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三章 エイヴィの翼 後編(前期休暇旅行編)
246、目的の地 1(麓の村)◆
しおりを挟むレオチェド王のもとを発ち、ガウルトの北の国境近くの宿で預けていたハイパーホースを受け取り、アルベラ達は母国ケンデュネル国の東北に隣接するギュルクル国の山岳地帯に足を踏み入れていた。
ケンデュネル国から東北側にはヌーダの国が三つある。その中の一つクク国はこの大陸の東北の端に位置する国で、西に接したガウルトとギュルクル以外の三方は海に囲われており、その海を渡ればコインの形をしていると言われるこの世界の西の大陸へ行くことが出来る。
アルベラの向かう宝の地図の目的地は今いるギュルクルに、その後に向かうピリの里はクク国にあった。
(先ずはタイガーとガイアンに宝の地図の事言わないとなぁ……)
友人のいるエイヴィ族の里に行ってみたいため、というのをこの旅の口実にしたため、アルベラは目的地も近くなった頃、事情を知らないあの二人の扱いに本格的に悩みだしてた。
(ちゃんと説明して付き合ってもらえたらそれがベストだけど、もしもの時はもしもの時ね)
山道を登るハイパーホースの背、お嬢様の後ろに付き、エリーは辺りを慎重に見まわしていた。
移動の最中、冒険者たちが人のいた形跡を辿り捨てられた里を発見しその中を軽く見物したり、珍しかったり危険だったり、便利だったりする動植物の解説をしてくれたり、魔獣に遭遇しそれを退治したりとそれなりに冒険っぽい事をしてアルベラは楽しめた。
そしてガウルトを出て一日目と二日目は岩の多い山道で野宿し、三日目のお昼に地図の目的地に一番近い村の宿についた。
この宿を起点にあの地図の目的地を探すのだ。設けた期日は二日。一日で辿り着ければいいが、駄目だった場合はかけてもいい時間は二日まで。それが過ぎれば先ずはピリの元へ行くのを優先し、そして帰路にてまた立ち寄ろうと、アルベラと冒険者たちの間で話し合い決めていた。ピリの元へ向かうアルベラと、引き続き宝探しをする者とで分担をするかという話も出たのだが、そこは「お金を貰っている以上安全第一! お嬢様の護衛が最優先!」というビオの強い主張で日を跨いでばらけるのは無しの方向となった。
その代わり、村に着いたらガルカとコントンで森の探索をしておいてもらう事にした。冒険者側からはナールが大まかにだが辺りを見て来てくれるとの事だ。
(この村はあの地図に描かれてたから、竜血石っていうのがある場所まで一番近い人里がここって事は確かなんだろうけど。そこからが問題だよな。地図の縮尺もアバウトだし、森を省略してる辺りここからどの程度の距離感かが分からないもんな。その点ガルカとコントンがいるのは強いか。……ナールの実力についてはお手並み拝見、だけど……何があっても素直に認めてはやんない)
変な意地を胸に抱きつつ、アルベラは通された部屋、椅子に座りテーブルに地図を広げて眺めていた。
「お嬢様、お部屋の方大丈夫そうです。どうぞお休みになって。お茶はいります?」
ベッドや水回り (虫やカビ、水の出など)を確認し終えたエリーがアルベラに声を掛ける。
「今はいい。有難う。―――コントン」
影の中から「バウ」と返事が返る。
「じゃあ、石の方お願いして良い? 見つかったら報せて。見つからなかったら夜には戻って来てくれる?」
彼はまた「バウ」と鳴きそのまま気配を消した。
「ガルカは?」とアルベラはエリーに問う。
「もう行きましたよ。宿について馬を預けるなりふらっと。昼食も自分で狩るからいいとの事です」
「そう。わかった」
(ここの所ずっと人のペースに合わせて行動してたし、フラストレーション溜まってたんだろうな)
でなくても……、とここ最近のあの魔族の様子を思い出し、アルベラは考えるように目を細めた。
そして一つ、前々から何となく抱いていた疑念を思い浮かべそれを否定し、しかし結局完全に否定しきることも叶わず息を吐く。
その後、宿で昼食を食べ、小さな村とその周辺を散策している時だ。
「お嬢様、何をお考えで?」
アルベラの後ろに付き従っていたタイガーが尋ねた。
「……?」
突然の質問にアルベラはキョトンと彼を振り向き、今しがた自分が眺めていた光景―――木々の中、番いであろう小さな狐のような動物が、彼等よりひとまわり大きなトカゲのような頭をした犬型の魔獣を仕留めて消滅させたところ―――を指さす。
