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三章 エイヴィの翼 前編(入学編)

133、酒の実の誕生日 1(騎士見習い様の誕生日 2/2) ◆

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 仕事中に覗きにきたのであろう、鎧姿の者。訓練終わりに立ち寄ったのであろう、軽装備の者。普通に普段着の者。姿格好は色々だが、ここにいる者殆どが見るからに皆「騎士」だった。普段着の者達も、そこそこに身なりが良く、鍛えられた体格から貴族であり戦士であることが伝わってくる。

 男性率の高い店内。アルベラ達一行は目立つらしく、行く方向の人々から気を使って道を開けてくれた。酔っていようとも流石騎士ということか。

 ガルカが迷わず向かう先、一つのテーブルに見知った顔が揃っているのが見えた。

 本日の主役がアルベラに気づき、「よお」という感じで手を上げた。その隣で親友兼主人の少年が大きく手を振っている。

(人目があるからお上品に………)

 アルベラは、体の近くで小さく手を振り返す。





 焼きを施したように、僅かに木目が浮き上がり、アルコールの匂いが染み付いたテーブル。それに肘をついていた、色白金髪の少年がくすくすと笑った。

「アルベラ、やっぱり外だから猫かぶりモードだね」

「そうだな。どうせすぐ剥がれるだろ」

 赤髪の少年は呆れたように目を据わらせている。

「どうかしましたか? ラツィラス様、ジーン様」

「何でもないよ、スカートン」

「そうですか。でもあちらに何か………。あ!」





 二人の使用人と共に、中央の席へと向かっていると、目的のテーブルを囲む面子が段々と見えてきた。

 本日の誕生日会の主役。鮮やかな赤髪、やや褐色気味の肌で赤目の少年、ジーン。

 その右隣に、金髪赤目の、天使のような容姿をした王子、ラツィラス。

 正面には、シルバーグリーンの長い髪の少女。恵みの聖女様の娘、スカートン・グラーネ。

 その左に、黄緑に黄色のメッシュの髪の少年。アルベラの幼なじみで、隣町の領主の息子のキリエ・バスチャラン。

 さらにその左に、紺色の髪の、眼鏡を掛けたインテリ顔な少年。この国切っての魔術研究家の孫で、研究科見習いのミネルヴィヴァ・フォルゴート。

 皆、街中を歩くラフな格好をしている。それはアルベラも同様だった。

 キリエやスカートンもアルベラの到着に気が付き、振り返って手を振った。

「アルベラ!」

「キリエ、お久しぶりね。スカートンはこないだぶり」

「ええ。今晩は、アルベラ」

 貴族同士での誕生会というのは、正装が常だ。そして、豪華な食事と音楽とダンス。

 それらを一切排除した、今回のような誕生日会は、アルベラの人生で初だった。

(貴族だらけには変わりないけど、楽な空気)

 自然と表情が緩む。

 今日の主役と目が合い、思い出したように外行きの笑みを浮かべた。

「―――ジーン・ジェイシ様。本日は、お招きいただきありがとうございます。お誕生日、おめでとうございます」

 スカートを摘み、わざとらしく大げさにお辞儀をする。

 堅苦しい挨拶に、ジーンは若干面倒そうな顔をする。

 アルベラの後ろで、エリーとガルカも恭しく頭を下げる。ガルカは頭を上げてすぐ、挑発するような目をジーンへ向けた。「いつものことだ」とその目を無視し、ジーンは立ち上がる。負けじと、大げさにご丁寧なお辞儀をして返した。

「こちらこそ、いらっしゃって頂けて光栄です。アルベラ・ディオール嬢。少々物珍しく慣れない場かもしれませんが、どうか楽しんでいただければ幸いです。お付きの方々も、どうかごゆるりと楽しんでいってくださいませ」

 顔をあげるジーンを見て、エリーは「大きくなったわね、ジーンちゃん」と内心少ししんみりする。ガルカはといえば「また神臭ささが増してやがる。好かん奴らだ」と内心毒づいていた。

「ご丁寧にありがとう」

 他人行儀な空気を取り払い、アルベラは軽い口調で返す。だが人目の多い事を気にし、声は小さめに、身のこなしは品よく、だ。

「おほめに預かり光栄だ」

 ジーンはいつもの通りの声音で返し座り直す。

「殿下も、今晩は素敵な会にお招きいただきありがとうございます」

「いえいえ。君たちとジーンの誕生日を祝える日が来て嬉しいよ。お互い楽しもうね」

「はい。心行くまで」

 意味深な笑みを交わし合う二人に、ジーンの胸に不安がよぎる。

(二人きりにしたくないな………)

