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三章 エイヴィの翼 前編(入学編)
161、お爺様の試験 1(一週目の終わり)◆
しおりを挟む若手の騎士と兵士を引き連れた五十二人の団体が、旅の道中、山道にて休憩を取っていた。
ルファム・ブルガリ―伯爵は騎獣に背を預け、娘から届いた手紙に目を通す。
家でも十分読んだ手紙だ。しっかり文字を追わなくとも、その内容は理解していた。
「ふん。こんな老いぼれを怖がる腑抜けが、冒険者と共に長旅をしたいなどと……」
彼は忌々し気につぶやき、淹れたてのコーヒーを口に運んだ。
(親父、またあの手紙を見てあんな顔……)
息子であり跡取りであるネロイ・ブルガリ―は苦笑する。
「あ、あの。隊長」
ともに来た騎士の一人に声をかけられ、ネロイは彼へ視線を向けた。
「伯爵、ずっと怒ってらっしゃいますよね? 我々に何か不備でも?」
「いやいや。あれはそういうのじゃないから気にするな。他の奴らにも、怖がってるようならそう伝えといてくれ」
「はあ。承知いたしました」
今の会話を近くで聞いていた兵達も、安心したように息をついているのが見えた。
(もとから厳ついのもあるから仕方ないが、それを分かってても抑えないからな、あの人。……あーあ。俺ももっと老けたらああなんのかなぁ)
父の若い頃にそっくりだと言われてきたネロイは、わが父の深く刻み込まれた眉間の皺を見て、自身の同じ所を撫でつけた。
ブルガリー伯爵はおびえる周囲に構わず、「ふん」と鼻を鳴らす。
(可愛い娘のためだ。……下らん好奇心か、思いつきの我が儘か知らんが、私がしかと見定めてやろう)
***
高等学園からの新入生にとって、怒涛の一週目が終わった。
校内では、ほっとした様に翼を伸ばす生徒たちの姿があった。
彼らは浮かれた様に、初めての休息日をどう過ごすか話し合う。
五時間目の授業を終えたラツィラスとジーンは、隣の女子棟を訪れていた。
階段を上がり、向かうのはアルベラの部屋だ。
「都合が合わずに言えずじまい、な。だから無難に手紙にしとけって言ったのに」
「だからこうしてしたためたってば。ジーンは意地悪だなぁ」
「『結局』だろ。直接言えたら言いたいって、変に意地になって。バカみたいだな」
「『ここまで来たら』ってやつ、君だってたまにあるでしょ」
ラツィラスは苦笑する。
小声で文句をいう騎士様と、それを困ったように笑ってあしらう王子様の姿に、通り過ぎる生徒達が色めき立つ。
ラツィラスはくすりと笑い、悪戯を思い付いたようにお付きを振り向いた。
「『居づらそうにしてる護衛をからかってやろう』とか思ってるならさっさと用を済ませろ」
先手をとられ「ごめんごめん」とラツィラスは前を向き直った。
(ジーンが成長してる……困ったな……)
アルベラの部屋の前で足を止め、ラツィラスは数回ノックをして待つ。しかし扉の向こう側に人のいる気配はなかった。
「留守、か」
「だな」
「残念」と言いラツィラスは扉の下の隙間から、封筒を床の上に滑らせる。
二人が立ち去ろうとしかけた時、隣の部屋の扉が開いた。
部屋の住人は驚いたように足を止める。
「まあ、ラツィラス様にジェイシ様」
先に出てきたのはラヴィだ。後らかルーラも出てきて、驚いたように頭を下げた。
「やあケイソルティ。アラレモス。お疲れ様」
ジーンはラツィラスの親し気な挨拶に続いて頭を下げる。
「ディオールに御用ですの? 彼女、さっき使用人を連れて外出されましたよ?」
「伝言でしたら承りましょうか?」
ルーラの申し出に、ラツィラスは首を振った。
「いいや。特にといった伝言はないんだ。ありがとう」
「あら。差し出がましいことを……」と、ルーラは口に手をあてる。
「あ、あの!」
ラツィラスとジーンを見上げ、ラヴィが目をキラキラと輝かせた。
「私たち、これから図書館横のテラスでお茶を嗜もうかと……! お二人もご一緒にいかがですか?」
(婚約者候補の強み! 親睦を深めるためのお誘い!)
