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第三章 幽霊との日常

31話 普通こういうのは女の子が恥じらうから需要があるわけで、俺が恥じらっても何の意味もない。

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 俺は風呂が嫌いだ。

 

 ……うん、突然すぎる告白だし、こういう言い方をすると語弊があるけど、毎日ちゃんと風呂には入ってるからね?

 

 正確に言うと湯につかるという行為にさほど興味がない。

 一人暮らしを始めてからというもの基本的にシャワーで済ますことがほとんど。

 

 実家暮らしの時はほら、風呂に入ると勝手に湯船が張られてて、次の日の朝になると勝手に湯船がなくなってたからそりゃあ湯船が張られてたら入ろうかなってなるから、入ってたけど。

 

 ほんと実家ってすごいよね、待ってれば熱々のご飯が出てくるし、掃除しなくても部屋が片付いているんだから。

 ほんとにお母さまありがとうございます!!

 

 ……まあ俺の実家での自堕落な生活については置いといてともかく俺は風呂が嫌いである。

 

 例えば、湯船が張られている風呂と全自動垢落とし機?全自動きれいにしちゃう機?みたいなやつが置かれていたとしたら、俺は間違いなく全自動なんちゃら機を選ぶ。

 

 例えば、天然露天風呂と全自動なんとか機が置かれていたら、俺は迷わず天然露天風呂に飛び込む。

 いや、飛び込むのは危ないからゆっくりと露天風呂の熱さをじわじわと感じながら入る。

 俺はそういうやつだ。あー、なんか温泉行きたくなってきた。

 

 そしてそんなことを考えながら俺は今家の湯船に身を沈めていた。

 ……言っていることとやってることが違うじゃないかって?

 

 いや、そりゃあ毎日入るのはめんどくさいし、地味に水道代が手痛いところであるからやらないけど、たまにこう、今日は湯船に入りたい気分だ!めちゃくちゃ湯船につかってゆっくりしたい!っていう瞬間が訪れるんだよ。

 それが今日だったってだけの話で、俺は欲望に従って湯船につかっているわけ。

 

「ふふふん」

 

 ちょっと気分がよくて鼻歌なんて歌ってしまう。

 もちろん一人暮らしの風呂なんて足はのばせないし、絶妙な感じで横幅が狭いしで、露天風呂に比べるのが申し訳ないほどに小さなところだけど、欲望のままに湯船に入っているときは、最高にのんびりできる。

 そりゃ鼻歌も歌っちゃうよな。

 

 そんなこんなで一人カラオケリサイタルをやってたら、結構な時間が経ってたような気がする。

 そろそろのぼせそうだし出るとするか……。

 

 ガラガラ……

 

 いやあたまに入るからこそいいのかもしれないな。また気が向いたときにやろう。

 

 ……ん?ガラガラ?

 

 え、湯煙で結構な暑さになってたはずなのに、すっごい涼しい空気が流れ込んできてるんですけど……?

 

 俺はだいたいの予想はついていたが、まさかという気持ちで音がした風呂場の入り口の方に目を向ける。

 

 顔はきっと青ざめていたんだと思う。それか目が点になってたんだと思う。

 俺の顔についてはともかく目の前にはなぜか膨れ面でこちらをまっすぐ見つめているレイの姿があった。

 

 ……よし、ここで状況を整理しよう。

 

 俺は湯船から出ようと立ち上がり、外に出ようと足をあげているところ。

 目の前には風呂の入り口で俺とばっちり目が合っている状態のレイさんが登場。

 

 非常にわかりやすいかつ何というベストタイミングな登場なんだろうか。

 

「うえ!?あおはる!?ふぎゃだら!きゃーー!!いって!」

 

 慌てすぎた俺は上げていた足を即座に下ろし、その際に浴槽のふちに盛大に足をぶつけそのまま滑って転ぶように、湯船の中に戻った。

 盛大にお湯がぶちまかれレイの方に流れていく。

 

 いやいや焦らないでっていうほうが無理だから! なんていうタイミングで登場しちゃってくれてんのさ!

 

 もうちょっとあったでしょ!あんだけ湯船に入ってたんだから来るタイミングなんていくらでもあったでしょ!

 

 なんで俺が出ようかなと思ったタイミングでそんな堂々と入ってくるわけ?

 そんなときに来られちゃったら俺のサト~ルが丸見えになっちゃうじゃん!

 幽霊にめちゃくちゃ見られるとか何それ、俺お嫁に行けなくなっちゃうよ!

 

 そもそもなんで入ってきてるわけ!?

 

「楽しそう」

「……はい?」

 

 レイが一歩ずつ俺の方に近づいてくる。ちなみに頬は膨らんだままだ。

 普通俺が怒っていい場面だと思うんだけど、なんでレイが怒っていて俺が詰められているような構図になっているんだろうか。

 

 というかそれ以上近づかないでほしいかなあ。風呂に入っているのにすごい寒いし、俺のいろいろなものが見えてしまうわけだし……。

 

「楽しそうにしてるから」

 

 混乱する頭で何とかレイの言っていることを理解する。

 なるほどな。

 

 レイは基本的に俺が何か楽しそうなことや面白そうなこと、あとおいしそうな物を食べていると必ずと言っていいほど食いついてくる。

 いろんなものに興味を持ちやすいお年頃なのだ。

 

 そして察するに風呂場から俺の鼻歌がずっと聞こえていて、それでレイに隠れて何か楽しそうなことをしていると勘違いした彼女が、風呂場に突入してきたわけだ。

 

 ……行動と発言の意味は理解できたけど、まったく訳が分からない。

 

 ていうかレイに鼻歌聞こえてたってことは結構なボリュームで俺歌っちゃってたってこと?またお隣さんからクレームとか来ないよね。そっちも心配なんだけど。

 

 まあ今はお隣さんの心配よりかは今のレイと俺の状況についてだ。

 一体どうしたものか……。

 

「えーっと……一緒に入るか?」

 

 はてさて俺はいったい何を口走っているのだろうか。

 

 そしてなぜレイさんは俺の発言に何の違和感もなくうなずいているのだろうか。

 レイが近づいてくる。もちろん俺に止めるすべはない。

 

 なぜなら俺が誘ったからな!

 

 ……ていうかこういうのって普通逆じゃないの?

 なんで俺がきゃーって言っちゃってて、レイはこんなにも冷静なわけ?
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