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三章 エイヴィの翼 前編(入学編)
157、授業開始 1(午前中の授業)
しおりを挟む今日から授業だ。
この学園には「固定クラス」という物が存在する。
授業によって、または選択科目によって、その「クラス」はばらけてしまうのだが、三十人前後に一人担当教員が付くのだ。
指定の教室で担当教員による朝礼が行われ、その後、共通の必修科目はその部屋で、選択科目は各自移動して行われる。生徒に決まった席はなく、自由な場所に早いもの順で腰掛ける。
初日の授業、同じ「レイニークラス」だったルーラと共に、アルベラは授業の拠点となる教室へと向かった。
高い天井。教室の前方に構える教壇を囲い、半円状に配置された机。後ろの席に行くほど段々と高くなっていくそれは、まるで前世の記憶にある大学の講義室だ。それかファンタジー映画に見た魔法学園の一室。
(まさにって感じ)
この「レイニークラス」には三十二人の生徒が振り分けられている。今いる教室には四人掛けの横長の席が四列、五行。二クラス合同でも席が余る配分だ。
アルベラは手近な席に座り、高校とは思えない贅沢な空間にほんの少し胸をときめかせる。
何となく観光気分だ。
隣ではルーラが、初日に配られたプリントを手元に、実技系のクラスを確認していた。
必修の座学は、基本的にこのメンバーで行うが、魔法や魔術、騎獣などと言った実技系の必修科目は、実力によって授業ごとに別のクラスが振り分けられている。
一年時は魔法、魔術、乗馬は必修だが、二年になってからは魔法のみが必修となり、他は選択科目だ。一年時は幅広く基礎基本を学ぶ期間らしい。
更に、一年前期での必修の実技の成績によっては、後期に履修できる科目が増える。魔法や魔術で成績が良ければ、その応用編となる授業が受けられるのだ。
アルベラもルーラが見ている物と同じ紙を眺めた。
そこには、科目名の下に四つの欄があり、各欄にずらりと3桁の数字が並んでいた。
(百二十七人の生徒、三十一人のクラスが一つ、三十二人のクラスが三つ、か。……実技系は人数揃えてないのね。初めの数回の授業はこのクラスで、その後は実力ごとのクラスで……か。この番号……うわぁ、トップはヒーローほぼ勢ぞろいだなぁ。……へえ。特待生が四人。お家柄に頼らず入っただけあってやっぱり優秀ね。ユリは実技系は全部平均からスタート、か。確か学力テストがトップで特待生に成れたんだもんね。……ヒロインなだけ合って、色々と伸びしろ凄いんだろうな)
アルベラは中の上だった学力テストの結果を思い出し、悪くはなかったはずだと、自分自身をねぎらう。
視線を感じ顔を上げると、ルーラが手元のプリントを指さしてほほ笑んでいた。
「この番号ってアルベラ様ですよね。乗馬と魔法、一級クラスじゃないですか。流石ですわ」
実技系は全て、一級、二級、三級、四級で別れている。三級と四級は基礎で、二級からが応用編のクラスとなっている。
「ええ」
アルベラは自然と苦い顔になった。
(魔法の実技……生徒同士での魔法の打ち合いの練習もあるはず……)
脳裏にラツィラスとジーンの顔が浮ぶ。
「乗馬は多少自覚あったんだけど魔法は少し意外だったわ。てっきり二級かと……。この面子の中に入るの不安ね……。ルーラは何番だっけ?」
「百六です」
「あら、魔術も同じクラスじゃない。へえ、乗馬は苦手なのね」
「ええ、あまり興味を惹かれなかったものですから」
彼女は苦笑する。
カタン、と後ろの席に人が座る気配がし、アルベラは軽く振り返った。
アルベラ達が、何となく目について座ったのは奥から二列目の後ろから二番目の行だ。アルベラ達の後ろ、一番後ろの席に座った生徒は、アルベラと目が合いぎょっとする。
目が合った彼は、共に席に着いた少女の肩を叩き、小声で何か話す。すると、声をかけられた少女は硬直し、少し間をおいてアルベラとルーラへ頭を下げた。
ぽかんとしつつアルベラも会釈し返す。
前に向き直ると、後ろでわずかに物音がした。そして少しして、後ろからの物音が無くなる。気づけばあの二人は、奥の列の最後尾へと移動していた。
「特待生ですね」
ルーラがその二人を見て呟いた。
「なるほど。貴族ばっかで距離感に困ってるのね」
「ええ、それもあるでしょうが」
ルーラはクスリと笑う。
「多分、公爵ご令嬢の後ろの席だと気づいて、驚いたんじゃないでしょうか? 間違いでもあって上の席から何か落としたりしたらって考えたら、恐れ多いでしょうし」