というラヴィの考えは、隣のルーラに駄々洩れになっていた。ルーラは「あらあら」と微笑ましく思う。
ラツィラスはラヴィからの熱い視線をうけ、少し考えるように間を置く。彼女が大伯の娘であり、自分の婚約者候補である事も当然理解しており、この後の自分の用事を思い出した上で「うん」とほほ笑んだ。
「良い、ねっ……」
「おい」
乗り気の返答をしかけたラツィラスの襟首を、ジーンが低い声とともに強めの力加減でつかむ。
「ケイソルティ様、アラレモス様。申し訳ございません。殿下はこれから、騎士団の訓練に参加の予定でして」
「そ、そうでしたの。ではまたの機会に……」と、ラヴィは残念そうに息をつく。
王子様に対し、騎士様が静かに怒っているのが伝わり、彼女は大人しく身を引いた。
「訓練、頑張ってくださいませ」
ルーラは上品な仕草で手を振って二人を見送る。
「お二人とも、失礼いたします」
ジーンは問答無用で厩が近い方の出入り口へと自分の主を引っ張る。
「残念……じゃあまた」とラツィラスも引っ張られる方へと足を運ぶ。その表情は笑顔だが、言葉の通り残念そうだ。
(殿下、本気で訓練よりお茶会を選ぶ気だったのかしら……。えーと……嬉しいのだけど、良いのかしら?)
ルーラは王子様の優先順位へ疑問を抱く。
「お前、明日参加するため頑張ってたんじゃないのか? 今日行けば最後だっていうのに、よくサボろうと思えたな」
「ちょっと魔が差しただけだって。ジーンは訓練となると鬼だな……」
「分かってるなら手煩わせるな」
「はーい」
「返事伸ばすな。腹が立つ」
「はいはい。ごめんごめん」
その返答にもジーンがむっとするのを分かっていて、ラツィラスはくすくすと笑う。
***
(確か、先生が指定したお店はこの辺りのはず……)
ユリは授業の終わりと共に、急いで聖職者専門の小道具店へと向かっていた。
ーーー『あれ? 昨日そのお店行った子が言ってたけど………』
(まさか明日と明後日が急遽休みだなんて、リドに教えて貰えなかったら買いそびれる所だった……けど……)
困ったように足を止め、このあたりの地図を見る。
(そもそもお店見つかんない……どうしよう……)
キョロキョロと辺りを見回すユリの肩に、誰かが強く衝突した。
「きゃぁ!」
ぶつかってきた誰かは「つう……いったぁ……」と苛立ったような声で呟いた。
(くそう。加減ミスった)
(あれ、この声……)
ユリは顔をあげ、嬉しそうに瞳を輝かす。心細かったのもあり、その喜びはひときわだった。
「アルベ」
―――ペキッ
「なに? この小汚ない羽」
立ち上がろうとして手をついたのだろう。アルベラの片手の下で、ユリの箒が木っ端微塵に壊れていた。
小さい音が一度上がったきりだったと思うのだが、箒の状態は「バキバキ」「べきべき」「ぐしゃ」という音が相応しいくらいの壊れようだった。
(今の音でああなるものかしら……?)
ユリは箒が壊れたことより、その壊れように動揺した。
手品? 魔法? と気をとられている彼女に、アルベラはぱっぱと服を払い立ち上がる。
「ごめんなさいね。急いでたもので。それ、あなたのかしら?」
(え? なんでそんなぐしゃぐしゃ?)
アルベラも気付いて疑問を抱く。
「あ、ごめんなさい、アルベラ。まさかこれがこんなもろいなんて。びっくり」
(……これよくみたら歯形みたいのも……。偶然? もとからついてたっけ……?)
しゃがみこんで箒を見ているユリを、アルベラは「よし」と見下ろす。
「そう。―――」
―――ギュオオオオオオオオオオオン!!!」
「―――んな、みすぼ―――ってるなんて―――さすが平―――ね」
近くで荷運び用のギードラゴンが嘶いて、アルベラのセリフがかき消される。
「……?」
アルベラは大通りへ視線を向け、暫し沈黙した。
「アルベラ、もしかして今何か言った?」
ユリの視線がこちらに向けられたので、改めるように、片手で肩に乗った髪を振り払った。
(よし、次こそ……)
「じゃあね、ユリ。せいぜいもっと―――」
―――ギュオオオオオオオオオオオン!!!
「―――買うのね。まあ、びん―――のあな―――りな話しでしょうけ、ど……」
「え?」
「え……?」
(また邪魔されたぁ!!)
