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二章 水底に沈む玉
130、学園訪問 2(解決というより悪化)
しおりを挟むラツィラスとの用事があると伝え、訓練所を早めに抜け、ジーンは学園の正門の横の通用口を抜けようとしていた。
「お帰り、ジェイシ様。訓練上がりかい?」
「お疲れ様です。ジュードさん。『様』はいらないですって」
ジーンは頭を掻く。
「ははは。君はそうでも、こっちは仕事なんでね。敬語じゃないだけ多めに見てくれ」
人の良さそうな笑顔を浮かべる門番は騎士なのだ。門番だけではない。この学園の全ての警備兵が騎士だ。皆、ジーンからしてみれば先輩と言うことになる。
他の学園では兵士たちも配属されているのだが、この学園は特別だ。貴族が多く集まることから安全のため、格式高い学園に相応しい人員を、という昔ながらの仕来しきたりだ。
「おいおい、ジェイシの坊ちゃん。少し前に、ラツィラス様のお客人が来たんだが、どういうことだ?」
ジュードの後ろ、待機室のなかからもう一人の門番が出てきた。
「イライジャ、仕事中だぞ」
「客人………って、もしかしてア………ディオール嬢の事ですか?」
「そうそう。確か、王子の婚約者候補を蹴ったって話だったろ? 一緒に遊ぶほど仲がいいのか?」
(………これは、仲が良い………………………のか?)
ジーンは少し考え、
「悪くはないと思います。それなりに親しい方じゃないでしょうか?」と、答えておく。
「おいおい、溜めたな。なんだ? もしかして、意外と王子の方が気があるのか?」
「いや、多分好きとかそういうのじゃ………」
「おい、だから仕事中だっての! お前少し下がってろ!」
ジュードに押し込められ、イライジャは「お堅い奴だなー」と不満を漏らして去っていく。
「いやあ。悪いね」
「いえ。それで、ディオール嬢はいつ頃いらしたんですか?」
「そうだな。確か一時間は前だったかな」
(早かったな)
「いやあ、凄かったよ。まさか公爵のご令嬢がハイパーホースに乗ってやってこられるとは」
「………は?」
「ハイパーホースだよ。君も騎獣の訓練で、初心の頃に乗せられただろ? まさかそれを、あの年の嬢様が乗って来るなんて初めて見たよ。………まだ扱いやすい方とはいえ、立派な戦馬だし。端くれとはいえ騎獣だしな。まあ、普通は、本人が乗りたがったとしても、ご両親や周りがとめるもんな。流石ディオール家だよ………………………ん? ど、どうかしたかい?」
「いえ、何も」
ジーンは額に手を当てる。その表情は呆れだ。
「そうかい? 気分が悪くなったら、ちゃんと医務室に行くんだよ? 大事な方の護衛なんだから、万全の体調でいないと」
「はい。ありがとうございます。では失礼します」
「ああ。お疲れ様」
厩に馬を置き、約束の庭園へと向かう。
(時間より少し早く来るように出たんだけど、越されてたか。ていうかハイパーホースって………あいつ、本当に騎士や冒険者にでもなる気……………………?)
厩から本館へと続く並木道、ジーンは道の先に叫び声を聞いた気がした。
「———うわあああああああああああああああ!」
「———魔獣だ!! だれか、誰かああああああ!!」
数人の男子生徒の声だ。
近い。こちらへと向かってきている。
(………警備が厳重な学園じゃなかったのか?)
ジーンは腰の剣へ手を置き、それらの方へと駆ける。腕の周りには、既に炎がとぐろを巻いていた。叫び声の他に、何やら、大きく荒々しい足音を立てて近づいてきている。聞き覚えのある音だ。
T字路を左手に曲がると、本館と別館との間に挟まれた中庭が見えた。
慌ただしい声が鮮明になり、彼等の姿も視界にとらえる。
「うわああああああああ!!!」
「だ、だれか!!!!!」
(ホワイトパイア?)
