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1巻

1-3

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「えいっ、そりゃっ、ていっ、ほっ、たあっ」 

 笑顔の幼女が、鉄の拳で凍ったスライムたちを粉々に砕いていく。
 はたから見たら相当シュールな光景だろうなぁと思いつつ、七体のスライムを無事に討伐とうばつ完了だ。
 モンスターを倒した後に残る晶石しょうせきという鉱石こうせきを回収して振り返ると、イリナが引きつった笑顔でこちらを見ていた。
 今やった戦闘は、別に大賢者の生まれ変わりでなくてもできることだ。
 でも、普通の幼女にできることじゃない。
 そこに驚いているんだろうな。

「倒した!」 

 笑顔でVサインを出す。

「そ、そうだね……」 

 イリナは相変わらず引きつった笑顔のまま、拍手をしてくれた。
 さて、まだタイガーウルフが四体残っている。
 そっちもちゃっちゃと片付けて…… 

「あー、ミリア」 
「ん?」 

 タイガーウルフを倒すために先に進もうとしたら、イリナに呼び止められた。彼女は真剣な顔で、一つ咳払いして口を開く。

「そうだね。うーんと、実技試験は合格です」 
「え?」 

 まだスライムを倒しただけなのに? もう合格なの?
 嬉しいは嬉しいんだけど、大丈夫かな。

「そもそもミリアが【探知】を使った時点で気付くべきだった。実はね、ミリアにこっそり【鑑定】を仕掛けたの」 

 うん。気付いてた。全くこっそりできてなかったもん。
 イリナが私に鑑定を仕掛けたのは、初めて冒険者協会で私を見て、私が幼女の微笑みで返したあの時だ。

「【鑑定】の結果、何も見えなかったの。だから初めは、全くの無能力なんじゃないかと思ったんだけど、ちゃんと有能なスキルを持っていた。それなのに【鑑定】が効かなかったってことは……」

 「うん。私【鑑定防御】を持ってるよ」 
 【鑑定防御】は、【鑑定】と同時に私が開発したスキルだ。
 基本的に【鑑定】は、使用する人が相手よりも能力が低い場合にはうまく発動できないようになっている。
 というか、全く情報が見えないようになっている。
 とはいえ、総合的な実力は低くても【鑑定】に特化した能力を持つ人はいる。そういう人が【鑑定】を使ったら、格上の人の情報でさえも見えてしまうことがあるのだ。
 私はいろいろなスキルを持っているから、見られたら都合の悪いものもあったわけで……
 念のため【鑑定防御】のスキルも開発したのだ。
【鑑定防御】を持っていると、【鑑定】をされても情報が何も見えないようになる。
 とはいっても【鑑定】を仕掛けた相手が格上だと防御を破られてしまうことがあるんだけどね。

「やっぱりそうかぁ……はぁ……」 

 イリナは苦笑しながらため息をついた。

「世界は広いなぁ。私も若くしてまあまあ強くなったと思ってたけど、こんな幼い時から才能を発揮できる子がいるなんて」 

 まあ、転生した大賢者だからね。

「気を落とさないで。イリナも十分強いよ」 
「ありがとう。これからは冒険者の同僚どうりょうだね。改めてイリナ・エインツだよ。よろしく」 

 ん? エインツ?
 その名前はどっかで聞いた覚えが…… 

「エインツって、もしかして……」 
「あ、気付いちゃった? 実は私、七賢人の一人ルーガティウス・エインツ様の子孫なんだ」 
「えっ⁉ あのポンコ……じゃなくてルーガティウスの⁉」 
「こらこら。呼び捨てにしちゃダメでしょ? ちゃんと様をつけなきゃ」 
「え、あ、う、うん」 

 誰が助手に様なんてつけるかぁ!
 私がルーガティウス、もしくは他の七賢人に様なんてつけたら、多分あいつらも大爆笑するでしょ。
 考えただけで笑えるよ。
 あーもう! あの銅像の顔も思い出してきちゃったじゃん!
 それにしてもルーガティウスの子孫かぁ。
 だとすれば、彼が私的に書き遺したものなんかも持っているかもしれない。時間ができたら、頼んで見せてもらおうかな。
 あいつも、まさか私が転生するとは思っていないだろうから、あれこれ書いてあるに違いない。
 うん、絶対に読んでやるぞ。

