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第一章 幽霊との遭遇

5話 共同生活がうまくいきそうで油断したら、こういうことになる。

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 ガタガタガタガタ……バタバタバタ……

 

 あー、あの感じは本棚揺らして本を落としたな。

 

「うるさいぞー。あと落とした本元に戻しとけよ」

 

 一人ベッドに寝転んでスマホをいじりながら、まるで誰かに話しかけるように独り言をしゃべる一般男性24歳。

 

 こういう言い方をすればただの完全な変人になるだろうが、俺の場合は違う。

 

 この何気ない一言がポルターガイスト現象によく効くんだよ。

 

 ぷっちんプリンの一件があってからというもの、幽霊の方にも俺の言葉が通じてるんじゃないかと思うようになってきた。

 

 現にさっきまで隣の部屋でガタガタなっていた音は止まってるし、さすがに落とした本を戻しているかどうかはわからないが、最近はいつもこんな感じだ。

 

 夜中の物音がうるさければひとこと声をかければ朝まではピタッと止まるし、この間のトイレのいたずらのようなものも数は減ったような気がする。

 

 なくなってはないけどな。

 

 案外ポルターガイストや幽霊とも話し合えば、分かち合うことができるんだよ。

 

 みんなまず怖がって敵として接するから敵対することになるのだ。

 俺のように相手のことを受け入れてだな、そして説教でもしてやれば幽霊だろうがなんだろうがイチコロですよ。

 

 最初怖がっていなかったかって? ……そんなことはもう忘れた。

終わりよければすべてよしっていうだろ、つまりそういうことだよ。

 

 幽霊なのか妖怪なのかなんなのか知らないが、俺は今家に住みついているだろう何かとうまく共同生活ができるんじゃないかと思っていた。

 

 そう思っていたんだよ……。

 

 たぶん俺は完全に調子に乗っていた。

 

 

「うわ~、なんじゃこりゃ……」

 

 次の日仕事を終えて家に帰ってきた俺はキッチンの光景を見て頭を抱えていた。

 

 シンクの中で散乱する大小よりどりみどりのボウルたち。排水溝から刃を鋭利に突き立てて飛び出している包丁。

 

 そのほかにも皿が割れていたりと、事件現場さながらシンクの上はひどいありさまだった。

 

 なんでこんなことになってるわけ?

 

 基本的に俺は朝ごはんを食べて、その時に出た洗い物はその日の夜にまとめて洗うようにしている。

 

 もちろん朝からそんな凝った料理はしない。

ボウルなんてこんなに4つも5つも使わないし、むしろ一つも使わないことがほとんど。包丁ですら朝は使わない。

 

 よし、考えを整理していたら目の前の状況にやっと頭が慣れてきたぞ。

 冷静になった頭をフル回転させながら、シンク以外の部屋の様子を確認する。

 

 それ以外は特に変わった様子はなかったが、テーブルの上に見慣れない空容器が置かれているのが目に入る。

 

「……そういうこと?」

 

 テーブルの上でご丁寧に蓋をされて置かれているプラスチック容器は、昨日俺がコンビニで買ったチーズケーキが入っていた容器にとても似ている。

 

 そして肝心のチーズケーキ本体はそこに存在していなかった。

 

 ぽつんと置かれたそんな空容器を見ながら俺は以前自分が口走ったことを思い出す。

 

「食うなら皿洗いくらいしろ……その結果がこれか?」

 

 シクシクシク……

 

 まさか本当に実行しようとしたとか?

 

 いやそもそも人が買ったものを勝手に食う時点でダメなんだけど、それはあの時俺が指摘できなかったし、仕方ない。

 

 それに今回は食べた後にちゃんと皿洗いをしようとした? 結果なぜか洗うべき皿は割れていて、他の洗い物が増えている状況になっているわけだけど。

 

「じゃあ俺が悪いかあ」

 

 まさか幽霊が約束を守ろうとするなんてなぁ。

 約束を守ろうとした結果、皿洗いのやり方がわからなかったのかあ。

それに今回は空っぽになった容器も、冷蔵庫には戻してない。

この間の俺の言葉を覚えていたようだ。

 

「ゴミ箱に捨てろって言ったら捨てるかな?」

 

と言ってもゴミ箱がどれか分からなくて、またメチャクチャになるかもしれないな。

 

 鼻歌交じりにシンクへと行き、割れた皿の破片を片付ける。

 

 やり方がわからないのに約束を守ろうとする幽霊って、約束を守らない人間よりいいやつなんじゃね? 

 

 今度またデザートでも買ってきてやろうかな。

 

 はじめ見たときはさすがに衝撃すぎて絶句だったけど、経緯がなんとなくわかればかわいく思えてくる。

 

 幽霊って不思議だな。
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