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一章 10歳になって

10、人攫いと美女 4(彼女は美女で・・・)

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「可愛いわね。お嬢ちゃんどなたかしら?」

 同じ空間には居たが、女は恋人――いや、元恋人を痛めつける事ばかり考えていた。子供たちの顔も姿にろくに見ていなかった彼女は、捉えられていた子供の一人を改めて前にし、妙に心を掻き立てられる。

「そ、そちらこそ……」

 アルベラは警戒しながら返す。

 相手は美女だ。とはいえ手に持っている椅子(凶器)にはおびただしい量の血が付いておりホネカワが泡を吹いて倒れていた。

 ドレス、花、血――

 美女の周囲は鮮やかな赤で猟奇的に彩られていた。

(この人大丈夫かな……)

 風がふわりと入り込みアルベラの髪が揺れる。





(あの子……)

 少女を見上げる美女は、何か恋にも似たような胸の高鳴りを感じていた。

 そして目ざとく、少女の纏う服や空気から感じとる金と権力の匂い。

 本当にそれはただの感覚でしかないのだが、体の奥底に眠る獣の本能的な何かが強く訴えかけてくるのだ。



(――この子、良いわね)



「――!?」

 ちろり、と舌なめずりをする美女。

 アルベラは寒気を感じた。

 美女の視線がねちっこく自分の全身を見回している。ぎらぎらと獲物を狙うかのような碧眼にアルベラは体を竦ませた。

 美女の視線が逆光でも分かる少女の白い肌の輪郭を辿る。桃色の頬と柔らかな赤味のある唇を、透明感がる鮮やかで艶っぽい緑の瞳を、そしてその少女を構成する目耳鼻等のパーツの形や配置を、余すとこなく視線で嘗め回す。……さらに、風に乗って漂ってくる、その脳の奥を刺激するような魅力的な匂いを嗅ぎ取る――

「んんんはぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

 彼女は鼻から大きく息を吸い込み吐き出した。興奮に赤く染まった頬を両手で包み込む。

 美女の口から出たのは、女性とは思えないやけに野太い声だった。

(ぅ゛……)

 そんな彼女の様子に、アルベラの本能も負けじと警告を鳴らしていた。

 ――こいつは変態だ、と。

(や、やだ。この人ちょっと怖い………)

 アルベラは四つん這いになったまま後ずさる。

 怖くなって穴から顔を出そうとした時、階段の奥から男たちの声がしてきた。

「姉さん!!」

 驚いた男の声が上がったのはすぐだった。

(青髭タンクトップ)

 逃げようとしたアルベラだが、新たな被害者の登場に興味が湧いてしまった。

 青髭は地下の光景に動きを失っていた。血を流し泡を吹くホネカワと、その上に片足を乗せる美女。何が起きたのか分からず視線がいろんな場所を行ったり来たりしていた。

 その後ろから二人の男も続いてきていた。

 狭い階段の出口を塞ぐ青髭に、後ろの二人は「おい、邪魔だぞ」と文句を垂れている。

「――おい!」

「いっ………~~~っ!!!」

 突然肩を掴まれ、アルベラは驚いて穴に頭をぶつけてしまった。

「なあ、もう行こう」とフォルゴートがアルベラの肩を掴む。

「フォルゴート、ユリ……」

 地下では帽子の男が迷いなく美女へ掴みかかっていた。

 その様子を見届けたい気持ちと、保身の気持ちとがアルベラの中で葛藤する。

 先に逃げた子たちへは警備兵を呼ぶように頼んであった。

 あの子たちが無事に大人を捕まえられていれば、あと少しの辛抱でこの場も一段落つくだろう。

 アルベラはぐっと目を瞑る。

「――……二人は先に行って」

「はあ? 何で」

「気になる」

「は?」

「気になるの! 良いから先に行って!」

 好奇心には勝てなかった。

 中からは「ガキはどこだ?!」だの「何してくれてんだよ姉さん……」だのという男たちの喚き声や絶望するような声が聞こえていた。

 それは直に暴力的な音が聞こえてくる。

 誰かが魔法を使ったのか、穴からは魔力の灯りと共に突風が吹きだした。

 更には「うおらぁ!!!」と雄々しい声とともに、「ガタン!」と何かが壁に投げ飛ばされて当たるような音。「くっそがぁ!」と荒げられた男の声。その後また「ダン!」と何かがたたきつけられる音。

 地下の荒々しい音はすぐに止み、魔力で明るく灯されたと思った地下はまた薄暗い物へと戻っていた。

 ミーヴァとアルベラは向き合ったまま口を噤む。

 しんと静まり返った地下を、アルベラは恐る恐る覗き込んだ。

「ぉ、お姉さん……?」

「はぁい、なあに?」

 そこには何事もなかったように体の埃を叩き落としている美女の姿があった。

 だが周りはぼろぼろだ。

 格子ばらばらに折れているし、壁や地面にも先ほどにはない抉れがあった。

 そんな殺伐とした室内では、一人の男は壁に背を預け白目で気を失っている。

 もう一人はホネカワの横で地面に顔をめり込ませ、尻を高くした情けない格好で動かなくなっていた。

(え? 死んだ? 生きてる?)

