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三章 エイヴィの翼 前編(入学編)

148、寮入り 4(晩餐会の前)

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 ***





「私たちはそろそろ。スカートン、時間ですものね」

 シスター様方とお茶会をし、アルベラはそこそこ楽しんでいた。

「貴重なお時間をありがとうございました」と、ゼンジャーとそのお付きへ頭を下げる。

 銀光の二人は公爵のご令嬢に頭を下げられ、軽く慌てていた。どうしようもできないので、アルベラより深く頭を下げ返す。

 この銀光二人。アルベラが見ていたところ、ゼンジャーに異常にご執心ではあるが嫌いではなかった。個々になれば立派な大人なのだが、カリアが絡むとまるで子供だ。どうやって甘えよう、どうやって気を引こう。その姿がただ面白い。

(前の人たちよりは黒いとこなさそうだし、何よりゼンジャーさんの周囲にも好意的にできるんだから大分いいか。良かった良かった)

 スカートンと共に、寮の入り口まで三人を見送りに行く。

「スカートン、また明日ね」

「はい、カリアさん。お母様によろしくお願いいたします」

「ええ。聖女様、皆さんの晴れ姿を楽しみにしてますから、シャキッとね」

 ゼンジャーはスカートンとアルベラへ微笑みかける。

「アルベラ様、どうかこの子をよろしくお願いいたします。スカートンも、アルベラ様に何かあったら力になって差し上げるのよ」

「はい」とスカートン。

 そのやり取りが大げさに見え、アルベラは苦笑した。

「勿論ですわ。こちらこそ。………また、スカートンと一緒に遊びに行かせてください」

「あら、それは嬉しいですね。楽しみにしております」

 三人のシスターは深く頭を下げ、馬車に乗って去っていった。

「さて。スカートンはこれから部屋の整理?」

「うん。殆どやってもらっちゃったから、少しだけだけど」

「そっか。私は………スーとでも遊ぼうかな。夕食までもう少しだものね」

「アルベラ」

「ん?」

「何か困った事とか慣れない事とか、あったら言ってね。私、ちゃんと力になる」

「ありがとう。けどそれはスカートンもね。お互い助け合いましょう」

「うん。寮生活、よろしくね」

「ええ、よろしくね」

 二人は顔を見合わせほほ笑み合う。





 お茶会の道具を片付けながら、スカートンは物思いに耽る。

『私、そういう体質みたい』

 教会が苦手と以前教えてもらった際、アルベラはそういって苦笑していた。本人はあまり気にして居なさそうだったが、聖女の娘である自分には、そんな体質があるなんて信じられなかったし、どうにも不穏に聞こえてしまった。

『アルベラ様は、神様の恩恵を受けられていないかも………』

 これは以前耳にした母の言葉だ。

 母はよく、アルベラが去った後彼女へ心配の言葉を零す。聖女だから見えたり感じられたりする何かがあるのか。その力がないスカートンには、母が危惧する何かが共有できないのがもどかしかった。

 ―――もし神から見放されていたら。

 スカートンは小さく身震いした。

(大丈夫。何かあったら、私が力になればいいの)

 コップの底に残ったお茶を覗き込むと、頼りない自分の顔と目があった。スカートンはその顔をじっと見つめ返す。





 自室に戻ったアルベラは、ソファーに仰向けになり学園の地図を眺めていた。

(聖堂。使用自由。朝、昼、夕、シスターの津歌、讃美歌あり。………入学式、『祝いの参堂あり』か)