「それじゃあ、冒険者協会に戻ろうか。最後の手続きをしないと」 
「そうだね。あ、でも、タイガーウルフがまだ残ってるよ」 

 さっき【探知】で特定した位置に、タイガーウルフたちはまだ残っているはずだ。
 雑魚ざことはいえ、モンスターはモンスター。
 この森を通る人に被害を及ぼす可能性もある。いるのが分かっているのなら、倒してから帰らないとね。

「さくっと倒しちゃおうよ」 
「とても六歳の女の子のセリフじゃないよね……」 

 笑いながら、イリナは今日初めて剣を抜いた。
 だいぶ使い込んでいるみたいだけど、きちんと整備されていてきれいな剣だ。

「次は私に任せて。【炎豪えんごう】」 

 イリナが呟くと、剣に刃の部分に、赤い炎が宿る。
 炎付与スキル【炎豪えんごう】だ。
 付与系のスキルはその強さによって名前が変わる。
 例えば炎だと、初歩の初歩が【炎使】。
 続いて【炎豪えんごう】、【炎帝】、【炎聖】、【炎神えんじん】とランクアップしていく。
 水だったら最弱が【水使】で最強が【水神すいじん】といった感じだ。
 大抵の人が【炎使】止まりのため、【炎豪えんごう】を若くして使えるイリナは十分にすごい。
 【炎聖】までいくと、二千年前では助手たちの何人かが使えるくらい。
 【炎神えんじん】を使えたのは、二千年前は私一人だけだった。今はどうか分からないけど。

「行くよっ!」 

 右手で剣を握り、イリナが勢いよく駆け出した。
 私も慌てて後を追い、二人で木々の間をすり抜けてタイガーウルフの元へと突き進んでいく。

「いた!」 

 タイガーウルフを見つけると、イリナは一段と加速した。
 ここは彼女に任せて、今度は私が見守ろう。

「ガルルルル!」 

 突っ込んでくるイリナを見て、タイガーウルフたちは慌てて戦闘態勢に入る。四体のうち一体が、強く地面を蹴ってイリナに飛び掛かった。
 しかし…… 

「はあっ!」 
「ギャオン!」 

 燃える剣であっさりと斬り伏せられてしまう。

「「「ガルルルル!」」」

 残された三体は、一気にイリナへと襲い掛かった。牙と爪をむき出しにして向かっていくが、イリナは全く動じない。

「【炎月斬り】」 

 イリナが振るった剣の軌跡きせきが、滑らかな炎の弧を描く。
 一振りで、空中に飛び上がっていた三体のモンスターがあっさり斬られてしまった。
 見事な剣さばきだ。ただスキルに頼るんじゃなくて、基本の剣術もしっかり練習しているのが分かる。
 森の中を走っていく身のこなしもしっかりしていたし。

「よし、これで完了だね」 

 イリナが軽く剣を振ると、宿っていた炎が消え去った。

「すごい! かっこよかったよ!」 
「ははは。ありがとう。今度こそ街に戻って、残ってる手続きをやっちゃおうか」 
「はーい」 

 手続きが終われば冒険者カードがもらえる。
 それを持っていけば、ダンジョンに入る許可証を発行してもらえるはずだ。
 つまり、パンツの回収ができる。
 できることなら、登録が完了次第、すぐに向かいたいところだね。


