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二章 水底に沈む玉
105、玉の行方 8(労いの言葉)
しおりを挟むダンスが終わり、アルベラとジーンが優雅な動きでお辞儀をする。
ジーンはお辞儀の際、チラリとアルベラの顔を覗き見た。
彼女は不自然なくらいに、雅やかな笑みを浮かべる。
「ジーン様、皆さんの所へ」
「仰せのままに」と、ジーンは呆れた口調で返す。片手を差し出すと、アルベラがそれに手を乗せて返した。
澄まし顔のアルベラは、ジーンにエスコートされ、悠々とラツィラス達のもとへと歩いて行った。
「お疲れ! 凄かったよ! 僕見入っちゃった!」と、ラツィラスが瞳を輝かせ、拳を握っていた。
「お疲れ様! 二人共凄いよ! アルベラ、凄いカッコよかった!」と、キリエも興奮した様子だった。
「凄かったわ、アルベラ! ジーン様! 私とってもハラハラして………」と、スカートンも二人へねぎらいの言葉を掛けるが、アルベラは三人の元に戻っても足を止めなかった。
ホールの中央から戻る歩調が、「カツ、カツ、カツ」と緩やかな物から、三人の元につく頃には「カツカツカツカツ」と早められ、ジーンとは手を放していた。三人を通り過ぎたあたりから「カッカッカッカッカ」と、殆ど競歩のような速さになり、猛スピードで、真っすぐに壁際の使用人たちの元へと向かう。
労いの言葉と共に迎え入れるエリーを通り過ぎ、まだ壁際に残っているガルカの背後へと回り込む。
「———————っすーーーーーー…………………っはあぁぁぁぁぁぁーーーーーーーー!」
アルベラについて、壁際にもどったエリーが見たのは、二人の使用人影に隠れて息を荒くするお嬢様の姿だった。
「あらあら。本当に、お疲れさまでしたね」
エリーの言葉は、アルベラの耳には届いていなかった。
「………どうだ、やって、やったぞ」
アルベラは壁に両手をつき、ゼイゼイと息を切らせながら満足げに口角を釣り上げる。周囲に聞こえない声音、見えない表情を踏まえ、お嬢様らしい振る舞いなどかなぐり捨てていた。疲れていようが、情けなく息を上げてようが、気持ちの良い満足感に浸りきっていた。
(根性で乗り切ってやった。見てたか、がきんちょども)
「クフ………フフフ。フフフフ………………フフフフフ………」
(お嬢様、気色悪い笑い方してる。けど―――これはこれであり!)
エリーは楽し気に、息を切らせ、肩を揺らす主の姿を眺める。
「ふん。体力のない奴だな」
アルベラに背を向けたまま、ガルカが小ばかにして笑う。
「あるでしょ!」
あれだけ動いたんだから、お嬢様としては十分でしょ。と言いたいところだが、今は呼吸を整えるの優先だ。たった三分前後のダンスだったが、まるで全力疾走したかのような疲労感だった。
「凄い汗ですね」
アルベらの後ろから、エリーが嬉し気に布を差し出した。それを受け取ったアルベラは、見覚えのある白い上質な布に視線を持ち上げる。
「ささ、私のこの純白のエプロンでその汗を拭ってください。このシミ一つない、汚れない真っ白な私を、お嬢様の汗でお嬢様の色に染め上げ」
「きっしょく悪い。黙ってて」
「アァン!」
アルベラは伏せてた頭を持ち上げ、肩越しにエリーを睨みつけた。エリーはその視線に嬉し気に悶える。
(ああ………だめだ。この変態にまじめに怒ってたら、余計に体力を削られる)
「ほら。お疲れさん」
次こそちゃんとした普通のハンカチが差し出され、アルベラはそれを「どーも」と受け取る。額と、そこから伝う汗をとんとんとぬぐっていき、視界に入ったハンカチを見て手を止める。
(………城の、紋章。え? あ、え………?)
アルベラは頭を上げ、目を丸くする。
「ジーン」
もしかしてずっといた?
情けなく息を切らしていたり、気色悪い笑みを浮かべて悦に浸っていた様を、ずっと見られてました?
