラーニャ達自身の仕事と言うと……今日も三人でやってたやつか?」
「はい。毎日休まずやらないと食べ物が手に入らなくなりますから」
「すまない。説明が足りていなかったな。俺の仕事を手伝ってもらうってことは、当然その間は俺が三人の面倒を見るし、給金も出す」
「給金?」
ピンとこなかったらしいラーニャが首を傾げる。
「とりあえず銀貨一枚くらいか?」
「銀貨!?」
「一日で一枚な」
「一日!?」
ラーニャ達はゴミ拾いを一日かけて行い、銅貨数枚を得られればいい方だ。
それがいきなり百倍近い金額を提示されては、オウム返しをするだけでいっぱいいっぱいになっても仕方ないだろう。
「一人一枚な」
「……きゅぅ」
そんなラーニャの様子が面白く、少し調子に乗って小出しに情報を出していたセン。しかし、あまりの怒涛の展開に興奮しすぎたラーニャは目を回して気絶してしまった。
「あ……その、すまん」
ベッドに倒れ込んだラーニャをぽかんとした表情で見つめているニコルを見ながら、センはバツが悪そうに謝った。
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