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一章 10歳になって
27、初めての舞踏会 4(ニセモノの少年)
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「アルベラ、はい飲みも……どうしたの?」
そこへ飲み物を取に行ったキリエが戻ってきた。
キリエは名前も知らない王子と一緒にいた赤い髪の少年へ「こんばんは」と挨拶をする。何やら重くなっている様子の空気に押し返されそうになりながら、先ほどの椅子に座った。
気まずそうなアルベラと状況がつかめないでいるキリエへ視線をむけ、ジーンはどのように話し出すか決めたように口を開く。
「あんた達さ、『ニセモノ』って言って分かるか?」
「……本物、偽物、の偽物?」とアルベラ。
ジーンは「あぁ」と頷く。
彼の赤い瞳に気づいたキリエは、言葉の意味を悟り「分かるよ」と首を縦に振った。
「そうか」
キリエの返答に、ジーンはまず「ニセモノ」「赤目」を知らなそうなアルベラへは説明することにした。
ジーンはダンスをする人々へ視線を向け、なんてことのない世間話をするように話し始めた。
「俺の目、赤いだろ。あいつほどじゃないけど」
「あいつって王子の事ね。ええ、まあ」
「これ、遺伝じゃないんだ。たまにこうやって、俺みたいに偶然赤い目の奴が平民からも産まれるんだ。でさ、それは『良くない事』なんだって。昔からこの国では赤い目は王族の物だから。だから王族じゃないやつがそれを持っていたら、生れながらの嘘つきか反逆を図る愚か者なんだって。王族と同じ色だけど『本物』じゃない。だから『ニセモノ』なんだ。ここ(王都)に来てからもそんな話を聞いたけど、俺の生まれた村にいた時もそんな話を近所の婆さんかとか爺さんがよくしてた」
「つまり『ニセモノ』って言葉は王族以外の赤目の蔑称……」
「『ベッショウ』?」
「ええと、ほら……悪口」
「ああ……、そう言う事だな。城に来る前は、よくニセモノとか嘘つきとか言って揶揄からかわれたり馬鹿にされたし」
「……」
「そういうことか……」とナイーブな内容にアルベラは頭を抱えた。
ジーンは話を続ける。
「まぁ、赤い目が王族の物っていうのはあくまでこの国だけの話らしいけど。ザリアスの話だと、国によっては赤い目は不吉だって言われてるとこもあったり、珍しさから神秘の瞳って言ってるところもあったりするみたい。だからザリアスは気にするなって言ってた。けど、やっぱこの国だと赤い目を見ると王族と勘違いする奴が多いよな。いい服を着るとさらに……――なんていうか、ちょっと面倒だよな」
「そ、そう……」
(今日はピンポイントで人の傷抉るな。……意図せずなのが解せん)
アルベラは疲れたようにボリューミーなスカートへ顔を埋うずめた。その中で「はぁーーー」とため息を吐く。
ジーンが隣のご令嬢の奇行に気づき「何やってんだよ……」と呆れていた。
(すきに引けばいい……)
スカートに顔をうずめたままのアルベラに、キリエが彼なりのフォローを入れる。
「けど、王族じゃない赤い目の人たちにも、赤い目の恩恵があるんだって。赤目の人は苦労するってお母さまが言っていたけど、実は『良い事』もあるんだって」
「恩恵……良い事……?」
アルベラはスカートに埋めた顔を半分覗かす。
「うん。魔力とか身体能力とかに恵まれてるんだ。王族の人たちはもともとそういう面で恵まれた一族だけど、それに似た様な特徴が平民の赤い目の人たちにも現れるんだって」
「そうなの?」という疲れた声音のアルベラの問いに、「ああ」とジーンは肯定する。
「だから悪いことばかりじゃないのは本当だ。それに、今は村に居た時より馬鹿にされないし……あいつのおかげで」
「王子?」
「ああ。王族の側付きを馬鹿にすればそいつを傍につけてる王族を馬鹿にすることになるだろ」
「流石にそんな軽率なのは城を出入りしてないと」
「あぁ。……まぁ、少しはいるけど」
(いるんかい)
「けど、そうだな」
ジーンは呆れたように目を据わらせた。
「あんたみたいにそもそも『ニセモノ』って言葉を知らない奴もたまにいるし。本物の王族と一緒にいて、逆に王族だと思うやつもいるみたいなんだ。今日もさ、この会で勘違いしてたっぽいのが何人かいたんだ……。俺相手にやけに丁寧に挨拶してさ。ややこしいったらないよな」
「……苦労してるのね」
アルベラは頭を持ちあげ乱してしまったドレスを整える。
「まあまあな」
「まあまあか……」
(……人の不幸は蜜の味。実際、なにも考えず人を下に見て馬鹿にするのって愉しいし。私もこの十年そうだったしなぁ……。きっと、私が前世の記憶を思い出さないままジーンと出会ってたら、王族と間違えて媚びた挙げ句、違うと分かった時には派手に『ニセモノ』『嘘つき』って罵って、敵対してただろうし……――わあ、凄い! かなりナチュラルに想像できる!)
