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第1話 幼女と古竜ともふもふうさぎ

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「ぴああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 緑豊かな森の中、俺の目の前で震える幼女。
 わんわん涙を流して、必死に叫び声を上げている。
 何なんだコイツは。

「おい」
「ぴああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 ダメだ、らちがあかない。
 仕方がないと諦めて、幼女の気持ちが落ち着くのを待つ。
 数分後、泣き疲れた幼女は俺のことを指差して言った。

「りゅ、竜……」
「何を驚いてるんだ。お前が呼びだしたんじゃないのか?」

 幼女の目の前には、テイムに関した書物が置かれている。
 そして俺は竜。
 それも、たった今2000年間の眠りから叩き起こされた古竜だ。

「だ、だって、呼ぼうとしたのはもふもふのうさぎさんだもん!」
「それがどうやったら俺になる。古竜を叩き起こす方が、ウサギをテイムするより数億倍難しいぞ」

 まあ、こんな幼女に古竜をテイムするほどの知識と力があるとは思えない。
 おそらくは盛大に術式を間違え、その間違え方が古竜を呼びだすものだったという、運が良いのか悪いのか分からないミスだったのだろう。

「ふええん……。怖いよぉ……」
「安心しろ。俺はテイマーであるお前には逆らえない。ただまあ、この姿では話しにくいか。《人化》」

 俺は巨大な竜の姿から、人間の青年の姿へと変身する。
 ぺたりと座り込んだ幼女の隣に腰を下ろすと、彼女はしばらくきょろきょろして空に向けて言った。

「竜は……?」
「俺だが」
「うわ! ほんとだ! 声が一緒だ!」
「この姿なら話しやすいだろ?」
「うん。怖くない」

 幼女は涙の跡をごしごし拭って、にっこり笑った。
 何とも切り替えの早い奴だ。

「私はエリン。あなたは?」
「ヴィヴァンヴェルド・ギルベッシヴィウス・レヴィエヴァスヴァンテだ」
「びびゃんびぇりゅ……?」
「呼びづらいならギルでいい」
「分かった! ぎりゅ……じゃなくてギル!」

 さっきまでギャーギャー泣いてたのが嘘のように、純真な眼で俺を見つめて会話するエリン。
 思った以上に肝の座った幼女だ。

「お前は俺を呼びだしたかったわけじゃないんだろ?」
「うん。うさぎさんが良かった」
「世界中のテイマーが発狂しそうなことを言うんじゃない」
「さっき、ギルは私に逆らえないって言ってた?」
「そうだ。テイムされたものは、テイマーに逆らえない」
「じゃあ、私の言うこと何でも聞く?」
「まあな」

 知能の低いものなら、問答無用でテイマーの命令を聞く。
 ただ古竜のような知能の高いものは、何か命令をしても状況を見て反対意見を言ったりもする。
 ただ最終的には、テイマーに「やれ」の一言で押し切られれば命令を聞かざるを得ないのだが。

「じゃあ命令!」
「何だ?」
「うさぎさん出して?」
「全く……古竜にする命令とは思えないな……」

 無邪気にうさぎをねだるエリン。
 大人が聞いたら正気を疑うかもしれないが、とはいえ反対意見を言うような命令でもない。
 俺にテイムの能力はないから、適当に森の中から探してくればいいか……。

「ふむ、いたいた」

 うさぎを見つけた俺は、軽く地面を蹴ってその場へ急行する。
 人間からしたら素早く動くうさぎでも、竜からしたら止まっているようにしか見えない。
 ただ狩りをしてるわけじゃないからな。
 繊細に扱わなくてはいけない。
 大事に真っ白でもふもふのうさぎを抱きかかえ、エリンの元に戻る。

「ご命令のうさぎだ」
「わー! かわいい! ギル偉い!」
「そりゃどうも」
「ふわっふわだ~」

 エリンはうさぎを抱きしめ、満面の笑顔で頬ずりしている。
 ふと、どうして彼女はここにいるのだろうと疑問に思った。
 かなり深い森の中でひとりぼっち。
 さっきうさぎを探した時も、エリンの親らしき人間は見当たらなかった。