生徒たちの背後、目に入ったのは白いイノシシだ。口の左右から突き出た大と小の二対の牙。興奮して充血した目。鉄のような光沢をもつ蹄。風と光の魔力が影響して生まれるため、定期的に野山を荒らしに来る魔獣だ。騎士見習いが訓練ついでで討伐に出されるので、ジーンも手合わせしたことは過去に数回だがあった。
(二メートルくらいか。中型だな。………何で学園に)
ジーンは迷わず、ホワイトパイアに向かって駆けだす。
正面から、顔に向けて炎の玉を連弾すると、イノシシの右手側へと避ける。イノシシは視界を失い、速度を落とすことなく、正面の木へと衝突した。木にかけられた防御の魔術が、イノシシの衝突箇所で輝いで、その任務を全うしていることを見せつける。木は無傷で、葉の一枚も落とすことはなかった。
白いイノシシは、木にぶつけた頭を振り、地面を足でがりがりと引掻いている。
ジーンは、その背中に素早く駆け寄り剣を突き立てた。
驚いたホワイトパイアが、痛みに嘶き、後ろ足を振り上げて敵を蹴りあげようとする。だが、勢いよく炎が上がり、本格的に足掻く暇もなく、ホワイトパイアは絶命する。その消滅に合わせて、強いつむじ風が起きた。ホワイトパイアの姿を掻き消し、炎と風が混ざりながら、螺旋を描いて空へと消えていった。
ジーンの髪や瞳に宿った光が、風の収まりと共に消えていく。
防御の魔術の発動範囲ではなかたのか、風にあおられて、葉が大量に舞い散っていた。
「おい、大丈夫か?」
「………ジ、ジェイシ」
離れた場所でへたり込んでいた生徒へ声をかけると、相手はぽかんと自分を見上げていた。
(こいつ、確か………ランダニッセ………)
「ズールシータ様ですね。お怪我はありませんか?」
相手は自分と同級の男子生徒だった。彼に手を差し出すと、その手を取り、ふらふらとした足取りで立ち上がった。
「ジェイシ、君………」
何処かぼーっとしている彼の後ろ、先ほどイノシシから逃げていた他の四人がふらふらと戻ってきていた。
「皆さん、お怪我は。警備員を呼んできましょうか?」
「いや、いい」
そう言ったのは、ズールシータの後ろからやってきた生徒だ。彼もまた、ジーンと同じ学年だった。
(グレッタ・ドヤナティ)
他の三人も、顔をよく確認してみると、グレッタを筆頭につるんで行動している五人だった。
ジーンは、この五人にとある覚えがあった。「どうしたものか」とおもいつつ、いつものように接してはいたが、どうも相手の様子がおかしい。
前に出てきたグレッタは、「おい」と言ってジーンの胸倉を掴んできた。
後ろの四人は、ふらふらとそれを取り囲む。
「おい、ジーン・ジェイシ!!!」
「なんだ……?」
貴族に手を上げれば色々面倒な事になる。だから自分はやり返すべきではない。自分が何とも思っていないなら受け流せばいいだけではないか。学園に入ってから半年近く、ずっとそう思っていた。
『ジーンはさ、地味で小さな嫌がらせとかやられたとして、やり返して勝ったとして。そういうので気持ちが清々することを駄目な事だと思ってない? 君はそういうの、幼稚だとか低俗だとか思ってる気がある。違う?』
違くない。その通りだった。
『君の中にある崇高な騎士様像にはそういうのが許されないんだね。けど、僕は嫌だな。やられたらやり返したいし、誰かを気付付けるような人間は、それと同等の痛みを受ければいいって思ってる。どう? これって駄目かな?』
人の心を見透かすような、不純物の無い清んだ赤が自分を見つめる。
最近ラツィラスとかわした会話の一部を思い出し、ジーンは眉を寄せた。
やり返さない事、耐える事を美徳と思って、自分はただ大人ぶっているだけかもしれない。あの時ふとそう思った。
「……」
