39 / 48
第四章 黒歴史と幽霊
39話 だから血文字ってもっと怖いことが書いてあるんじゃないんですか?
しおりを挟む
いつもよりちょっと気持ちが落ち込んでいて、自分の調子が悪くて。
そんなタイミングの悪いタイミングでからまれてイラっとして、いつもなら気にしないのに何でよりによって今日なんだよって勝手に怒って。
それはちょっとした綻びから生まれたすれ違いで、今までこんなことはなかったけれど、いいことではないとわかっていて。
「あーー!!」
分かってる、分かってるよ!
いくら言葉を並べたって、それっぽいことを言ったって俺がレイに八つ当たりしたのが悪くて、レイのことを考えなくて行動した結果、こうなったってことは十分わかってる。
乱暴に頭を掻きむしってもいらいらは収まらなくて、そのままの勢いでベッドにダイブする。
ベッドの堅さが全身に伝わってきて地味に痛い。
俺が疲れていて、それでも絡んできたレイに怒ってるんじゃない。
自分の感情に任せた子供じみた行動にイライラしてるんだ。
あーくそ、怒りそのまま言葉を発するとか子どもかよ、反抗期かよ。
部屋に入ったとたんに周りが静かになって、それでようやく冷静になって、自分がいかに愚かな行動をしたかを顧みて、そして後悔する。
過去のことをいつまでもうじうじ抱え込んで、言い訳をして逃げてそのあげくに今近くにいる人までもないがしろにする。
「あーなんだ俺……最低じゃん」
あおむけになって腕で顔を隠したところで、さっきの事実が変えられるわけでもないし、逃げられるわけでもない。
今俺がやるべきことがたった一つなのはわかっている。
それを実行することが怖くて逃げたく今もこうやってベッドに倒れている。
「……あほか。行くぞ」
俺は自分の体に鞭を入れて立ち上がる。
まだスーツのままだけど着替えている時間がもったいない。
俺は自室から出るとリビングの扉を開けてレイの部屋へと向かう。
決意したはずなのに体は固くなって、部屋の扉を開けるのに戸惑ってしまう。
花火の音はとっくになくなっていて、家の中には静けさだけが満ちていた。
……トントン。
「あー……なんだ……レイ、さっきは俺もイライラしてたっていうか、それでもそれをお前にぶつけるのは間違ってたと思う……」
扉を開ける勇気がなくて、一枚扉を挟んで部屋の中に向かって話しかける。
…………。
帰ってきたのは静寂。
「おい、レイ?」
そうだよな。顔も見ずに謝るなんて礼儀がなってないよな。
ここはちゃんと顔を見てちゃんと謝らないと。
俺はそう思いなおし、レイの部屋の扉を開けた。
「……あれ?」
いつもなら部屋の隅っこで体育座りでいるはずのレイの姿がない。
気が抜けて全身の力が抜けると同時に、俺のこの決意を返してくれとちょっとだけ思ったり思わなかったりした。
洗面所を覗いても風呂場をのぞいても、トイレの中を見てみても彼女の姿も、気配すらどこにもなかった。
「……もう知らん。寝る」
よくわからない体の内側にあるざわざわにまたイライラして、俺はそのざわめきを無視するようにふて寝することにした。
結局俺はいつまでたっても子どもだった。
次の日の仕事も結局身が入らないまま、一日が終わってしまった。
挙句には先輩にも同僚にも体調不良を心配されて早帰りするかとまで聞かれてしまった。
それはさすがにさぼりと変わらないので遠慮したが、そのあとも俺が集中することはできなかった。
え、後輩? あいつはいつも通り、今日は法隆寺の画像を眺めながら「この絶妙なバランス造形がたまらん!結婚したい!」とかわけのわからんことを言っていた。
結局昨日はあの後寝たからレイとはあってないし、朝も俺がバタバタしてたっていうこともあるけど、姿も気配もなかった。
まあ朝は基本的に出くわしたことがないので特に気にはしてないけど。
「……はあ」
なんか最近俺ため息多くない?
