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四章 第一妃の変化

303、初めての宿泊学習  2(休息日の戯れ 1/4)

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「ようやく二人お縄に付いたか! ったく手こずらせやがって!」

 休息日、昼食時を前にした賑やかな街の細い路地で数人の兵士が二人の男を捕らえ、魔力を封じる事の出来る縄で彼らを拘束していた。

 兵士達が捉えたのはここ最近王都の繁華街を賑わらせていた窃盗団だ。五人組で活動している彼等は今は別行動をしており、気を抜いていた二人が隙を突かれ捕らえられたという図だった。

 窃盗団の一人はでぷりとたるんだ丸っこい体をしており動きが鈍かった。彼は「ぐぅ……」と腹を鳴らし「くそぉ……やっちまったぁ……」と情けない声を上げる。

 捕らえられたもう一人は日中だというのにぐっすり眠っていた。酒瓶を抱え「酒がたりねぇ……」などと寝言を零している。

 なかなか捕まえられなかった窃盗団の内の二人がこうして捕らえられたのは単に運という奴だった。五人の中でも特に動きの鈍いこの二人をサポートしてくれる他の三人が別行動をしていたのだ。

 爆睡し縄でぐるぐるにされた仲間を見上げ、盗人の彼―――タプは昨晩の仲間とのやり取りを思い返す。そろそろ別行動をしたいと誰かが言いだし、他の皆もそれに同感という流れだった。





『フォグジーとアンガは良いとして、タプ、モニター。おめぇら本当に大丈夫か?』

 仲間の一人が袖をまくり肩口の鱗を磨きながら尋ねた。

『タプは飯食いだしたら他の事全部忘れるし……逃げ切れるならまだしも脚は並み以下だもんなぁ』と別の一人が頷く。

『モニターはこの間ここの警備隊に顔がバレちまったかも知んねぇだろ。シラフなら逃げ切れんだろうけど……てめぇ、絶対気抜いて酒に手出したりするなよ。一滴舐めただけでも使いものにならなくなるんだから。そんなときに警備兵と出くわしてみろ』

『大丈夫ですよ。僕だって自分の弱点分かってて皆さんが居ない時にお酒を口にしたりはしませんって』





 別々の行動をとる時、メンバーの中で一番動きの鈍いタプが本人含め常に五人の心配の種だった。……のだが……まさか今回お縄に付いた原因が、五人の中で一番頭のいいモニターだとは。普段のモニターの用心深さを知るタプは思っても見なかった。

(いつだ? 何でモニターはいきなり酔っちまったんだ?)

 共に街を散策していたタプには幾ら思い返してもモニターの酔った原因が分からない。共にしていた間、モニターが口にしたのは一杯の水くらいだ。彼はタプの暴食と自身の酒癖を酷く警戒し、他のメンバーと合流するまで水以外何も口にする気はないと断言していた。

 まさか唯一口にした一杯の水に近くで乾杯して跳ねたアルコールの飛沫が入っており、その僅かなアルコールによりモニターが酔ってしまったなどとタプは思いもしない。

(ど、どうすっかなぁ……投獄されたとしてキッコと合流できればまだ望みはあるけんど……―――鼻のいいあいつが簡単に捕まるとは思えねぇんだよなぁ……。そこらの兵や騎士にすばしっこいフォグジーが捕まるとも思えねぇし、だとすると望みはアンガか? あいつなら全部ぶっ壊しておでら担いで逃げるのも容易いだろうけんど……)

「おい、他の仲間はどうした? 吐けば少しは罪が軽くなるぞ」

「場所が分からなけりゃ顔や特徴だけでもいい。今言っておいた方が後が楽だぞ」

 他の兵士が以前仲間を庇った悪人がどんな拷問をかけられていたか、顔色を悪くしながらひそひそと話し合っていた。嫌でも聞こえてしまうそのひそひそ話にタプはごくりと固唾を飲む。

(み、皆……牢屋の中で合流でも問題はねぇよな……てかそれも作戦。五人いりゃあ兵士を欺くのだって簡単だんな……って事で―――)

 タプが口をひらこうとした瞬間、馬の上のモニターが寝言の様な声を上げた。

「腕にキツネの入れ墨のきんぱつとぉ! 耳と首に石をたぁーくさんつけた黒毛混じりの茶髪とぉ! 針金沢山持ち歩いてる目付きのわりぃ青髪ぃ! さけぇ! 酒を寄越せぇ~!」

