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三章 エイヴィの翼 後編(前期休暇旅行編)

288、翼を取り戻す方法 20(相次ぐ連絡)

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「噂の話よ。『貴女の良くない噂が流れているでしょう。あれ、誰かが意図的に流してる気がするの』って奴。―――犯人が分かってないなら本当にあの子が人を差し向けてやったって可能性もあるでしょ。噂通り犯人が彼女だったとしたら事を成した本人に『あなたの悪行いろいろ聞いたわよ?』って遠回しに言いながら、あたかも知らないふりして『こんな噂誰が言いふらしてるのかしら。怖いわねぇ、気を付けて』て嫌味を言ったみたいになるんだけど」
「え……」

 ユリの笑顔から血の気が引いていく。

「あ、の、私そういう意味で言ったんじゃ」
「でしょうね。あの子がどういう意味で受け取ったかは知らないけど。まあ、もし犯人があの子なら謝罪ついでに良い忠告になったんじゃない。ユリが嫌味で言ったと受け取ってくれれば『こちらもそんなに馬鹿じゃない、黙ってばっかじゃない』っていう風にも伝わってるだろうし。―――あぁ、いや。駄目ね。場合によっては口封じとばかりに嫌がらせが過激化する事だってある……」
「それはないです!」
「……?」
「あ……すみません。けど、アルベラは多分そういうタイプじゃない……と思うんです。今日もちゃんと話を聞いてくれましたし」
(それに……)

 ユリは出会った頃の彼女の態度を思い出す。
 あの場所は彼女以外の誰もが平民だった。そんな中彼女は自分が貴族で、しかもこの地の領主の公爵家の娘だと言いふらし偉ぶらなかった。平民の自分達に対しお礼の言葉も抵抗なく口にし、牢屋から出た後、自分やミーヴァを見捨てて一人で逃げも良かったのにそれもしなかった。ミーヴァの危ない所を助けてくれたし、彼の失礼な言動に本気で怒ってもいなかった(本人はそれなりに腹を立てていたがユリにはそう映ってはいなかった)。それどころか他の平民の子供達を率先して先に逃がしてもいた。
 あの時の彼女は紛れもなく素の状態だったはずだ、とユリは今もその考えは変わらない。
 ミーヴァにこの事を話した時は「貴族社会の中でどう歪んでるとも限らないだろ」と彼は言っていたが
その言葉も彼自身半信半疑で言っているようにユリは感じていた。ミーヴァも、アルベラが感情に振り回されて誰かを(自分以外の)陥れる様な人間ではないと思っている節があるのだ。

(相手は公爵ご令嬢だし、学園で私なんかが馴れ馴れしく接しちゃいけない相手だとは反省したけど……けど……悪質な内容の噂の犯人がアルベラとは思えない……)

 さくり、と気持ちのいい音がユリの正面から上がる。
 一見自分より幼い年頃の少女にしか見えない癒しの聖女、メイク・ヤグアクリーチェは大人びた口調で、余裕のある表情で「そうね」と言い手にしていた半分のクッキーをさくさくと食べきる。

「人を自分の目で見定めるのはこの先あなたにとってとても重要だし……今は沢山その経験を踏みなさいな。結果はいつかわかるもの。―――私も何度かあのお嬢様と言葉を交わして思ったけど、噂から受ける印象より強かだとは思ったわ。穏便、慎重。頭に血が上って突発的に馬鹿な真似はするタイプではなさそうかもね」
「せ、聖女様……」

 分かってもらえたような分かってもらえてないような、とユリは苦笑する。

「ユリ、貴女は人が良すぎる気があるから気を付けないさい。平民だって貴族だって、人の良心に漬け込んで調子に乗る輩は幾らでもいるわ。芯弱く、自分の行動を顧みず、そんな輩に振り回されれ愚行を重ねれば、どんなに厚い神の信頼もいつかは途絶えてしまうから。貴女はそんなふうに腐っては駄目よ」
「……? はい」

 自分が聖女候補である事をまだ知らないユリは、メイクの言った神の信頼をただの恩恵か何かと受け取り頷いた。
 そんな彼女を微笑ましく思いながら、メイクはディオールのご令嬢の依頼であるエイヴィの治療の日取りについて考える。

(申請書は順当にいって一週間前後。その間にエイヴィ達には移動を初めてもらって、彼らの翼なら速い子は四~五日位かしら。怪我人を運んでくるからプラス数日……)




 ***




(あっ、そういえば『もう二度としません』って言わせるの忘れてたわね)

 お茶会が終わり自室で適当な書類を眺めていたいた癒しの聖女は人知れず舌打ちをする。思い出したのはディオールのご令嬢の謝罪の件だ。もう二度とユリやその他の者達に嫌がらせをしないと、あの場で言わせたかったと彼女は悔やんだ。

(まあ……治療の事もあるしそれが済むまでは嫌でも大人しくなるでしょう……。―――ん?)

