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第三章 幽霊との日常

29話 派閥争いには参加したくないのに、気づいたら自分から火を焚いてる

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 俺が勤める会社には食堂が完備されている。

 

 しかも決済はICチップが内蔵されている社員証をピッとするだけで給料から自動天引きだから、財布いらず。

 何気に便利である。

 

 さーて、今日は何を食べるかな。お、今日は竜田揚げがあるのか。

 

 なんか冒険してる感じの生クリーム入り麻婆豆腐とかいうのがあるけど、あんなの誰が食べるの?

 甘いか辛いかくらいははっきりしようよ。

 

 ほら誰も取らないじゃん。当たり前じゃん。

 時々此処の社員食堂は暴走してああいうよくわからない商品だしてるんだよな。

 

 もちろん俺もそれは取らずに無難に竜田揚げ食べるけど。 

 いや、デザートの新作はよく冒険したくなるけど昼飯くらいは無難においしいとわかってるものがあればそれを食べるよね。

 

 俺は安定を愛する男だ。人生でも食事でも冒険はしない!

 

 

 竜田揚げを取った後、ご飯と汁物を乗せた俺は適当に人が少ない空いている席に座る。

 

「一緒してもいいか?」

 

 いただき……ん? 

 めったに話しかけられない食堂で誰かに声を掛けられた。珍しいこともあるもんだな。

 

 そんなことを考えながら顔をあげると目の前には同じ部署の先輩が生クリーム入り麻婆豆腐を乗せたお盆をもってこちらを見つめていた。

 

「あ、どうぞ」

「すまんな。空いているところがなくて」

 

 この先輩かなりの美人である。

 美人と食事ができるというだけで世の男子はうらやましがるかもしれないが、先輩は仕事にストイックなのだ。

 

 ストイックというか至極真面目というか、しかも仕事ができるスーパーウーマンときたもんだから、俺はちょっと苦手意識があるんだよな。

 いや俺もまじめに仕事はするけど先輩ほどじゃないし。

 

 というかスルーしそうになったけど、先輩あの甘いか辛いか分からない物食べるつもりなんですか? 大丈夫か? 午後の仕事に影響ないだろうか。

 

 俺が勝手に心配しながら竜田揚げをほおばっていると、先輩は何の迷いもなく白みがかっているのに赤い麻婆豆腐を口に入れる。

 

 あ、すごい渋い顔してる。見たことないくらい形容しがたい表情をしてるけど。

 え、涙目になってない?大丈夫ですか?

 

「ときに九丈君。君は猫派か?犬派か?」

 

 声をかけるべきか迷いつつも二つ目の竜田揚げを口に入れていると、先輩は何事もなかったかのように、俺に話しかけてきた。

 

 ちらっと顔を見てみればそこにはいつも通り凛々しい顔をした先輩の姿がある。

 ……うん、俺は何も見なかったことにしよう。あんな先輩の姿は見なかった。

 

「聞いているか?」

「あ、すいません。聞いてますよ」

「そうか。それでどっちなんだ?」

 

「俺はたけのこ派ですかね」

「はあ……君は相変わらずだな」

 

 いやいやちゃんと質問はわかってるけど、そんな争いが勃発しそうな質問にまじめに答えられないから。

 

 俺が返事した内容は内容でどこかで戦争が生まれそうだけど、そこはスルーしてもらおう。

 

 別にキノコも食べるからね。タケノコ絶対至上主義派みたいな過激派ではないからね。

 何がとは言わんけど。何がとは言わないけどね!

 

「どうしたんですか、急に?」

「いや単純に疑問に思っただけだ。犬派と猫派は分かち合えるのだろうかと」

 

 この人、すごい真面目な顔しながらすごいどうでもいいこと言ってる。

 しかもついでに変な食べ物頑張って食べてるし。

 

 えー、これどういう風に返すべきなの。冗談で言っているのか真面目に話しているのかまったくわからないんだけど。

 

「すまんな。急にこんな話をしてしまって。実は最近喧嘩をしてしまってな。ちょっとどういう風に謝ればいいか悩んでいたんだよ」

 

 え、猫派か犬派かで喧嘩をしてしまって仲直りできてないってこと?

 

 何その可愛い喧嘩。というかだから気軽にそんな話持ち掛けちゃダメだって言ったじゃないですか。

 あ、口に出してはいってないか。

 

「一緒に暮らしてるものだから、いつまでも喧嘩しているわけにはいかないだろう? だから君にも聞いてみて何か思いつけばと思ったんだ」

 

 先輩は俺が黙っている間にどんどん話を進めてしまう。

 え、もしかして本気で先輩結構悩んでるのか?

 

 一緒に暮らしてるってことは、結婚してるって話は聞いたことがないし、彼氏さんとかかな?

 

 ……そうかー。いや別に先輩のことが好きだとか狙ってるとかじゃないから、別に何とも思わないんだけどね?

 まあ先輩は美人だし彼氏くらいいて当然だろうなとは思うし何も落ち込んでたりはしないよ。

 

 でもほら……こう、なんというか、別に好きじゃなくても、へーそうなんだーって思うことってあるよね。

 なんで俺はこんな必死になってるんだろうか。

 

 とにかくこれは何か言わなきゃいけない流れだよな。

 何を言えばいいんだ?

 

「……普通に犬と猫がじゃれてる動画を一緒に見れば何とかなるんじゃないですかね」

 

 俺は最後の一個になった竜田揚げを飲み込んでから何の気なしにボソッと口に出す。

 ちらっと先輩の方に顔を向けると先輩は雲が晴れたかのようにぱあっと明るい笑顔をこちらに向けてくる。

 

「そうか、動画か!その発想はなかった!ありがとう参考にするよ!」

 

 先輩は感動したように声のトーンをあげると、よほど悩みが解決しそうなことがうれしいのかバクバクと麻婆豆腐を食べていた。

 

 そしてまた微妙な顔をしていた。

 

 ……なんか、先輩って怖い人だと思ってたけど、もしかしたらそれは俺の勘違いで、ただの真面目に物事を考えすぎるちょっと変な人なのかもしれない。

 

 ろくに話さず人のことを判断しちゃいけないね。

 涙目で麻婆豆腐を食べてる先輩を見ながら、また一つ成長する俺であった。
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