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二章 水底に沈む玉

79、彼女は素直になれない 7(彼女は女神様)

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 お昼はスカートンを連れ出し街で食事をした。

 移動は馬だ。アルベラの後ろにスカートンをのせ雑談しながら街の中を歩く。

 教会の外だと気が楽なのか、表情も柔らかい。

 その様子であれば、むしろ学園に行っていた方が気がまぎれたのではないかとアルベラは思ったが、結局のところ今が今のように至っているのだから仕方ないかと無駄な想像はやめる。

 昼食を終え王都を散歩し、ついでに中等学園の門とやらを見に行く。

 門の外からでは五百メートル位先に校舎が見えるだけだった。木々で囲われていて見えないが、校舎の隣には体育館があり、その前には運動場もあるらしい。さらにその奥には背中合わせになり、高等学園がある。アルベラも通う学園だ。

 早く一緒に通いたいね、などと話しながら教会に戻り、讃美歌が終わるまでスカートンの部屋にお邪魔させてもらうことにした。

 その間、スカートンからはカリアさんとお付きの二人についての話を聞かせてもらう。





「お待たせしてすみません」

 宿舎の前に行くと、カリアさんがすでに待機していた。もちろん、お付きの二人も。

 「では、こちらに」と、教会の裏口へと入っていく。

(げっ! 教会?!)

 アルベラは半歩後ずさった。

「どうかされましたか?」

 カリアさんが振り返り、アルベラは引きつった笑みを浮かべ誤魔化す。

「い、いえ。宿舎の中を見れるのかと、少し期待していたものですから」

「あら。すみません。私もそう思って自室を整えてはいたんですが………」

「ダメに決まってるじゃないですか! どういう事情があるにしろ、部外者なんです! 宿舎とはいえ、聖職者の集まる聖域の一つには違いありません」

 メイジュが声を荒げる。

 「こういう事情がありまして」とでも言いたげに、カリアは困ったように微笑む。

 外で話し込ませるわけにはいかないか、とアルベラ心の中でため息をつく。

「そうですよね。申し訳ありません。では、そちらの方に失礼いたします」

 教会の裏口をはいると、中には暖炉やテーブルという、ちょっとした小屋のような作りになっていた。待機室だろうか。隣の部屋へ続くような扉が向かいにあり、多分そこを開けば大聖堂の、あの大きなステンドグラスの元に出るのだろう。

(確かに、ステンドグラスの右側の壁に扉あったな。ここだったのか。………うーん。少し体が重い程度? 端っこだからか?)

 オーレンがお茶を入れ、椅子に座ったカリアとアルベラと、エリーの前に置く。

 アルベラはそのお茶に手を付けずに目を向ける。

 じっとカップを見つめるアルベラの横、エリーは何喰わぬ顔でそれを取り口へ運んだ。カリアも、当然だが、信頼するお付きの者が淹れたお茶を警戒することなく口に含む。

「ありがとうございます」

 アルベラも手に取った。

(あ、おいしい………オーレン、やるな)

 カリアは二人の客人を見てほほ笑んだ。

「この紅茶は、教会で保管されてるため自然と清められてるんです。神の御加護………が、こんなお茶から得られるかはわかりませんが、お二人の悪い気を払ってくれるかもしれませんね」

 ふふふ、と笑う彼女に、アルベラは「そんな有難い物を、ありがとうございます」と再度礼を言う。だが心の中では一瞬ひやりとしていた。

(ご加護のあるお茶………流石に『あの子』と関わりあるとはいえ、私にとって毒になったりはしない、よね………)

 確かめるように、また少量口に含む。

 それが何の変哲もないおいしいお茶だと確認すると、とにかくさっさと要件を済ませよう、とアルベラはカリアに本題を切り出す。

「それで―――」

「ええ、そうですね」

 カリアは憂い気に、若干目を伏せる。

 それもそうだ。白光になるくらい努力して徳を積んだのだ。スカートンの話では、カリアは聖女を目指しているという。それを、ぽっと出の貴族の娘がその夢を脅かそうとしている。

「アルベラ様」

「はい」

「まず。夢の光と声について。それの意味はご存じですか?」

「いいえ」

 嘘だ。本当は知っている。

 神の顕現。はっきりとした姿は見れないくとも、この世界で「この現象」はそのように認識されている。

「精霊は、今も見えていますか?」

「はい………」

 アルベラは言葉を切ってカリアを見る。そしてお付きの二人を見て、すぐに顔を伏せる。出来るだけ申し訳なく見えるように、午前中のスカートンの様子をまねる。

「ゼンジャーさんは髪に沢山の黄色の精霊。左腕を囲うようにも。………あちらの方には青と緑の精霊。足元に赤い子たちが少しいます。あちらの方も黄色ですね。背中に多いです。両手には緑の子が少し。あと、教会の方々は白い光をまとってるように見えます。聖職の階級が上がるにつれ、強まっているようにも」