「なるほどねぇ……。ていうか見ただけでお家柄分かるわけ?」
「彼らなりに調べてると思いますよ。私も、最低中伯までは名前と特徴覚えてきましたし」
「流石ね……」
(……私、大伯までしか覚えてきてないんだけど)
アルベラはぼんやりと、「知らないクラスメートについてはルーラにこっそり教えてもらおう。あと、次から最後尾の席に座る様にしようかな」等と考える。
「担任のソッソ・スレイニーです。担当科目は基礎社会と基礎地理と歴史。私のクラスは他の先生から『ス』を飛ばして『レイニークラス』と言われることが多い。……プリントにもそう書かれてるね」
彼は苦笑する。
「『レイニークラス』と覚えて貰って構いけど、私の本名は『スレイニー』ですのでそれだけはお忘れなく」
ミルク色の生え際と淡い茶色の毛先という、カプチーノを連想させるような髪色。細い金縁の丸眼鏡をかけた、物腰が柔らい学者のような雰囲気のある男性教員だ。アルベラは彼の事を良く知っていた。
(スレイニー先生の旦那さん……クラス名から察してたけど、担任になるとは。ご縁だなぁ)
アルベラは感慨深く彼を見る。
「じゃあ、先ずは出席を取ろうか」
彼はクラス全体をみわたし、やんわりとほほ笑んだ。
そのまま、指定されていた時間割の通り歴史の授業が始まった。
***
二時間目と三時間目も必修で、国語、数学、とアルベラも良く知る科目が続く。
この国の文字には、前世でいう所の平仮名と漢字が存在する。
ひらがなのような、主体となって使用される字が「主字シュジ」。
漢字のように、単語や名詞を一つの文字に集約させたのが「略字りゃくじ」だ。
文字全体としては主字略字共に「曲線的で丸みのあるアルファベット」という印象だ。
国語では、この「略字」や言葉回し、国の文学や古事やその発展についてを学ぶ。学ぶ内容としては、大体は前世でやっていた国語と同じだ。
数学も、割と前世でやってた内容に近い。こちらは国語よりも顕著だ。足し算や引き算、掛け算割り算という基礎部分が同じなので、高校での授業もかなり前世の物と似たような内容が当たり前に教科書に載っていた。
今更だが、こうして全く違う教室で似たような内容を学んでいると、改めて不思議な気分になってしまう。
(なんか夢でやった内容をおさらいしてるみたいで変な感じ……)
先生の話を聞きながら、アルベラはぱらぱらと教科書を眺める。
四時間目は実技の必修だ。
魔法の授業で、今現在の実力別にクラスが別けられているが、先ずはニクラス合同での基礎基本の授業のようだ。
一級と二級が同じ教室で。三級と四級が同じ教室で、魔法に関して、中等学問のおさらいのような授業を行う。
指定された教室へ行くと、既にスカートンが座っていた。
同じ机には一人分の席を空けてサリーナ・テリアが座っていた。スカートンと仲のいい、中等学部から進学してきたご令嬢だ。音楽の授業でスカートンと知り合ってからというもの、彼女はスカートンの歌にご執心だ。
「お疲れ様、スカートン。テリア様」
「お疲れ、アルベラ」
「アルベラ様。お疲れ様です」
スカートンとテリアが笑い返す。
「アルベラ様、私達もいましてよ」
スカートンとテリアの前の机から声がし、アルベラは視線を向けると見知った二人の姿があった。
ウェンディとキリエだ。
ラン・ウェンディ。彼女も中等部からの進学組だ。テリアと、他の二人のご令嬢と仲が良く、アルベラの中ではよくその四人で一緒にいる印象だ。多分ラツィラスの誕生日に会う時、必ず四人一緒にいるからだろう。彼女たちから見れば、アルベラ、スカートン、キリエが大体セットの印象である。
ウェンディの隣で、キリエが「お疲れ」と手を振っている。
アルベラは二人へ挨拶を返すと、その周囲の席を見た。手近にスカートン達の後ろが空いていたのでそこに腰かける。最後尾の席だ。
(良い眺め)
まばらに席を空けつつ座る生徒達を見渡す。高等学園からで知り合いがいないのか、一人で席に着いている者も何人かいた。進学組でなくても、パーティーなどで顔見知りであろう同士が「久しぶり」と言いながら親し気に話しているような姿もある。
(一番前にミーヴァ。壁際にセーエン・スノウセツ。おお。揃ってる揃ってる……あれは)
壁際の列をしたからなぞって眺めていたアルベラは目を細める。
(第四王子)
お付きの騎士様と席に座り、他の生徒と談笑していた。
「よう、ここ良いか?」
顔ぶれを確認しているアルベラの上に、ふと大きな影がかかった。
「あら、ウォーフ様。ええ、どうぞ」