そんな無言の問いかけを、静止するアルベラから感じ取り、ジーンは静かに赤い瞳を横に逸らされた。
「え? 何? どういう反応? ねえ、ジーンさん、それどういう反応? どういう意味の反応?」
「いや、特に。別に。何も」
ジーンは目を逸らしたまま感情の読み取れない返事を返す。なのでアルベラは腑に落ちず、「え? 引いてる? 勝手に見た癖に引いてる?」と静かにたたみかけた。ジーンは変わらぬトーンで「いや、別に」と目を逸らして返す。
「お嬢様、皆さんの元に戻る前に、髪を直しておきましょう」
「え? ああ。よろしく」
ということで、アルベラは壁際で、ガルカに持ってこさせた椅子に座りエリーに髪を任せる。壁に向って座り、依然使用人たちをバリケード代わりにしていた。エリーはアルベラの髪を直しているので壁側を向いているが、用のないガルカは、アルベラに背を向け、ホール側を眺めている。
ジーンに借りたハンカチを、魔法で湿らせ、熱を感じる額に当てる。
「………ありがとう。今度新しいものを返すわ」
「気にしなくていい。けど、好きにしてくれ」
ホールを眺めるジーンが声のみを返す。エリーを挟んでガルカとは反対側に立ち、プチお色直しの壁役を手伝ってくれているようだ。
その背中をちらりと見上げる。
(姿勢が良いこと。………ん? 姿勢?)
「ちょっと、ジーン」
「ん?」
「あなた息切れは? 疲れは?」
「特にない」
「はあ?!」とアルベラは声をあげた。だがすぐに口に手を当て、「………いや、そりゃそうか」と自分で納得の答えを出す。
「流石騎士見習い様。鍛錬の賜物ってこと」
「まあな。社交ダンスで息切れするような奴に、近辺の警備任せたくないだろ」
「ええ。そりゃあ勿論。けどねぇ………………もう」
アルベラは不服の声を上げた。
「折角転ばず踊り切れて良い気分だったのに。………なんか害した。ジーン、謝って」
「なんでだよ」
「私にだけ格好悪い思いさせる気? あなたが余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)でいるのがいけないの」
ジーンは呆れ、脱力するように息をつく。
「訳の分からない言いがかりを。大体、お前がそこまで頑張る必要なかっただろ? 悪あがきしなきゃ、もっと楽できたんじゃないか?」
「それはいいの。私が見せつけてやりたかったんだから。私の相手じゃないってね」
「お前に対しての嫌がらせじゃないだろうに………」
「そう。けどね! 関わった以上、ただやられてやるだけってのは詰まらないでしょ。あちらが幾ら必死になっても、こっちは全くのノーダメージだって見せつけてやった方が清々しいじゃない。———自分たちが転ばされる事になるなんて、思ってもなかったでしょうね。きっとあいつら、今頃無様に悔しがってるか、顔を真っ赤にして怒ってるんじゃない? ふふふ。良いざま。その面つら見てやれないのが残念だわ。私にこんなに体力使わせたんだもの。出来ることなら大衆の面前で、その罪吐かせて謝罪の言葉を述べさせてやりたいくらい」
ふふん、と強気に笑むお嬢様に、ジーンは「冗談なのか本気なのか、良く分からない奴だな」と困ったようにぼやく。
「あらあら。随分熱くなって。興奮してるお嬢様、素敵よ。はい。髪の方は終わりました」
「ありがと」と髪を手で触り確認し、アルベラは椅子から降りる。
「けど、レディに対してあんな数人で、一方的にみみっちいことをする輩」
エリーから微笑みが消え、青い瞳をわずかに輝せる。