ジーンの頭の中では、自分がどうするべきか、どうしたいのかがはっきりとまとまっていなかった。
だが考えがまとまらないながらも、自分の身に起きている問題を放置してきた事へ反省する思いもあった。
ジーンは一先ず、相手の手を払うべく片手を持ち上げた。
そして——————
「悪かった!!!!」
グレッタの大きな声が中庭に響く。
ジーンの胸倉を掴み上げたまま、彼は頭を下げていた。他の四人も、周りで深々と頭を下げていた。
「今までの嫌がらせ、全部俺らがやった! おれ………俺! 入学前から、お前がどうも気に食わなかったんだ! 親が騎士長とは言え、平民上がりの一代貴族だし、なんでそんな奴が王子のお付きをって、僻んでたんだ!! 俺の親父は中伯で大佐だし、俺だってそのうち騎士になるのにって!」
「俺もだ! ニセモノが王子と関わるなんて、って。ずっと気に食わないと思ってた! 村の救助の件も、親父が対策班長だったから。調子乗ってるとか、腕に相当自信があるらしくて態度がでかいとか、色々言って徴収に足してもらったんだ。グレッタの父ちゃんにも同じ話したりして………そしたら皆、結構乗り気で。回復薬の配件とか、その他諸々…………………………俺らがどんなに一生懸命色々やっても、お前無反応だし、全然嫌がらせが響いてる感じじゃないし、成績も俺より良いしで腹が立ってしかたなかったんだ!!」と、ズールシータ。
俺も俺もと、周りから罪を恥じる声が上がっていく。それが少しずつ色を変え、熱を帯び始めてた。
グレッタの、ジーンの胸倉を掴み上げる拳にも力がこもる。ジーンは何か嫌な気配を感じて、「おい、」とその手を退けようとした。
「あ、あのな。本当に悪かった! しかもこんなバカな俺たちを助けてくれて!! 今までごめんな!!! どんなに謝っても謝りきれねぇ!」
「本当にすまなかった!!! もう俺ら、お前にちょっかい出さないって約束する!! 絶対だ!! むしろ何かあったら言ってくれ!!! 罪滅ぼしで何でもする!!!!」
「ああ! 俺もだ!! お前すげーよ!! 最高だよ!!!」
「カッコよかった! 本当にありがとう!!!!」
「惚れたぞ!! まさかお前がこんなにいい奴で、頭も良くて、その上ちゃんと強いなんて!!! …………………いいや、それが気に食わなくて仕方なかったんだけどよ!!! 本当にありがとう! あと好きだ!!!!!」
「お、おい………」と、言葉を失うジーンの表情がこわばる。
その時何処かから「ぶふっ!!」と吹き出すような声が聞こえた。そして、いつの間にか辺りに変った匂いが漂っていた。
既視感があるこの現象。こんな図を、随分前に、第三者として見たことがないだろうか? それに先ほどのホワイトパイア。………あれの片耳には、騎士団が訓練用にと捕獲した際に着ける、銀のリングが付けられていた。
(おまけに、あの騒ぎで警備兵が駆けつけてきてない………)
「おい!! わかったか?! ジーン・ジェイシ! 俺たちは一週回ってお前のことが好きになった!! ああ、好きだ! 大好きだ!!!」
視界がガクガクと揺れる。
いつの間にか両肩を掴まれ揺さぶられていた。
周りを取り囲む同級たちは、狂ったように何やら言っているが、耳が拒否反応を起こして入ってこなかった。
辺りを見回す視線の端、事前に口添えを受けていたのであろう警備兵が、物陰からこちらの様子をうかがっていた。混濁とした状況を呆然と眺めていたが、ジーンと目が合い「あ、やべ」と言った様子で物陰へと身を潜めなおす。
どこかから、くすくすケラケラと、抑えたような小さな笑い声が聞こえてきた。それは二人分。腹を抱えているのか、呼吸も絶え絶えと言った様子だ。硬い床を拳で叩いているような音も聞こえた。