 フォグジー、アンガ、キッコと順々に仲間の特徴を言い連ねたモニターに、タプはあんぐりと口を開ける。

「酒を飲ませたらもっと話すかな?」

「何で罪人に酒飲ませてやんなきゃなんねーんだよ。今の情報だけで一先ず探せるだろ。足りない情報はこっちのデブからも聞き出せるしな」

「ん? お前さっきから手元に何か隠してないか……」

「―――おい、このチビ帽子の下に何か……耳だ。あ、尻尾も……こいつ獣人だぞ!」

「そっちの奴はどうだ。もしかしたらそいつも―――」





 ***





「ローサ、だんだんと落ち着きなくなってない?」

「そ、そう? 気のせいよ」

 友人のリサ・テーピックの揶揄い交じりの問いかけにローサ・アンラークは平常を装いながら返した。

 城の騎士団の見習い達が、午前の訓練を終えばらばらとお昼に向かう。このまま休憩をとり午後の訓練に向かうも、午後は勉強の時間にあてるも休息にあてるも、団からの強制は無いので過ごし方は其々だ。逆に午前は他の事をし午後のみ訓練に行く者達も当然いる。

 貴族の令嬢であり騎士見習いであるローサとリサも、周りを行く他の見習い達同様午前の訓練を終え昼食を取りに城の敷地を抜け街へ繰り出そうと馬に乗っていた。

 ―――「点数稼ぎには良いよな。運よく会えたらとっちめてやる」

 近くから聞こえた会話に乗っかり、ローサはリサにあの話題を振る。

「ね、ねえリサはどう? あの窃盗団の話」

「あぁ、捕まえたら確かにラッキーだけど。私はわざわざ探しに行くのは……。しかも他人種の血が混ざってるかもしれないんでしょ? 変に近づかない方が良い気がするわ」

「まぁ……そうね……。それは同感だけど」

「ねぇねぇローサー。それよりなんで急にお弁当なんて作ってくれたの? しかも訓練場じゃなくて外の公園で食べようだなんて」

「……! べ、別に……暖かくなってきたしピクニックも良いかなって思っただけよ!」

 顔が赤くなり誤魔化すような彼女に、リサは「へぇ~」と意味深に頷く。

「そうねぇ、暖かくなってきたし天気もいいし、お城の外ぐるりと散歩するのもいいかもね……。お仕事中の先輩方にも挨拶したりして、運が良ければお昼の休憩も一緒に取れたり……」

「そ、そうね! そう言うのも良いわね!」

「多めに作って来たって言ってたし、一緒が駄目でもおすそ分けもできるものね」

「そ、そうね!」

「ふふ~ん……?」

 楽しそうにリサに見つめれら、ローサは耐え切れず「もう!」と吐き出す。

「そうよ! おすそ分けしに行くの! 悪い!?」

 誰にとは言わずとも通じている。リサは笑いながら「ごめんごめん」と謝る。

「分かってるわよ、もう茶化さないから。ほら、もう少しで着いちゃうんじゃない? 顔真っ赤よ? 少し落ち着きましょう」

 持ち歩きの小さな鏡を友人から見せられたローサははっとした様に両手で顔を覆った。

「もう! リサが揶揄うから!」

「ごめんごめん。お詫びに髪の毛整えるから許して」

 二人は道の端で馬を降りと、リサがローサの後ろに回り恋する友人の体裁を楽し気に整える。





 ***





「お、お疲れ様です!」

「アンラーク、テーピック。お疲れ様。訓練終わりか」

「はい、今からお昼で。……あの、ジーン先輩はお昼まだですか?」





(―――!?)