 アルベラは深いため息をつく。

 「なぜ神に嫌われている自分がお祈りなどしなければならないのか」と、全員参加である学内行事に足をばたつかせる。

「―――よし、今晩の内に放火しよう!」

 スカートンの心配をよそに、彼女は堂々と神へ喧嘩を売るような計画を口にしていた。

「いいな。本気なら手を貸すぞ」

 アルベラが視線を窓に向けると、いつの間にかそこにガルカが腰かけていた。

 そしてスーが、窓の桟にぶら下がり、『放火しよう!』と繰り返す。

「スゥー、おいでー。そんなのの傍にいたら汚い言葉が移っちゃうわよー」

「貴様な………」

『放火しよう!』

「はいはいー。それは忘れようねー」

 アルベラはテーブルの中央に置いているシュガーポットへ手を伸ばす。そこにはスーの好物の赤い実が仕舞われていた。

 自分の吐いた物騒な言葉を忘れさせるための賄賂を与え、アルベラは可愛いペットと戯れて時間を潰す。





 ***





「訓練長、本当にすみませんでした。こんなに急に」

 ジーンは騎士団の訓練場の端にて、本日の「訓練長」である騎士団副長のカルム・シリアダルへと頭を下げる。

「いやいや良いよ。訓練には支障はないし、………むしろ普段より過酷だったようだしね。こんな短時間で、流石だな」

 シリアダルとジーンの視線の先には、ダウンした騎士見習いや騎士達の姿があった。一部、死屍累々のようにもなっている。

「ったく、お貴族共ときたら骨がねぇ! 情けなくないのか?! 軍人さんにいい様に弄ばれてよお!」

 ウォーフが訓練所から借りた槍片手に声を上げる。ジーンと一戦した後の小休憩ということで、「休憩程度の軽い運動」を嗜んでいるらしい。

 ここの訓練所に居るのは、騎士見習いと騎士としてまだ経験の浅い者達だ。彼等を叩きのめすウォーフは、随分と生き生きしていた。

「………いやあ。騎士長がいなくてよかったよ。大燥ぎしてただろうからね」

「ああ………はい。それは本当に」





 土塗つちまみれになり、訓練所の端によって休憩している騎士の一人が呟く。

「くそ………流石だな」

「ああ、本当にな。ジェイシにも勝っちまうわけだ」

 隣にいた彼の同僚が苦笑を浮かべ頷いた。

「っていうかベルルッティ様、何かイラついてないか?」

「そうか? 楽しそうにしかみえないけど」

「なんか俺の時、腹いせって感じに思えたんだけど、気のせいかな………」





(流石に文句を言うものはいなそうか)

 シリアダルは訓練場を見渡す。

 ベルルッティと手合わせして敗れた者達の中には、騎士である事より生まれた爵位にプライドを置く者達もいた。彼らは自分達が、自分達より下の爵位の者に負けることを許さない。負ければ癇癪。そもそも負けないように圧をかけたりと、爵位の低い者達にとっては「訓練にならない」と悩みの種だ。

 だが今回は、良くも悪くも、自分達をやすやすと叩きのめした少年がベルルッティ家のご令息であったから、文句を漏らす者は誰一人居ない。きっと相手がウォーフでなければ、彼等は荒れに荒れていた事だろう。

 ベルルッティ公爵家。王族ではなく、下爵位から成り上がった「勲等公爵家」。彼らは勲等公爵家の中でも、公爵としての歴史が最も古く、それ故にその地位や評判も定着し安定していた。今や由緒正しき公爵家と言っても過言ではない。

 彼らの偉業は戦場にて発揮されてきた。その戦力は国の歴史に大きく貢献し、いまも衰えてはない。

 「めちゃめちゃ強くて当然の権力者」に負けたのだから、幾ら貴族出とはいえ、文句を言うものは誰もいないというわけだ。

 珍しいことに、今回はそういった権力の奴隷である者達でなく、真面目に訓練している者達の方が悲鳴を上げていた。

「おいジーン、てめぇなんつー化け物連れて来やがった!」

 副団長と言葉を交わしているジーンの元へ、騎士見習い時代の先輩、ジャックが体を引きずるように歩いてくる。

 ジャックや、他にも普段から真面目に訓練に向き合っている見習いや騎士達は、ウォーフから特に多く指名されては叩きのめされていた。「体力的に限界か」と、ようやく解放されてこちらにクレームを入れに来たのだ。