「無愛想だが意外に温厚」と評判の騎士見習い様の目に、ふつふつと怒りの炎が宿る。
(……………………………………別棟、屋上か)
殺伐とした瞳が、静かに「そちら」へ向けられた。
「あれ? 殿下、ジーンが消えましたが」
中庭を見下ろし、アルベラは小声で慌てたように告げる。
「———え?! ………不味い。早くここから逃げ」
「———何から逃げるんだ?」
屋上のたった一つの出入り口。そこには既に、髪や瞳を真っ赤に輝かせたジーンが立ちふさがっていた。
「———魔獣でもでたか? なあ、ラツ」
ジーンが踏み出しながら尋ねる。一見無表情だが、赤い瞳が丸々と見開かれ輝いてる様は、怒鳴り散らされるより迫力があった。
魔力の光は、先ほどの魔獣撃退の時よりも激しく、体の周りには慌ただしく火の粉が散っていた。
「い、いやあ。大変だったね。偶然、上から見てたよ」
「へえ。偶然………」
ジーンの目が、すっと細められる。
「………………アルベラ、どこ行く?」
「ひっ」
ジーンがラツィラスとにらみ合ってる隙に、とその視界から外れ、一人で扉に向かおうとしていたアルベラは脚を止める。目が泳ぎ、その場しのぎの適当な理由を探す。
「え、と………………………………………………お手洗い………?」
「そんなの後にしろ。なんならそこで済ませていい。俺は気にしない」
(気にして)
アルベラは、ジーンの圧と無茶な内容に絶句する。
もっとも、アルベラが本当にお手洗いに行きたいわけで無いのを分かっての事だろうが………。
「ご、ごめんごめん! ちゃんと謝るから! 流石にご令嬢にそれは不味いって。紳士として、騎士として」
普段のジーンなら決して言わないような内容に、ラツィラスがフォーローを入れる。
くいぎみに「見習いだ」と返された。
「不味いもなにも、どうせ人払いしてるんだろ? ………………誰も聞いてない、だろ?」
ジーンの瞳が冷静に、ギラリと光る。
(………うっ)とアルベラは圧されて身を引き、
(………流石、鋭い)とラツィラスは苦笑する。
「なあ、王子様。こういう時は無礼講だよな? ………なあ、お嬢様?」
ジーンは刀の柄に手を置き、人差し指でそれをカツカツと叩いて威圧していた。
真っ赤に燃え上がる瞳に見下ろされ、二人は完全に逃げようがないことを悟った。
「………は、はい………ごめんなさい」
「………は、はい………ごめんなさい」
二人は地面に座り込んだまま、深々と頭を下げる。
下からは、「うおおおおお!!!! ジェイシ聞いてるかあ!! 好きだああああ!!!」
という少年たちの雄たけびが聞こえていた。
***
事は、ジーンが来る少し前に起きた。
「………おや」
「………?」
エリーの入れてくれたお茶に軽く口をつけ、ラツィラスが耳を澄ますように、視線を庭の奥へと向けていた。ここは本館の二階の庭園だ。声が聞こえるのは一階から。
立ち上がり、庭の先まで歩き、柵に手を掛けて下を見下ろすラツィラスに習い、アルベラも覗き込む。
少年達が五人、歩いているのが見えた。
『………普通に生きて帰って来やがった。くそ』
『ニセモノの分際で………生きてる上に褒賞までもらったんだろ? 納得いかねぇ』
『折角ランダニッセが面白い話持ってきてくれたのにな』
『どうする? 次仕掛けるとしたら、年末のパーティーか? また見習の徴集あれば良いのによー』
「殿下。この学園って、ジーン以外ニセモノっているんですか?」
「いいや。彼だけだね」
ラツィラスはニコニコと返す。
「………あの、ダンスの時のって、あいつ等ですか?」
「正解!」
「正解! って、分かってたんですか?」
「そりゃあ僕の方ではね。調べる機会は幾らでもあったから」
「じゃあジーンは?」
「どうかな。気づいてるかいないか。………彼、なかなか本気で探そうとしなかったんだよ。誕生日会の事があって、少し本気になったみたいだったんだけど。あの後別件で忙しくなっちゃったからね」
「ああ………なるほど」
「にしても凄いなあ。こんな開けた場所であんな話を…………。よく今まで僕らの耳に届かなかったって感心しちゃうよ」
ラツィラスは苦笑する。
「どうするんです? 結構悪質な内容みたいですけど」
「うーん……………………僕から制裁を、ってのも良いんだけどさ。ジーンはそういうの嫌いだろうし、僕も、本人が解決できる範囲の事に、手を出すべきじゃないと思ってたんだよねぇ」
「それはそれは…………」
「保護者の鑑ですね」と、アルベラから呆れと感心が五分五分に混ざり合った言葉がこぼれる。
二人が眺める下で、ぎゃはははは、と馬鹿笑いが上がった。
『………な、いいだろ?』
自信ありげに、一人の少年が何かを話していた。
『ああ。いい、いい!』
『けどお前のねーちゃん、ニセモノに声かけたりできるか?』
『は? 声かけた後こっぴどくフルとこまで含めたら、きっと喜んでやるだろ。罵詈雑言ならお手の物だ。俺で立証済み』
『お前も大変だなぁ』
『………なあ、ならもう一人いいか?』
『なんだ? グレッタ』
『あのダンスの、紫頭の女覚えてるか?』
『あー、あの』
『お前結構タイプとか言ってたよな』
『ああ。ああいう気の強そうな女って、泣かすとさ………………ククッ………面白いんだぜ。すっげー見っとも無く泣くの。顔とかぐちゃぐちゃにしてさ』
「………クソガキが」
アルベラはぽつりと呟く
「おや、どうされましたか? アルベラ嬢」
「いいえ。何でもございませんわ、殿下」
二人はわざとらしく優雅な笑みを浮かべた。
『———おいおい。使用人とかと違うだろ。大丈夫か? 確か公爵のご令嬢だったと思うぞ?』
『は? 公爵? なんでそんな立派なご令嬢がニセモノと踊るんだ? ゲテモノ好きかよ』
『遠目からは美人だったけど、案外ゲテモノなんじゃないか? ニセモノにも縋っちゃうくらい自分に自信がないとか』
『何それ、すっげーチョロそう! 婿養子で公爵に昇格? いいな!』
「………殿下。あなたのお付き様がこんな言われようですが、どうお思いですか?」
「………そうだなぁ。一言でいえば『不快』だよね。実際にこんな会話聞いちゃうと。……………………そういう君こそどうお思いだい? すっかり話題の人になってるじゃない」
「………そうですね。一言でいえば『殺意』です」
アルベラの髪が魔力の輝きを灯し、うねうねと蠢いていた。
「暴力沙汰はだめだよ」
「はい。勿論。………………………………あ、暴力沙汰でなければアリですか?」
「………ん?」
「殿下、こういうのどうです? 前に使用人で試した事があるんですが、私の力ではまだ効果が薄くて。例の補助さえ頂ければ———」
アルベラは悪意に満ちた、涼やかな笑顔を浮かべる。小声で思い付いた内容を説明し、ラツィラスはその内容に、興味津々で耳を貸した。聞き終わった後、楽しそうに目を輝かせ、それはそれは素敵な笑顔を浮かべていた。
「良いね良いね! ………………………………じゃあさ、その前にこう言うのどう? 吊り橋効果って奴で———」
二人は和気あいあいと作戦を話し合う。
必要なのは、魔獣の召喚具と「彼」の赤い髪だった。
それらはラツィラスの執事によりすぐに揃えられ、学園内に構える警備委員たちにも、すぐに口添えがなされた。
こうして二人の「『一週回って好きになっちゃえよ』作戦」が開始された。
***
(面白い図ね)
少し離れた場所から見守るエリーは、小さく笑う。
「へえ。それで————————————今は『どうお思い』だ?」
先ほどとは打って変わって、落ち着きを取り戻した冷徹な赤い瞳が二人へ向けられていた。
ジーンは一人椅子に座り、ラツィラスとアルベラが芝生の上に正座していた。余談だが、この世界にも「正座」は存在している。大昔に他国の文化として流行り、定着しているのだ。
「深く反省してます」と、アルベラは頭を下げる。
「やり過ぎました。ごめんなさい」と、ラツィラスも頭を下げる。
「………お前、自分以外を惚れさせる魔法なんて、いつどこで覚えた」
「あ、これ? 偶然の産物で。………やり方は秘密にさせていただきます」
(まあ、あの鹿のフェロモンに対象の体の一部入れるだけなんだけど)
今回はギャッジが、その髪を寝室から取ってきてくれたというわけだ。
「教えてもらってもできないっての。悪趣味にも程がある。二度とやるな」
「はい。以後気を付けます」と言うも、心の中でこっそり舌を出す。
「ラツ。お前も、あの魔獣どっから持ってきた。騎士団の所有物、権力振りかざして勝手に使ったんじゃないだろうな?」
「違うよ、失礼だな」
ラツィラスはクスクス笑う。
「あれは以前、カザリットに貰ったんだよ。誕生日プレゼント何がいいって聞かれたから、何でもいいから魔獣が欲しいって言ってね。彼らを傷つける気はなかったし、ちゃんと制御できる奴を持ってきたんだよ?」
「へえ」
反省しているか疑わしいものだ。そんな目を向けられて、ラツィラスは宥なだめるジェスチャーを交えつつ、「そろそろやめようよ」と伝える。
「ごめんごめん、ちゃんと反省してるから。そろそろお茶会を始めよう。アルベラの帰りも遅くなっちゃうし、もっといろいろ話したいことあったでしょ?」
ジーンは深いため息を吐く。
「………ったく。そうだな。ずっとこうしてても仕方ないし。………座れよ」
アルベラとラツィラスは胸をなでおろし立ち上がる。
二人とも、若干足が痺れ駆けていたので辛そうな動作で椅子へと移った。
「そうそう、御二人に伝えたいことが。あのホークって子、目が覚めましたよ」
「………え? それどこ情報だい? 目が覚めたらすぐにギャッジから連絡が来るはずなんだけど」
施設長からギャッジへ、ベッドの配置図を介し、誰かが目覚めた際はその名前の色が変わって報せるようになっていた。
「誰情報でしょうね? けど本当ですよ」
アルベラはすました顔でお茶を口にする。
ホークとそんなに深い関わりがあるわけではない自分が、「今日実は御見舞いに行っていた」とは、少し気恥ずかしくて言いたくなかった。
「………………そうか」
出所の知れない情報に、ジーンは小さく呟く。
アルベラの視線の先——————つい先ほどまで怒っていた口許が、小さく弧を描く。「良かった」とは口にしないものの、その表情は安堵に綻いでいた。
惚れ薬の一件は、この場限りのアクシデントという事で、暫くジーンの記憶からは忘れ去られるのだった。
だが、王子様とお嬢様の作戦は見事に成功し、うまい具合に尾を引いていく。この日の出来事は、後にジーンの「裏ファンクラブ」が立ち上がる切っ掛けとなった。
***
後日、アルベラが何となく確認した自分の役割には、玉に関する項目が消えていた。
そして——————
(あれ? 『ヒロインが貰った、ヒーローからのプレゼントを踏み潰す』が消えてる? 何? どゆこと??)
よく分からないが、全く心当たりのない項目が消えていた。
(何がどう回って………………まあいいか。棚からぼた餅。さて。次潰しておけそうな項目あるかな………)
お嬢様は丸テーブルに肘をつき、窓の外を眺めながら楽しそうに思索に耽る。
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