 もちろん悪だくみ的な意味でだ。

 本日の主役はため息をつき、「常識の範囲で頼むな」と零した。





 キリエとスカートンが間に席を空けてくれたので、アルベラはそこに腰を下ろす。

 主役と殿下への挨拶が済んだので、エリーは少し離れた場所でアルベラを見守るべく待機する。ガルカはふらりと店内を見回りに行った。

「『ミーヴァ』様もお久しぶりです」

 アルベラはキリエの反対側の席を覗き込み、自分を嫌う魔術研究科見習の少年を、愛称で呼んで笑いかける。

「お久しぶりです、ディオール嬢」

 ミネルヴィヴァ・フォルゴート―――ミーヴァは、「嫌々」という表情を隠しもせずに浮かべていた。

「私の誕生日以来かしら? 来年こそはあなたの誕生日にお招き頂きたいのですが」

「我が家では、貴族様を満たせるような立派な会は開けませんので。卑しい平民の生まれた日など、どうぞお気になさらず」

「あら、つれない事」

 相変わらず、嫌味交じりの二人のやり取りに、間に挟まれたキリエが苦笑する。

(ミーヴァ、貴族嫌いだもんな………。ここに居るメンバーは割と仲いい方だと思うんだけど、何でこんなにアルベラに冷たいんだろう)

「それで、皆は結構早く揃ってたの?」

 馴染の顔の中、アルベラは軽く普段の口調で尋ねる。

 アルベラの問いにキリエが口を開く。

「俺達はさっき、一緒に三人で学校から来たんだよ。そしたらもうこうなってた」

「そうそう。僕とジーンは一足先にね。訓練終わりの団の人達と一緒に」と、ラツィラス。

「毎年こちらで?」

「ああ。貸し切りは初めてだけどな。お嬢様の肌には合いそうか? ———ほら、飲み物はここから選んでくれ」

 ジーンが飲み物のメニューを渡す。アルベラはメニューを受け取り、その感覚に懐かしさを感じた。前世での飲みの席の感覚と体がダブって感じた。

 この人生、酒屋に来たことはあるが、団体での参加は初めてだった。この時間に寄ることもあまりない。

「雰囲気は気に入ってよ」と偉そうに返すと、彼女はメニューを見つめ、目を細めて笑う。

「——————良いわね、こういうお祝い」

 ふと浮かんだお嬢様の素の笑顔に、ジーンは僅かに言葉を返すのを忘れる。小さく息をつくと、「だろ?」といつもの調子で返した。

 何を頼むか決めかねていると、隣でスカートンが軽く首をかしぐ。

「ねえ、アルベラは聞いてる?」

「なにを?」

「今日はね、ジーン様の見習い卒業も兼ねてるんですって」

「………え………………え? だって試験は十五になってからって…………。え? 今日? 今日もうなったの? 学校は? サボり? それともザリアス様が依怙贔屓? なくは無さそうだけど、そんなんで騎士になって嬉しい?」

「おい」とジーンは苛つく。

 彼は店内の同僚や先輩を見る。

「前祝いだってさ」

「前祝い?」

「昇格試験は来週だよ。まだギリギリ見習い」とラツィラスが笑う。

「まあ、ジーンなら先輩方を秒でのすくらい難くないし、この会の前に試験を入れても良かったんだろうけど。………きっと空気悪くなってただろうね。先輩方が落ち込んで」と、ラツィラスは笑う。

(やっぱ難くないんだ………)

 彼の今の実力はいかほどのものなのだろう。自分との実力差が少し気になった。

「そう、ですか。来週には遂に騎士様に………。おめでとうございます」

「だからまだだっての。合格しなかったら半年後に先延ばしだ。まだ半年見習いをやってるかもしれない」

「けど、ジーン君なら大丈夫だよ。学園の演習で負け知らずだし。おめでとう」

 キリエも飲み物を傾けて祝いの言葉を投げかける。

 隣でミーヴァが、同意するように頷いて飲み物を口にしていた。

 スカートンも「絶対に大丈夫ですよ」と笑っている。

 ジーンは諦めたようにみんなの祝いの言葉を受け取った。

 そこから暫し、学園生活について話題が移り、話に花が咲く。





 同年同士での話したい話もし終えた頃、アルベラ、スカートン、キリエ、ミーヴァは、騎士団員との挨拶に追われていた。団員達からしてみれば部外者である彼らは、格好の興味の的だった。

