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三章 エイヴィの翼 前編(入学編)
139、実戦と地図 2(彼女はエイヴィー族)◆
しおりを挟む「お嬢さん。姐さんの実技訓練はどうだった?」
組合にて、スナクスがアルベラの顔を覗き込む。
男たちは役所に引き渡し、それを組合の人間が確認した。報奨金は受け取り、三人で分配済みだ。
アンナはお手洗い。ゴヤは次の仕事の手続きとかで、受付に行っていた。
「ありがとう。とても勉強になりました。スナクスさん」
「まあ、俺たちは別段何もしてないし………礼はアンナの姐さんにだけでいいさ。にしても、スティックポイズン、よく知ってたな」
「スティック………ああ、これ」
アルベラはローブの中から、ストローのような筒を一つ取り出す。ゴムのチューブのようなそれは、半透明な灰色で、アルベラが先ほど使用した時のような透明感は無い。
スティックの先端が小さくくびれ、摘みの部分がある。そこをピンポイントで強く押したり折ったりすると、素材が瞬時に硬化し曇りも消えて、ガラス質に変わるのだ。
「ついこの間まで、この町の限られた店でしか買えない品だったんだよ。冒険者御用達の、老舗の薬屋でさ………あ、最近王都にも店だしたから、今はその二店舗で手に入るわけ。面白グッズが出たって、冒険者の間で少し前に話題になったんだ。狩猟系の毒使いとかの間では特に話題になってたな」
(………八郎、手広くやってるわね)
「お店のそれって、中身は何入ってるんです?」
「ん? 見た事ないのか? 基本は毒と眠り薬と麻痺薬と、あとこれと同じ催涙液かな。最近王都では、防犯グッズとして密かに女子の間で流行りだしてるんだと。つっても、利便性は小型のスプレーとどっこいどっこいなんだけどな。今は物珍しさでよく売れてるみたいだ」
「へぇ。今度見に行ってみようかしら………」
(八郎に材料費とか手間賃とか払ってるけど、市販の値段設定幾らなんだろう。あと冒険者御用達の薬屋って何。気になる)
「お? 興味ある?」
「ま、まあまあ。そこそこは。冒険者のお店って入った事ないので」
「おお! なら俺が案内するぜ? 薬屋以外にも色々! 一緒にクエストを受けた仲だ。何なら護身術の練習位、俺がタダで教え………おえっ」
「おらスナ坊。こっからは男子禁制。女同士の反省会だよ」
スナクスの襟首をアンナが後ろから引っ張り上げていた。それを「あいよ」とゴヤが預かる。
「アンナ。暫くは『こっちの仕事』中心か?」
「ん? そうだよ」
「そうか。なら、こないだナールの奴が魔獣狩りしたいって言ってたから、その内討伐の誘いが行くかもしれん」
「りょーかい。助かるよ副リーダー。じゃあ今日はお疲れさん。お二人共」
「あいよ、またな」
「ま、またな、姐さん。嬢ちゃん」
去っていく二人へ、アルベラは苦笑を浮かべ手を振る。
その際に他の冒険者たちが目に入り、違和感を感じた。
(特に気にしてなさそうなグループと、やけに目をそらそうとするグループが半々………)
組合のスタッフは別として。目を逸らそうとしている者達は、やけに背中を丸めているように見える。
「あの、姐さん」
「ん?」
「確か、自慢したいくらい評判がいいとか言ってなかったっけ?」
「ああ」とアンナはにやけ、ぐるりと周囲を見た。
「な? なかなかいい感じだろ?」
「ええ………そっちの意味だったの? これ、ファミリーの事知ってるから………ってわけじゃないんだよね?」
「勿論。その件について必要ない他言はしてないさ」
「じゃあ何で」
「可愛い私においたしようって奴らが居てね。少し捻ってやったんだ」
「冒険者相手に? あの数を………流石ね」
「ああ。片っ端から、泣いて詫びる事も出来なくなるまで搾り取ってやったよ」
「え、絞?」
「どいつもこいつも、威勢がいいのは一、二発目だけさ。情けないったらナイナイ」
アンナは片手を振りながらカラカラ笑う。
「………あ、はい」
自分の想像していた「捻る」と、アンナの言う「捻る」に違いを感じ、アルベラはこの件に関して深く言及しない事にした。
***
アンナとアルベラは、先ほどの借り家へと戻り、エリーと合流した。
アルベラはエリーの引いてきた自身の馬の元に行くと、そこに掛けていた鞄から平べったい缶を取り出す。髪の色戻しのパウダーだ。
それを手にとり、パタパタと髪の毛に馴染ませる。するとフードの下、茶色の髪がゆっくりと、いつものラベンダー色へと戻っていった。
「エリーの姐さん。手伝ってもらって悪かったね。お疲れ」
「いいえ。私の方は大した仕事じゃありませんよ。彼等なら、無事コーニオさん達に引き渡させてもらいました」
三人が室内に入ると、アンナが進入禁止の魔術を施す。
「さて、お二人さん。ただ反省会も味気ないよね。反省会兼ねつつ、あいつらのコレクション。折角だし見ていくだろ?」
「あいつら」とは、初めに逃した商人の風貌をした男と、酔っ払って帰って来た、七人の内から逃した二人だ。
ファミリー側の目的はそちらの三人の生け捕りだ。他の五人は、いわば彼らの巻き添えだろう。悪さをしていたのは確かだが、あの三人がファミリーから目を付けられなければ、アルベラの練習材料としてティーチに抜擢され、賞金首にさせられる事も無かった。
今頃、悪党五人は雇い主であるあの三人に売られたと怒りを募らせていることだろう。だが、その三人は、公的な役所に引き渡された彼等よりも、もっと辛い目に合う事となる。
「来な。事前に場所は掴んでる。………あ、そうだ。ちょっと着替えさせてよ」
そう言って「アンナ」が隣の部屋へ行き、数分で戻ってくると、それはいつもの「ティーチ」だった。
「嬢ちゃん、なかなか良かったね。単純にパワー不足ではあるけど、それはこれからの努力次第かな」
ティーチが大きなぼんぼん髪を揺らしケラケラと笑う。隠してあった入り口から、地下へと続く通路を通る中、その声が僅かに反響していた。
「けーど、一つダメ出しだ。最後、相手の目を潰して気を抜いたろ? あれは命取りな。目を潰された方が大人しく痛がってくれるとは限らない。魔力を爆発させて、所構わず周囲を攻撃する奴だって要るんだ。嬢ちゃんが目を潰した後に取るべき行動は、守りの準備、警戒だよ。良いね?」
(おお………)
それっぽいダメ出しに、アルベラはつい感動してしまう。だが言われたことはしっかり頭のなかで反芻する。
「はい、師匠。心に止めておきます」
「よろしい!」とティーチがビシッと指を立てて笑う。
「まあ、今回だと大きな注意はそれくらい。あとは単純に経験不足だから、時間があればエリーの姉さんに沢山手合わせしてもらいな。魔法の攻撃や防御も、回数重ねれば強度も上がるさ。………いいかい。嬢ちゃんが現状で相手していいのは『並み』まで。それ以上は無理しないようにね。逃げるが勝ちだ。まあ、相手が選べたり逃げられたらの話だけど」
「並み?」
「そ。並み。そこらの兵士までってところかな。騎士様は場合によるね。修練を積んでる奴らは格がねぇ………積み上げてきた土台が違いすぎる。………冒険者と兵士が同じようなもんだとして、レベルに例えると、嬢ちゃんは『並みの下』ってとこなんだ。さっきの小悪党が『並み』だから、相手できるのはあれくらいって事。兵士や冒険者の大半もあんなもんだしね。あ、酔っ払ってたのと嬢ちゃん相手で気を抜いてたのを忘れないでよ? 素面な上、十分警戒されてたら、今回とは違う流れになってた」
「はーい。分かりました。………で、それって普通に『普通』って事でいいかしら?」
「ん? ああ、そうだね。『戦士』としては普通に普通だ。身のこなしや度胸含め、総合評価でね。歳と生まれにしては良い方だよ」
ティーチがカラカラと笑う。
「なんだい、『並みの下』は不服かい?」
「いいえ。『やっぱり』って思っただけなの。自分が『下の下』なんじゃって感じるような事が多々あったから、寧ろ『良かった』って感じ………やっぱりこいつらが異常なだけなのね」
そう言ってアルベラはエリーへ目を向ける。