 ◆◆◆


「ただいま~」 
「ただいまっ!」 

 冒険者協会に戻ると、カウンターには変わらずララが座っていた。

「お疲れ様。結果はどうだった?」 
「合格したよ!」 

 私は会心の笑顔で結果を告げる。すると、ララの目が点になった。

「え、えっと……合格? 合格って合格のことかしら?」 

 ちょっと何を言ってるか分からない。
 動揺のあまり、ララ自身も何を言っているか分からなくなっているだろう。

「びっくりだけど合格だよ。ミリアは冒険者として十分にやっていけると思う」 

 試験監督のイリナがそう告げれば、ララももう信じるしかない。頬をパチンパチンと叩いて、受付嬢の顔に戻った。

「それじゃあ、さっきの申請書類をもとに冒険者カードを作るわね。ちなみに倒したモンスターの晶石しょうせきを持っていたりする?」

 「あるよ」 
 私は七つの晶石しょうせきをカウンターに並べる。
 スライム七体の分だ。
 タイガーウルフの分は、イリナが倒したからイリナの分だね。

「ありがとう。合計で……七個ね。このまま換金できるけど、お金にしちゃう?」 
「うん! お願い」 
「そしたらスライムの晶石しょうせき七個で……」 

 ララが計算をしてくれている。スライムだからそんなに高くないよね。
 でも、夜ご飯代くらいになれば嬉しいな。
 登録料も持っていかれちゃうわけだし。

「はい」 

 ララが硬貨を手渡してくれる。
 えーと? ひい、ふう、みい…… 

「スライムの晶石しょうせき一つあたり十ゴールドの、合計で七十ゴールドよ」 
「少なっ⁉ それだけしかもらえないの⁉」 

 夜ご飯代だなんてとんでもない。登録料の足しにすらならない額だ。
 口をとんがらせる私の頭を、笑いながらイリナが撫でた。

「まあ、スライムだからね。しょうがないしょうがない。もっと強いモンスターを倒せば、もっと金がもらえるよ」 
「むー。頑張る」 

 お金を財布にしまい、冒険者カードが出来上がるのを待つ。
 建物内でイリナと座っていると、入ってくる冒険者たちが物珍しそうに私を見ては去っていった。
 幼女なんて、冒険者協会に最も似つかわしくない単語だもんね。
 しばらくすると、カウンターのララから声がかかった。
 カウンターの上に、手のひらサイズの小さな紙が置かれている。

「はい。これがミリアの冒険者カードね」 




  《名前》         ミリア・ラルガン 
  《年齢》         六歳 
  《冒険者ランク》     F 
  《総クエスト達成回数》  0回 
  《総討伐とうばつモンスター数》  7体 




 名前と年齢、冒険者ランクなどが書かれた、これが冒険者カードだ。
 スライム七体分の記録が、しっかり《総討伐とうばつモンスター数》の欄に書かれている。
 新人冒険者の証、冒険者ランクはFだ。

「なくすと再発行にお金がかかるから、なくさないようにね」 
「はーい。これがあれば、ダンジョンにも入れるんだよね?」 
「あら、ミリアはダンジョンに興味があるのね。確かに入れるけど、ダンジョンによっては一定のランクが必要になるわよ」 

 なるほど。ダンジョンによって難易度が変わるため、冒険者を無駄な危険にさらさないための制度だろう。
 でも、すごく嫌な予感がする。
 リスターニャのダンジョンって、明らかに難易度が高そうだよね?
 冒険者になったばかりの私が入れる気が…… 

「ちなみに大賢者のダンジョンは? どれくらいから入れるの?」 
「リスターニャ様のダンジョンは……Dランクだったかしら?」 

 ララの言葉に、イリナが頷いて補足してくれる。

「そうだね。あそこはランクごとに入っていいエリアが分けられていて、最低でもDランクが必要だよ」 

 Dランク……。私は自分の冒険者カードに目を落とす。
 F、E、Dだから二つもランクを上げなきゃいけないみたいだ。
 わー。もうダンジョンに行く気満々だったのにぃ。
 パンツの保護ができると思ったのにぃ。

「ちなみにDランクになるには、どうしたらいいの?」 
「これがランクアップの条件をまとめた表よ」 

 ララが見せてくれた紙によると……Eランクになるためには、総クエスト達成回数が十回か、総討伐とうばつモンスター数が二十五体に到達しなければならない。
 その次のDランクになるためには、さらにクエスト十五回かモンスター五十体が条件だ。
 さらに上、Cランク以上になると、クエスト達成数やモンスターの討伐とうばつ数に加えて、昇格試験の合格が必須になるらしい。
 ダンジョンとはいっても私の家だから、エリア制限があろうと、家の中に入っちゃえば私なりの移動手段があるからいいんだけど……
 問題は、最初のランク制限だ。とにかく早いところDランクにならないと。

「ランクを上げるのって、クエストやるのとモンスター討伐とうばつするのでは、どっちの方が速いの?」 
「今日のミリアを見た感じだと、野外でモンスターを狩るの方が速いんじゃないかな」 

