上 下
9 / 48
第一章 幽霊との遭遇

9話 ラッキースケベ展開かと思ったら、真夏のホラー展開でした。

しおりを挟む
 机に体を乗せる形で前のめりに倒れこんだ俺は衝撃を避けるように、反射的に目を閉じていた。

 

 でも今の状況は、見なくても大体想像がつく。

 必然的に目の前の女の子に覆いかぶさる形になっているはずだった。

 

 男であればだれでも一度はあこがれるであろうラッキースケベイベント。

 柔らかい感触はしないが、それを自覚すると徐々に恥ずかしくなってきた。

 

 徐々に顔の体温が上昇し、心臓の鼓動が早くなる。

 ……あれ、寒い。寒い寒い寒い寒い!!

 

 それは外側から与えられている外気温的な寒さではなく、体の内側来るようなまるで体の芯から凍らされているような、そんな異常な寒さだった。

 全身に鳥肌が立つ。今すぐこの寒さを何とかしなければ俺の命のともしびが消える。

 

 この寒さにかき消される!

 生命の危機を感じた俺は目を見開く。

 

 目に入ったのは女の子の柔肌……ではなく、ただの見慣れたうちの床。

 

 あれ、倒れる寸前で逃げられたのか?まあ無事ならいいけど。

 ていうかあの子が幽霊だとしたら、というか見た目的に実体はないんだから別にかばわなくても、特に被害はなかったんじゃ……?

 

 暗闇から解放された俺の頭は徐々に回転し始めるがまだ鈍い。正常な思考はできていない。

 俺は頭を振りなるべく体が冷えないように動かしながら、床に手を付き机の上から横にずれるように移動し、机の横に寝転がる。

 

 この寒さはどこから来てるんだ……?

 

 俺は寒さのもとを辿るように目線で先程本来であれば女の子が倒れたであろう床の方へ目を向ける。

 

 そこには机からずれるためにバランスを取ろうとして置いた俺の手。

 そしてそこにはフードが取れて目を回している女の子の顔があった。

 ていうか俺の手が女の子の顔面に思いっきりめり込んでいた。

 

「うおおおおあああ!? ごめん!」

 

 急いで手をよけてまるで自首寸前の立てこもり犯のようになぜか両手を高く振り上げていた。

 

 直後全身に駆け巡っていた寒気は消え失せ、正常な体温が体に戻ってくる。

 

 これが原因か……。ていうかさっきまで手のちょっと下に顔を突っ伏してたってことは、彼女の胴体に俺の顔をめり込ませてたってことだよな……。

 

 尋常じゃない寒気は彼女の体に触れたことが原因で、そもそも顔が熱くなったのも机に変なふうに体を預けていたから血が頭に上って行っていただけなんじゃ……。

 

 変に回る頭で考えていると、やけに目の前から視線を感じる。

 

 そこからはさっきとはまた違った冷たい空気が流れてきている。

ていうかまた鳥肌が立ってる。

 

 まあ見なくても何がこっちを見てるかなんて想像できるけど……見るしかないよなあ。

 

 俺はため息を噛み殺しながら、逆に息をのんで視線を感じる方へ目を向ける。

 

 ……怒ってるんだろうなあ、これ。めっちゃプルプルしてる。さっきの皿の上に載ったプリン以上にプルプルしちゃってるんだけど。

 

 目の前にはいつの間にフードをかぶったのか、フードを深くかぶり前髪の隙間から鋭い視線で睨みつけてくる女の子の姿があった。

 

心なしか目が涙目なのは俺がよく見えていないからか、それとも本当に涙目なのかどっちなんだろう。

 

 それにしても初めて立っているところを見たけど、想像したとおりそこまで身長は高くないようだ。俺と頭一つ分くらいの身長があるから、どうしても彼女は上目づかいで俺のことを睨みつけることになる。

 

 これ人によってはご褒美なんだろうなあ。俺にはそんな趣味はないし、そんなことよりも寒気が半端ないからこの状況を何とかしたいんだけど……。

 

 見つめ合うこと数秒。俺は意を決して口を開く。

 

「えー、なんだ……? プリンおいしかったか?」

 

 うん、きっとまた俺は言うべきことを間違えたんだと思う。

 

 女の子は顔を真っ赤にすると一気に俺に迫ってくる。

 

 ちょっと待って、実力行使はきっと勝てないんじゃないかな! そんな気がする! 男として情けないけど、ものすごく生命の危機を感じる!

 

 俺はとっさの防衛反応で両手で顔をかばうようにして、全身に力を入れる。

 

 その直後俺の体を何かがすり抜ける感覚が走り、全身にこれまでとは比較にならないくらいの寒気に襲われる。

 

 あまりの体温変化に体がついていけず、気づけばその場に両膝を床につけて呆然としていた。

 

 ……バタン! ……バタタン! ハアハアハア……

 

 真後ろの扉が開く気配とともに、激しい物音が家中に響き渡る。

 

 いつもの物音が聞こえる部屋から笑い声か泣き声かよくわからないか細い声が聞こえてくる。

 

 状況を把握して全身の緊張から硬直を解かれた瞬間、緊張の代わりに凄まじい疲労感に襲われ、俺はその場で倒れこむ。

 

 俺の体はすり抜けるのに、扉は律儀にあけていくのかよ……。

 

「あと、そっちの部屋は別に君にあげたわけじゃないからな」

 

 まるで自室に戻る勢いで戻って行ったけど、そこも俺のテリトリーだからね?

 あげたつもりないからね?

 

 いつもと変わらない的外れなことを考えながら、そのまま気を失うように眠りについた。
しおりを挟む

処理中です...