アルベラは「ぅ……」と小さく呻いた。
きょとんと、ユリは何と言われたのか考えるように純粋無垢な瞳をアルベラに向けてる。
「ご、ごめんね、アルベラ。ちゃんと聞こえなくて、良ければもう一度……」
「もういい! 帰る!!」
「え?! アルベラ?!!」
半泣きで駆け出した彼女へ、ユリは腕を伸ばす。が、自分の目的を思い出してハッとした。
(そうだ! 私も早くお店いかなきゃ!)
(くっくっく……。流石アルベラ氏。台詞もタイミングも原作とばっちり同じとは。未プレイの身でありながら何という僥倖ぎょうこう。恐ろしい子。感服でござる。けど拙者もそう簡単には、ユリ殿の平穏は譲らないでござるよ……)
「くっくっく……」
「ちょっとおじさん、聞いてる?! 勝手に困るんだよ、人のドラゴン怯えさせて!! ねえ、言葉分かる?! 聞こえてる?!! あんたまさかオークじゃないだろうね?!! いい加減謝ってくんないと討伐するよ!!!!」
大通り。
車に繋がれたギードラゴンの近くで、八郎はめちゃくちゃ怒られていた。
(あ、そうだ。あの腕輪、アルベラに返せばよかった。でも急いでたみたいだし……来週は忘れないようにしなきゃ。授業では全然会えなかったし……部屋に持って行った方がいいよね)
「え……?」
ユリが箒を拾い上げてはたくと、白銀の丸い煌めきが地面に落ちて転がった。
くるくると円を描きながら自分の足元を転がり、靴にぶつかりぱたりと倒れる。
彼女は目を疑った。
銀貨だ。
この国の金貨と銀貨には、穴の空いているものと空いてない物の二種がある。どちらも穴がない方が高値である。
落ちていたのは穴が開いてない方の銀貨だった。
(い、一万リング?! 何で?!)
(……あ、アルベラ氏?!!)
素早くユリの元に戻っていた八郎は、物陰からその様子を見て感動にうち震える。両手で口をおさえ、涙を浮かべてぶるぶる震えた。
(アフターケア付きとは……感服でござる、感服でござる!!!!!)
(……私……なんて女々しいの……。声が聞こえなかったなら何度だって言ってやれば良かったのに! なんで一万リング置いてきた? 五千リングで良かったんじゃない?! ……ん? いやそういうことじゃ……? んん? 私どこから失敗してた?! でも箒はちゃんと壊したし……仕事は果たしたわけで……あぁぁもう、分かんなぁい!! 自分の納得できる正解って何ぃ?!)
表情をゆがめるアルベラへ、エリーは困ったように笑う。
「お嬢様、よく分からないけど、次はきっとうまくいくわ。気を落とさないで」
「そうよ! 次はもっとちゃんとやってやるんだから!」
小さな荷をぶら下げたハイパーホースに跨り、二人は東の関門へと向かっていた。
それを、空の上で翼を広げたガルカが追う。
(コントンめ。抜け駆けとは)
あの羽をアルベラの手の下でぐちゃぐちゃにしたのはコントンだ。
じゃれついた挙句、特に美味しそうな一枚を、影の中からこっそり齧り取っていったのをガルカは見ていた。
(聖鳥の中にまがい物の羽……あんなものも見抜けないとは、人の目はどれだけ節穴なんだ)
ガルカはラベンダー色の髪を見下ろす。
(あれも、同種の匂いに気付けないとは鈍いものだな。……羽だけでなく、あんな目立つ肉塊まで)
***
銀貨を拾うという新たな問題に、ユリの頭の中はてんやわんやだった。
(役所に届ける? けどお金だけ持ってっても……教会に寄付の方がいいかな)
ユリが大通りへつながる道へと足を向ける。
それを見守る八郎は、ためらうような落ち着きなさを見せる。
(ここに来て原作と違う動きを?! ……ユリ殿、そちらは違うでござる。銀貨はポケットマネーにしていいんでござる! もう少し、もう少しその辺りにいるでござる!)
ユリが大通りへと向かう中、背後の路地から悲鳴が聞こえた。
(キターーーーーー!!!)
「良かったあ!」と八郎の表情が明るくなる。
近くを通る歩行者達は、触らぬ神にたたりなしと、不審者認定した八郎から大きめに距離を取り目をそらしていた。
ユリは辺りを見て、数少ない人々の表情をうかがう。
皆平然といしていて、先ほどの悲鳴は嘘みたいだ。
(あれ、気のせい……)
『きゃああああああああ!』
(じゃない! どこ?!)