 偶然通りかかったアルベラは咄嗟に壁に身を寄せた。後ろにいたガルカを軽く弾き飛ばし、彼女は身を隠すように壁に背中を張り付ける。

 「おい、」と後ろからガルカの不服の声が上がったがアルベラは聞いていなかった。

(さっさと通り過ぎればよかったのに……つい……)

 その気もないのにアルベラの耳は道の向こうから聞こえる会話を拾い上げてしまう。

 ―――「私達、これからそこの公園で食事をしようかと思っていて」

 ―――「先輩も良ければご一緒しませんか? ローサ、私の為に多目にご飯作ってきてくれたみたいなんですけど多すぎて」

(あのポニーテールの子……前に確か……あぁ、ジーンの誕生日会で見た……)

 アルベラは入学前の、「酒の実」という酒屋で開催された誕生日会を思い出す。今馬を引いてジーンと挨拶を交わしている彼女。直接話した事もなく声だけしか聞こえないという状況で、あの少女が心底楽しそうに、嬉しそうに表情を綻ばせているであろう図が想像できた。





「……悪い。今俺がここを外すわけにいかないんだ」

「他の方は……?」

「丁度少し前に外した所だ。昼食は午後の当番と交換してから行く」

「そうでしたか……。あの、良ければこれ」

「アンラークが作ったのか?」

「はい……。すみません、素人なので大したものじゃないんですが」

「いや、家の料理人に頼まず自分で作ったなんて凄いと思って。貴族も料理するって本当なんだな」

 ジーンの言葉にクスクスともう一人の少女が笑っていた。

「そうですね。確かに、全員が全員趣味で料理はしないので。ローサ、騎士団に入って野営を習ってから料理に興味を持ったんですよ。こんな簡単にご飯が作れるなんて知らなかったって」

「あぁ……野営か。二人は大丈夫だったんだな。初めてだと外で作った飯を食べられない人間も多いだろ。俺ら平民の出身者はともかく」

「運がいい事に、私達の班は一緒に居た先輩の味付けが上手だったので」

「そうか。それは運が良かったな」

 くつくつという聞き馴れた笑い声。

「有難う。容器は今度洗って返す」

「は、はい! 良ければ……ええと、不味かったら不味かっと、感想も頂けたら嬉しいです!」

「わかった。普通に美味しそうだけどな」

「あ、味は食べてみないと分かりませんし!」

「匂いとは裏腹に予想外の味、なんて野営でも散々あるもんね」

「ああ……確かにそうだな」





(……普通に、ちゃんといい先輩やってるんだな……って、正義の騎士様だし当然か……)

 アルベラは静かに息を吐き、諫めるように自身の胸を拳でトントンと叩く。

「―――……い、おい…」

(何やってるの、こんな所で人の話を盗み聞きなんて……。早くいかないと、ミミロウさんたち待たせちゃう)

「……おい、おい……―――おい!」

「……あ」

 ずいっとガルカに見下ろされ、アルベラは初めて自分の足の裏の感触に気が付く。

「貴様……長々と人の足を踏んでおいて詫びも無しか」

「あ……あぁ、ごめん。気づかなくて」

「ふん、もっと心を込めて謝れんのか」

「ごめんって。新しい靴でも買ってあげるから」

「誰がいつそんな物を欲しいと言った。貴様……近々ここ最近の清算を付けさせてやるから覚悟して―――」

「―――さぁさぁお嬢様、ここの道を使いたくないならこちらから行きましょうか。少し回り込みますけど時間的には大して変わりませんし、こっちの方が人通りも少なくて進みやすいですよ」

 共に聞き耳を立てて黙っていたエリーががしりとガルカの頭を掴んで方向転換をする。アルベラは「へぇー、そう」と言われるままエリーの後に従った。少し後ろ髪を引かれる感覚があるも、それは理性で振り払う。

 彼女は想像する。

 ―――もしもあの二人が良い雰囲気になったら? それが後々発展して愛し合う仲になったら?

 それは自分の関与する所ではない。そうなったらそうなったで自分はただそれを他人事に祝えばいいだけだ。誰かを虐める自分がずっとあの騎士様と仲良くしていられるかというのも分からない話なのだから。

(『覚悟なら出来てる』か……。ええ、十分できてますとも)