「———私なら、一発のしてやらないと気がすみませんね」
若干男寄りの低い声が、怒りを込めてそう言った。
「そういう遊びは俺も好きだ」
アルベラの言葉にガルカも乗る。視線は寄越さず、口端を釣り上げた。
「太刀打ちできない者に絡んでしまった上、逃げ場を失った馬鹿共が、それに気づいた時浮かべる表情は最高に笑える。だが、やるならもっと余裕を見せろ。避けて逃げ回るのではなく、倍にして跳ね返すなり、息の一つで魔法を消滅させてやるなり、実力差を見せつけてねじ伏せる位しないと物足らん。おっと、実力が無いんじゃそれ以前の問題だが」
「実力無くて悪かったわね! ガルカ敬語」
「おや。失礼いたしました、お嬢様」
ガルカは恭しくお辞儀をする。アルベラはいつもの様子で、「さ、行きましょう」とジーンを見やった。
「ああ」
———類は友を呼ぶ。
このお嬢様の性格も大概だが、その周囲の環境も、既にそういう風に固まってきているように思えた。
ジーンは複雑な表情を浮かべる。
「ディオール様!」
皆の元にもどったアルベラは、突然見ず知らずのご令嬢に手を取られ混乱する。ぽかんとする彼女を気にせず、ご令嬢は握った手を興奮した様子でぶんぶんと振る。
「素晴らしいダンスでしたわ! 私、感動いたしました! まさか、全部避けきるだなんて、思ってもいませんでした! しかもあんな悠然と! ジーン様の足を引っ張らずに!! 一生懸命頑張られていたのですよね。それともあれ如き、本当に相手ではなかったのでしょうか?………ああ、本当に素晴らしかったです」
「は、はあ。ありがとうございます」
アルベラは愛想笑いを浮かべ頭を下げる。
驚いている様子のアルベラに、ご令嬢はクスリと笑って詫びる。
「すみません。私ったらはしたなく。アルベラ様、兎にも角にもお疲れさまでした。では。………ジーン様、お疲れさまです」
ジーンの知り合いらしい。彼女はアルベラと別れると、ジーンとも軽く会話を交わす。
「学園の先輩だ」
キリエがこそりと耳打ちした。
「へえ。面白い人が居たものね」
「いや、それがさ」
キリエは苦笑した。
「あ、あの! 公爵様のご令嬢様」
「は、はい」
呼ばれた方を見れば、四~五人の見知らぬご令嬢方がいた。見た感じ、皆同じ年齢層の少女たちだ。友達同士という感じではない。
「先ほどの踊り見ました! あ、あの、格好良かったです!!」
「私わたくしも、ぜひ一言それをお伝えしたくて!」
「私わたくしも」
「あの、私わたくしも!」
「ありがとうございます」
予想外の反響と圧に、アルベラの笑顔が引き攣る。
彼女等と軽い挨拶を交わし、アルベラは息をついた。
「びっくりした。悪い人たちではなかったけど、やけに熱かったわ」
「あの人達、アルベラが戻るのずっと待ってたんだよ」
「お疲れさまっていうためだけに? 有難い話ね」
ねぎらいの言葉を伝えたかっただけなようなので、素直に受け取らせて頂いたが。彼女達を前にし、これは「ジーンファンクラブ」が出来上がるのも時間の問題ではなかろうかと思った。
「でも、本当にすごかったわ」と、スカートンが飲み物を差し出してくれる。
「ありがとう。ちょっと危なかったけど――――――そういえば王子は?」
「まだダンスの約束が残ってるんだって」と、キリエが踊ってる人々を視線で示す。
「あと、ジーン君はさっき呼ばれたみたい。ちょっと離れるって」
「そう」
「あの、アルベラ・ディオール様、ですよね」
(あ、また?)
