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第2話

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 広場をどよめきが包み、クラント殿下は大いにうろたえます。
 まさか権力者である自分のプロポーズが、たかが侍女に断られるとは思っていなかったのでしょう。

「な、何を言っている!?正気か!?」

「至って正気です。私はあなたのような悪人を愛せません」

 クラント殿下が私に告げた『僕は君のような悪女を愛せない』。
 その言葉が、そのまま彼へと襲い掛かります。

「貴様!第一王子に対して悪人とは何事だ!」

「落ち着いてください!兄上!」

 思わずシエルに飛び掛かろうとしたクラント殿下を、第二王子のリオル殿下が止めに入ります。
 そんなリオル殿下をシエルがうっとりて見つめていることには、私しか気づいていないでしょう。
 リオル殿下もまた、兄を静止しつつシエルと視線をかわしています。
 本当にもう、この“バカップル”は……。

「クラント殿下」

 私は怒りで顔を真っ赤にした第一王子の前に立ちます。

「お前だな!マーガレット!お前が彼女に婚約を断るよう、圧力をかけたんだろう!」

「とんでもない誤解ですわ。全ての計画を立てたことは認めましょう。ですが、圧力などは一切かけておりませんわ」

「計画?何のことだ!」

 はあ、一から説明しなくてはならないのね。
 面倒だけれど、せっかくシエルも頑張ってくれたことだしやらなくては。

「まず国王陛下が不在の間に、私が婚約破棄される。これは完全に予想通りで、計画の始まりでもありますの」

 国王陛下が不在となれば、クラント殿下が暴挙に出ることは想像に難くありません。
 そして私を婚約破棄するとなれば、新たな婚約者にはシエルを指名することでしょう。
 彼は以前から、シエルに歪んだ愛情、いえ劣情を抱いていましたから。

 しかしシエルが恋する王子はクラント殿下ではありません。
 このままでは誰も幸せになれない。
 あ、いえ、クラント殿下は幸せかもしれませんが。

 だから私は一計を案じたのです。
 私もシエルも幸せになるために。

「私は大勢の前で虚偽の罪を着せられ、婚約を破棄されて恥をかかされました。クラント殿下、今日はあなたが婚約を断られたわけですが、お気持ちはいかがですか?」

「マーガレット!お前は何という女だ!僕を嵌めたんだな!?」

「あら、私を悪女と呼んだのはあなたですわ」

「断じて許すことは出来ぬ!」

 クラント殿下が手元にあった剣を抜き、私に迫ってきます。
 怒りと恥で何も考えられなくなっているのでしょう。
 今私を殺したらどうなるか。そんなことは、彼の頭の中にありません。

「死ね!」

 クラント殿下が剣を振り上げた瞬間、広間に飛び込んできた誰かがそれを弾き飛ばしました。
 カランカランと音を立てて剣が転がっていきます。
 “彼”は堂々と、私を庇うように立ちはだかりました。

「何をする!グレン!」

 “彼”、いえグレンが私へ向き直ります。

「遅くなりました。申し訳ございません」

「いいわ。計画通りですもの」

 激高したクラント殿下が暴力に訴える。
 これもまた、私の予想の範疇を出ないのです。

「さあ、茶番を終わらせましょう」

 クラント殿下が再び剣を拾い上げようとした瞬間でした。

「そこまでだ!クラント!」

 低く太い声が響きました。
 広間の全員の視線が、入口へと注がれます。
 そこに立っていたのは国王陛下でした。

「ち、父上!?」

「クラント、全てを見させてもらった」

「なぜもうお帰りに!?父上、違うのです。どうか僕の話を……」

「もういい!私はお前に何度も教えてきたはずだ。王家たる者、誰よりも人のこと、民のことを考えられなければならないと」

 国王陛下は圧倒的な威厳をまとってクラントの前に立ちます。
 今まで威勢の良かったクラント殿下が、まるで大人しくなってしまいました。
 ヘビに睨まれたカエルとはまさにこのことです。

「これはチャンスでもあったのだ。私が不在となった時、お前がきっちりと城を治めることができれば、第一王子として適当であると考えることもできた。だがそうではなかったようだな」