確かため息一つすると幸せが同じ数だけ逃げていくんだっけ?
やばいじゃん、ただでさえ少ない俺の幸せがこのままだとマイナスになっちゃうよ。掴まえなきゃ。
……あ、そんな変な人を見る目で見ないでください。別に変な人じゃないので。俺はまともなので。
ただ幸せを逃がさないように吐き出したため息を空中でつかんでるだけですから。
「……はあ」
あ、やばい。また逃がしてしまう。
そんなことを繰り返しながら家につき玄関を開ける。
…………。
「……なんだよ」
なんか違和感があるなと思ったら最近帰ったらいつもレイの「おかえり」があったから、それがないことにおかしいと思ってしまったんだ。
いつの間にかあいつの労いに慣れてしまっていたのかなあ。
「おかえり、ただいま」
しょうがないので久しぶりに一人挨拶をして靴を脱ぐ。
そして顔をあげると玄関先のリビングとレイの部屋に通じる廊下には衝撃的な光景が広がっていた。
『ばか』『あほ』『まぬけ』
『なす』『ぷりん』
『アイス』『ぼう』
壁一面に広がる血文字で書かれた悪口のオンパレード。
びっしりと書かれたそれは壁の色が真っ赤になるほどに、でも文字は読める絶妙な塩梅で書かれていた。
というかリビングに近づくほど、もう何かレイの食べたいものリストみたいな感じになっていて、悪口ですらなくなっている。
むしろレイからプリンとかアイスとかって言われることって誉め言葉なんじゃないだろうか。
……それはないか。
そんなことを考えながらも、徐々に俺の頭にまた血が上っていくのを感じる。
上等じゃねえか……。
「俺は消さないからな! 自分で掃除しろよ!」
俺はリビングの扉を開けながら家全体に聞こえるようにそういうと、リビングへと入った。
結局その日もレイの姿を見ることもなく、気配も寒気も物音がすることもなく、俺は昨日買っておいたプリンを食べて眠りについた。
一応アイスのストックも確認したけど、減っているような様子はなかった。
そんなタイミングの悪いタイミングでからまれてイラっとして、いつもなら気にしないのに何でよりによって今日なんだよって勝手に怒って。
それはちょっとした綻びから生まれたすれ違いで、今までこんなことはなかったけれど、いいことではないとわかっていて。
「あーー!!」
分かってる、分かってるよ!
いくら言葉を並べたって、それっぽいことを言ったって俺がレイに八つ当たりしたのが悪くて、レイのことを考えなくて行動した結果、こうなったってことは十分わかってる。
乱暴に頭を掻きむしってもいらいらは収まらなくて、そのままの勢いでベッドにダイブする。
ベッドの堅さが全身に伝わってきて地味に痛い。
俺が疲れていて、それでも絡んできたレイに怒ってるんじゃない。
自分の感情に任せた子供じみた行動にイライラしてるんだ。
あーくそ、怒りそのまま言葉を発するとか子どもかよ、反抗期かよ。
部屋に入ったとたんに周りが静かになって、それでようやく冷静になって、自分がいかに愚かな行動をしたかを顧みて、そして後悔する。
過去のことをいつまでもうじうじ抱え込んで、言い訳をして逃げてそのあげくに今近くにいる人までもないがしろにする。
「あーなんだ俺……最低じゃん」
あおむけになって腕で顔を隠したところで、さっきの事実が変えられるわけでもないし、逃げられるわけでもない。
今俺がやるべきことがたった一つなのはわかっている。
それを実行することが怖くて逃げたく今もこうやってベッドに倒れている。
「……あほか。行くぞ」
俺は自分の体に鞭を入れて立ち上がる。
まだスーツのままだけど着替えている時間がもったいない。
俺は自室から出るとリビングの扉を開けてレイの部屋へと向かう。
決意したはずなのに体は固くなって、部屋の扉を開けるのに戸惑ってしまう。
花火の音はとっくになくなっていて、家の中には静けさだけが満ちていた。
……トントン。
「あー……なんだ……レイ、さっきは俺もイライラしてたっていうか、それでもそれをお前にぶつけるのは間違ってたと思う……」
扉を開ける勇気がなくて、一枚扉を挟んで部屋の中に向かって話しかける。
…………。
帰ってきたのは静寂。
「おい、レイ?」
そうだよな。顔も見ずに謝るなんて礼儀がなってないよな。
ここはちゃんと顔を見てちゃんと謝らないと。
俺はそう思いなおし、レイの部屋の扉を開けた。
「……あれ?」
いつもなら部屋の隅っこで体育座りでいるはずのレイの姿がない。
気が抜けて全身の力が抜けると同時に、俺のこの決意を返してくれとちょっとだけ思ったり思わなかったりした。
洗面所を覗いても風呂場をのぞいても、トイレの中を見てみても彼女の姿も、気配すらどこにもなかった。
「……もう知らん。寝る」