ちょうどいい、友達作りとでも思っておくか。と、アルベラが顔をあげると、一人の少女と、その後ろに友人であろう三人の少女がいた。皆先ほど同様同年代に見える。
「私、ルトシャ・モースと、申し、ます!」
短いディープグリーンの髪を揺らし、彼女は頭を下げた。
「ラン・ウェンディです」
「サリーナ・テリアです」
「アプル・マクドナルです」
後ろの三人も名乗り、頭を下げてくれたのでアルベラもつられて「アルベラ・ディオールです」とお辞儀を返す。
「あ、えっと、その」
「バスチャラン様と、グラーネ様もこんばんは。学校では別クラスですが。覚えて頂けてるでしょうか?」
モースをフォローするように、ウェンディが前に出た。他の二人もモースに並ぶ。
名前を呼ばれ、キリエは会話に参加する。スカートンはビクリと身を揺らし、若干怯えながらアルベラの半歩後ろに立った。
「こんばんは」とキリエが答えた。
「ええ、お顔とお名前だけでしたら存じ上げております。けど、マクドナル様は選択の授業が一緒なので、たまにお話ししますね」
「ええ。お世話になっております」
「あら、」とウェンディが声を上げ、マクドナルが「実は」という視線を返す。
アルベラも、キリエが、自分以外のご令嬢とスムーズに挨拶しているのを見て「あら?」と、口の中で、小さく意外な声をあげた。数年前まで、シャイで臆病だった彼は、学園でそれを克服したらしい。
「えと、私は、テリア様なら、同じく選択の授業で」
「まあ、グラーネ様、覚えててくださったんですね。ありがとうございます」
(おお! スカートンの同級。なんだろう。この光景、スカートンのお母様にも見せてあげたい)
スカートンは変なところで積極的なのだが、基本引っ込み思案だ。数年前のキリエと並ぶくらい、シャイと言えるだろう。そのせいか、自分以外の同年代の少女と話しているところを、アルベラは見たことなかった。
友人が少ないのは人の事を言えた口でないが、この際今は置いておく。
「テリア様、マクドナル様。スカートンとキリエとは何の授業で一緒なんですか?」
アルベラは、興味からつい尋ねる。
「わたしは園芸の授業で」とマクドナルが答える。
「ニーヴァも一緒なんだよ」とキリエがつけたした。
「あら、素敵ね。ーーーマクドナル様は、お花が好き何ですか?」
「えっ、」
(好きなフルーツを植えて、好きなだけ食べたかった。なーんて、恥ずかしくて言えない)
「私は、まあ、はい」
「可愛らしいですね。ふふふ」
(へぇ。それにしても、フォルゴートはともかく。動物大好きのキリエも植物に興味あるのね。それとも単に、動物系の選択がなかったとかで、生き物繋がりか?)
(本当はバードウォッチングの授業をとりたかったんだけど。弾かれちゃったんだよな………。まあ、ニーヴァと仲良くなれたし、授業も面白いしいいんだけど)
「私は、唱歌の授業です」とテリアが答える。
「けど、グラーネ様とはあまりお話ししたことが無かったんです。お話できて嬉しいですわ」
サリーナ・テリアは教室のスカートンの姿を思い出し苦笑する。
(スカートン・グラーネ。最近だと幻のグラーネって呼ばれ始めてるのよね。気づいたら姿が消えてるから。まさかこうやって言葉を交わせる日が来るとは)
グラーネの歌声は選択のクラスで話題だった。とにかく美しいのだ。その歌声に、既に数人が虜となっていた。仲良くなりたくて、話し掛けようと試みる者もいるのだが、彼女はとにかく何かに怯え、身を隠していた。
(アサシンに命を狙われてるのか、彼女がアサシンかもしれないって、こないだ誰か話してたな。たまに凄い目してるし)
それは、スカートンがラツィラスに付きまとうご令嬢をロックオンしている時の目だ。不快さのあまり目が恐ろしいことになっているだけなのだが、それをテリアが知るはずもない。
「へえ。スカートンが唱歌。良いわね。今度聞かせて」
アルベラが笑いかけると、スカートンは「う、うん」と恥ずかし気に頷く。
「………けど、もう少し、練習してからでいいかしら。まだ、そんなにちゃんと歌えてないの」
「な、な、」
声を震わせるテリアに、ウェンディが「サリーナ?」と不思議そうに問いかける。
「あ、あの、そんなことないですよ? グラーネ様、歌とっても上手ですから。ただ少し姿が見えなすぎるので存在が疑われているだけで、今でも十分人を集めて聞かせられるレベルですからね」
(スカートン、存在疑われてるの?)
(え、私存在疑われてるの?)