あはははは、と脳内のから笑いはやがて呆れのため息となった。
アルベラはこの話の中、更に気になる点を見つけてしまいそれを聞いていいかどうか悩む。
先ほどから出てくる「ザリアス」という名前は彼の父のはずだ。だがジーンはまだ一度も彼を父と呼んではいない。そして生まれた村を出て王都に来たという話……――
「――ねぇ、この際ついでに聞くんだけど」
「なんだ」
「嫌なら答えないでよ?」
「なんだよ」
「ザリアス様って貴方の生みの親じゃないの?」
「あぁ……。じゃないな」
ジーンはあっさりと答える。
「俺の両親は、前に事故で死んだんだ」
これもまたあっさりと。
無表情な少年の横顔。その赤い瞳がじわりと赤く灯った。だがその光はすぐに収まる。
「両親が死んで、俺は一時的に孤児院に預けられて……父さんの兄だっていうザリアスが迎えに来てくれたんだ。それで王都に来た」
「そ、そう……教えてくれてありがとう……」
(き、聞いたのは私なんだけど――予想以上に重かった! この空気どうしよう)
「ええと……――うん、良かった。良かったわね、ザリアス様が迎えに来てくれて」
「は? まぁ……うん」
「騎士団長様の元で鍛えてもらって強くなれば、今まで自分を馬鹿にしてきた人たちを圧倒的な力で打ちのめしてやれるじゃない」
「……は?」
「所詮この世は力こそが正義、よ」
「あんた、それ本気で言ってる……?」
「あら、世界の真理が見えてないなんてジーン様もまだまだお子様ね。この世は力と金と権力で成り立ってるのよ。よく覚えておきなさい」
アルベラは悪意に満ちた笑顔を浮かべる。
「貴族の教育どうなってんだよ」とジーンは呆れていた。
「どおりで『ニセモノ』についても教わってないわけだ」
「んな人種差別率先して刷り込む教育があってたまるか」とアルベラは心の中で突っ込む。
二人の会話を横で聞きながら、キリエは椅子の上膝を抱えて丸まっていた。
(うう……ボクって本当に……)
………いくじなし。
会話を邪魔しないようにと気を使いすぎた挙句、会話に入るタイミングさえ失ってしまった。
少年は自分の不器用さに後悔するのであった。
「ニセモノ」の話題も落ち着き、ぼーっとダンスを眺めていると、キリエが何か言い残し、急いで席を立った。アルベラはよく聞き取れなかったために「え? う、うん」と返し彼を見送る。
「ねえ、ジーン。王子は刺激に飢えてるの?」
「は?」
オードブルを取って椅子に戻ってきたジーンは、急な話題に首を傾ぐ。
「だって、やけに私が街に行きたがった話を聞きたがったり、人攫いに合わせたがったり。やっぱり王子だからあまり外に行けなくて、それで人のそういう話をききたがるのかなって」
ジーンは意図を理解し「ああ」と納得の声を出す。
「いや、あいつは朝も夜もしょっちゅう街をふらついてるぞ」
「え?! どいうこと………ん? じゃあ何でお茶会の時あんな興味津々で私の話を」
「そりゃ、ただ面白かったからだろ。普通お嬢様があんな雑なやり方で屋敷を抜け出そうとしないだろうし。しかも出るとこまで上手くいったくせに戻るの失敗してるし。間抜けなはなしだよな」
間抜けとは何だ! その通りですよ!