よくわからない体の内側にあるざわざわにまたイライラして、俺はそのざわめきを無視するようにふて寝することにした。
結局俺はいつまでたっても子どもだった。
次の日の仕事も結局身が入らないまま、一日が終わってしまった。
挙句には先輩にも同僚にも体調不良を心配されて早帰りするかとまで聞かれてしまった。
それはさすがにさぼりと変わらないので遠慮したが、そのあとも俺が集中することはできなかった。
え、後輩? あいつはいつも通り、今日は法隆寺の画像を眺めながら「この絶妙なバランス造形がたまらん!結婚したい!」とかわけのわからんことを言っていた。
結局昨日はあの後寝たからレイとはあってないし、朝も俺がバタバタしてたっていうこともあるけど、姿も気配もなかった。
まあ朝は基本的に出くわしたことがないので特に気にはしてないけど。
「……はあ」
なんか最近俺ため息多くない?
確かため息一つすると幸せが同じ数だけ逃げていくんだっけ?
やばいじゃん、ただでさえ少ない俺の幸せがこのままだとマイナスになっちゃうよ。掴まえなきゃ。
……あ、そんな変な人を見る目で見ないでください。別に変な人じゃないので。俺はまともなので。
ただ幸せを逃がさないように吐き出したため息を空中でつかんでるだけですから。
「……はあ」
あ、やばい。また逃がしてしまう。
そんなことを繰り返しながら家につき玄関を開ける。
…………。
「……なんだよ」
なんか違和感があるなと思ったら最近帰ったらいつもレイの「おかえり」があったから、それがないことにおかしいと思ってしまったんだ。
いつの間にかあいつの労いに慣れてしまっていたのかなあ。
「おかえり、ただいま」
しょうがないので久しぶりに一人挨拶をして靴を脱ぐ。
そして顔をあげると玄関先のリビングとレイの部屋に通じる廊下には衝撃的な光景が広がっていた。
『ばか』『あほ』『まぬけ』
『なす』『ぷりん』
『アイス』『ぼう』
壁一面に広がる血文字で書かれた悪口のオンパレード。
びっしりと書かれたそれは壁の色が真っ赤になるほどに、でも文字は読める絶妙な塩梅で書かれていた。
というかリビングに近づくほど、もう何かレイの食べたいものリストみたいな感じになっていて、悪口ですらなくなっている。
むしろレイからプリンとかアイスとかって言われることって誉め言葉なんじゃないだろうか。
……それはないか。
そんなことを考えながらも、徐々に俺の頭にまた血が上っていくのを感じる。
上等じゃねえか……。
「俺は消さないからな! 自分で掃除しろよ!」
俺はリビングの扉を開けながら家全体に聞こえるようにそういうと、リビングへと入った。
結局その日もレイの姿を見ることもなく、気配も寒気も物音がすることもなく、俺は昨日買っておいたプリンを食べて眠りについた。
一応アイスのストックも確認したけど、減っているような様子はなかった。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
如月さんは なびかない。~クラスで一番の美少女に、何故か告白された件~
八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」
ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。
蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。
これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。
一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
男女比の狂った世界で愛を振りまく
キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。
その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。
直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。
生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。
デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。
本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。
※カクヨムにも掲載中の作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる