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二章 水底に沈む玉

90、お嬢様は滝へ行きたい 1(彼女の模索)

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「あれ、変わってる………?」

 平日も半ば。後二日で休息日が待っているというある晩。アルベラは一人自室の机に向かい呟いた。

 ガルカと落ち着いて話をしたかったため、エリーにはつい先ほど部屋を出てもらった。エリーの魔族嫌いはガルカと出会った時に十分理解できたが、今はもうそれだけではない。エリーはガルカそのものが嫌いらしい。ちょっとしたことでぶつかる二人を相手にしながら話を進めるのは骨が折れる、とここ最近学んだアルベラは、試しに今日はガルカと話している間エリーには適当に時間を潰しててもらう、という手を取ってみたのだ。

 そこでガルカが来るまで、と思って「役割の項目」を確認していたのだが———

(『彼女』の礼拝を邪魔する………が、消えてる)

 彼女とは、ヒロインの事だ。その礼拝を邪魔する必要が無くなった。………らしい。

 たまに思い出しては確認していたが、最後に内容を確認したのはスカートンの件以前だった。もう一月は空いたことになる。礼拝と言われ、最近の自身の行動を思い返せば、心当たりはスカートンの一件くらいしかない。

(一体、あの件のどれが影響したんだか。シスター二人が逮捕された事、私が聖女様と出会った事、カリアさんと知り合った事、スカートンの復帰を手伝った事。そういえば教会の彫刻も壊したか………壊したじゃなくて『壊れた』か)

 細かくどれがどう未来に関わっているか、今の段階から分かるはずもない。

(ま、仕事が減ったのはいい事か)

 ここはちょっとした幸運と思っておこう。

(八郎曰く、ゲームではスカートンが出てこなかったとかいうし、もしかしたらスカートンが高等学園に行くかどうかの未来も変えたんだろうしな。あくまでヒロイン視点のゲームだし、その視点から描く世界感にも範囲ってのはあったんだろうけど。ゲームの恵みの教会キャラは聖女様とカリアさんだけだったってのを聞くとちょっと引っかかるし)

 もし自分が、スカートンの引きこもりに気付かないでいたら、ゲームの設定どおり高等学園時には学園にも、教会にも、スカートンの存在はなかったかもしれないのだ。

(元ネタをどこまで信用できるか、というより、あの少年のトレース力りょくがどこまで及んでいるか、何だろうけど。ま、世界観や設定なんかは八郎からある程度聞き出せてるし、半信半疑でやっていこう。………………………それはそれとして)

 「さて」と小さく零し、アルベラは机の上に突っ伏すようにして机の上に置いた小さなカレンダーを覗き込んだ。忌々し気に見やった月には「ジュオセ/Ⅲ」と書かれていた。

 それを見て、「はぁーーーーー………」と深いため息がこぼれる。額を机にぐりぐりと押し付けると、「もう! どういうこと!」とやってられるか感満載な顔で身を起こした。

「御乱心だな。どうした、オジョウサマ」

 からかう口振り。部屋の中央に置かれた丸机とセットの椅子に、ガルカは背凭れを抱え込むようにし前後逆にして腰掛けていた。

「あんた、いつからいたの?」

「今さっきそこからな。貴様は顔を伏せていて気付かなかったようだがな」

 アルベラの頬を風が柔らかな風が撫でた。見れば部屋の窓が大きく開いていた。

「扉から入りなさいよ。行儀悪いわね」

 窓を閉めようと立ち上がると、外からカンカンと、釘を打つような音がしていた。こんな時間に誰かが大工仕事でもしているのだろうか。時間を考慮してか控えめにっしているようにも聞こえるその音に「こんな遅くに大変ですこと」と頭の中で呟き窓を閉じる。

「それで、物音一切しなかったけどどうやって入ったの?」

「ふん。ただ気配を消しただけだ。造作もない。それとも人間はこんなこともできなかったか?」 

「はぁ。あんたに縛りの魔術がかけられてて本当に良かったわ」

 アルベラはあきれ顔でまた机へと突っ伏した。

「はしたないな。良いのか、お嬢様」

「良いの。ここは私の部屋なんだから、自室にいる時は楽にさせて」

「ふん。オカアサマに見られたら叱責ものだな」

「お母様の前ではちゃんとしますー」

「ほう。だが、こういう時の立ち居振る舞こそ気をつけてないと、気が抜けた時に出てしまうともいうだろう」

(最近先生やお母様からよく言われる奴だ………)