うぅ、と悔しそうに唸りアルベラはドレスを握る。
「しかも次の日街では人攫いの噂がたってるし。だれだって気になるだろ」
「た、確かに。じゃあ、王子が街に出てるっていう話について聞かせて。王様やお妃さまから許しをもらって出てるの?」
「お妃さまか………。いいや。あいつもあんたと同じだよ。勝手に出てる」
「大人に許しをもらって出てる時もあるけど」とミートボールを口に抛る。
「なにそれ。どうやって? 参考に聞きたい」
興味津々のお嬢様に、ジーンは「いいけど、あんたじゃ無理な方法だとおもうぞ」と先に伝える。
「仲のいい兵士がいるんだよ。そいつが休みの時、一緒に街に出てもらってるんだ。門はずっと警備してて使えないから、そいつと兵士用の扉から街へ出てる。城の庭は敷地内だし、いつでも出られるからな。庭から兵士の宿棟に行ってそいつと落ち合って、ってさ」
確かに。その方法は直接真似できない。が、多少は参考になりそうか? いや。結局は普通に抜け出してるわけだし、違いと言えば抜け出すルートが確立されてるかされてないかくらいだろう。引率はエリーに頼めばいいとして、一番重要な部分が自分にはない。やはり現状では窓が一番手っ取り早そうだ。
「あんたの話を王子にバラした件はこれでチャラな。この話、だれにも言うなよ」
「なにそれ」
「俺は大した地位とかないし、一般人だからいつでも出れるけど。バレてあいつが外出禁止になったら、きっとあんたの目の前で泣くためだけにわざわざあんたの屋敷まで訪問しに行くと思うぞ」
それはずるい。今聞いた話を人に話すことはないと思うが、なんとも効果的な口封じじゃないか。
「ぅう………アルベラ、……………………王子を泣かすことは、してほしくないわ」
「ん?!! え、スカートン? いつから?」
いつの間にか右隣に座っていたスカートンが、か細い声で訴えかけてきたのでアルベラは飛び上がる。反対側にいたジーンはスカートンの不調の様子に「お、おい」と驚きながらも気遣う声をあげる。
「先ほどから居ました…………。キリエが戻ってきた私に気づいてくれて、いろいろ介抱してくれてたんです。冷たいタオルを持ってきてくれたり。飲み物や、食べ物まで。今は氷枕を貰いに行ってくださってて、」
スカートンの話を聞くに、席に戻るなり一気にダンスの最中の興奮が襲ってきて体温が上がり、顔がまたも真っ赤になったらしい。湯気をあげるその様に唯一気づいたキリエが、アルベラとジーンの会話から抜けあわててスカートンの介抱へと当たったそうだ。
「………キリエの御蔭で大分楽になったんですが、お二人とも熱心にお話しされていたので口を出さずにご飯を頂いていました」
「ご、ごめんスカートン」
「いえ、気にしないでアルベラ。お陰でゆっくりできましたし。せっかくのパーティーなのに気を遣わせちゃうのもイヤだもの。あ、でも、………そんなに気づきませんでした?」
と悲し気な瞳が長い前髪の間から覗き込んでくる。
(お願い、もうこれ以上私の胸をえぐらないで。………ごめん)
アルベラが苦しげに謝ると、スカートンは快く許してくれた。何より表情が明るい。死ぬほど恥ずかしがってはいたが、王子と踊れた事はやはり嬉しかったのだろう。ご機嫌でパスタを頬張っている。
王子はといえばスカートンと別れてすぐ別のペアが現れたのか、まだホール中央で踊ってる最中だった。
「本当に王族ってたいへんだなぁ」と頬杖をついてその様子を見て呟くと、「まったくだ」とジーンが頷いた。踊ってる王子用に、気を使って冷たい飲みものを持ってきていた。
王子の側付きという役目をしっかり果たす少年といい、身の回りに気を使いすぎて小間使いのように駆け回っているキリエといい、働き者の二人の姿にアルベラは全くの他人事として感心するばかりだった。
その後、戻ってきた王子はジーンの用意してた飲み物と食事をつまみながら少し休憩を挟んだ。
