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三章 エイヴィの翼 後編(前期休暇旅行編)

261、エイヴィの里 5(ダークエルフの奇襲)

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 アラーニエという怪物を倒して束の間の休息。

 背から胸にかけ穴が開いてしまったアルベラの服は、エリーが洗浄と修復の魔術を展開しある程度の血を落とし塞げる範囲で穴を塞いだ。穴はよく見れば布の寄れ具合などから破れた範囲とそのつなぎ目が分かる程度だったが、繊維の深くまで染み込んだ血は取り除ききれず大きな染みとなって残っていた。血の匂いは目立つので、隠せるなら隠した方が良いだろうとそれも魔術により対処済みだ。アルベラの持っていた魔術のポケット図鑑に「日常生活で役立つ悪臭を抑える魔術印」というのがあったのでそれを施した。

 エリーとピリも回復薬を飲み、今はエリーがピリの怪我の手当てをしていた。アルベラの鞄には傷薬も入れられており、八郎お手製のそれはふんだんに魔力が込められ、使用者の魔力不要で傷を癒すことが出来る。回復薬だけでは癒しきれなかった傷にその塗り薬を塗っているのだ。

 二人の手当て中、エリーに膝枕をしてもらっていたアルベラは上半身を起こしてみる。コントンの鼻を借り手を付き、試しに立ち上がったり数歩歩いてみたりして体の調子をうかがった。

(上半身を起こしただけで眩暈か。走り回ったりは無理だな……。本格的にお荷物……)

 アルベラはだるそうにコントンに背を預け座り込んだ。

 自分の体調に呆れ目を細めるの彼女に、エリーが「ゆっくり休んでください」と声を掛ける。

「顔色が酷く悪いです。血が足りてないんでしょうね。お気づきか分かりませんが、体温も普段に比べ随分低いです」

「そう……。分かった、気を付ける」

 とアルベラは鞄から二本目の回復薬を取り出した。

(多少の怪我の治癒や体力や魔力の回復は出来ても、失った血は戻せないんだよな。やっぱりって感じだけど……。実感できる貧血の症状はあんまり改善されてないみたいだし、激しい動きは自重しないと……)

(ふふふ……、『血は戻らないか』とか考えてそうね)

 約六年となる主の思考を読みエリーは苦笑する。

(本当手が掛からない子……。自分の事は大概自分で出来ちゃうし、もうちょっと手がかかってくれても私は良いんだけど……―――あ、けど目の前で死にかけられるのは心臓に悪いからもう勘弁してほしいわね……)





 ***





 アルベラはエリーの手によりコントンの背に乗せられた。ピリは一人で飛んで里に向かう事が出来なくもないが、先ほどの里を目前に強風に煽られ飛ばされた件と、一人行動は危険だという事で共にコントンの背に乗っていた。

 コントンは傾斜を登り山頂に広がる森へと走る。目指すは分断されたメンバー達のもとだ。

 ダークエルフとやり合ってた彼らが今どうしているのか。エリーは早く合流して手が貸せるのなら貸したいと思った。アルベラは自分自身は戦闘の力になれないにしろ、彼等の無事とその場によっては何か手伝えれる事があれば手伝いたいと思っていた。

「―――嫉妬のアラーニエは、大昔の物語に出てくる怪物です。夫に浮気された女が嫉妬に狂って禁じられた呪術を行い、失敗した結果半身が蜘蛛の化け物になってしまったのだと。化け物となった彼女は夫と浮気相手を殺し、村中の女性―――夫の浮気相手が若い女性だったせいか、特に若い娘を狙って殺して回ったそうですよ。腹を裂いて臓物をかき混ぜ、相手が苦しみ悶える姿を嬉々として眺めてたとか。物語だと、村を壊滅後、英雄に倒されたんだったかしら? 封印されたんだったかしら? 最後の方はあんまり覚えて無いのよね……。―――今回のあの化け物が本物の『嫉妬のアラーニエ』かは分かりませんが、『アラーニエ』と言う言葉自体は蜘蛛と人がくっついたような化け物を示すので、そういう形の魔獣の総称でもあるんです」

(なるほど、それで嫉妬のアラーニエ……)

 アルベラは背後に聞いたエリーの説明に納得する。

「ピリその話初めて聞いた」

 アルベラの真後ろでピリはエリーを振り仰ぐ。

「ふふふ。うろ覚えだけどこちらの大陸の西側で聞いた話だった気がするから、こっちの国では広がってないのかもね」

「ふーん。けど蜘蛛の魔獣の呼び方はこっちと似てるよ。こっちでは『アランニェ』って呼ぶの」

「あら、そうなのね。確かに似てるわね―――」

『―――バウ!』

 エリーの顔つきが変わるのと、コントンが知らせの声を上げるのはほぼ同時だった。

 三人と一匹の行く先の上空に、一人の男が浮いていた。

 その人物は森に向かって駆けてくるコントンを認めると、滑る様にその目の前へと降り立った。





 褐色の肌に銀髪。見覚えのある顔つきにアルベラは「双子……」と呟く。

「よう」

 ダークエルフの男は挑発的な笑みをうかべる。エリーが自分達を乗せる黒い背を撫で「コントンちゃん」と呼びかけた。

「竜血石を持ってるな。寄越せ」

 ―――ワオォォォォォォォォォン!!!