先ほどの道へと戻り、一つの路地に視線が吸い寄せられた。考えるのも忘れて駆け付けると、その奥に、つぶらな赤い瞳が煌めいた。
自分より幾つか年下だろう少女が、大きなネズミと向き合って足をすくませていた。中型犬と同じくらいの大きさのネズミ。
(ノーマルラット!)
(キタ! 聖女見習い開始イベ!! キタ!!!)
ユリや魔獣の上、小さく突き出たヘリの上に立ち、壁に張り付く八郎は嬉しそうに拳を握りしめた。
***
王都の東の門近くのバザール。
一仕事終えたアルベラは、門近くにある厩に馬を預け、エリーと共に露店巡りをしていた。
ハイパーホースに魔力供給をして飛ばせば、馬のご機嫌にもよるが三~四十分でストーレムの西門に着くことが出来る。
授業が終わってすぐに出てきて、ユリへの嫌がらせクエストも無事成せたので、移動時間を除いても二時間近く安心してゆっくりできる時間があった。
「お嬢様、あの、私あの店みたいんですが……一緒に見ます?」
「え? あそこ?」
指さされた方を見る。そこにあったのは高級ランジェリーショップだ。
(へー。エリーの趣味を見てやるのもいいけど、この場合、私の方が振り回されかねない……)
「良いわ。一人で行って来たら?」
「……そうですか。……あの、良いんですか? 王都のお店ですよ? きっと見た事ないようなものが見れるかもしれませんよ?」
「そうね。見たくなったらまた来るわ。いつでも来れるし」
「え……」
「ん? なに?」
「じゃ……じゃあ、行ってきますね。……お一人でも大丈夫です?」
「え? ああ。はいはい。大丈夫大丈夫。安心して楽しんできて。行ってらっしゃ~い」
エリーはしゅんとした様子だった。アルベラには、一緒に行かない事よりも、自分の反応にがっかりしたように見えた。
(何をそんな。下着店くらいで赤面するとでも思ったの?)
アルベラが見送る先、エリーは入るかと思われたランジェリーショップを素通りして行き、その横の路地へと入っていく。
(ん?)
アルベラはその奥にチカチカと光が点灯するのを見つけ目を凝らす。
「ぶっ……!」
つい吹き出してしまったのは、看板に大きく「SMショー」と書かれているように見えたからだ。
(あいつ、自分の視力と私の視力の差を誤ったな。あんなの普通に見ても視界の端でボヤかかってるっての。……断っといてよかった)
戻ってきても知らないふりしておこう、とアルベラは眺めていた露店へと目を向けなおす。
(ガルカは空でぶらぶらしてるのか地上に降りてるのか知らないけど、声が聞こえる範囲にはいるはず。今日はコントンも影にいるし……まあ大丈夫か)
露店の近くに魔術店を見つけ、アルベラはふらりとその前へ行く。
(へー。魔術具や、本。それに関係する材料とかを揃えてるのか。面白そう)
中に入ろうかな、とアルベラが脚を持ち上げかけた時、足の裏が「くん」と押された。
(コントン?)
彼女の頭に影がかかる。
「ようよう待たせたな。一人で怖くなかったか?」
「は?」
振り返ると、ガラの悪そうな男が三人、三方向を塞ぐように立っていた。
アルベラは状況を理解しつつも、ニコニコと尋ねる。
「どちら様でしょうか?」
「おいおい。お父様から聞いてないかい? 約束の護衛さ。お嬢様一人じゃ危ないだろう」
(ふん。鼻が利く奴ら。そんなに派手な格好でもないっていうのに)
「あら、そうでしたの。では、私わたくしのお父様のお名前をお伺いしてもよろしいかしら?」
「……そ、そりゃあおめぇ。名前は出さない約束だ。こんな場所じゃ言えませんて」
(私の身元は良く知らず、か。後で聞き出して身代金ってとこ?)
