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第3話 森のフルーツ

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「わー! いっぱい実が成ってる!」

 天然の果樹園状態になっている場所へ連れて行くと、エリンは目を輝かせて歓声を上げた。
 それぞれの木が色とりどりの実をつけ、近くではきれいな川がゆったりと流れている。
 見ているだけで心が落ち着くような美しい風景だ。

「パパ! あの黄色いのがいい! 美味しそう!」
「よし。採ってやろう」

 木の下でぴょんぴょん飛び跳ねて、黄色い実を指差すエリン。
 楽しそうで何よりだ。

「よく熟れているな。香りもいい」

 俺は軽く木を揺らして、落ちてきた実を拾い上げる。
 甘い香りがふんわりとして、とても美味しそうだ。

「ほら、エリン」
「ありがとう!」
「きゅきゅ!」

 エリンに果実を手渡した瞬間、水を飲んでいたモフリンがすごい勢いで駆け寄ってきた。
 勢いのままにジャンプして、エリンの手にある黄色い果実を吹き飛ばす。

「あ! モフリン!」
「こら! そんなことをしたらダメだろ!」

 俺が初めて父親らしく怒ったのも束の間、モフリンは何かを訴えかけるように必死に鳴いた。

「きゅきゅ! きゅう~! きゅうきゅう~!]
「モフリン、何か言いたいみたい」
「ふむ。モフリンはこの森の住民だから、俺たちよりここの環境については詳しいだろう。……ひょっとして」

 俺はモフリンが飛ばした果実を拾い、半分に割ってみる。
 弾けんばかりに溢れ出した果汁を少し舐めてみると……舌先に痺れるような感触。
 毒だ。
 それも超絶な猛毒。
 というのも、竜はそもそもの生命力や身体の強さが人間とは比べ物にならない。
 だから人間なら即死するような毒でも、竜からしたら何も感じないということがある。
 そんな竜の俺が、軽くではあるが痺れを感じた。
 もしこれをエリンが口にしていたら……。
 考えただけでもぞっとする。

「エリン、どうやらこの果実には毒があるみたいだ」
「ど、毒!?」
「ああ。絶対に食べてはいけない。モフリン、怒ってすまなかったな。おかげでエリンの命が助かった」
「きゅう~」

 モフリンは、気にするなというふうに少し胸を張って鳴いた。
 どうやら、こちらの言葉をかなり高いレベルで理解しているらしい。

「ちなみにモフリン、食べられる実はどれか教えてくれるか?」
「きゅう~!」

 モフリンは任せろと言わんばかりに、次々に木の前へ移動していく。
 俺はそのひとつひとつに印をつけ、後を追いかけた。
 結果的に実を食べられる木が半分、食べられない木が半分。
 かなりの割合で毒が紛れているようだ。
 もしモフリンがいなかったら、どうなっていたことやら。

「この果実は全て食べられるみたいだぞ」

 モフリンが教えてくれた果実のなかから、いくつかをピックアップしてエリンの元へ持っていく。
 すると彼女は、紫色でいかにも毒々しそうなフルーツを選んだ。
 なかなかにチャレンジャーだな。
 でもモフリンが大丈夫というなら大丈夫だろう。
 俺が毒見しようにも、そもそも大抵の毒が効かないから効果ないし。

「いただきます!」

 エリンは勢いよく紫色のフルーツにかぶりつく。
 シャリッという爽やかな音ともに、透明な果汁が勢いよくほとばしった。
 毒々しい外側に反して、中は林檎のような白っぽい色をしている。

「美味しい!」

 最初の一口を飲み込んでからそう言って、エリンは再び果実にかぶりつく。
 よほど気に入ったようだ。
 それにこの様子だと、毒の心配も必要ない。

「くひほはははへ、ひゅーふひはひひひはふほ」
「ちゃんと飲み込んでから話すんだ」
「んぐっ……んぐっ……ごきゅん……。口の中がね、ジュースみたいになるの」
「それだけジューシーということだな」
「うん! 飲み物もいらないくらい!」
「そうかそうか」
「パパも食べなよ」
「そうだな」

 俺は目の前のフルーツを見比べて、外側が水色のものを手に取る。
 これはこれで、なかなか口にするには勇気がいる色だ。
 それに外側は堅くて、皮というより殻に近い。
 竜の牙ならこのままかじれなくもなさそうだが、それじゃあ美味しくなさそうだしな。

「ふん……!」

 俺は水色の殻に向かってデコピンをかます。
 するとピキピキと音を立てて殻が割れ、外側からは想像もつかないゼリー状の実が姿を現す。
 透明でプルプルしていて、軽く引っ張ると殻からトゥルンとはがれた。

「わーきれい!」
「ここの果実はどれも面白いな。これは予想外だ」
「私もそれ食べたい! えっと……これだよね!」
「あ、ちょ、ま……」

 制止は間に合わず、エリンは俺に倣って硬い殻にデコピンをかます。
 しかし今の彼女に、この殻を壊せる力はないわけで。

「いったぁい……」

 見事に返り討ちにあったエリンは、手を引っ込めて擦りながら涙目になった。
 殻にはひびひとつ入っていない。

「大丈夫か?」
「う、うん。痛い」
「見せてみろ」

 少し赤くなっている気もするが、怪我というほどの怪我にはなっていない。

「これを食べていいぞ」

 俺はさっき自分で殻から取り出した実を渡そうとする。
 しかしエリンは首を横に振った。

「とぅるんってしたいの!」
「なるほど。なら、殻は俺が割ってやろう」

 俺が殻を割ってやると、エリンは中の実をつんつんして感触を確かめる。
 それから軽くつかんで、殻から引っぺがした。

「とぅるん!」
「気持ち良いか?」
「うん! ぷにっぷにで面白いね~。じゃあパパ、せーので一緒に食べよ」
「分かった」
「せーの!」

 互いにゼリー状の実を一口。
 ぷるぷるとした食感、甘味に加えてほのかな酸味と苦みを感じる。
 グレープフルーツなんかが、味のイメージとしては近いかもしれない。
 ここにある果物は、どれも見たことがないものばかりで名前など分からないけど。

「何かしゅわしゅわする!」
「確かに」

 しばらく口の中に入れていると、しゅわしゅわ弾ける感覚がやってきた。
 発泡しているみたいだ。
 炭酸グレープフルーツといったところだな。

「おもしろーい! 美味しいねパパ!」
「ああ、美味しいな」
「次はこれがいい!」
「まずはそれを食べきってからな」
「はーい」

 エリンは口いっぱいにフルーツをほおばり、モフリンもシャリシャリとかじる音を響かせている。
 動植物がこれだけ豊かな場所であれば、食事に困ることはそうそうないだろう。
 ただ、食事があれば生きていけるってもんじゃない。
 衣食住と言うように、衣類と住む場所が必要だ。

「とりあえず家だな……」
「おうち!? おうち建てるの!?」
「雨風をしのげて、安心して眠れる場所は必要だからな。食事が終わったら、夜に向けて準備をしよう」
「はーい!」

 エリンは元気よく答えると、また新たなフルーツへとかぶりつく。
 よく食べる娘だな。
 それも美味しそうに楽しそうに食べる。
 俺はその姿を眺めながら、自分もフルーツをかじるのだった。
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