 男の尻を眺めながらアルベラは考えこんでしまう。その間に「うへぇ! 姉御、勘弁!」という悲痛な声とともにまた一人の犠牲者がでた。隅で震えていた青髭にも、美女は他の仲間たちと同じ鉄槌を食らわせたのだ。

 他の面々の姿に目を奪われていたアルベラはその瞬間を見ていなかった。

(くそ! 見逃した!)

 「せっかくの貴重なシーンが!」と悔しがりながら、アルベラは急いで新たな事件現場に視線を走らせる。階段では仰向けになって泡を吹く青髭が出来上がっていた。

 彼らの中で一番体格のいい青髭が一瞬だった。

 美女がただ者でないのは明らかだ。

 アルベラはごくりと固唾を飲んだ。

「さあてお嬢ちゃん、ちょっと待っててね。そこから動いちゃだめヨ」

 二コリ、と笑むと美女は艶めかしい後ろ姿を披露しながら階段を上がっていった。

「お、おい……」

 アルベラと共に中の様子を見ていたミーヴァが顔を青する。

「どうするんだよ。あいつ、来るぞ」

 「あいつ」とはもちろん美女の事だ。

 彼の中であの美女は「派手な女」から、得体のしれない化け物同等の怖いものへと昇格していた。

 ユリはというと、牢屋にいたときからずっと「あの美女は味方」と思っている節があるためあまり心配している様子はない。むしろ早く会いたそうで、「わくわく」という効果音が周りに可視化されそうな顔をしていた。

 三人はどうする事もせずその場にたたずむ。すると――

「待たせたわね」

 明るい声と共に彼女が現れた。





 ***





 アルベラ、ユリ、ミーヴァと美女。

 四人が人目のある開けた場所へ移動しようと通りを歩いていると、慌ただしい鎧の音が隣の道から聞こえて来た。

 四~五人の警備兵が駆けた音だ。

 自分たちがさっきまでいた場所へ一直線な様子を見て、アルベラは「他の子供たちが通報したか。よくやった」と心の中彼らを労った。

「治療、してもらえてるといいね」

 ユリが呟く。アルベラとミーヴァは頬をぶたれたであろう少女達の姿を思い出した。

 「そうね」とアルベラは頷き、「もう傷も治って親と会えてるよ」とミーヴァはユリを安心させるように微笑んだ。





 暫く歩くと噴水のある広場に出た。

 ミーヴァは美女をよっぽど警戒しているのか、距離を取り目を逸らし、ずっと言葉を発しないでいた。

 そんな様子の少年に、美女は目を細める。

「もう、可愛いんだから」

 彼女がわざとらしく低音ボイスで呟くと、ぞくり、と身震いしミーヴァは顔を青くした。

「ミーヴァ変なの」

 くすくすと笑うユリは、仲良く美女と手を繋いで歩いている。

 噴水の前のベンチに腰掛けると、美女は気を使って三人に甘い飲み物を買って渡した。

 アルベラの体感では随分長い事牢屋の中にいた気がするのだが、外に出てみれば日はまだ沈んでさえなかった。

 広場から見える時計塔の針は、五時の手前を指している。

「で、あんたたち家は? 遠ければ送るわよ」

 美女の言葉に、ミーヴァは必死に首ふった。もはや遠慮でなく拒否であることが分かる。

 ユリは「ここからなら大丈夫」と和やかに返した。

「私たち、帰り同じ方向なんだよ。昨日も遊んだから知ってるの。だから二人で帰るね」

「そう。分かったわ、いい子ね」

 美女がユリに微笑みかける。

 ユリは少年が美女を嫌がる理由は分からずとも、嫌がっているという事には気付いているようだ。だからミーヴァのためを思って「二人で帰る」と言った様子だ。

「気を付けて帰るから大丈夫。ね、ミーヴァ」と美女と少年に笑顔を向ける。

 その様子を見て、アルベラはユリの気遣いに感心した。

(何ていい子……。フォルゴート、見る目あるわね。あんたにユリは勿体ないけど)

 それに彼は将来、学園でヒロインに夢中になるのだ。ユリとのことはきっと幼い頃の甘い思い出となって胸の奥に仕舞われるのだろう。

 ユリが可哀そうなんてことはない。

 むしろ彼女にはこんな性悪よりもっといい男がいる、とアルベラは頷く。そんな彼女をミーヴァは「ろくなことを考えていなさそうだ」と軽蔑した目で見ていた。

「ほらミーヴァ」

「……!」

 ユリが手を差し出す。

「明るいうちに帰ろう」

「う、うん」

 ミーヴァは照れながらその手を取った。

「アルベラちゃん、お姉さん今日はありがとう! またね!」

「もう会いたくないけど……またな……」

 ぶんぶんと手を振りユリは去っていく。子犬の尾の様に揺れる少女のポニーテールに、美女は「かわいいわねぇ」とこぼし手を振り返していた。

 アルベラも「またね~」と手を振り返す。

 「ふん!」と見せつけるように顔をそむけたミーヴァに対しては「てめぇ、高等学園では覚悟しろよ」心の中で呟いていた。





 小さな二人の背がオレンジ色に染まる風景へ溶けていくのを見届け、アルベラの隣では「さて、」と美女が手を叩く。

 アルベラが顔を上げると、ベンチに横並びに座っていた美女が自分へ体を向けていた。

「あ、私は帰る前に連れを探さないといけなくて―――て?」

 突然顔を両手で包み込まれ、アルベラは呆然と美女を見上げる。

(な、に……?)