 男の台詞にコントンの遠吠えがかぶさる。

 ダークエルフの足元が切り取られた様に真っ黒に抜け、そこから触手が現れ男を覆った。

 影に覆われ押さえられた男を飛び越え、コントンは森へと駆ける。

「……」

 影の隙間、男の鋭い視線が黒い犬の背中に向けられていた。





「どうする? このまま姉さんたちの元に向かう?」

 アルベラの問いにエリーも戸惑ってるようだった。

「このまま里に行ってエイヴィの人達の手を借りれたら借りたいですけどね……。巻き込む事になるのは心苦しいですよね」

「そもそも里に入れるのかも分からないしね」

「そうですねぇ……、運が良ければ私とコントンちゃんで倒せなくもなさそうなんですが、ちょっと嫌な感じが……」

「―――ピィ!? アルベラ、エリー!」

 「なに?」と二人が間に挟まるピリの声に反応する。ピリが後ろを見てるのを見て二人もそれに倣うと、ダークエルフを覆う影の量が減っているのが一目で分かった。

『バウゥゥゥ……』

 下でコントンが唸る。

 彼の足並みは徐々に乱れていった。彼は身を低くし、背中をゆすり三人を下す。

 エリーに抱えられ地に着地し、アルベラが見たのは地面にしがみ付くように四肢を踏ん張らせるコントンの姿だった。彼は後ろに引っ張られるのを必死に耐えているようだ。

 「どうして」と呟きアルベラはダークエルフを見る。

 男は片手に口の長い瓶を持ち、その口をコントンへ向けていた。その瓶は男を捕らえていたコントンの影を次々と吸収していた。

「あれのせい……」

 と言うとともに、アルベラは男の片手に向け水弾を放つ。瓶を弾き落せればと思ったのだが、水は男の放った防壁により軽々と防がれてしまった。

 アルベラの水と共に駆けだしていたエリーは、男の防壁を飛び越え彼の頭上から瓶を狙い踵を落とす。―――が、殆ど自由となっている男は空いてる片手でエリーの脚を受け止め、掴んだまま軽々と地面へ叩きつけるようにエリーを放り投げる。エリーはアクロバティックな動きで地面の上を跳ねながら転がり勢いを殺し着地した。

『―――! バウ!』

 コントンの四肢が遂に地面を離れた。

「コントン!」

「ああ!!」

 とアルベラとピリが声を上げた。

 彼は一直線にダークエルフの持っていた瓶へ引き寄せられ、あっという間にその下半身を小さな瓶口に吸い込まれてしまった。すんでのところで前足を地面に踏みとどめ、彼は唾液をまき散らしながらダークエルフへ牙を剥く。が、瓶は高さはそのままに宙に浮いて男の片手を離れて横へと離された。

 コントンがどんなに牙を剥こうとも、物理的にその牙は男には届かず、影は出しても次から次へと瓶に吸われてしまう。

「瓶が空になった所だったし丁度良かったよ。―――コントンか。いい収穫だな」

 ダークエルフの双子の弟、ボイはウサギの獣人が紫髪の少女を示す際、魔族の他に犬を連れてるような事を言っていたのを思い出し「犬コロってのはこれの事だったか」と口端を吊り上げた。





 初めは瓶を優先して狙っていたエリーだが、次第にその攻撃瓶よりもダークエルフへと向くようになっていた。

 ダークエルフは魔術具をふんだんに拵えてきていたようで、ダークエルフ自身の風と土の魔法以外にも指輪から氷や電気の攻撃を放ちエリーを圧していた。

 エリーが感じていた嫌な予感はこれだった。強い魔力がばらばらと、ダークエルフの体の至る所から感じられたのだ。

 男は涼しい顔でエリーを跳ね返す。

 エリーが攻撃のために展開し、今や攻撃を飛び跳ねて避ける彼女の足場や盾にもなっているた石の柱の陰。アルベラとピリは身を隠し、二人の戦闘と瓶に吸われ必死に抵抗するコントンを見守っていた。

 最悪、コントンが瓶に吸われてしまってもその瓶さえ奪えればいいのだ。

 だからアルベラは男の隙を狙いあの瓶を手に入れられないかと考えていた。





 ボイの攻撃を避けて岩陰に隠れるエリー。エリーが隠れた石柱にバチバチとクナイのようになった電撃が突き刺さりその柱を根元から折り倒す。

 「ちっ、こいつはもう切れたか」とボイは指にはめていた指輪へ目を向けた。彼の手から二つの指輪が砂となって流れ落ちていった。二つ一組で攻撃を発する魔術具だったのだ。

 その様子をエリーが岩の影から伺う。

 絶えず攻防を繰り返していた彼女の髪は、今朝の時点では綺麗に結い上げられまとめられていたのだが、今やその見る影もなく乱れ解け掛けていた。衣服や手足にも切り傷や焦げ跡が多く、土埃で酷く汚れていた。