「動物、つよいなぁって」
この世界では動物が魔獣を狩る事は珍しくない。
魔獣と動物どちらが強いかと言えばそれは状況や相性による所だ。この世界の生き物たちのほとんどは当然と魔力を扱える。動物たちも魔法が使え、自身で魔力を生み出したり、アルベラ達同様自身で生み出せる魔力は微量、又はゼロで、外界から取り入れたり纏ったりしてそれを扱い「現象」―――つまり「魔法」を起こす。
アルベラが見た狐のような生き物も風を刃のようにし、それを自身の爪や牙の補助として扱って見事魔獣を倒していた。
彼女の返答に同じものは一応目にしていたタイガーは苦笑し首を振る。
「違いますよ。―――何をお企てですか?」
「『企て』?」とアルベラは彼の言葉をなぞる。
「ええ。この村に滞在する意味は何です? ガウルトからご友人のエイヴィの里を目指すなら、この地に立ち寄らずとももっと近い道があるでしょう」と、タイガー。
共に来ていたガイアンは黙ってアルベラへ目を向け、タイガーの問いに対する答えを待っていた。
(ああ、やっぱりそれでバレるよな……)
エリーも共に来ており、アルベラは彼女へ「潮時だよね」という意味で視線を送った。エリーはニコニコと微笑み、コクリと頷く。
アルベラは覚悟を決め、ひとまず宿へと戻り彼らに地図を見せて説明を始めた。
簡単な説明を終えると、タイガーとガイアンはアルベラの予想よりもすんなりと納得してくれた。
「こちらに来てからお嬢様のやんちゃ加減は察してましたが、宝探しですか。成程……」
とタイガーは呆れた笑みを浮かべた。遊び盛りな子供を寛大な心で受け止める大人の口調で答え、彼が子を持つ父である一面をのぞかせる。
ガイアンはというと困ったように苦い表情を浮かべ片手でこめかみを抑えていた。そちらも「なるほど、承知いたしました」と否定や拒否は示さずだが、理解と言うよりは義務的な返答のようだ。
(なんだ。思ったよりてこずらなかったな)
アルベラは二人の反応がどうであれ、止められなかったことに安堵する。
「それで……」とタイガーが口を開き、地図を見ていたアルベラは彼を見上げた。
「お嬢様はもし我々が反対した場合、どうしようとお考えで?」
「……」
一拍の間をおいてアルベラは「聞きたい?」と尋ね返す。
タイガーの片眉がピクリと動き、彼は笑みを引きつらせた。
「いえ、その一言で結構です……」
ガイアンは呆れから首を横に振り、大真面目な顔で告げる。
「お嬢様。どうか私共が護衛できる範囲から離れないでください。この山脈には族が住み着いてるそうですから」
「わかった。二人共ありがとう。どうかよろしくお願いします」
「ええ。こちらこそどうか」
二人は騎士らしく胸に手を当てゆるりと頭を下げた。
その様子を少し離れた場所に椅子を置き眺めていたエリーは、アルベラと目を合わせ人差し指と親指で丸を作って見せた。
(お嬢様、手荒な手を使わずに済んで良かったわね)
アルベラは頷いて返す。
エリーはカチャカチャとお茶を淹れ、必要のなくなった小瓶はポケットにしまう。勿論その小瓶は今回は蓋を開けられることは無かった。
『―――あの二人が宝探しを拒否したら、ねぇ……。邪魔されないよう拘束して宿に監禁、でどう? 冒険者の人から二人、見張りについてもらって』
旅に出る前にアルベラが発した言葉を思い出し、エリーは嬉しそうに身もだえする。
(もう! お嬢様卑劣! 好き!)
お茶を入れているだけのはずなのに、自身の体を抱きぐねぐねと身を揺らしているエリーの背を眺めアルベラは目を据わらせる。
(あいつまた気色の悪い動きを……)
そしてこの旅路、アルベラが自身の荷を漁っている合間、偶然にも荷の中に覗いた魔法を使えなくする類の拘束具(手枷、足枷、猿ぐつわ)を目撃してしまっていたタイガーも目を据わらせていた。
(あれの使い道があるのかと気になってはいたんだが……こういう事だったか……)
「その地図は冒険者達に任せ、明日は結果を待つのではだめなんでしょうか? お嬢様自ら探さずとも―――」
「ガイアン、やめておけ」
「……?」
荷を見ていないガイアンが提案してみるがタイガーがそっと止める。
お陰で一人もかける事無く、万全な状態でアルベラは石の探索ができる事となった。
(こっちは完璧ね。いい報告をまってわよ、コントン)
と、彼女は魔族でも狩人の彼でもなく随分と情が移った魔獣へと期待を寄せる。
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