アルベラは少々驚きつつ頷く。
教室の前にあるボードに『間隔をあけて座るように』と書かれていたので、ウォーフは一人分の席を開けて椅子に座る。
がっつりとウォーフを見ているキリエの姿が目に入り、アルベラは苦笑した。
「よう、お嬢様。やっぱりあんたも一級だったな」
「そういうあなたも……。お願いだから変に買被らないでくださる?」
「あ? 特に買被ってるつもりはないけどな。多分俺が思って位の実力だろ」
「それちゃんと的確かしら? あなた、ジーンとやり合って対等だったってきいたんだけど、あの騎士様と同じ程度とか思ってないわよね?」
ウォーフは「まさか」と笑う。
「大丈夫だよ、あいつは別格だ。まあ俺もだけどな。……けどそうだな。騎士か。ピンキリだしな」
ウォーフは腕を組むと天井を見上げた。すぐにアルベラへと視線を戻す。
「あんたを騎士で例えたら『訓練には必ず参加してるけど、真面目にはやってないボンボン騎士と対等にやれるくらい』かな。こんなもんでどうだ?」
「なる、ほど……。安心しました……」
(……不真面目なボンボン騎士。こんな弱そうな単語並べられて納得できてしまうのが悔しい……)
アルベラにじとりとした目を向けられ、ウォーフは「かかっ」と笑った。
「安心しろって。あくまで『現状』だ」
「そう。でしたら卒業するまでにはその不真面目な騎士様は倒せるようになっておきたいものね」
「良いね。何なら俺と騎士団の練習混ざりに行くか?」
「そ、れは……ご遠慮しておきますわ……」
(クエストあるし、不定期の参加なんて不真面目に見られて反感買いそうだし……)
さわっ、と空気が揺れるような感覚に入り口を見れば、ラツィラスとジーンが教室に入ってきたところだった。
二人はアルベラ達の隣の列に座ると、良く見知った彼女らへと「やあ。皆お疲れ」とほほ笑む。
ジーンはウォーフの姿にムッと目を据わらせつつ、ラツィラスに倣ってウェンディ達へ頭を下げる。
ウォーフはというと、挑発するような笑みをジーンへ向けていた。この授業でまたジーンと魔法をぶつけ合えることを楽しみにしていたのだ。
挨拶を返しつつ、アルベラはルーディンとラツィラスの目が合い、にこやかに手を振り合う様子を見ていた。
(仲良くない……か。良くもあんな平然と)
アルベラは隣のウォーフへと小声で問いかける。
「ウォーフ様は、人の戦意に敏感なのよね? それって、敵意みたいなのも同じかしら?」
「あ? ……ああ。けどな、お嬢様」
アルベラが問おうとしたことを先に察したのか、ウォーフは口の端を吊り上げてルーディンへ目をやる。
「あの二人に戦意やら敵意やらは無いぞ。見てわかる限りでは全くな」
「二人っていうのは、王子様お二人の事?」
「ああ。まあ、自分に向けられる敵意や戦意より精度は下がってるから、実際の所は知れねぇよな」
頬杖をつき二人の王子さまを眺めるウォーフ。
(言う前に……)
アルベラは首を傾げる。
「あなたも、あの二人が気になって?」
「そりゃあな。第三も第四も動きが急だった。公爵家として嫌でも警戒するさ」
「……へえ。そういうものですの」
「あんたは違うのか?」
「まあ、お家柄は兎も角。気になりはしましてね」
「ふーん。そういう物か」
「あら? 公爵家としての責任感が足りて無くて?」
アルベラの言葉にウォーフは肩をすくめる。
「いや。理由や意識がどうであれ、気になると思っただけで十分だろ。……ところで、だな」
ウォーフは面白そうに第四王子のお付きの騎士と、その下の下の段に居るセーエンへと目をやる。
「あっちと、あっち。あの騎士様はこっちの王子様に向けて。あの白いのはあっちの王子様とあんたに向けて。あと、」
ウォーフは更に一番前の席の紺色頭の特待生を示す。
「あいつはあんたに向けて。敵意むんむんだな。王子様も王子様だが、あんたもあんたで随分嫌われてる。まだ入学して二日目だろ。何したんだ?」
笑いながらそう言われ、アルベラはスノウセツと第四王子を順に見る。
(へぇ。スノウセツが私とあちらの王子様を……。あの子に嫌われる意味はよくわからないけど、ふーん、ミーヴァめ……)
そちらに対する心当たりは充分にあった。
アルベラはゆるりと微笑む。
「どちらからも嫌われるいわれはなくてよ。おかしいわね?」
魔法の授業が始まり、一級と二級の差について説明がされた。
展開の速さ、強度、魔法を展開しながらどれだけ動けるかなどが基準となっているようだ。入学前に会った試験で個人の実力は図られているので、実力というのもその時時点の物だ。