 カリカリと石を引掻くような音が机の横から聞こえメイクは顔を上げる。そこには古くから教会同士の連絡用に使われている石板が専用の台の上立てかけられていた。執務机と並んで置かれたそれに、つらつらとリアルタイムで文字が彫描かれていく。

「まあ、恵みの聖女様。直接のご連絡だなんて珍しいわね」

 メッセージが出来上がっていくのを眺めていたメイクだが、その表情が苦笑へと変わっていく。

(本当心配性なんだから……)




 ―――突然のご連絡申し訳ございません。

 ディオール様の外国のご友人の治療について、何か進展はございましたでしょうか。
 もし癒しの聖女様がお忙しければ私共もお手伝い致しますので、どうか前向きにご検討いただけましたら幸いです。




(ディオールのお嬢様は私の条件の事はあちらの聖女様に話してるのかしら。何にしたってもうまとまった話。細かい事は後日……とりあえず結果だけ―――)

 ―――ご心配なさらず、日程を調節してお招きする手はずとなっております。

「と、」

 専用の石で引掻き跡の着きやすい石板に文字を描き、メイクは「よし」と椅子を机側に引っ張って戻す。
 石板から自分の書いた文字が消え、代わりにまたカリカリと文字が描かれていく。
 そこには「お忙しい中有難うございます」と恵みの聖女からの返事が書かれていた。

(なんで貴女が礼を言うのやら、)
「メイク様」

 部屋の扉がノックされ、外からパンジーの声が聞こえる。メイクが許可すると彼女は部屋に入って来て「お客様が」と告げる。

「今日はアポなしが多いのね。どなた?」
「ラツィラス様です」
「あら」
(あの子が連絡もなしになんて久々ね。小さい頃は前触れもなくでよく来てたけど……。なにかしら)
「いつもの部屋でお待ち?」
「はい」
「なら今行くわ」




 ***




『メイク・ヤグアクリーチェ様。今日は治療の依頼でお邪魔しました。ディオールのご令嬢からの依頼と重複してしまうのですがよろしいでしょうか?』

 部屋に着き挨拶もそこそこに、そう切り出したラツィラスは思い出したように手を「ぽん」と叩いた。

『あ、そうそう。そういえば聖女様に見ていただきたいものがあって持ってきたんです。―――これ、覚えておいででしょか』

 「ん?」とメイクは笑顔を浮かべたまま今回のこの面会の目的について、嫌な物を察し始めていた。
 ちなみにラツィラスがテーブルの上に乗せたのは小さい頃に(今も)大事にしている彼の乳母の形見の魔術具の玩具だ。割れてしまったガラスはとりあえずは職人の手により元の形に修復されてはいるが、繊細な魔術が描かれていた内側までは修理しきれず―――修復の魔術で修理するにも魔術のかけられた物の魔術による修復と言うのは互いに影響し合い難しい物もあり―――それは随分前から飾りとしてしか機能しなくなっていた。

『―――聖女様はこの時の約束……覚えていらっしゃいますか?』

 悲し気な笑みを向けられ、メイクは苦しく思いながらも頷くしかなかった。




(あの子……なんであんなものを持ってきてまで……)

 部屋に戻って来ていたメイはぐたりと机の上に身を預ける。
 いろいろと話し込み、外は随分暗くなっていた。時間も時間だったのでラツィラスと夕食を済ませ、話もまとまり戻ってきた所だった。
 今日は自分が治療を行うべき重症患者や、期限の迫った重要な書類や面会の約束などは無かったために時間は取れたが……、果たしてこれは偶然だったのだろうかと疑問に思う。

(ギャッジったら、まさかここしばらくの私の業務まで把握してるんじゃないでしょうね……)

 身の回りに探られた形跡はないか、自分の知らぬところで密にパンジーが買収されていたのではないかとメイクは不安になる。

あの子パンジーも事と場合によっては簡単に私の事売るんだもの……気が気じゃないったら……)

 カリカリ……カリカリカリカリ……―――
 また聞こえてきた音に「次は誰?」とメイクは石板を見上げる。
 誰も何も、この石板は今は聖女同士のやり取り用だ。
 来るとすれば恵みの聖女か清めの聖女からでしかない。それかたまに代理で信頼のおかれたシスターから連絡が入ったりもするが―――。

 ―――メイク・ヤグアクリーチェ様、今晩は。突然のご連絡申し訳ございません。アルベラ・ディオール様の事で……

 字と先に描かれている紋章は清めの聖女のものだ。
 メイクは思いもよらない人物から送られてきた思いもよらないにがばりと身を起こす。

「なんなの、皆寄ってたかって……! 私が意地悪したみたいじゃない!」

 泣きそうな顔でそう溢し、彼女はやけくそに「分かってるわよ! 治療すればいいんでしょう治療!!」と声を荒げた。




『分かってるわよ! 治療すればいいんでしょう治療!!』

 部屋の中から聞こえたメイクの声に、扉をノックしようとしていたパンジーは息を吐く。一緒に居たシスター達は苦笑して顔を見合わせた。

「聖女様にハーブティーをお持ちしてくるわ。皆はもうおやすみなさい」

 にこやかに言うパンジーに、この教会に長く暮らしてきたシスターたちはすんなりと頷き礼を言って去っていった。

(本当に手の焼けるひいひいひいひいおばあ様だ事……)

 パンジーは幼い頃から知る六世の祖である彼女の好きなお茶の数々を思い浮かべ、今夜はどれがいいだろうかとほほ笑む。



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