アルベラとジーンは、王子の「二人も踊ってきなよ」という言葉に押されるがまま一曲踊り、曲が終わると共にそれぞれ別のご令嬢やご令息に誘われもう一曲踊った。
戻ってきたキリエは、もうすでにだいぶ良くなっている様子のスカートンに念のため氷枕を渡すと、王子に誘われ隣の席へと腰を下ろす。先ほどまでアルベラが座っていた場所だった。その瞳は、落ち着かないようにホールで踊るアルベラを見守っていた。踊りに誘いたいのに、誘えないでいる様子だと、誰の目から見てもそう分かる。
戻ってきたアルベラを、ラツィラス王子は「じゃあ次はキリエ君とだね」と言ってまた送り出す。
爆発音を上げて顔を赤くするのはキリエの番だった。真っ赤になりながらアルベラをリードし、キリエは踊ってる最中やけに嬉しそうだった。アルベラは分かりやすすぎる少年の態度に、曖昧に困ったような笑顔を浮かべながら一緒に踊った。
その後、戻ってきたキリエが先ほどのスカートンと同じような茹でダコとなったため休憩し、スカートンとジーンのペア、アルベラと王子のペアで踊り、それが最後の曲となった。
ホールの中央からはゆっくりと人が去り、しばし休憩とご歓談の時間となる。
最後の曲を躍り終え、ご機嫌にヒラヒラと手を振りながら王子はジーンを連れ三人の元を去っていった。
(ボ、ボク………アルベラと踊れた。アルベラと………あんな近くで………!)
(あぁ………わたし…王子とダンスを………一緒にご飲食まで………)
(………王子とダンス………はぁ、心臓に悪かった………)
3人の子供達は放心し、燃え尽きたように椅子に沈み混む。
そこへ飲み物を取に行ったキリエが戻ってきた。
キリエは名前も知らない王子と一緒にいた赤い髪の少年へ「こんばんは」と挨拶をする。何やら重くなっている様子の空気に押し返されそうになりながら、先ほどの椅子に座った。
気まずそうなアルベラと状況がつかめないでいるキリエへ視線をむけ、ジーンはどのように話し出すか決めたように口を開く。
「あんた達さ、『ニセモノ』って言って分かるか?」
「……本物、偽物、の偽物?」とアルベラ。
ジーンは「あぁ」と頷く。
彼の赤い瞳に気づいたキリエは、言葉の意味を悟り「分かるよ」と首を縦に振った。
「そうか」
キリエの返答に、ジーンはまず「ニセモノ」「赤目」を知らなそうなアルベラへは説明することにした。
ジーンはダンスをする人々へ視線を向け、なんてことのない世間話をするように話し始めた。
「俺の目、赤いだろ。あいつほどじゃないけど」
「あいつって王子の事ね。ええ、まあ」
「これ、遺伝じゃないんだ。たまにこうやって、俺みたいに偶然赤い目の奴が平民からも産まれるんだ。でさ、それは『良くない事』なんだって。昔からこの国では赤い目は王族の物だから。だから王族じゃないやつがそれを持っていたら、生れながらの嘘つきか反逆を図る愚か者なんだって。王族と同じ色だけど『本物』じゃない。だから『ニセモノ』なんだ。ここ(王都)に来てからもそんな話を聞いたけど、俺の生まれた村にいた時もそんな話を近所の婆さんかとか爺さんがよくしてた」
「つまり『ニセモノ』って言葉は王族以外の赤目の蔑称……」
「『ベッショウ』?」
「ええと、ほら……悪口」
「ああ……、そう言う事だな。城に来る前は、よくニセモノとか嘘つきとか言って揶揄からかわれたり馬鹿にされたし」
「……」
「そういうことか……」とナイーブな内容にアルベラは頭を抱えた。
ジーンは話を続ける。
「まぁ、赤い目が王族の物っていうのはあくまでこの国だけの話らしいけど。ザリアスの話だと、国によっては赤い目は不吉だって言われてるとこもあったり、珍しさから神秘の瞳って言ってるところもあったりするみたい。だからザリアスは気にするなって言ってた。けど、やっぱこの国だと赤い目を見ると王族と勘違いする奴が多いよな。いい服を着るとさらに……――なんていうか、ちょっと面倒だよな」