魔力があっても操作がぎこちなければ二級、魔力が少なくても操作が滑らかで応用力があれば一級へ、と言った塩梅で振り分けられてる。
アルベラは説明を聞きながらそれぞれのクラス分けをを思い出す。
一級は二十人。教員が一人ずつと警備が数人。
ラツィラス、ジーン、ウォーフ、ルーディン、ミーヴァ、他の特待生が三人だ。内女子が二人、男子が一人である。ミーヴァを足せば丁度半々だ。
他五人はウェンディとルーディンのお付きの騎士一人、他三人は騎士見習いらしい。
二級も計二十人だ。セーエン、キリエ、スカートン、テリア、特待生の男子が二人。他十四人、内騎士見習いが五名と、九人が一般生徒だ。
見習い組は、普段から訓練をしているため一級と二級に集まったらしい。それでも三級と四級にも数人ずついるようなので、生まれながらの素質というのはあるようだ。
ちなみに三級に四十七人、四級に四十人と振り分けられ、ユリは三級だ。
こちらには教員二人ずつと、一~二級よりも多めの警備がついているそうだ。
時期聖女のヒロイン様だ。きっと伸びしろは十分にあるはず。二年の後半あたりには一級にいるのだろうなとアルベラは想像している。
室内で行う実技は小手調べと言った感じで軽い説明の後、手元で魔力の操作を行った。基本的には、「火、水、風、土」の四つの元素系の魔法で好きなものを展開し、先生に指示された形を手元で作るという内容だったのだが、人によってはその四元素を苦手としている者もいて、電気だったり氷だったり、光だったりで授業をこなしていた。
アルベラは水と風が基本的に使いやすく、他は火を少し灯せたり、土塊を軽く放ったりできる程度だ。霧の魔法が得意ではあるが、あれは理屈的に水と風と火のバランスらしい。そのバランスは意識したことはないのだが、得意な魔法というのはだいたいそういう物だそうだ。自分の「やり易い」が無意識に形となり、個性となる。
エリーや八郎、ツーファミリーの者達から、「一番得意な魔法はいざという時の隠し玉として普段人前で披露しない方がいい」というアドバイスを貰っているので、アルベラは家での授業では表向きは水と風に集中して訓練してきた。学園でも同じようにするつもりだ。
得意な魔法というのは他の魔法に比べて少ない練習時間でも伸びがいい。今のこの、平日日中は水と風の練習に集中するスタイルは、アルベラ的にもちょうどいい比率で気に入っていた。
「皆さん手元での基本的な操作は問題なさそうですね。では次は、隣りの人とペアを組んで行いましょう。こうして机の上に、的を作る側と、その的を射る側で交換交換に」
そう言って教壇で二人の教師が向かい合う。ガタイのいい初老の先生が、火でリンゴのような的を作る。もう一人の小柄で丸っこい先生が風の矢を放ち、火のリンゴを打ち抜いた。
「形はなんでもいいです。スピードも威力も、キャッチボールみたいなものですから軽くに留めてください」
初老の彼が説明する。
アルベラは的を作りつつ、ちらりと辺りを見る。
皆これくらいの課題なら余裕なのか、無難にこなしていた。
暫く教室の様子を見て、初老の教師が呟き手を叩く。
「なるほど。良いでしょう」
魔法の授業は早めに終わった。
物足りなければ、この教室内であれば先ほどまでの加減の魔法の使用は許す事。もっと大きな魔法を展開したいものは、室内練習場があるのでそこで練習をしてもいいという事。使用時間の説明や、後始末の説明なんかも挟み、早めの解散となった。
隣でウォーフが「もの足んねぇな」とぼやいているのが聞こえた。
アルベラはちらりとルーディンとその騎士の方を見る。彼らは近くの生徒達と談笑をしながら席を立ちかけている。
(なんでだろう)
第四王子様とその護衛の授業姿を見て、アルベラは一つ大きな疑問を抱いた。自分だけではない。彼らの周囲に座る生徒たちが皆、自分と同じ疑問を抱いているはずだ。もしかしたらあの談笑で、そのことについて話しているのかもしれない。
「見過ぎだ」
びくりと顔を上げると、ジーンと、その横にラツィラスが手を振っていた。
「あら、お二人共」
アルベラが口を開きかけると、横でウォーフが小さく「アルベラ譲……伏せろ」と呟いた。
(ん? ……ああ)
何となく察して、彼女は深めに頭を下げた。
「お疲れ様です」
言葉と共に、自分の体の上を「ボウッ……」という音をたてて小さな熱気が通り過ぎていく。
アルベラは目を据わらせた。
(物足りない、か)
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