召喚魔法の正しいつかいかた

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序章 とある暗闇

第2話 歩くもの

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「他の能力というと、どういった物でしょうか?」

 冊子から顔を上げて女性に問いかける薦。

「まずは言語の翻訳能力です。これがあれば普通に会話が可能になります。それと文字理解の能力。調べ物をすることも多いかと思いますので、殆どの文字を理解出来るようにしておきます。そして最後に魔力吸収能力です」

「最初の二つは何となく分かりますが、最後の魔力吸収能力と言うのは何でしょうか?」

「この世界に住むすべての生物は、大気に満ちる魔力を体に吸収しながら生活しています。そして体内に取り込まれた魔力によって、身体能力が大幅に強化されているのです。他にも生命の維持に使われておりまして、数日程度なら飲まず食わずでも行動に支障はきたしません。こちらにお呼びした皆さんにはそういった魔力に関する機能はないので、こちらで付与させていただいているのです」

「なるほど……魔力と言うのは、この魔法を使うためのエネルギーのようなものですよね?」

「その解釈で間違っていませんが、魔法だけではなく色々なものに応用することが出来る代物ではあります。因みに、魔法を使う際の魔力は体内に取り込んだものではなく大気に満ちる魔力を介して使うので、体内の魔力を使いきって倒れる、というようなことはないのでご安心ください」

「そうでしたか。教えて頂き、ありがとうございます」

「はい。では今から能力の付与を致します。と言っても上代薦さんは特に何かをする必要はありませんので、冊子を読みながら選ぶ才能を決めておいて頂いて結構です。痛みや不快感等は無いので安心してください」

「わかりました。よろしくお願いします」

 そう言って薦は再び冊子に目を落とす。
 その姿を見ていた女性だったが、やがて目を瞑り集中を始める。
 次の瞬間、女性の周りに光の玉が出現し漂い始める。
 突然光が生まれた事で薦が顔を上げ女性の様子に気付き、警戒を露にして後退る。
 目を開けた女性は薦に向かって微笑むと、幼子をあやす様な優しい声音で薦に語り掛ける。

「心配しなくても大丈夫ですよ。と言っても信じられないでしょうが……私に貴方を害する意志はありません。これは必要な事ですので受け入れて下さると助かります」

「……分かりました。すみません、あまりにも私の知っている世界の理とはかけ離れた光景だったもので」

「驚くのも無理はありません。貴方の今いる世界はこれまでの常識が通じる場所ではありません、警戒は大事だと思います。それはこの世界で生きていく上で大いに貴方を助けるでしょう」

 上代薦は女性の言葉に軽く頷くと、意を決したように一歩だけ前に出る。

「ありがとうございます、上代薦さん。すぐに終わりますので気を楽にしておいてください」

 上代薦は女性に笑顔を一度向けた後、再び冊子に目を落とす。
 その様子を見て微笑んだ女性は、薦に向かって手を伸ばした。
 するとその手の動きに従ったように、女性の周りに浮かんだ三つの光球が薦へとゆっくりと近づいていく。
 冊子を持つ手が一瞬だけ強張るように震えたが、光球は気にする様子も無く薦へと吸い込まれるように消えていく。

「はい、これで終わりです。問題はないと思いますが、どうでしょうか?」

「そうですね……特に問題は……」

 冊子を読むのを止めて自分の体を見る薦の目の前で、体の中に消えて行ったはずの光球が一つだけ出てくる。

「おや?」

「え?な、何故戻って来たのですか!?」

 何が起こったのかよく分かっていない薦の目の前で、動揺しながら女性が光球へと触れる。

「……そんな……何故……これは魔力吸収能力?……今までこんなことは……」

「何か問題発生でしょうか?」

 酷く慌てた様子で思案に暮れる女性を見て、流石に不安になったのか薦が問いかける。

「いえ……その……魔力吸収能力が貴方に定着せずに……すみません、少し原因を調べますのでお待ちください。」

 そう言って目を瞑る女性。
 何が何やらと言った様子の薦だったが、自分に出来ることはないと判断した様で冊子に目を落とす。
 この場にもし第三者がいたのなら、薦のその態度に唖然としたかもしれない。
 しかし今この場にいるのは動じることなく冊子を読む薦と、慌てた様子で何かを考え込むように目を瞑る女性の二人だけだ。
 やがて何らかの答えに辿り着いたのか、女性が目を開けて恐る恐ると言ったようで薦に声を掛ける。