 いつもと何ら変わらない表情―――しかし胸を小さく締め付けられている彼女を、ガルカは不愉快そうに見下す。





 ***





「ええと、ではお仕事頑張ってください!」

「お先失礼します」

「ああ。お疲れ」

 ローサとリサ、ジーンがやり取りを終えて別れを告げる。

 二人が馬に乗って目的の公園に向かおうとした時、道の後方から甲高い女性の声が聞こえた。

 次第に賑やかになっていくあちらの通りに、ローサとリサが顔を見合わせる。

「私達、様子を見てきます! 先輩はこちらの警備を」とローサ。

 先に行ってしまった彼女の後を追い、リサはジーンを振り返る。

「絶対に無理はしませんから、何かあったらちゃんと救援を呼びますね!」

「分かった。気を付けろよ」





 人で賑わっていた通りは騒然としていた。

 広い道の中央には一人の男。赤黒い肌に岩を思わす筋骨隆々な体格の彼は、一人の兵士の頭を掴んで軽々とぶら下げていた。その足元には数人の兵士。皆息はあるがかろうじてとういう様子だ。

「こんな薄っぺらい体の奴が良く俺を捕まえるとか言えたなぁ! あぁん!?」

 怒声を上げる男の周りは人波が途絶え、彼に近づかないようにと皆一定の空間を開けてその様を見守っていた。

「おい、誰か止めろよ!」

「無茶いえ、あんなのに敵うかよ!」

「誰か警備隊に連絡を……」

「見ろ、あれ騎士じゃないか」

「大丈夫か? あの男、アレ全部魔充石じゃ……」

 人々の小さなやり取りを聞きながら、ローサは一瞬「騎士」と示されたのが自分たちなのかと緊張した。しかしすぐにその緊張はとかれ、駆けつけてきた見習いでない正式な騎士達の姿に安堵する。

「五の団の人達ね……。良かった。お城が近いお陰ね」

「ええ……けど、」

 ローサが言い淀んだ理由はリサも分かった。

 やって来た騎士達は若手だ。見るからに経験が浅そうで、騎士という言葉に酔って浮かれてるかのような振る舞いが感じ取れた。

「大丈夫。他の人達も来るだろうし、いざとなったら私達も……どれだけ力になれるか分からないけど援護しましょう」





「お前、例の窃盗団の一人だな! 仲間のデブとチビに会いたければ大人しく連行されるんだな」

 剣を抜き切っ先を男に向ける。彼の後ろには二人の騎士が魔術の印を描き戦闘態勢を整えていた。

「あぁ……? ―――ちっ。タプとモニターの野郎ヘマしやがったか」

 剣を向けられた男は余裕のある様子でそう呟くと「良いぜぇ」と言って胸の前で拳をぶつけた。

「世の中腕力! 力がすべてだ! 俺を牢屋にぶち込みたきゃ力でねじ伏せてみろ!!」





 ***





(何だろう……あっち側ちょっと騒がしい?)

 ユリは足を止めて建物の合間に見える空を見上げた。爆発音のようなものが聞こえたそちらでは、火事でも起こっているのか煙が立ち上っていた。

 何かの事故か事件だろうか。

 折角の休息日だというのに大変なものだ、とここから遠いそちらを見て「怪我人が居ませんように」と胸の前手を組んで小さく祈る。

(……私はやることやらないと)

 ユリは小さな古書店にやってきていた。

 扉の前に立ち、薄暗い店内を見てやっているのだろうかと不安になる。





『教会内の書物は持ち出し禁止です。盗まれないよう、教会もそれ相応の処置を施しているのですが、稀にその網目を掻い潜って本を持ち出せてしまう輩がいるんです。―――幸い、今回は本にかけられた魔術は生きていたため、本の追跡と犯人の追跡も叶いました。―――ええ、犯人の方はもう大丈夫ですよ。ユリちゃんには本の回収の方をお願いしようかと。あ・ち・ら・の・堂・の掃除も最近落ち着いてできるようになってきましたしね』





(ファーズさん、『今回は息抜きだと思ってください』って言ってたけど、本当にこれだけで良いのかな)

 週に二~三回の清めの教会でのバイト(癒しの聖女である少女メイ曰く『バイト兼修行』らしい)で自分の教育係をしてくれているファーズというシスターの言葉を思い出しながらユリは店の扉を押してみた。

 扉に下げられたチャイムが鳴り、店内に客の訪問を報せた。

 部屋の奥からギィと木の軋む音。ユリは本以外にもまばらに雑貨の置かれた棚の並ぶ店内を奥へと進み、店長であろう老婆を見つけ頭を下げた。

「こんにちは。清めの教会からの使いで参りました―――」

 老婆は表情を変えずユリを見上げると、息を吐いて片手を持ち上げた。





 ユリは目的の本を胸に抱き、店から出て息を吐いた。

(ファーズさん、息抜きとはいえいい勉強になるってそういう事ね……)