「この子の名前はモフリンにする!」
「飼うのか?」
「飼うっていうんじゃないの。おともだち!」

 いつの間にか、うさぎ改めモフリンも気持ちよさそうに体を委ねている。
 エリンにしろモフリンにしろ、何とも懐くのが早い奴らだ。

「なあ」
「なーに?」
「ご両親はどうした?」

 しばらくの沈黙。
 そしてエリンはモフリンを抱きしめたまま言った。

「いないの。パパもママも」
「いない……?」
「うん。パパとママは、私が生まれてすぐにいなくなっちゃったんだって」

 さっきまで明るかったエリンの表情が、またしても少し暗くなる。
 重い空気を感じ取ったのか、モフリンがそっとエリンに頬ずりした。

「ふむ……。ではお前は、今までどうやって育った?」
「怖いおばあさんのとこ。怖いおばあさんは、私みたいにパパとママがいない子を集めてテイムを教えるの。それでテイムが上手になったら、いろんなところに売っちゃうの」
「なるほど。確かに境遇に付けこんで金儲けをしているようだが、仕事ができるように教育しているとも言えるが」
「でもねでもね、私みたいにテイムが上手じゃない子のことは嫌いなの。ご飯とかももらえないし、最後は追い出されちゃうんだよ」
「お前も追い出されたのか」
「う、うん……」
「辛いことを話させて悪かった」
「だいじょうぶ、だよ」

 そうは言いつつも、エリンの目には涙が溜まっている。
 モフリンは彼女を慰めるように、そっと優しく寄り添っていた。
 竜と人間では種族が異なる。
 だから文化においても、精神においても、理解し合えない部分はある。
 だけど今、この幼女に優しさと愛情が必要なことは誰にでも分かることだった。
 そして竜は高貴でプライドを持つ種族。
 目の前のかわいそうな小さい生物を、ほったらかしにすることはプライドに反する。
 俺はそっとエリンの両肩に手を置いて言った。

「エリン」
「うん?」
「俺はお前にテイムされた。だから俺は、お前が望むものを備えられるよう力を尽くす」
「ほんと?」
「ああ。竜族の誇りにかけて誓おう」
「じゃあ……ギル、笑って」
「わ、笑う?」

 またしても予想外の命令に、俺は戸惑い聞き返す。
 するとエリンは真剣な表情で頷いた。

「だってギル、ずっと怖い顔してるんだもん」

 笑う、笑う、笑う……。
 最後に笑ったのは何千年前だ?
 笑うってどうやるんだ?
 さっき見たエリンの笑顔を思い浮かべる。
 目を細めて、小鼻を少し膨らませて、口角を上げて……。

「ぷふっ! 変な顔~!」

 俺の笑顔を見て、エリンはモフリンを抱えたまま転げまわった。
 やはりうまく笑えていないか。

「ひぃ……ひぃ……。ねえ、ギル」
「何だ?」

 エリンはゆっくり俺に近づき、胸元に顔をうずめて言った。

「私のパパになって」
「パ、パパ?」
「うん」

 笑う方法も分からないが、父親のやり方などなおさら分からない。
 俺だってこの世に存在している以上、父親と母親というものは存在する。
 いや、存在した。
 わけあって、父親の記憶も母親の記憶もほとんどない。
 ただ、だからこそ、同じように頼れる大人がいないこの幼女を見捨てるわけにはいかなかった。
 これは竜族の誇りうんぬんを超えて、完全に俺の私情によるものだ。

「……分かった」
「ありがと」

 エリンとモフリン。
 小さな2つの温もりが、俺の体に触れているのを感じる。
 上手く笑えない俺だけど、せめてエリンの笑顔は消えないように。
 のんびり平和に楽しく。言うなればスローライフが送れるように。

 不思議な縁で結ばれたテイマーと召喚竜が、種族を超えて親子になった瞬間だった。
 父親なんて右も左も分からないけど、目指せ娘と笑顔のスローライフ。
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