「つかぬことをお伺いしますが……上代薦さん。覚えてらっしゃる最後の記憶を教えて頂いてもいいですか?」

「最後の記憶ですか……車のフロントガラスを突き破って鉄骨が私の顔を目掛けてなだれ込んできた。それが最後です」

「……」

 薦の返答を聞いた女性は両手で顔を抑えて蹲ってしまう。
 先程からあまり動じる様子を見せなかった薦も、流石に気遣わしげに女性に声を掛ける。

「やはり、問題のようですね。私はどうしたらいいのでしょうか?」

 先程までは度々動揺を露にすることはあったものの、超然とした様子で薦と相対していた女性のそんな姿を前にしても、先程までとなんら変わらぬ様子で問いかける薦。
 気遣わしげに見えたのは恐らく気のせいだろう。
 対照的に顔から手を放した女性は顔色が非常に悪い。

「申し訳ありません、上代薦さん。本来であれば必ず助かるタイミングの方をお呼びしているのですが……あなたは既に死んでしまっているようなのです」

「あぁ、やはりそうでしたか。いえ、先程車線を変更すればいいと言われましたが、あの状況から車線変更するのは無理だと思っていましたので」

「……そ、そうでしたか」

 あっさりと自分が死んだという事に納得する薦。
 その様子に今まで以上に動揺を見せる女性。

「それよりも、魔力吸収能力を得られなかったことによる問題、それと私はその世界で新たな生を得ることが出来るのかどうかが気になりますね」

 超然としているのは薦の方かもしれない。
 自分が死んだと言う過去よりも、これから先どうなるのかという未来を気にする……ある意味非常に前向きな考え方とも言えるだろうが。
 女性は動揺を押し込める様にしながら話を続ける。
 その声は若干震えていたが、薦は特に気にした様子は見せず先程までと同じ笑みを浮かべている。

「新しい生を受けることは問題ありませんが……その……よろしいのでしょうか?私は元の世界での生存、死を回避する事を条件に手を貸してほしいと頼んだのですが……」

「私が死んだのは貴方のせいなのですか?」

 薦がキョトンとした表情をしながら女性に問う。
 問いかけられた女性はゆっくりと首を振りながら、悲しげな表情をする。

「違います。私はあくまで死に近づく貴方達を見つけたに過ぎません。本来であれば貴方ももう少し早い段階でここに呼ぶはずでしたが……」

「そうですか。まぁ死んでしまったのなら後からどうこう言っても仕方ない……というよりも死んだ後にどうこう言える時点で普通ではないですからね。そのまま別の生を与えてもらう訳ですから否やはありませんよ。それよりも先程の続きの聞かせて頂けますか?」

「は、はい」

 明らかに薦の物言いに怯んだ様子の女性だが、一度咳払いをして話を続ける。

「先程説明した通り、魔力吸収能力によって大気に満ちる魔力を吸収することで身体能力の向上、さらに怪我や病気への耐性、回復能力等が強化されます。しかし大気から魔力を吸収することが出来ない貴方は、最初から保有している生命維持に必要な最低限の魔力しか得られず、肉体能力以上に身体能力を向上させることが出来ません。これは貴方が想像するよりも遥かに深刻な事態です。恐らく貴方の身体能力では、歩くものには決して勝てません。」

「歩くものというのは……?」

 何かの呼称だろうか、という意味を含めて薦が問いかける。

「そのままの意味です。自立歩行する全ての生物に勝てないという意味です」

「……」

 あんまりな言葉に、流石に薦が絶句する。

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