 三人の息を飲む音が聞こえるようだ。

 ややあって、お付きの金光の方から「なんでそれを」という声が聞こえた。

(だから、見えるって言ってるでしょ)

 もちろんアルベラに精霊など見えてはいない。これはすべて、スカートンから聞いた情報だ。

 アルベラは俯いたままカリアの言葉を待つ。

 正直、頭が重くなってきたのでこのままずっと俯いていたかった。聖堂の空気が毒の霧のように感じた。閉じた扉の隙間から、こちら側ににジワリと滲み入ってきて、呼吸をするたびに体に蓄積されていくような気分だ。

「アルベラ様」

 若干の静寂の後、カリアがしっかりとした声を出す。

 アルベラが顔を上げると、カリアの後ろにいるオーレンと目があった。

(うえ?!)

 隠しようのない殺意。凄い形相だ。

 よく見たらオーレンだけではない。もう一人のお付きメイジュもなかなかの顔をしていた。まるで二人から獣の唸り声でも聞こえてきそうだ。

「間違いなく、それは神の加護でしょう」

「は、はぁ………はい」

(やばいやばいやばい! 聖職者のする顔じゃないから! 何?! やるの?! 今からやる?! こっちにはエリーがいるんだからね! 二人がかりでもぼっこぼこなんだから!)

「アルベラ様は、もしかしたら次の聖女に選ばれたのかもしれません。それか、聖職者になれとのお告げか………。声の内容は、聞き取れていますか?」

 二人にきを取られていたアルベラは、カリアの問いに慌てて返事を返す。

「い、いえ! まだです!」

「そうですか………。では、そのうちもっとはっきりと声が聞こえてくるようになるでしょう。精霊が見える時点で、聖職者の適正は十分にあると思います。もしも聖女への推薦であれば………私では役不足かもしれませんが」

 ふふ、とカリアは微笑む。

「私たち、ライバルですね」

 その言葉は若干悲し気で、それでいて相手を疎む気配はない。後ろの二人が気になって仕方がないが、アルベラはカリアの様子に気を集中させた。

 頭が若干ぼんやりするが、聖堂の端だからか中に居る時ほどではない。そう自分に言い聞かせて、だらしなく力が抜けそうな表情金をしっかりと保つ。

「あの、ゼンジャーさん」

「はい」

「その………腹、立ちます? 信仰心も何もないような、ただの金持ちの娘が突然来て、こんなこと。ゼンジャーさんは、聖女様になりたくて頑張ってらっしゃるんですよね?」

「………ええ」

「もし私が今日のこの話を聞いて、聖女を目指すと決めて、こちらに来ることがあれば………ゼンジャーさんは、私をシスターの仲間として受け入れられますか? 敵が増えて、嫌じゃありません? ………お願いします。正直に言っていただけた方が、心が楽なんです。…………私、迷惑ですよね?」

 カリアの後ろ二人から「yes」の空気がぷんぷん漂ってくる。

(うっさいな後ろ!)

 アルベラは表情に出ないよう、頑張ってお付きの二人の様子に気づかないようふるまった。

 カリアは困った表情を浮かべるが、微笑みは崩さない。

「それは勿論、色々と思う所はありますが………でも、だからと言ってあなたを拒んだり、否定したりはしません。神からのお言葉がもらえるような方です。それに同じ聖女という夢を掲げるのであれば、………それだけで十分です。ライバルとして、仲良く高め合いましょう」

 窓から入り込む夕焼けの明かりが、カリアの甘栗色の髪をキラキラと輝かせていた。その姿は聖女様を通り越し、まるで女神様だ。

(………すごいのね。白光って)

 妬み嫉みという、邪念の類を持ち合わせていないのだろうか? とアルベラはカリアを見上げる。

「あの、本当に」

「ええ。貴女がそう決意したときは、私はあなたを仲間として受け入れます。絶対です。だから、心配なさらないでいいんですよ、アルベラ様」

 カリアは姿勢を正し、力強く真っすぐとそう言った。





 アルベラはカリアへと頭を下げお礼を言い、三人は宿舎へと戻って行こうとする。

 それをただ一人、オーレンの服の裾を引っ張り、脚を止めさせた。

 小麦色の肌に青みの強い緑の瞳。ウィンプルと呼ばれる頭巾からは、長い青い髪が覗く。

 忌々しげな視線に、アルベラは黙って紙を差し出す。

 その紙に目を止め、オーレンは小さく口を開いた。

「オーレン? どうしました?」

 宿舎の前でカリアが呼んでいる。

「いえ、今行きます」

 オーレンはアルベラからひったくる様にその紙を受け取り、速足で宿舎の方へと向かっていった。

「………さて」

 アルベラはエリーへと振り向く。

「スカートン、ちゃんと聞いてた?」

 エリーは胸の谷間に手を突っ込むと、そこから長細い銀の筒を取り出し、アルベラへと差し出した。

(お決まりか!)