 イリナがアドバイスしてくれる。
 それなら素直に、先輩冒険者の意見を聞いてモンスターを狩りまくろう。
 と、思ったんだけど。

「ふあぁ~」 

 唐突に大きなあくびが出てしまった。
 いくら大賢者の生まれ変わりとはいえ、体はただの幼女。今日はいきなりたくさん動いたし、体が疲れているみたいだ。

「日も暮れそうだし、モンスターを狩るのは明日からにしたら?」 
「うーん。そうしようかなぁ」 

 正直、まだ家に入れないと聞いて少し心が折れた部分はある。
 ララの言うことを聞き、今日は休むことにした。

「ちなみにミリア、寝る場所のあてはあるの?」 

 イリナに聞かれて、私は言葉に詰まる。
 登録料を支払って餞別せんべつの残金は千五百ゴールド。
 スライムの晶石しょうせきを換金した分が七十ゴールド。
 しめて千五百七十ゴールド。
 これでは宿と夜ご飯の両方を賄うのは無理だ。
 くぅ……ご飯をとって野宿か、ベッドをとってご飯抜きか……
 まずい。どうしよう。

「当てがないなら」 

 困り顔の私に、イリナが助けの手を差し伸べてくれる。

「私が入ってるギルドのギルドホームに来る? ベッドもあるし、寝泊まりできると思うよ」 
「い、いいの?」 
「もちろん。同僚どうりょうだから助け合っていかなくちゃ」 

 ありがたい提案だ。ここはイリナが差し伸べてくれた手を取ることにしよう。

「お言葉に甘えて。本当に助かるよ」 
「どういたしまして。まだ冒険者協会に何か用はある?」 
「特にないかな」 
「それならもうギルドホームに行こう。夜ご飯もご馳走するよ」 

 うあああ……寝床ねどこばかりか夜ご飯まで。ありがたいありがたい。


 ◆◆◆


 冒険者協会を出て、イリナと一緒に街を歩く。

「ラーオンの街の東側はね、鍛冶屋かじやとかギルドホームとか、冒険者に関連した施設が集まってるんだ。私たちのギルド『新月しんげつ妖精ようせい』のギルドホームも、そこにあるんだよ」

 街の東側、とある家の前でイリナが足を止める。

「ここが私たちのギルドホーム。さあ、入って」 
「お邪魔しまーす」 

 木組みの建物。木の良い香りがする。

「あらー? 誰かお客さん?」 

 ギルドホームの中には、先に誰かいたみたいだ。
 足音がして、玄関げんかんに青髪系のゆるふわ系美人さんが現われた。二千年前のリスターニャとまではいかなくても、結構グラマラスな体型だ。

「お帰りイリナ……って! かっわいいーーー!」 
「えっ? はわっ!」 

 私はいきなり、彼女に抱え上げられて抱きしめられた。
 く、苦しい……息が……息ができな……い…… 

「こら、エリーチェ。急にそういうことしない」 
「あいてっ」 

 イリナに頭を小突こづかれ、青髪美人さんは私を離す。
 何だったんだ、一体。

「ごめんね。エリーチェはちっちゃい子供が大好きだから。ほら、ちゃんと自己紹介して」 
「ああ、そうね。私ったら」 

 乱れた服装を整えると、彼女は私に目線を合わせるため、腰をかがめて自己紹介した。

「初めまして。私はエリーチェよ。イリナとはギルドの仲間なの。よろしくね」 
「あ、えっと、私はミリア」 
「ミリアたんね」 
「た、たん?」 

 えっと、何だろう。
 すごく素敵なかわいらしい笑顔を浮かべているし、悪い人ではないんだろうけど。ちょ、ちょっと怖い。悪い人ではないんだろうけど。

玄関げんかんで立ち話も何だから、中に入ろう。フィナもいるよね?」 
「ええ、いるわよ」 

 イリナに促され、私たちは家の中に入る。
 するとすぐに、木の香りとは違う、何か美味しそうな香りが漂ってきた。
 ぐぎゅうとお腹が音を立てる。
 今日、孤児院を飛び出してから何も食べていないもんなぁ。本当にお腹が空いた。

「フィナ」 

 イリナがキッチンで料理をしていた女性に呼びかける。


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