「お疲れさん、アルベラの嬢ちゃん」

 と、軽快な声が投げかけられる。

「カザリット、久しぶりね」

 ジーンの親戚の青年だ。軍の情報部に所属している。

 ジーン、ラツィラスと仲が良く、昔は良く二人の少年らが夜の都を出歩く手助けをしていたらしい。アルベラがカザリットと知り合ったのも、あの二人を通じてだ。

「ご無沙汰してたな、嬢ちゃん。にしても、見ない間に大きくなったな………レミリアス様に似てきたんじゃないか?」

 レミリアスとは、美人で知的な、アルベラ自慢の母である。

「それは嬉しいかも。ありがとう。あなたは変わらずね」

「んん? いい意味で受け取っとくぜ?」

 アルベラがカザリットと会うのは約一年ぶりだ。仕事上遠出が多いようで、ジーンやラツィラス関係でしか関わりのない彼とは、久々の再会となった。

 カザリットは声を潜める。

「騎士様とはいえ根っこは貴族だ。公爵家の名前につられた変なのに捕まらないよう気を付けろよ」

「そう言った事はよく心得てますわ。ご心配頂きありがとう」

 アルベラはクスクス笑う。そして、どこかの御令息やご令嬢と、ひっきりなしに挨拶を交わしているスカートンやキリエへ目をやる。

 ついでにエリーやガルカも全く別の場所で囲まれていた。この二人の周囲は異性しかいない。我が使用人ながら、アルベラは呆れる。

「にしても、意外と女性もいるのね。あの人達は騎士なの?」

「お? ああ。皆騎士や騎士見習いだな。ジーンと同じ団の奴らだ」

「へえ。女性騎士か。かっこいい。実力的には男の人と変わらないの?」

「それぞれって感じだし、あんま変わらないと思うぞ。純粋な体力で男に勝るのもいるし、魔力で突出してるのもいるしな。けど、自分から剣の道を選ぶお嬢様って時点で変わり者揃いかもな」

「なるほど。やっぱ少数なのか」

「もしかしたら変わり者って点で嬢ちゃんとは気が合うかもな」

「どういう意味———」

「―――おいこらてめぇ! 俺のエリーさんに何しやがる!」

 カザリットが慌ててエリーの方へと駆けていく。そちらから、仲が良いであろう騎士たちの笑い声が上がる。

 通常、貴族出身者の多い「騎士団」と、平民出身者で構成させる「軍人」は積極的な交流がないらしいのだが。ここに居る面々は特別なのだろう。

(―――まあ、『彼』の誕生日を祝いに来る人達なんだもんね。そりゃそうか)

 アルベラは一人、店内を見て納得する。

 ふと、ジーンとラツィラスが視界に入る。二人共隣同士で椅子に座ってはいるが、話し相手は別々だ。ラツィラスは年配の騎士と親し気に言葉を交わしており、ジーンは同じ年くらいの少女と話している。

 長い髪をポニーテールにし、腰に剣を携えていることから、彼女もまた騎士団の仲間であることが分かった。身を乗り出し、とても楽しそうな笑顔を浮かべている。第三者のアルベラでも、彼女が「好意」を抱いていることが分かった。

(………流石ヒーロー。モテモテ)

 その様子を眺めていると、ジーンの赤い瞳がこちらを向いた。

 アルベラは咄嗟に視線を逸らす。悪いことをしたわけでもないのに、緊張に一瞬胸が高鳴った。

(い、いや。なんで私が視線を逸らさなきゃいけないんだ。けどもう一度見るのも変だし………そういえばミーヴァの奴どこ行ったんだろう。本当隠れ上手だな)

 「挨拶も途切れ身軽になった事だし」と、アルベラは店の入り口へと歩いていった。





「来ちゃった♡」

「は?!」

 何となく店の外に出てみると、突然隣に大柄なシルエットが現れた。

 アルベラは声を上げ、反省するように口に手を当てる。その人物の顔を暫し呆然と眺めると、人目や耳を気にし、急いで店の横の路地へと「彼」を連れ込んだ。
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