「あの公爵の坊ちゃん好き放題だぞ。………ほら見ろ。男叩きのめすのに飽きて次は女を口説きだした」

 ウォーフは自分の叩きのめした騎士に手ほどきもしていたが、女性には特に懇切丁寧だった。

 清々しいほどに素直な男だ。

 そして教わってる側もまんざらではなさそうなので誰も損をしていない。平和な世界。

「うん。楽しそうだな」

 ジーンは余計な感情を投げ捨て、思考を停止させた感想を返す。

「楽しくねーよ!! あの坊ちゃん早く持って帰れ!!!」

 ジャックの声を聞き、同じく見習い時の先輩や同僚がジーンへと集まる。

「そうだぞジーン! 責任取れ! せめて最後に一戦して俺らの仇を取るくらいはしろよ!! 何負けてやがる! お前もっと出来る子の筈だろ!!」

「そうだそうだ! お互い初戦の疲れなんて吹っ飛んでんだろ? あの女尊男卑野郎がぶちのめされる姿を俺たちに見せて清々させろ!!」

「お前等………ぶちのめせって簡単に言うけどな」

「おい」

 ビュン、と風を切る音。ウォーフが矛先をジーンへ向けていた。

「そいつらの言う通りだ。最期に一戦。その後は晩餐会だろ?」

 ニッと笑う彼に、ジーンはどこか歯切れ悪く「ああ」と返した。その様子にウォーフは目を細める。口元に薄笑いを浮かべ、何かを理解した様に「ふーん」と頷いた。

「おい、いいか! 絶対にありえないが、もしもの話だ!」

 ウォーフが人の注目を惹きつけるように、手のひらを空に向けて炎を放った。それは思惑通り、訓練所に居る皆の目と耳を集める。

「もしも! 万が一! いまここで公爵家である俺が負けたとしても、誰も何も文句言うんじゃねーぞ! これは男同士の本気の勝負だ! このニセモノに、変な勘繰りをされて力を抜かれるような事があれば、それこそ公爵家の恥だ! 良いな!! この勝負の結果、どうなっても両者を貶す言葉は吐くな! もし俺の耳に入れば、ベルルッティ家がそいつの家を潰しに行く! 分かったな!!」

 一瞬のざわめきと沈黙。

「よし、次はお前だ」

 ウォーフが分かり切った目をジーンへ向ける。

「てめぇ、良くもさっきはいい感じにやられやがったな………。ニセモノが、どうせ普段から変な気を利かせて、さっきみたいに相手を選んで手を抜いてきたんだろ? そんなのに気を使って何になる? 団の空気か? 先輩方の面目だかお家柄だかを守ってか? それとも、少しずつ成長してる風を装って認めてもらおうってか?」

 ギャラリーには聞こえない、ウォーフとジーン間でのやり取りだ。

「それで何になる? お前も薄々分かってるんじゃないのか? 何の意味もないって。そいう奴らは甘い汁に浸したまんまじゃずっとそのままだ。お前の浅い努力なんて何の意味もないってな。むしろ悪循環だ。過信は怠慢を生む。奴らの訓練態度はどうだ? 側で見てて成長してるか?」

 黙ったままのジーンに、ウォーフは鼻で笑って返した。

「………な? やっぱそうじゃねーか。ちゃんと現実を叩きつけてやれ。プライドに捕らわれてる奴には、しっかり現実って奴と向き合わせろ。過信や日頃の怠慢はそいつを戦場で殺すぜ? 奴らに必要なのはおべっかでも甘やかしでもないだろ? 焦りだ。命、ここで言えば立場か。それを揺るがす強力な敵の存在。お前がそれになってやれ。それが団のためだ。そしてお前の成長のためだ。………どうだ、やる気でたか?」

 ウォーフがニヤリと笑む。

 ジーンは息を付く。

「流石ベルルッティ家だな………」

 その瞳が、覚悟を決めて赤く輝き始めた。

「別におべっかでも、気を使ってたつもりもなかった。けど………確かに………あんたの言葉には納得した」





 剣と槍のぶつかり合い。

 ジーンとウォーフ、純粋な武芸の実力はほぼ互角だった。体格的にも力はウォーフの方が上。素早さや身のこなしはジーンの方が上。

 ジーンが剣のみで斬りつけても、ウォーフが反応できる攻撃であれば力ではじき返されてしまう。

「ははは! 剣が軽いんだよ!」

(馬鹿力め………)

 ウォーフのカウンターを受け、腕のしびれる感覚にジーンは毒づく。

「なんだぁ、守りに入んのかぁ?!」

 後ろに下がったジーンへ、ウォーフが炎弾を連発する。

 拳大の炎が連射され地面を次々と抉る。抉れた土の中には、炎より一回り小さいサイズの石が沈み込んでいた。それなりに威力がある攻撃の筈だが、ジーンの炎の壁はウォーフの炎を容易く受け止め、掻き消してしまう。

「魔法じゃ埒あかねぇよな!」

 炎の壁の消滅と共に、ウォーフは片手で槍を握り距離を詰める。

(相手の体に刃を当てれば勝ち………。ただ炎で押しきったって焼き殺すだけだしな)