 なんでそんなもっともらしい注意をガルカから受けねばならんのだと、アルベラは頭を持ち上げずに唸る。

「………はい。気をつけます」

 そういいながら、姿勢を整える様子が全くないお嬢様に、「やれやれ」とガルカはわざとらしく呆れた声を漏らした。

「それで、何の用なんだ? またアレか?」

「そう、アレ。この間話の途中で、あなたがお父様に呼ばれちゃったときのアレ! ―――ていうか何なの。毎回毎回、あの滝に行こうとすると邪魔が入る。そうやって行けずにいる間に、気づけば二か月たってるの! 前にあの滝に行ってから二ヶ月! なんで全然行くことができないの!? もうジュオセの三!? ………はぁ。神様が私の邪魔でもしてるわけ?」

 ガルカに頼む以外にも、アルベラなりに思いつくては打ってみたのだ。エリーだけで休息日を使っていけないか、ツーファミリーの者に、近々の滝の方へ行く者はいないか、使いたい手ではないが、フライを乗り継いで行ける道筋があるか。いろいろ模索はしてみたのだ。だが、実行しようとしたその度に、自分自身に用事が出来たり、ガルカが父と共に急な外泊となったり、エリーが母に仕事を頼まれお使いに出ることになったりと。大滝に行くに行けない、もどかしい結果となっていた。

「神がいちいち貴様ごときを、か。 自意識過剰もいいところだな」

 ガルカは鼻で笑う。だが、アルベラがアスタッテと謎の縁があると思えば、悪い意味で神の気を引くのも事実ではある。だが、それでも―――

「万が一、神に嫌われていたとしても、奴等は人の運命を急で操作したりはしない。単に、貴様の持ち前の運が悪いだけだ。存分に悔やめ」

「くぅ…………!!」

 アルベラは悔しさから机を手のひらで叩く。

(可愛げのない魔族め………!)

「ていうか何であんたにそんなことが分かるの? 神のみぞ知る、でしょ! 神の事なんだから!」

「そういうものだと言われてる話だ。どこの誰がそう言い出したのかは俺も知らん。だが実際、神の使いや、聖なる場所に流れる聖なる力とやらは感じられても、神自らが我々に手を出してきたことは実際ないのだし事実ではあろう。神に事の流れを操作されたとしたら、魔族はその気配や匂いを敏感に感じ取ることが出来るだろうからな」

 ふふん、とどや顔でガルカは腕を組んだ。

 「それにしても」と続ける。

「なにをそんなに焦る。なにもしなくとも今月こんつき三つめの休息日に、あの滝には公爵サマの手配で行けることになっただろう。平日も使って三日間の楽しい旅だ。良かったじゃないか」

「そうだけど!」

 アルベラは突っ伏していた頭をあげガルカを振り向き睨み付ける。そしてなんで自分が焦っているのか思い出すように視線を落とした。

「………なんとなく、心配なの。あの玉、早く回収しちゃいたい」

「回収? 窃盗の間違いだろ」

「そうですー! 窃盗ですー! もう何でもいいからとっておきたいの!」

(いつ王子の手元に転がってくか分からないんだもの………。それがどう影響してくるのかも)

 だから、本題なのだ。アルベラは声のトーンを落として、至極真面目な視線をガルカに向ける。

「ね」

「ん?」

「今週末、あの滝に行くことできる?」

「貴様、あと二週耐えればオトウサマに連れて行ってもらえるというのに、我慢の出来ん奴だな」

「試しよ。試し。行けるならさっさと行って、再来週のそれは本当のただの旅行にするの」

「ふーん。旅行か。滝くらいしかないあんなつまらん場所に。また炎土の魔徒に顔でも出すか?」

 あの大きな瞳と口が「ひっひっひ」と笑むのが想像できた。アルベラは身震いし首を振る。

「また殺されるなんてごめんよ。あそこには絶対に行かない。それにあんたの危ない友達だって、まんまと逃げたらしいし。あんた周りのいざこざに、また巻き込まれるのは勘弁ね」