 この書店の店主は盲目だったのだ。耳も遠く、店のチャイムはただの鐘ではなく耳が遠い者用に開発された魔術具だった。

 目も見えず耳も遠い彼女とのやり取りの綱は魔力による筆談だった。目で文字を見るのでなく、魔力の形を感じとり文字を読むのだ。

 完璧に魔力を制御して宙に綺麗な光の文字を書く彼女。対するユリは補助の道具である羽ペンを借りての対話。初めはペン無しで書いてみろと言われ試してみるも、分かり切っていたが文字など描ける有様ではなかった。魔力の線はがたがたで、殆ど文字が潰れてしまう有様だった。

(あれ苦手だったもんなぁ……けど、前よりは大分マシになってたかも)

 昔は一文字一文字が繋がってしまい一筆書きの様になっていたのが今回は区切るところは区切るで、魔力を切る事が出来るようになっていたのだ。これも学園に入学してからの努力の賜物かとユリは感激する。

 ―――ぽつ……ぽつ……

 隣を人が通り過ぎた。

 その際に聞こえた小さな水音に、ユリは自然と足元に目をやっていた。

 通り過ぎた人物。その後を追うように、赤い滴が点々と地面に染みを作っていた。

(これ……)

 しゃがみ込んでその赤い水跡を眺め、ユリは急いで通り過ぎていった人物の跡を追う。

「あの、すみません―――」

 追っていた人物がこちらを振り返った。と同時、ユリの後ろからばたばたと数人の足音と怒声が聞こえてくる。

「ただじゃおかねぇこの盗人が!! 警備隊に突き出してやる!!」

(盗人!?)

 バタバタと駆けてきた彼等は「どけ、嬢ちゃん!」とユリを端に押し退けて行った。盗人と言われた人物は怒声と共に既に走り出しており、魔力の気配もなくぴょんぴょんと建物の突起を足場に屋根の上へと出ていた。追っていた者達の中の一人は風の魔法が得意なようで、風で身を浮かせ盗人とやらを追っていく。他の者達も水を足場にしたり、地上の道をかけて先回りを計ったりとして行ってしまった。

 ユリは怒涛の様に去っていた喧騒を見送り「ぬすっと……」と呆然と呟いた。





(さっきのは一体……)

 ユリは驚きを残しながら別の細い道に入り清めの教会までの近道を辿る。

 盗まれたという人達は災難だし、血を流していたあの人物の事も気になった。

(盗みは駄目だよな……けど怪我はちゃんと治療しないと……)

「―――……あ」

 一度通り過ぎた道、黒い塊が放置された廃材に紛れるように壁際にうずくまっているのを見つけ、ユリは二度見をするようにその道へと戻る。

 見間違いではなかった。少し先にある突き当り、あの「盗人」とやらが壁に背を預け座っていたのだ。

 自分の足もとをみて血痕が無い事を確認する。

 フードを被ったあの人物の足元へ目を凝らし、そちらには血の跡があるのを認めた。彼の元から点々と続く血の跡が途中からパタリと途絶えているのをみて「あそこから地上に降りたのかも」とユリはその人物の足取りを推測した。

「……」

(あ……)

 ユリが辺りを観察している間に、あちらもユリの存在に気付いていた。黙ってこちらを睨んでいる相手に、ユリは近づいたら逃げられてしまうのではと思い動かずに声だけで伝えた。

「あの、もしかして怪我してますか?」

「……」

「良ければ見せて欲しいんですがいいでしょうか? 私治癒魔法が使えて……血を止める位ならできますから」

「……」

「あ、勿論お金とかは取りません!」

「……!」

 ずっと反応を示さなかった「盗人」は、ユリの無償の発言にピクリと身を揺らした。





 ***





「―――て、てめぇ、何だその匂い……」

 アルベラとエリーそしてガルカは約束していた時間、約束していた場所でミミロウとカスピと落ち合っていた。そしてそこには見知らぬ人物が一人……。

「だれ」

 アルベラはミミロウに取り押さえられている青髪の青年へと尋ねる。

「スリ」とミミロウが答え、「スリ?」とアルベラは彼の言葉を繰り返した。



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