 ジーンは剣に纏わらせた炎の威力を上げて正面からウォーフを迎え撃つ。

「ぅおらああ!!!」

 二人の炎がぶつかり合い、訓練所の中心に大きな火柱が立った。





 二人の戦闘にギャラリーは言葉を失う。

 特に驚いていたのは、ジーンの本気を見た事のない騎士たちだ。

(あれが………十五の少年………)

 あの魔力とあの威力。自分の同じ年の頃を思い出し固唾を飲む。

 いつ暴走しだしてもおかしくないような火力だ。それをジーンとウォーフは、制御し、自分の手足のように扱いきっていた。

(―――圧倒的、すぎるだろ)

 ジーンだけでなく、自身の属する団の長をも、「平民上がり」と内心馬鹿にしていた騎士は後ずさった。



 火柱は大きくうねると、項垂れるようにして地面へと這って二人の周囲に広がった。明らかに人為的な動きだ。

(あいつの仕業か。邪魔だな………)

 ジーンを槍で弾き飛ばし、ウォーフは大地に広がる炎へ身を隠してしまった。魔法で放った炎は、自分達の魔力でもある。気配を感じようにも、自分達の放った魔力が辺りに充満しており、それが邪魔して本体を探れない。

 炎の中から炎弾が飛んでくる。ジーンはそれを周囲の炎を使ってはじき返した。

(本当に埒が明かない………ていうかお前もそれ守りだろ)

「………隙、くれてやるよ」

 ジーンが大きく剣を振る。そのひと振りで、彼を中心に突風が吹いたかのように周囲の炎がねじ伏せられ、消し去られた。

「まじかよ………あいつ、あの量の火を、ベルルッティ様のまで………」

 ギャラリーの誰かが驚きの声を零す。

(ジーンの魔法と剣は、騎士として十分上位の力量だ。あとは実践と経験。………生まれだけで騎士になった者達には、いい刺激と抑止力になったかな。こんなものを見せられたら、今までのように無下にはできまい)

 副団長は少し楽し気な表情を浮かべる。





 周囲の魔力を押さえつける。その行為に嫌でも動きが鈍るジーンへ、ウォーフが待っていたとばかりに距離を詰め片手で槍を突き出す。それをジーンが剣で受け止め、ウォーフの馬鹿力を分散させようと身を翻した。

 だが、ウォーフは突き出した槍をジーンの側へ大きく横一文字に振り付ける。

 力負けして槍の柄に弾き飛ばされるのが関の山だと、ジーンは身を低くして頭上に柄を躱す。妙な動きだった。

(こんなことすれば)

 当然、真正面にウォーフの胴体。そして空いた左手。

(―――そういう事か)

 懐に招き入れられた。それを察知しつつ、一か八かで剣を突き出す。ーーーだが、ウォーフの左手の方が早かった。

「………っ!」

「つっかまえたぞ、うおぉらぁ!!」

(こいつ………)