「お、お待ちください……」

「ただいまをもって、リオルを第一王子とする」

「そ、そんな!待ってください!」

「黙れ!昨日今日を含め、お前がこれまでやってきたことの結果だ!」

 国王陛下に一喝され、クラント殿下はその場にへなへなと座り込みました。
 それを警備の兵士たちが連れ出していきます。

「集まってくれたみんな」

 国王陛下が広間全体へと呼びかけ、頭を下げました。

「見苦しいものをお見せした。大変申し訳ない。このお詫びは必ず追ってすると約束しよう。今日のところは、これにてお帰りいただいて結構だ」

 広間にいた客人、従者たちが続々と退出していきます。
 そして広間には、国王陛下、私とグレン、シエルとリオル殿下が残されました。

「みんな、ご苦労だった」

 ねぎらいの言葉に、みな一様に頭を下げます。

「バカ息子がこれまで迷惑をかけたな。特にマーガレット。恥もかかせたし、危険な目にも遭わせてしまった」

「とんでもございませんわ。国王陛下がお悩みということで、私が立てた計画ですもの」

「約束通り、協力してくれたお前たちの願いを叶えよう」

 国王陛下の言葉に、シエルとリオル殿下の顔がパッと明るくなりました。
 2人はあらかじめ、自分たちの願いは婚約であると国王に伝えていたのです。
 昨日、部屋でシエルが言っていた「王子殿下の婚約者になる」とは、もちろんクラント殿下、いえクラントとのことではありません。
 計画が成功した先にある、リオル殿下との婚約のことです。
 初めから、シエルもグレンも私の仲間だったのですから。

「さあ、今日はゆっくり休みなさい。マーガレット、グレン。2人の願いが決まったら、遠慮なく教えてくれ」

「はい」

「感謝いたします」

 私たちは最後に国王陛下へ一礼して、広間をあとにしたのでした。



 数か月後。
 シエルとリオル殿下の結婚式が行われました。
 今日から正式に夫婦となり、一緒に歩んでいきます。
 そうそう、クラントはといえば、自分を見つめ直してこいとの国王陛下のご命令で、辺境での労働を見つめられたそうです。
 まあ、あの人間が簡単に変わるとは思えませんが。


「お待たせしました」

 結婚式の晩。
 私はグレンから中庭に呼び出されました。
 先に来ていたグレンに声を掛けると、彼は私をまっすぐに見つめて言います。

「来ていただきありがとうございます。どうしても、お話ししたいことがございます」

「そう固くなる必要はありませんわ。今の私は王子の婚約者でも何でもないのですから。それでお話って?」

「マーガレット様」

「はい」

「私と婚約していただけないでしょうか」

 え……?
 えええ……?
 えええええ……?

 あの堅物で有名なグレンが……私にプロポーズ……?
 驚く私に、グレンはなおもたたみかけてきます。

「実は初めてお会いした時に、どうにも惹かれてしまったのです。いわゆる一目惚れということでしょうか。もちろん、第一王子の婚約者であるあなたにこんなことをお伝えするわけにもいかず……。ですが今なら……その……」

「婚約破棄されてくれたから伝えられると?」

「そ、そんな言い方はしていません。いや、その、言いたいことはそうなのかもしれませんが……」

「気になさらないで。少しからかってみただけですわ。私、悪女なので」

「とんでもありません!あなたは悪女などではない!頭が良く芯の強いとても素敵なお方です!」

 まあ、グレンってこんな人間だったのですね。
 もくもくと職務を果たす姿しか知りませんでした。
 でも今の彼は、慌てたりストレートに想いを伝えたり、いろんな表情を見せてくれています。
 それに、斬りかかろうとしたクラントから私を守ってくれた時、私の心が少し揺れたのもまた事実なのでした。

「いいのですか?私で。あんな計画を立てる女ですよ?」

「マーガレット様のこと、もう誰にも悪女とは呼ばせません。もちろん、マーガレット様ご自身にも」

 グレンの言葉に、私の中で張りつめていた何かがプツンと切れるような気がしました。
 それはひょっとしたら、悪女を演じようと知らず知らずのうちに心の中で自分の首を絞めていた糸だったのかもしれません。
 そしてまた、この数か月の間、立場を失った今後の人生をどう生きていくかを悩んでいた、その苦しい糸でもあったのでしょう。

「グレン」

「はい」

「怖かった」

「はい」

「本当は怖かったのです。余裕ぶって平静を装って悪女として努めましたわ。自分の考えた計画ですもの。でも怖かった。失敗したらどうなるんだろう、殺されるかもしれない、シエルやリオル殿下の人生までめちゃくちゃにしてしまうかもしれないって……。それにこれからの人生も不安でしたの。国王様のご厚意で、王宮には置いていただいていましたけれど……」

 あれ?どうしたのでしょう。
 なぜか涙が出てきました。
 気付かないうちに相当なプレッシャーを抱え込んでいたのかもしれません。

「マーガレット様」

「はい」

「これからは私があなたをお守りします。私と一緒ならもう2度と悪女を演じることはありません。そんなことはさせません。私と一緒に歩んでいただけませんか?」

 私は思わず、グレンの胸元に涙で濡らした顔をうずめてしまいました。
 愛だ恋だと考える前に、体が動いてしまったのです。
 彼が私を安心させてくれると、本能で感じたのかもしれません。

「私、国王陛下への願いを決めましたわ。グレン、あなたとの婚約を望みます」

「マーガレット様……っ!」

 グレンががっちりした腕で、優しく抱きしめてくれます。
 私は色々な感情がぐっちゃになった涙を流しながら、彼を抱きしめ返すのでした。
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