「そ、そう……」
(今日はピンポイントで人の傷抉るな。……意図せずなのが解せん)
アルベラは疲れたようにボリューミーなスカートへ顔を埋うずめた。その中で「はぁーーー」とため息を吐く。
ジーンが隣のご令嬢の奇行に気づき「何やってんだよ……」と呆れていた。
(すきに引けばいい……)
スカートに顔をうずめたままのアルベラに、キリエが彼なりのフォローを入れる。
「けど、王族じゃない赤い目の人たちにも、赤い目の恩恵があるんだって。赤目の人は苦労するってお母さまが言っていたけど、実は『良い事』もあるんだって」
「恩恵……良い事……?」
アルベラはスカートに埋めた顔を半分覗かす。
「うん。魔力とか身体能力とかに恵まれてるんだ。王族の人たちはもともとそういう面で恵まれた一族だけど、それに似た様な特徴が平民の赤い目の人たちにも現れるんだって」
「そうなの?」という疲れた声音のアルベラの問いに、「ああ」とジーンは肯定する。
「だから悪いことばかりじゃないのは本当だ。それに、今は村に居た時より馬鹿にされないし……あいつのおかげで」
「王子?」
「ああ。王族の側付きを馬鹿にすればそいつを傍につけてる王族を馬鹿にすることになるだろ」
「流石にそんな軽率なのは城を出入りしてないと」
「あぁ。……まぁ、少しはいるけど」
(いるんかい)
「けど、そうだな」
ジーンは呆れたように目を据わらせた。
「あんたみたいにそもそも『ニセモノ』って言葉を知らない奴もたまにいるし。本物の王族と一緒にいて、逆に王族だと思うやつもいるみたいなんだ。今日もさ、この会で勘違いしてたっぽいのが何人かいたんだ……。俺相手にやけに丁寧に挨拶してさ。ややこしいったらないよな」
「……苦労してるのね」
アルベラは頭を持ちあげ乱してしまったドレスを整える。
「まあまあな」
「まあまあか……」
(……人の不幸は蜜の味。実際、なにも考えず人を下に見て馬鹿にするのって愉しいし。私もこの十年そうだったしなぁ……。きっと、私が前世の記憶を思い出さないままジーンと出会ってたら、王族と間違えて媚びた挙げ句、違うと分かった時には派手に『ニセモノ』『嘘つき』って罵って、敵対してただろうし……――わあ、凄い! かなりナチュラルに想像できる!)
あはははは、と脳内のから笑いはやがて呆れのため息となった。
アルベラはこの話の中、更に気になる点を見つけてしまいそれを聞いていいかどうか悩む。
先ほどから出てくる「ザリアス」という名前は彼の父のはずだ。だがジーンはまだ一度も彼を父と呼んではいない。そして生まれた村を出て王都に来たという話……――
「――ねぇ、この際ついでに聞くんだけど」
「なんだ」
「嫌なら答えないでよ?」
「なんだよ」
「ザリアス様って貴方の生みの親じゃないの?」
「あぁ……。じゃないな」
ジーンはあっさりと答える。
「俺の両親は、前に事故で死んだんだ」
これもまたあっさりと。
無表情な少年の横顔。その赤い瞳がじわりと赤く灯った。だがその光はすぐに収まる。
「両親が死んで、俺は一時的に孤児院に預けられて……父さんの兄だっていうザリアスが迎えに来てくれたんだ。それで王都に来た」
「そ、そう……教えてくれてありがとう……」
(き、聞いたのは私なんだけど――予想以上に重かった! この空気どうしよう)
「ええと……――うん、良かった。良かったわね、ザリアス様が迎えに来てくれて」
「は? まぁ……うん」
「騎士団長様の元で鍛えてもらって強くなれば、今まで自分を馬鹿にしてきた人たちを圧倒的な力で打ちのめしてやれるじゃない」
「……は?」
「所詮この世は力こそが正義、よ」
「あんた、それ本気で言ってる……?」
「あら、世界の真理が見えてないなんてジーン様もまだまだお子様ね。この世は力と金と権力で成り立ってるのよ。よく覚えておきなさい」