 美女が谷間から物を取り出すというベタな仕草。アルベラは呆れた目を向け、黙って差し出された筒を受け取った。

「カリアさん、聖女様を目指す人はみんな受け入れるって」

 両端が緑色に淡く輝くその筒に、アルベラは話しかける。

 がちゃり、とどこからか小さく、扉の開く音がした。スカートンの部屋だ。

 細く開いた扉の中、長い前髪の間から、目を潤ませるスカートンの姿があった。

「アルベラ………」

 胸には、アルベラの物と同じ両端を緑に輝かせた銀の筒を抱いている。通信機だ。これもついでにと、リュージからファミリーの物を借りていたのだ。

 アルベラが自分の手に持っている通信機へ「ふっ」と短い息を吹きかけると、通信機に灯った明かりは静かに消えた。

(電源切られちゃってたらどうしようって思ったけど、良かった)

 アルベラはスカートンの元に行く。

「アルベラ………カリアさん、私の時と同じこと言ってた」

「え? う、うん?」

「嘘じゃ、なかった………………カリアさん、応援してくれるって、言ってくれたの………嘘じゃなかったんだ」

 ああ、そういう意味か。とアルベラは息をついてほほ笑んだ。

「ねえ、これで安心できた? カリアさんは、スカートンの事悪く言う人じゃない。今まで通りにしていいんだよ」

「うん。………………うん」

 スカートンは涙を流していた。

 他のシスター全員の証明は無理だが、スカートンにとって、「カリアは信頼できる」という事実は大きかった。

「ずっと、一緒に居てくれたの。優しくて、お姉ちゃんみたいで。友達がいない私の、唯一の友達みたいな人で」

 それはいつの話だろう。少なくとも今は、アルベラもいるし、キリエもいる。王子は異質な思い入れがあるから除外するが、ジーンも多分スカートンにとっては友達の内のはずだ。もう友達がいないわけではない。

 だが、そんなアルベラたちよりも、ずっと前から側にいた人なのだ。

 新しい友人が出来たからと言って、スカートンにとって、そう簡単にいなくなって良いような人ではない。

(私が思ってた以上に大事な人だったか)

 スカートンはアルベラの肩へと額を乗せて泣きじゃくる。

「だから、だから、………………良かった。本当に………良かった」

 アルベラは「よしよし」と、この間ニーニャにしてもらった時のように、スカートンの頭を片手で包み込み背中を撫でてやる。





 ***





『聖女を舐めるな お前にはなれない』

 これは紛れもなく自分の字だ。

 そしてその下に小さく、文字が書き足されていた。

『前の休息日 朝九時 聖堂左の小さな公園にて待つ』

 オーレンは小さなメモを握りつぶしポケットへと仕舞う。

(あの娘………どこまで人をおちょくってるの? この手紙、わざわざこの紙に………。信じられない。魔力は並み程度………家柄に縋って大した苦労も知らなさそうなあんな子が神の祝福を? あり得ない! あり得ない! あり得ないあり得ない………)

 彼女はイライラとしながら自室へと戻って行く。

 扉を開けると、二段ベッドと、小さなテーブルを挟んで一段のシングルベッド。

「あら、オーレン。どこに行っていたの? これ、差し入れのお菓子ですって。さっき静養者の子たちが配りに来てくれたのよ」

 差し出されたのは紙に包まれた手作りクッキーっだった。

 それを受け取り、オーレンは自分に向けられた優しい声と表情にほっと胸をなでおろす。

 カリアは入り口の右手にある自分の席で本を読んでいたようだ。片手に本を持ち、机の上にお気に入りの押し花のしおりが置かれていた。

「少しお手洗いにいっていました」

「あら、そうだったの。ごめんなさいね」

「いえ」

 いいんです。あなただから。貴女ならいいんです。貴女はいいんです。

(………私は、あなたがいいんです)

 数カ月前、この部屋の扉の前で聞いてしまったスカートン・グラーネとの会話が頭の中で再生される。

『スカートンからこんな話が聞けるなんて嬉しいわ。大丈夫、気にしないで。迷惑だなんて全く思わない。もしこれで本当に、あなたが聖女様になったとしても、私はそれを心から祝福できる。———だって私、あなたは絶対に聖女様を目指すべきだって、ずっと思ってたんだから』

 あの話を聞いてしまったときは眩暈がした。

 聖女の娘が、軽々しく聖女になりたいと? それを、散々自分を優しく甘やかしてくれた、毎日一生懸命に修業を積んでいるカリアさんによくもまあ話せたものだなと。

(どいつもこいつも、横から出てきて邪魔しやがって………)

 オーレンの瞳の奥に黒い感情の炎が燃え上がる。

 ―――次の聖女様は、絶対に貴女にしてみせる。それ以外は許さない。





 ***

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