「まあまあ、お嬢様。立ち話もなんです。座りながらご説明を致しましょう」
左側の男が腕を伸ばしてくる。
アルベラは彼の顔へ水を放つ。
「こん、の……」
「すみませんわね。このお詫びはきっとお父様から」
にっと笑う彼女に、男たちは内心激高したようだった。
「そ、そうですか。ではこちらへ」
先ほどよりも少しイラついた声。空気が荒々しくなった彼等を前に、アルベラは魔力を発揮する。
(ラベンで眠らせて、警備兵でも呼ぶか)
髪の先と瞳に光が灯る。そこに、後ろで店のベルが鳴り、扉の開く気配がした。
「お前等、何してる?」
アルベラの背後から人が現れる。
「おやおや。騎士様……」
少女の横に並んだ人物が、腰に剣を携えてるのを見て、真ん中の男はそう言った。
男は「騎士が少女の知り合いか、御付きか、全くの赤の他人か」、「うまく騎士を丸め込み、引き剥がせないものか」とでも考えている様だ。
アルベラは隣の彼をちらりと見上げ、「あら」と心の中で呟き、男たちへと視線を戻した。
毛先の白い、短い黒髪。黒にもみえる濃い紫の瞳。
(確か、ガーロンとかいう第四王子の護衛……)
「あなた達はお聞きでなかったのかしら? 『お父様』から」
「え? ええ……全部聞いてますとも。お付きの騎士様の事も。ですがとりあえず、今は俺達といていただけると嬉しいですねぇ」
「へぇ……。彼、通りすがりの初対面だと思ったのだけど、私の御付きでしたのね……」
煽るような笑みを浮かべるアルベラに、今まで黙っていたもう一人が堪えきれずといった様子で腕を伸ばした。
「このくそ餓鬼が……!」
若い騎士一人、力押しで行けるとでも思ったのだろうか。
「汚らしい奴らだ」
隣りの騎士様はアルベラの前へ出て男の腕を掴む。そのまま男の腕を捻った。彼が空いた片手を、相手の捻った側の脇の下へと滑り込ませたかと思うと、男の体は滑らかに弧を描いて地面へ投げ飛ばされていた。
地面に転がった男は、一瞬の出来事と体に受けた衝撃とに目を白黒させている。
他の二人は、転がされた仲間を見て後ずさるが、気を取りなおすと目配せして同時に別々の相手へと襲い掛かる。
騎士の彼へと飛びかかった彼は拳に氷の飛礫を纏っていた。その拳で殴り掛かるも、容易く交わされ、仲間同様に腕を掴まれ地面に叩きつけられてしまう。
アルベラへ向かった男は、彼女に腕を伸ばす。アルベラは素早く数歩下がる。その目前、男は何かが足に引っかかったかのように盛大に転ぶ。コントンがじゃれついたのだ。
「くっそ、何が……」
足元を確認しようと顔を上げた男の目前に、銀色の光がギラリと輝く。
「斬られたいか?」
「ひっ」
鼻先で光る刃に、男は硬直し、仲間たちは固唾を飲む。
「くそ、」
始めに投げられた男が、堪えきれずといった様子で駆けだした。
もう二人も、慌ててその後を追って去っていく。
周りの人々がざわめき、それに気づいて警備兵達が駆けつけようとしているのがアルベラと黒髪の騎士の視界に入る。
騎士は逃げた男たちを指さし声を上げた。
「あの三人組を捕まえろ! 誘拐未遂だ!」
警備兵達は急いで方向転換し、駆けていった三人を追っていく。
アルベラは去っていく兵たちを眺める。その視界の端、店の壁に寄せるように置いてある紙袋が入り込んだ。
ガーロンは剣を鞘に納め息をつく。
(店前で何をやってるかと思えば……。これはルーディン様に報告するほどのことではないな。世間話にはいいが……あ、)
彼は自分の両手を見る。つい先ほど購入したばかりの品を思い出し、慌てて店を振り返る。
「あら、」
彼が振り返ると、丁度彼へ声をかけようとしていた少女が、少し驚いた表情で後ずさった。
彼女は気を取り直すように彼を見上げ、紙袋を差し出す。
「これ、貴方のですよね?」
それは確かに、彼が店を出た際に壁際に置いたものだった。
だが、彼はその紙袋よりも少女の瞳に釘付けとなっていた。
露店の灯し始めた明かりに透けて輝く緩いウェーブのかかった髪。きりりとした目元を縁取る長いまつ毛。自分を見上げる、澄んだ緑の瞳。気品の漂う立ち姿。
「助けて頂き、ありがとうございます」
(……!!)
彼女の微笑みにガーロンの胸が大きく高鳴った。
雷に打たれたような衝撃が、彼の芯のような部分を駆け抜けていく。
(……なんて……なんて……美しい人!)
それは正に「ときめき」だった。
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─────
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