アルベラは悪意に満ちた笑顔を浮かべる。
「貴族の教育どうなってんだよ」とジーンは呆れていた。
「どおりで『ニセモノ』についても教わってないわけだ」
「んな人種差別率先して刷り込む教育があってたまるか」とアルベラは心の中で突っ込む。
二人の会話を横で聞きながら、キリエは椅子の上膝を抱えて丸まっていた。
(うう……ボクって本当に……)
………いくじなし。
会話を邪魔しないようにと気を使いすぎた挙句、会話に入るタイミングさえ失ってしまった。
少年は自分の不器用さに後悔するのであった。
「ニセモノ」の話題も落ち着き、ぼーっとダンスを眺めていると、キリエが何か言い残し、急いで席を立った。アルベラはよく聞き取れなかったために「え? う、うん」と返し彼を見送る。
「ねえ、ジーン。王子は刺激に飢えてるの?」
「は?」
オードブルを取って椅子に戻ってきたジーンは、急な話題に首を傾ぐ。
「だって、やけに私が街に行きたがった話を聞きたがったり、人攫いに合わせたがったり。やっぱり王子だからあまり外に行けなくて、それで人のそういう話をききたがるのかなって」
ジーンは意図を理解し「ああ」と納得の声を出す。
「いや、あいつは朝も夜もしょっちゅう街をふらついてるぞ」
「え?! どいうこと………ん? じゃあ何でお茶会の時あんな興味津々で私の話を」
「そりゃ、ただ面白かったからだろ。普通お嬢様があんな雑なやり方で屋敷を抜け出そうとしないだろうし。しかも出るとこまで上手くいったくせに戻るの失敗してるし。間抜けなはなしだよな」
間抜けとは何だ! その通りですよ!
うぅ、と悔しそうに唸りアルベラはドレスを握る。
「しかも次の日街では人攫いの噂がたってるし。だれだって気になるだろ」
「た、確かに。じゃあ、王子が街に出てるっていう話について聞かせて。王様やお妃さまから許しをもらって出てるの?」
「お妃さまか………。いいや。あいつもあんたと同じだよ。勝手に出てる」
「大人に許しをもらって出てる時もあるけど」とミートボールを口に抛る。
「なにそれ。どうやって? 参考に聞きたい」
興味津々のお嬢様に、ジーンは「いいけど、あんたじゃ無理な方法だとおもうぞ」と先に伝える。
「仲のいい兵士がいるんだよ。そいつが休みの時、一緒に街に出てもらってるんだ。門はずっと警備してて使えないから、そいつと兵士用の扉から街へ出てる。城の庭は敷地内だし、いつでも出られるからな。庭から兵士の宿棟に行ってそいつと落ち合って、ってさ」
確かに。その方法は直接真似できない。が、多少は参考になりそうか? いや。結局は普通に抜け出してるわけだし、違いと言えば抜け出すルートが確立されてるかされてないかくらいだろう。引率はエリーに頼めばいいとして、一番重要な部分が自分にはない。やはり現状では窓が一番手っ取り早そうだ。
「あんたの話を王子にバラした件はこれでチャラな。この話、だれにも言うなよ」
「なにそれ」
「俺は大した地位とかないし、一般人だからいつでも出れるけど。バレてあいつが外出禁止になったら、きっとあんたの目の前で泣くためだけにわざわざあんたの屋敷まで訪問しに行くと思うぞ」
それはずるい。今聞いた話を人に話すことはないと思うが、なんとも効果的な口封じじゃないか。
「ぅう………アルベラ、……………………王子を泣かすことは、してほしくないわ」
「ん?!! え、スカートン? いつから?」
いつの間にか右隣に座っていたスカートンが、か細い声で訴えかけてきたのでアルベラは飛び上がる。反対側にいたジーンはスカートンの不調の様子に「お、おい」と驚きながらも気遣う声をあげる。
「先ほどから居ました…………。キリエが戻ってきた私に気づいてくれて、いろいろ介抱してくれてたんです。冷たいタオルを持ってきてくれたり。飲み物や、食べ物まで。今は氷枕を貰いに行ってくださってて、」