「あはは。あんたの護衛は異様なのが二人もいるもんね。あの子ブタちゃんは護衛じゃないけど、あいつを入れれば三人か。上の上が三人。恵まれた環境だね」
(姐さん、八郎の力しってるんだ。あいつにも出会いがしらに『陽気喧嘩』吹っ掛けたのかな。ハハハ………)
「ん? ティーチ姉さんはどれくらいなの?」
「ああ、私か。私は『上の中か下』の辺りかな。そこらの冒険者よりは強いって自負してるよ」
その言葉に、先ほど組合で聞いた話が頭を掠める。
(純粋に技術面だけでと受け取っておこう………)
「………そっか。じゃあやっぱり私はまだまだね。精進しなきゃ」
「うんうん。精進したまえ。けど、大人相手にあそこまでやれたんだ。胸張りなよ。………人の強さなんてその時のコンディションや環境や何かで簡単に変わるもんだ。簡単に出し抜ける相手もいるし、出し抜けない奴もいる。めぐりあわせは運次第。だから、それらも総合的に見極められるようにね。『周りをよく見る』『勝つより生き残る』だ。特にあんたは、冒険者でもなければ、どこかに所属する戦闘員でもないわけだし。今日みたいに、常に距離取って、捕まらないようにしてたのはいいね。あと、実力を補って、自分で色々道具を準備しておくのも良い心がけだった。拘束の時間も命とりだ。けど、手枷足枷なんて、父ちゃん母ちゃんに見つかったら、自分の娘がどんな趣味に目覚めたかと不安になること間違いないね」
「そ、そうね………使用人に見つかった日には、噂に拍車がかかりそう」
アルベラは苦笑する。
「………と、お。ほら、着いたよ。少し長かったな」
ランプを持ちあげ、ティーチが辺りを照らす。一見普通の倉庫だ。
彼女は室内に設置された日光石に手を翳し、明かりを灯していく。
アルベラは辺りを見る。先ほどからずっとだが、そこには生き物の気配があった。明かりがついたことで、それらが余計に息を潜める。
「なるほど、商品ですか」
エリーが近くにあった、何かの標本を手に取った。
(なんだろう。綺麗)
アルベラの視線に、エリーがそれを持ったまま手を振る。中で、ピンに止められた羽がキラキラ輝いていた。
「これ、妖精の羽の標本ですね」
「妖精の羽?! 本体は? 羽の付け根、なんかエグイんだけど」
「本体は干物にでもされてるかもしれませんね。薬になると言われてますし。羽は薬にも、装飾品にもできます。魔力の回復や、魔法の発動効果のアップに良いんですよ。ハチローちゃんが喜びそうですね」
「へぇ………。妖精を干物に。闇深い………」
「結構良いものため込んでたね。………あいつら、ここらで荒稼ぎしてたんだ。みかじめ料さえ払ってりゃ続けられただろうに。コソコソ隠れて、喧嘩吹っ掛けてきやがった。あっちは隠れて一方的にってつもりだったんだろうけど、バレバレっていうね」
「姐さん、気になってたんだけど、そのみかじめ料ってそこらのお店からもとってるの? ここら辺って、こういう部外者だけじゃなく、昔からある、それなりに古いお店もあるでしょ? そいう所からもとるの? それとも顔なじみは除外?」
ティーチはアルベラへ笑いかける。
「色々さ」
「色々?」
「そう、色々」
返答はそれだけだった。
前もそうだった。ファミリーの活動について、彼等は決して詳しくを話さない。その大まかな活動は、アルベラも勉学の中で学んではいたが、詳しい内容を尋ねても、彼らがそれにしっかり応えてくれる事は無かった。
(部外者への線引き、しっかりしてるんだよなー)
こういう時、普段良くしてくれるだけに、突然その輪から弾き出さされたような気分になっていしまう。
(私も勘違いしちゃだめだ)
もともと、自分は彼らの輪に入ってもいないのだ。彼らが都合か善意かで、輪の外にいる自分へ、笑いかけてくれているだけ。
(それだけでも十分、有り難い事なんだから)
「ねえ」
「え?」
「ねえ! ここ! ここ! 上、上!」
アルベラでもエリーでも、ティーチのものでもない声が何処かから降ってくる。