 空いていた片手で、ウォーフがジーンの体を掴んだ。

 ウォーフはそのまま左腕を振り上げ、力任せにジーンの体を地面へと叩きつける。

 ジーンは受け身を取りながら火を放ち衝撃を緩和する。その後を追ってウォーフの炎弾が次々に放たれた。

 火と地面の上を転がり体制を取り直しつつ、ジーンは「めちゃくちゃだな」と呆れて呟いた。

「気ぃ抜いてんじゃ、ねぇぞ!!!」

 ―――大きな熱量。

 ジーンが顔を上げると、目の前に巨大な炎の塊が迫っていた。その中心部には黒々と、殆ど岩と言って良い大きさの石が密集していた。

「本気、ぶつけてみろやああああ!!!!!」

 炎の燃え盛る音に紛れて、ウォーフの雄叫びが聞こえた。

「馬鹿かあいつ!!!」

 ジーンは声を荒げる。





「おいやばいだろ!」と、ジーンと仲のいい騎士見習いが声を上げた。

 炎の塊がジーンを叩き潰す。そう思われた瞬間、ジーンの周りで炎が渦巻き、津波のようになってウォーフの放った炎弾へとぶち当たる。場内が火の海に沈んだ。

 ギャラリー達が咄嗟に両手で体をかばうのと同時、柵に張られた結界が真っ赤な炎の波を抑え込んで衝撃に青白く光る。

 ウォーフの炎弾からはじけ飛んだ石が、見えない壁にぶつかり幾つもの重い衝突音が辺りから上がった。

 皆の視界が赤一色に染めあげられる。熱風が彼等の肌を撫で、轟音が空気と鼓膜を振動させる。

 石の衝突音が止むと、突風に煽られたかのように炎がぶわりと中心から膨らみ消滅した。後を追う様に火の粉が舞い上がり、それもゆっくりと消えていく。

 柵に囲われた場内。

 熱に景色が揺らめくそこに、肩で息をしながら向き合う二人の影があった。

 ジーンは眼光鋭くウォーフを睨みつけている。

 剣を受け止めようと槍を真横にして握ったまま、ウォーフは半笑いでそれを見下ろす。

「………まいった」

 ウォーフの声がぽつりと訓練所に落ちた。彼の握っていた槍の柄は、真っ二つに斬られていた。

 その切れ目の延長線上にはジーンの剣先。ウォーフの胸元にしっかりと当てられ、あわよくばその先端は喉元へも狙いを定めている様だ。

 両者、体に灯る魔力の光が弱弱しくなっていた。ウォーフの方は、ほとんど消えかかっているに等しい。最期のあの一発が、全力投球だったのだろう。

 ジーンの方はまだ余力があるのか、怒気を孕む目だけが爛々と赤く輝いている。

 静まり返っていた観客から、まばらな拍手が上がり始める。





「よくやったぞジーン!!! やっぱお前の火半端ねぇな!」

「同い年として正直引いたわ………。お前らまじかよ………」

 ジーンと仲のいい者達が、柵の外から好き勝手に勝利を称える。

「流石ベルルッティ家だな。あの攻撃の畳み掛け。俺受けきれる自信ないわ………」

「二人ともあれで十五か………行く末が恐ろしいな」





「ほら、二人共お疲れ様」

 シリアダルが二人へ回復薬を渡す。体力と魔力を両方回復できる、普段の訓練中ではめったに使用しない質のいい薬だ。

 二人はそれを一気に飲み干す。

「っはー! たまんねぇな。………ははは、結局最後は力づくだったな。剣術もなにもあったもんじゃねぇ。やっぱ戦いはこうじゃないとな!」

 嘲るウォーフの胸倉をジーンが勢いよく掴み上げる。

「お前な! 加減を知らないのか!? 場所が場所じゃなきゃ死人が出てたんだぞ!?」

「何言ってんだ。場所が場所だからできた事だろ。全力でやらない練習に何の意味がある」

 城の敷地内の訓練場だ。

 ウォーフも、その設備の質を良く分かったうえでの全力投球だった。考えなしでの行動ではなかったのだ。

 だがそんなことを知った所で、ジーンの怒りは直ぐに引っ込められそうにはなかった。それに、ジーンが腹を立てる理由はほかにもある。

「確かにそうだけどな! お前! あの荒れ地、誰が整地すると思ってる!?」

「は? 誰だ?」

「原則、使用者が、使用後か翌日の朝一で整え直すことになってるんです。ここまでの荒れ様は、この『一般訓練所』じゃ今までなかったですね」

 シリアダルが他人事のように笑う。

「………まじか。頑張れよ」

「お前な………!」





 数人で固まって観戦していた少女たちの一人、ローサが惚れ惚れと小さく呟く。

「ジーン先輩、やっぱすごい………」

「うんうん! 凄い! あんなの見せられたら誰だって興奮しちゃうよ!」

 ローサの周囲で、友人たちが感想や意見を言い合い盛り上がる。

 ローサは反射的に、そこから足を踏み出していた。





「ベルルッティ様、今日はありがとうございました。皆のいい刺激になりましたよ」

「こちらこそ邪魔したな。副団長、次来た時はあんたとも手合わせ願いたいね」

 いつも微笑んでいるようなシリアダルの目が、一瞬鋭くなる。

「でしたら、私も手を抜かず、本気でぶつからせて頂きましょう」

「ハハッ。良いね! 俄然また来たくなった!」

「ほら、ベルルッティ。時間だろ。………言っとくけどその人、俺より普通に強いからな」と、ジーンが帰宅を促す。

 「まじか、いいねぇ」とウォーフが口端を吊り上げる。

 訓練中、「敬語は手間だからやめろ」というウォーフからの申し出で、ジーンが彼に使う口調は大分砕けていた。

(口の利き方からかどうのとか言ってた気するんだけどな)

 ジーンは来る前を思い出すが、この方が楽なのは変わらないので余計なことは言わないでおく。

「ジーン先輩!」

 自分を呼ぶ声に、ジーンは馬に跨ろうとしていた手を止める。
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