「今度の授業はちゃんと席に居て頂けますか? 私話し掛けますから。良いですね? 皆に存在を証明してやりましょう。ね? 良いですね?」
テリアはじわじわとスカートンに詰め寄る。
「は、はい」
「あ、そうそう。あと、私のことはサリーナとお呼びください」
「は、はい。サリーナ様。では、あの、私はスカートンと」
スカートンは追い詰められた猫のようになっていた。逃げたいが、状況的に逃げてはいけないと、何とか持ちこたえているようだ。
怯えるスカートンと詰め寄るサリーナに挟まれ、アルベラは困惑する。
(なんだこれ)
「ありがとうございます! ではスカートン様、次の唱歌の授業楽しみにしていますわね」
「はあ、はいぃ」
サリーナはずいっと顔を寄せ、スカートンはその分上半身を後ろにそらす。
(友達ができた瞬間ね)
涙ぐむエリーを見て、ガルカは「情緒不安定か」と溢す。
一瞬、あたりの目が無いことを確認する間をあけ、エリーは拳を振り上げた。それはすぐに、手のひらで受け止められる。
ガルカは「はっ」と挑発的な笑みを浮かべた。
壁際で人知れず、二人の使用人の激しい攻防が繰り広げられる。
「あ、そうだ!」
サリーナとスカートンとのやり取りに気を取られていた一同は、声を上げたマクドナルに目をやる。
「すみません。ルトシャがぜひ、ディオール様にご挨拶をしたいという事で」
名を呼ばれ、ルトシャ・モースが思い出したように「あ、」と漏らす。マクドナルが苦笑し、彼女の背をポンと叩いた。
「は、あ、はい! あの、先ほどの踊り、格好良かったです!………私は何も出来ず、躓いてしまうだけだったので」
ルトシャは自分がジーンと踊った時のことを思い出す。はじめはただ、自分がどじったのだと思った。だが、計三回躓いた結果、三回目の躓きでようやく誰かの仕業だという事に気づいた。折角気づけたというのに、そこですぐにダンスが終わってしまったのだ。
「ありがとうございます。小さいことをする輩がいるものですよね」
公爵ご令嬢は、きりりとした目元を緩めほほ笑んだ。少なくともルトシャにはそう見えた。
「は、はい。あの、本当に。それだけ言いたくて、」
彼女は顔を赤らめ、もじもじとうつむいてしまった。
(恥ずかしがり屋? スカートンといい勝負ね)
その後、アルベラは彼女達と暫し会話を楽しみ、それなりに打ち解けることができた。
彼女たちと別れ、学校でのスカートンの様子を知るキリエも、四人のご令嬢と打ち解けた様子の彼女の姿を見て、少し安心していた。
(スカートン、アサシンって噂されてたからなぁ。ん?)
キリエは、スカートンが胸元で、何かを握っている事に気が付く。
(なんだろう。ロケット? お守りかな)
視線に気づいたスカートンが、キリエに瞳を向けた。そしてうっすらと、今までと異なる、寒気を感じさせる笑みを浮かべる。
(ヒッ?!)
アルベラは急な寒気に身を震わせた。
「スカートン、それは?」
若干顔を青ざめさせたキリエが、スカートンに尋ねる。アルベラはそれに目をやる。
(ああ、ロケットか)
踊っている人々の方を見ると、ラツィラスが先ほどとは異なるペアと踊っていた。スカートンが大事にするロケットには、どこかから入手した、彼の髪と爪が入っているのだ。
(あんた、それまだ持ってたのね)
王子大好きは変わらないというのに、婚約候補者になったことは、本人を前にして怯えるくらいショックらしい。
(好きなら素直に喜べばいいのに。ファン精神って複雑なものね)
スカートンは、キリエの問いに「ふふふ」と笑んだ。
「これはね、——————ヒ ミ ツ」
スカートンの瞳が、怪しく細められ、銀色に輝く。キリエはその瞳にぞくりと身を震わせ、「そ、そっか」と頷くにとどめる。
(………寒気!)
キリエと同じタイミングで、アルベラも身を震わせていた。
王子の髪と爪が入れられているロケットに、今やラベンダー色の髪の毛も一本、追加されていることなど、アルベラはは知る由もない。
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