「ああ、あいつか。気にするな。貴様が聞いた話では、逃げる際こっぴどく痛めつけられてたのだろ? 暫く身を隠して安静にしているはずだ。ところで今週末だが、行けなくもない。主サマは屋敷でお仕事らしいからな。俺がいなくとも屋敷には十分奴隷共がいる。休息日に休みをもらう事も可能だろう。………というか、貴様が俺を貸せとあの父に頼めば、事は簡単だと思うが?」

「まあね。けどお願いはたまにするから通るものでしょ。私からお願いしなくて済なら、それで済ましたいの」

「ふん。良い性格だ。で、話はそれだけか?」

「そうね。大体は。けど、そこで相談なの」

 なんだ? と向けるガルカの視線の先、アルベラは屈みこみ、ベッドの下に両手を突っ込んで何かをひっぱり出していた。

「これ」

 ベッドの下から出てきたのは、運動時に使うような程ほどの厚みの硬いマットだ。

「貴様………自室にそんな、一般家庭でも置かなそうな意味の分からんものを置くお嬢様がいるか」

「いるでしょここに」

 アルベラは手書きの図を描いた紙を、ガルカの前の丸テーブルの上に置く。

「何だ? 筒?」

 筒の中に、人がくるまれているのだろうか。棒人間のような簡易的な線で描かれたその人物の顔がどこかどや顔なのが気になった。

「そ。こうやって、マットごと掴んで飛ぶことできない? このマットなら私の全身すっぽり包めるでしょ? やっぱり寝るならちゃんと横になりたいもの。あの体制首に悪くて」

「貴様、人を寝ずに飛ばせておきながら、自分は快適な睡眠をとるつもりか?」

「ええ。だって私が起きてても役にはたたないでしょ?」

「人の事を散々信用できない何だと言っておきながらよくこんな要望を口にできたな」

「そりゃ信用できないけど物は試しと思って」

 お互いの意思をぶつけ合うように、ガルカとアルベラが見つめ合う。

「………………………ほぅ」

 そこでガルカが、自信の意見を譲るとも違うトーンで「ニヤリ」といやらしい笑みを浮かべた。

「いいだろう。たしかに、物は試しだ」

「あ、」

 アルベラは全く信用できなそうなガルカの表情に、そそくさとマットや紙を片付け始める。

「なしなし。今日はもういい。週末の件はもう少し考えてからにします。はい、かいさーん!」

(だめそうだな。殺されはしないだろうけどまた落とされるの御免だし)

「おい、どうした? 俺はいいと言ってやったぞ?」

「はいはい。ありがとう。けど気が変わったから。今あんたに頼むくらいなら他の手をもう少し考えてみる。変身魔法使える人雇って影武者になってもらうとか、八郎に頼んで取ってきてもらうとか………もらうと、か………………………あ」

「どうした? いつになく間抜けな顔をしてるぞ」

 ガルカが茶化すが、アルベラの耳には届いてなかった。

(そうか、八郎)

 そういえば、まだ八郎に頼んでみてないではないか。と、アルベラはベッドの下にマットを押し込むと、急いで立ち上がる。

「エリー!」

「はいお嬢様! 準備ならできてます!」

 名前を呼ばれて勢いよく部屋に入ってきたエリーは、その手に釘が大量に打ち込まれたこん棒を握っていた。

 見れば分かるが、一応尋ねる。 

「なんの準備?」

 エリーは満面の笑みを返した。

「もちろんその魔族を叩き殺す準備です」

 アルベラエリーが手にする釘バットのようなそれを見ながら、ガルカと話している時の環境音を思い出していた。

(そういえば、あのカンカンって音が止んでる………)

 待っている間、エリーは随分と暇を持て余していたようだ。———あのこん棒を作り上げてしまうくらいに。

 出来立てほやほやの武器を手に、はやくその攻撃力を試したいと、おもちゃを咥えた犬のごとく、エリーはアルベラの無言の「待て」が解除されるのを待っているようだった。

 目を殺意で光らせるエリーと、それを「やれるもんならやってみろ」という挑発の顔で待ち受けるガルカ。二人を見て、アルベラは呆れた顔でぴしゃりと言い放った。

「いや、だめだから」 





 ガルカとエリーを離して座らせ、アルベラはようやく落ち着いた部屋の中、「はい。分かった?」とエリーの顔を見た。

「という事で、明日は午後の授業が終わったら八郎の家に行きます! ご飯は外で適当な美味しい物で済ませます」
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