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第1章 変わる日常

第8節 疑いと相談

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「それでフォス、その子はどうしたんだい?」

「いえ、だからですね、森から出てきたというか、そこで拾ったというか……」

「ということはあんたは森に入ったということかい? 一人で」

「それは違います。あの子が森から出てきたんです」

 ヴィブラリーに帰ってきて、汚れたグラフォスと彼が抱えた女の子を見て、ミンネは血相を変えて女の子を二階へと運んで行った。

 それに後ろからついていく形だったグラフォスは今こうして女の子が無事であることを確認し、そしてその隣でかれこれ一時間ほど詰められている。

 もちろんグラフォスが連れて帰ってきた見ず知らずの女の子の所在を確認しているのもあるのだろうが、それよりもグラフォスがまた懲りずに街から一人で出たことを怒っている割合のほうが高い気がする。

「森から出てきたにしては怪我はしていないようだね。衰弱はしているみたいだけど」

「そうですね。けがはしてなかったように思えます」

「へえ、おかしな話もあったもんだ。森の中で着の身そのまま歩き回るなんて自殺行為だよ」

「多分この子治癒士だと思います」

「なんでさ?」

 ミンネが疑いの目でこちらを見つめてくる。
 グラフォスも隠していることはあるのだから、内心は結構動揺していた。

 ただあのリリースの魔法はミンネにも見せたことがない。ばれることはないと思うが……。

「森から出たときこの子自動回復魔法がかかっている状態でしたから」

 それに自分が使った魔法を見てすぐに回復魔法だと感づいたところもそれを裏付けている。

「自動回復魔法ねえ。そんな高等魔法を使えるようには見えないけどねえ」

 ミンネはグラフォスの話を半信半疑という様子で信じてくれたのか彼から視線を外し、今度は二人の隣で小さく寝息を立てる少女に視線を向ける。

 それにつられるようにグラフォスも目を向ける。
 出会ったときはグラフォスと変わらないくらい真っ白だった長い髪は今はほとんど黒くなっている。ところどころ白い部分は残っているものの、その黒髪は出会った時とはまた違う印象を抱かせる。

「ストレスであんな髪色になっちまってたんだ。相当な目にあってきたんだろうね」

 ミンネは彼女の細すぎる身体に目を見やりながら、その手で少女の幼さが残る顔の頬をゆっくりとなでていた。
 白髪から黒髪になったのは何も寝ている彼女に対して二人で髪を染めたからではない。

 ミンネの治癒魔法のおかげだ。精神をも正常に戻すその魔法がどんな代物か見てみたかったが、治療中グラフォスは部屋の中には入れてくれなかった。

 血まみれの服がミンネの服に変わっていたり、泥まみれだった体がきれいになっているから、ミンネが何をしたのかだいたいわかる。
 それでグラフォスを部屋に入れないというのは当然の理由だろう。

「それであんたはこの子を連れ帰ってきてどうするつもりだったんだい」

「いや、それをミン姉さんに相談しようかと」

「へえフォスともあろうものが何も考えなしに連れてきたってのかい」

 ミンネは少し驚いたように目を開くと、少しうれしそうに口を緩める。しかしその表情は一瞬だけですぐに真剣な顔つきに戻る。

「まあこの子がどういう子なのかわからないからね。まずはこの子の事情を聞かないことには始まらないね。話してくれるかどうかだけど」

「じゃあ少なくとも今日はここにおいてくれるってことですか」

「そらそうだろう。私を何だと思ってるんだい。こんな状態の子を外に放り出せるかい」

「ありがとう」

「子供がやらかしたことのしりぬぐいをするのは大人の役目さ。気にするんじゃないよ」

「しりぬぐいって僕は何もしていないんですけど……」

 あそこで森から出てきたこの子を放置することはできないし、あのまま連れて帰ってきたとしていても身体的状況から衰弱死してたかもしれない。

 すべて流れに身を任せた結果こういう事態になったわけで、グラフォスが原因で今の状況が生まれたとは思えない。

「細かいことはいいんだよ。フォス、あんたも今日は休みな」

「いや、でも……」

 ミンネの言葉を受け、思わず彼女に視線を向けるグラフォス。できるならちゃんと目が覚めて本当に無事だということ確認してからじゃないと、不安ではある。

 ミンネの魔法を信じていないわけではないが、ぶっつけ本番で使ってしまった自分の魔法がちゃんと効力はあったのか気になるところでもある。

「大丈夫だよ。今日は無理だろうけど明日にはちゃんと目が覚めるさ。明日きっちり事情を聞くためにも今日は休みな」

 グラフォスの不安をミンネは感じ取ったのかやけに優しい口調で話しかけてくる。

「そういえば……」

「どうしたんだい?」

「今日は殴らないんですね」

「なんだい、殴られたいのかい!?」

「おやすみなさい!」

 ミンネが腰を浮かせ握りこぶしを作っているのを見て、さっそうとグラフォスは立ち上がり部屋から飛び出していった。

「まったく……」

 ミンネは乱暴に開けられた扉を閉めながら逃げるように自分の部屋へ入っていくグラフォスの背中を眺める。
 そして再び静かに眠る少女の隣に腰かけるとその姿に今一度目を向ける。

「黒髪黒目の少女、それに森からぼろぼろで出てくる……いい予感はしないねえ」

 ミンネは顎に手を当てながらそう呟きながら、少女の隣で寝支度をはじめた。
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