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第四章 黒歴史と幽霊

38話 黒歴史を思い出したときってどうしようもなく地面に埋まりたくなりませんか?

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「ぷぎゃああ!」

 

 自分のどっから出てんのかわからない声を聞きながら飛び起きる。

 

 ベッドのちょっと硬い感触に自分の足元にかかる柔らかい掛布団の存在で、一気に現実に引き戻される。

 

「はあ……またあの夢か」

 

 高校時代のいわゆる俺の黒歴史。

 夢だと認識しているのかしていないのか曖昧な間をさまよってみている、そんな夢。

 

 ていうか夢の中俺ちょっとポエミーすぎない!?

 

 怖いよ、何、自分の顔がかっこいいとか思ってるわけ!? 鏡見てからしゃべりなさい!

 

 よし洗面所までダッシュ。

 うん、今日の俺もかっこいい!

 

「……はあ」

 

 鏡に映る髪の毛ぼさぼさの腹立つほどに寝ぼけた顔をしてこちらを見つめ返してくる自分の頬をつねる。

 

 なんだこの顔、気持ちわる。

 

 この夢を見たときはだいたい気分は落ち込み気味になって、いつものモチベーション、やる気はどこへやら、きれいさっぱりどこかにいなくなってしまう。

 

 まあいつもからそんなにモチベーションもやる気も持ち合わせているわけではないんですけど。気持ち的にね?

 

 なんでわざわざ夢ってやつはたまにこうやって昔の黒歴史の記憶を引っ張り出してきて、その張本人に見せつけてくるのかね。

 

 見せられなくても覚えてるし、俺がいかにバカだったかなんて再認識させられなくても分かってるつーの。

 

 ああやばい。これ以上考えると恥ずかしくて死にたくなるし、でも死にたくないからひたすらに自分の頭を掻きむしって、黒歴史を頭から消し去りたくなる。

 はげたくないからこれもそろそろやめよう。

 

「どうせ夢ならもっとハッピーな夢を見たいよな」

 

 例えば大物芸能人とデートする夢とか、鳥になって空を自由に飛ぶ夢とか、女風呂に潜入したら可愛がられて……やべ、会社遅刻する。

 

 バカなこと考えてないで仕事行くか。

 

「…………はあ」

 

 憂鬱な一日が始まった。

 

 俺の気持ちに合わせるように今日の天気は一雨降りそうなどんよりとした曇り空が広がっていた。

 まあ俺の気持ちと天気は比例してないけどね。神様じゃないんだから。

 

 

「どうした、調子でも悪いのか?」

「……へ?」

 

 いかん、ぼーっとしすぎて先輩の返事をわけわからん発音で返してしまった。

 

「本当に大丈夫か? 変だぞ」

「先輩が変なのはいつものことですよーー」

 

 後輩よ、お前にだけはそれは言われたくない。

 

「これ印刷してきます」

 

 いかんいかん、仕事に全く身が入っていない。

 

 いや別に夢とか黒歴史のこととか全然気にしてないんだけどね?

 過去を振り返ってる暇なんて俺にはない! って感じで生きていたいじゃん?

 でもこういうなんかうまくいかないなーって日はあるよね。

 そういう日もあるんだよ。

 

 結局その日一日は全く集中ができなくて、三回ほど先輩に大丈夫か?と心配される始末だった。

 

 

「はあ、ダメダメじゃん。今日の俺」

 

 いつもの俺が普通の俺だとすれば今日はダメンズな俺。イケメンな俺はいつ登場してくれるんですかねえ。

 俺はいつでもオッケー、万事準備オッケーな感じなんですけどね。

 

「……疲れた」

 

 帰り道を歩いているとふと遠くからドーンという花火が上がる音が聞こえてくる。

 そちらに目を向けると満天の星空が輝く中でひときわ輝やいている火花が空を舞っていた。

 

 俺の気持ちはこんなに腐ってる……腐ってない、曇ってるというのに朝の雲はどこへやらきれいな星と月が顔をのぞかせている。

 

 あーそっか。今年ももう花火大会の時期か。

 

 周りをよく見れば急ぐように浴衣姿で早歩きしている人がちらほらと目に入る。

 8月の終盤に開かれる大きな祭りで、花火の時間には結構な人が集まるらしい。

 

「今年の夏も終わりかあ」

 

 今年も結局何一つ夏らしいことしなかったなあ。

 

 海にも行ってないし、バーべキューもしてないし、ただただ休みの日はクーラーの効いた部屋で一日中動画を見るかゲームをするか、本を読むか。

 あ、最近はレイと遊んだりもしてたな。

 

 部屋で涼みながら過ごす夏。それの何が悪い。最高じゃないですか。

 冷え冷えの家こそ至高。

 

 別に浴衣で祭りに行くとかうらやましいなとか、学生時代ですらそんなことしなかったなってセンチメンタルになっているわけではない。そんなことは断じてない。

 

 

 もう何度目かもわからないため息を吐きながら、背後であがる花火の音を聞きながら、玄関の扉を開けた。

 

 別にどこで花火が上がっていようが、祭りをやっていようが俺にとってはいつもの日常と変わらない。

 明日も仕事だし花火を見ている元気なんて残ってない。

 

『おかえり』

 

 今日は紙のパターンね。 

 それはどういう意図があって使い分けをしているのか俺には全くわからんけどね。

 

「……おう」

 

 珍しく俺が家に入るなりレイは壁から顔をのぞかせるのではなく、とてとてとこちらに近寄ってくる。

 

「……どうした?」

「この音」

「音……? ああ、花火な」

 

 確かに家の中にいても結構響くもんだな。去年はそんなに気にならなかったような気がするけど、あれ去年は残業しててそもそも家にいなかったんだっけ?

 一年前の記憶すら曖昧なんて老化が早すぎない? 病院行った方がいい?

 

 そんなことを考えながらリビングに向かおうとすると後ろから何やら腕を引っ張られる感覚。

 振り返るとレイが俺の腕にしがみつくように両腕でつかんできていた。

 

「なんだ?」

「ここにいて」

 

 えー廊下で立っておきなさいって何の罰ゲームだよ。

 今時学校でもそんなこと先生言わないよ。それに自分の家の廊下で突っ立ってるってそれは完全に変人じゃん。

 

「あー俺今日疲れてるから、また今度な」

「でも……」

 

 レイはつかんだ俺の腕を離そうとしない。

 

 なんか今日のレイはやけにひかないな。いつもだったらこういう時は、すっと離れて一人で遊んでるのに。

 

「俺は寝る」

「だって」『この音が』

 

 いやほんとに今日の俺に二重やり取りに付き合える元気はない。

 勘弁してくれ本当に。

 

「音? だから花火だろ? 近くで祭りやってるんだって。毎年のこと」

「でも……」

 

「しっつこいぞ! 今日はほんと無理だから! 俺は寝る!」

 

 レイの腕をすり抜けるようにして腕を動かして、俺は無理やりリビングへと入る。

 

「……ばか」

 

 扉を閉める直前レイの震えているような怒っているようなそんな声が聞こえた気がして、でも振り返ることはできなくて、そのあと彼女の気配がなくなったのを感じた。

 

 一人になったこの家で、花火の音だけが部屋の中に響いていた。

 その音がどこかむなしく、そう感じてしまった。

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