(道具が一つ壊れてくれたみたいね……。あの防壁のもさっさと無くなってくれると助かるんだけど、まだまだいけそうね……)

 岩を放とうとも肉弾となろうとも、あのダークエルフは自身の魔力を使わずにエリーの攻撃を全て魔術具で築いた強靭な壁によって防いでいた。風や水、土などの属性的な力ではない。大量の魔力を密に濃縮して作り上げた薄い膜のような壁だ。

 エリー渾身の拳や蹴りを受け、所々ヒビのようなものが入り始めては居るのだが……。エリーはずきずきと痛み始めていた自分の手足に眉を寄せる。

(そろそろ私の体の方が限界……)

「エリー! これあいつに被せて!」

 柱が倒れ土埃の起きる中、岩陰でピリがエリーに駆け寄りローブを手渡す。「じゃ!」と言ってピリは走りながら翼を広げ低空を滑るように移動し別の岩陰へと身を隠した。

 エリーはお嬢様に着せていたはずの自分のローブを見下ろした。その中に異物を感じ探ってみると、中から回復薬が二つ転がりでる。片方は体力回復に特化しついでに魔力も少量だが回復できる物で、もう片方は魔力のみを回復させる薬だ。

 有難い差し入れにエリーはニコリと微笑んだ。

「了解」





 岩陰から飛び出したエリーがダークエルフに蹴りを入れる。

 それを防壁が防ぎ、男がその中で悠々と片手をないだ。男自身の魔法である風の刃と魔術具から発せられたであろう氷の礫がエリーを襲う。

 エリーはそれをいくらか食らいながらも避けて距離を取った。遅れて、男の上をひらりと薄ぺらい影がおおった。両手を広げ抱擁を求めるように覆いかぶさってくるそれに、ボイは「ローブ?」と呟く。

(今!)

 タイミングを見計らっていたアルベラは手元に広げた陣を発動させた。

 突如、ボイの上に落とされたローブを起点に幅十メートルはあろうかという雷撃の柱が天と地を結びつけるように走る。

 ボイの視界をまばゆい光が覆い、防壁が破られる音と体中を電気が走り焼かれる感覚が彼を襲った。





 ***





「何だ?」

 男一人、女一人と数頭の獣を相手取っていたユドラは森の外に突如現れた電気の柱に気を取られる。

 宙に浮いた彼女の下では沢山の木がなぎ倒されていた。その木々の中には胸を裂かれて血を流し倒れるスナクスと、上半身を大きな岩下に敷かれたゴヤらしき人物の脚が血だまりと共に岩陰から覗いていた。

 タイガーは彼等から大分離れた場所。吹き飛ばされた軌跡を地面や木々に残しながら、体の至る所に石の刃が刺さった上、腹に岩の杭を受けて太い木の幹に打ち付けられてぶら下がっていた。

 ナールの姿は無い。代わりに地上と空とから魔獣がアンナをアシストしながらダークエルフを囲い様子を伺っていた。

「――—へへっ!」

 隙を貰ったと言わんばかりにアンナが湾曲した刀を一本女に向け放り投げる。

 ユドラはそれを避け、アンナがたたみかけるように迫りもう一本の刀を振り上げてユドラの首を狙った。

 額から血を流し、顔には興奮の笑みを浮かべたアンナの片腕は肘から下が骨折し向きがねじれている。

「邪魔ね」

 ユドラが虫を払うように風でアンナを払い落とす。それを鳥の魔獣が宙でキャッチし、アンナはその背を蹴って一旦ユドラから距離を取る。

 先にアンナが投げていた剣が空中でUターンをし、ユドラの背後から迫っていた。ユドラはそれを見もせずに避ける。

「ちっ、」

 アンナは握っていた剣を口に咥え片手を空ける。天にかざすように持ち上げられたその手目掛け、避けられあらぬ方へ飛んで行ってしまってた剣は空中で不自然に方向転換しアンナの手の中へと納まった。

 アンナが離れると共にユドラの周囲を魔術陣が囲い四方八方から氷の杭が突き出る。その杭はユドラの持つ魔術具の防壁に破壊され細かい氷となって地に落ちた。

「くそ……。だがあと少しか」

 ガイアンは敵の防壁の破壊も近いだろうと感じていた。あと一息だと彼は魔力回復薬を口に流し込み次の陣を放つ。

 遠くで突然に起きた電撃の柱は彼の視界の端で細くなり消えていた。アレがの攻撃であれば良いのだが、と彼は胸の内願った。





 ***



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