少年とも少女ともつかないその声に、部屋の三人は視線を走らせた。言われた通り上を向くと、幾つかの籠が、天井からぶら下げられていた。ギシギシと、その中の一つが小さく揺れている。
「あんた達、あいつらじゃないね。お願い。ここから出して。帰らなきゃ」
その声の後に、「カツカツカツ」と何か固いものをぶつけ合うような音が上がった。
人らしきものが入った籠を認め、三人は顔を見合わせる。
籠を上げ下げするためのリールを見つけ、エリーが鎖の巻かれたそれをゆっくりと回転させた。鎖が音をあげながら、揺れていた籠がゆっくりと降りてくる。
中に、アルベラよりも年下と思われる子供が座り込んでいた。座り込んだ彼だか彼女だかの腕には大きな袖のようなものがあり、口元が大きく突き出ていた。
地面へと籠が降りきると、その子供は立ち上がり格子を掴む。
子供の姿を見てティーチが声を上げた。
「おやまあ。エイヴィか」
エイヴィ、またはエイヴィー族。人族の一種で、嘴と鳥の脚と翼を持つ種族だ。この世界では一般的に、二足歩行で手があり、会話できるだけの知能があれば一先ずは「人族」と分類される。尚、魔族のみはそこから除外だ。
大きな袖のように見えていたのは、その子の腕に生えている羽だった。背中の肩甲骨あたりから大きな翼が生えているのを見る限り、腕の方の羽は飛ぶための物ではないのだろう。人間でいう腕毛やすね毛とと同じようなものかもしれない、とアルベラは思想する。
「あんた達、悪い奴じゃない?」
籠の中のエイヴィーが、そういった後に「カツカツカツ」と嘴を鳴らした。
「え? 悪い奴だよ。社会的に」
ティーチのあっけらかんとした答えに、籠の中で子供が「え?!」と身をひく。
「ちょっと姐さん………、こういう時だけ仲間扱い何て酷いんじゃなくて?」
「悪い悪い。ほら、そっちの二人は一般人だよ」
「え?」
子供は不思議そうに首をひねり、嘴を小さくぶつけ合う。アルベラとエリーに目をやり、エリーをじっと見たまま首が九十度まで捻られて止まっていた。嘴を一定のテンポで「かつ、かつ、かつ………」と鳴らしていた。
「あなた名前は? 女の子? 男の子?」
アルベラの問いに、子供は首の角度を正す。
「ピリ。女だよ。ほら、羽白いじゃん。エイヴィーは男の羽には色がついてるの。女は白黒茶」
「あら、そうだったの? 失礼。私はアルベラ」
「アルベラ。ふーん。ねえ、そっちのお姉さんは?」
「そっちはエリー」
「ふーん」
二人が話している間にティーチが籠の扉を開ける。
「その子よろしく。私はこの中をぐるっと確認させてもらうよ」
「え? ああ、はい」
アルベラがティーチへ目をやり、返事をする。その間にピリは籠から出て、アルベラとエリーの前へと出てきていた。
ピリは、エリーを見上げ首をひねる。
アルベラが見る先、エリーの笑顔が、若干だが張り付けたようなものになっているような気がした。
「お姉さん、変わった匂いだね。エイヴィーの匂いがするよ」
「え? ………『エイヴィーの』って」
緑の瞳が思い出しながらエリーを見上げる。
(ガルカの時は魔族の匂いがするって………。人と魔族の混血じゃなかったの?)
あやふやになって終わったあの一件。その後も何度か尋ねたことがあったが、エリーは考えるそぶりだけ見せて、やはりあやふやにして済ませてきたのだ。
「お姉さんエイヴィーとヌーダの混ざりもの? 翼は生えてこなかったんだね。可愛そう」
ピリはエリーを見上げ、小首をかしげ「カツ、カツ」とゆっくり嘴を打ち合った。
「カツ、カツ、カツ」という音が一定のテンポで上がる中、エリーは微笑んだままエイヴィーの少女を見下ろしていた。
アルベラはそんな彼女を肘で小突く。
「ちょっとエリーさん。なんか一言、ないの?」
「………そうですねぇ」
エリーは悩まし気に腕を組み、片手を頬に当てる。
「はぁ………。この子にはそう匂うんですね」
「それ、前にも聞いた」
アルベラはまんま、ガルカの時とのやり取りを思い出し、呆れた息をつく。
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