スカートンの話を聞くに、席に戻るなり一気にダンスの最中の興奮が襲ってきて体温が上がり、顔がまたも真っ赤になったらしい。湯気をあげるその様に唯一気づいたキリエが、アルベラとジーンの会話から抜けあわててスカートンの介抱へと当たったそうだ。
「………キリエの御蔭で大分楽になったんですが、お二人とも熱心にお話しされていたので口を出さずにご飯を頂いていました」
「ご、ごめんスカートン」
「いえ、気にしないでアルベラ。お陰でゆっくりできましたし。せっかくのパーティーなのに気を遣わせちゃうのもイヤだもの。あ、でも、………そんなに気づきませんでした?」
と悲し気な瞳が長い前髪の間から覗き込んでくる。
(お願い、もうこれ以上私の胸をえぐらないで。………ごめん)
アルベラが苦しげに謝ると、スカートンは快く許してくれた。何より表情が明るい。死ぬほど恥ずかしがってはいたが、王子と踊れた事はやはり嬉しかったのだろう。ご機嫌でパスタを頬張っている。
王子はといえばスカートンと別れてすぐ別のペアが現れたのか、まだホール中央で踊ってる最中だった。
「本当に王族ってたいへんだなぁ」と頬杖をついてその様子を見て呟くと、「まったくだ」とジーンが頷いた。踊ってる王子用に、気を使って冷たい飲みものを持ってきていた。
王子の側付きという役目をしっかり果たす少年といい、身の回りに気を使いすぎて小間使いのように駆け回っているキリエといい、働き者の二人の姿にアルベラは全くの他人事として感心するばかりだった。
その後、戻ってきた王子はジーンの用意してた飲み物と食事をつまみながら少し休憩を挟んだ。
アルベラとジーンは、王子の「二人も踊ってきなよ」という言葉に押されるがまま一曲踊り、曲が終わると共にそれぞれ別のご令嬢やご令息に誘われもう一曲踊った。
戻ってきたキリエは、もうすでにだいぶ良くなっている様子のスカートンに念のため氷枕を渡すと、王子に誘われ隣の席へと腰を下ろす。先ほどまでアルベラが座っていた場所だった。その瞳は、落ち着かないようにホールで踊るアルベラを見守っていた。踊りに誘いたいのに、誘えないでいる様子だと、誰の目から見てもそう分かる。
戻ってきたアルベラを、ラツィラス王子は「じゃあ次はキリエ君とだね」と言ってまた送り出す。
爆発音を上げて顔を赤くするのはキリエの番だった。真っ赤になりながらアルベラをリードし、キリエは踊ってる最中やけに嬉しそうだった。アルベラは分かりやすすぎる少年の態度に、曖昧に困ったような笑顔を浮かべながら一緒に踊った。
その後、戻ってきたキリエが先ほどのスカートンと同じような茹でダコとなったため休憩し、スカートンとジーンのペア、アルベラと王子のペアで踊り、それが最後の曲となった。
ホールの中央からはゆっくりと人が去り、しばし休憩とご歓談の時間となる。
最後の曲を躍り終え、ご機嫌にヒラヒラと手を振りながら王子はジーンを連れ三人の元を去っていった。
(ボ、ボク………アルベラと踊れた。アルベラと………あんな近くで………!)
(あぁ………わたし…王子とダンスを………一緒にご飲食まで………)
(………王子とダンス………はぁ、心臓に悪かった………)
3人の子供達は放心し、燃え尽きたように椅子に沈み混む。
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生きていく方法がわからねぇー
◆◆◆
初めての小説です。
色々試行錯誤しながら書いているため文節、表現方法等が落ち着いていません。
そんな文ですが、お気に入りにに登録してくれた方の為にも、最低でも話の内容だけは、破綻しないよう書きたいと思います。
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