 美女は柔らかな子供特有の頬を掌でフニフニと堪能したり、少女のふわふわした毛先の水色癖毛を弄んだりしながら、瞳をキラキラと輝き始めさせる。

 やや吊り上がり気味の緑の目が不安げに、美女の切れ長な二つの碧眼を覗き込んだ。

「ふふふ~。お嬢ちゃん、お名前は? アルベラちゃんって呼ばれてたわね?」

「え……えぇ……アルベラよ。アルベラ……」

 ディオール、と続けようとして警戒心がでる。

 果たしてこの美女は本当に安全なのか。

 今のアルベラにはどうしても、目の前の相手は美女の皮をかぶった不審者にしか見えなかった。

(やっぱり、この人危ないかな……。けど、この美貌にあの破壊力……――良い……とは思うんだよな。もしかして例の『先輩』かと思ったけど、あっちからその話をしてこないってことは違うんだろうし……)

 ――正直雇いたい。

 一人で男四人を楽々と倒してしまうのだ。護衛としての力量は十分だろう。

 だが何者なのかがわからない。

 アルベラがちらりと美女を見れば、先ほどより彼女の顔が近くなっていた。

 「んふふ……んふふふふ……」と気持ち悪い笑みを浮かべ、フニフニとアルベラの両頬を包み込み肌の質感を堪能している。

「あぁ……何かしら、貴女見てるとぞくぞくしちゃう……」

(ヒィ……!?)

「ねぇ、抱きしめていいかしら? ちょっとだけ……ね……?」

 吐息交じりの熱っぽい言葉と視線。

 アルベラの恐怖心が増す。

「ちょ、チョットマッテイタダケマス……!?」

(ど、どどどどうなんだろうこの人……! 本当にただの変態かも!)

「そ、その前に幾つか質問していい?」

「あら! ハグしていいの? 何かしら、なんでも答えてあげる」

 やたらとご機嫌なハートを付けた語尾だ。

 アルベラは姿勢を正し、真面目な顔を作る。

「お姉さん、出身は?」

「ここより東のペティンっていう田舎の村よ」

「そう、ペティン」

(知らないけど今はまぁいいか……)

「今無職?」

「あらぁ、急にプライベートな質問ね。仕事には困ってないわね」

「年は?」

「女性に年を聞くの? ヒミツよ」

「名前は?」

「エリーよ。さっきお嬢ちゃんもそう呼んだでしょ」

「あ、だからあの反応……」

「ふふふ。まぁ、私を呼んだんじゃないだろうとは思ってたけど。――ねーぇ? アルベラのお嬢ちゃん、偶然でも私の名前を呼んだだなんて、運命だと思わない?」

 彼女はアルベラの体を両手でさすりながら問いかけてくる。その色っぽい手つきにアルベラは鳥肌を立てた。

(それ止めてぇ……)

「き……」

 気色悪い! と言いかけるが言葉を飲み込む。

(ま、まぁ……いろいろ不審ではあるけど本題に入ってみるか……)



「あ、あの。貴族の使用人とか世話係とか興味ない?」



(雇ってみて何かあれば解雇すれば良いよね。犯罪まがいなことがあれば、屋敷なら警備の人たちに捕まえてもらえるし。寧ろ危険人物の芽が早めに摘めて社会の為にもなるんじゃない……?)

 アルベラは無理やり納得できるように自分の思考を誘導した。

「あらぁ! 仕事ならいつでも探してるわよ! どこ? お嬢ちゃんのお屋敷?」

 エリーは身を乗り出す。

「え、けどさっき仕事には困ってないって……」

「ええ、仕事を見つけるのは得意なの。けど放浪癖があってね、あまり長続きしないんだけど。止まり木みたいな感じで働けるなら大歓迎!」

「そ、そう……」

(短期かぁ。……まぁ問題がある場合相手からやめてくれるのはありがたい……――)

「じゃ、じゃあお姉さん……エリー、さん?」

「エリーでいいわよ」

「使用人の話につい、後でゆっくりいいかしら」

 「まぁ!!」とエリーは瞳を輝かせ喜びの声を上げた。

「貴族の使用人は今まで何度かやったことあるから任せて。お賃金がいいし衣食住にも困らないから助かるのよねぇ~」

「けど、一つ良い?」

「なあに?」

「エ、エリー……、貴女もしかしてオネエ?」

「……」

 エリーは意味深に美しく微笑んだ。



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