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一章 10歳になって

24、初めての舞踏会 1(仮面の少年)

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 城のエントランスホールを使用した舞踏会会場で、そのバカに高い天井を見上げアルベラはぽかんと口を開ける。

「すごい………」

 大きなシャンデリアにステンドグラス。職人が腕によりをかけて作ったであろう彫刻装飾の数々。昼の会場も十分に広いと思っていたが、ここは軽くその倍以上はあった。

 参加者も昼は子供が目立っていたが、大人と子供の比率が2:1または3:1くらいある。子供が減ったわけではない。大人が増えたのだ。その分警備もあからさまに手堅くなっている。会場の端々にこれでもかと分かりやすく武装した兵たちが控えていて、それはきっとただの参加者には頼もしく映り、悪事を当たらこうと企んでいる物には気持ちを揺るがす切っ掛けにもなるだろう。

 父よりも金持ちの家というのは初めてで、スケールの違いにため息が漏れる。ろくに前もみず、視界に入る父と母の後姿を頼りに歩いていると、「凄いだろ?」と父に誇らしげに投げかけられた。

「城は王の私物でもあるが、ある意味国の者たちの物でもあるからな。他の国に甘くみられるわけにもいかんだろ? 他国からの軽視は国民の生活にも関わってくる。こんな素晴らしい城に恵まれた王様には、たくさん頑張ってもらわないとな」

 ははは、と冗談めかして笑い、周りを見回すのに忙しそうな娘の手を引いてやる。

 おすまし顔で両親の後ろをしずしずと歩くのが礼儀正しい姿であり、その理想的な姿を何とか取り持っている同年代の子達が多い中、アルベラは目立って辺りを見回していた。恥ずかしげもなく使用人にも話しかける姿はその年相応で微笑ましくも見えるのだが、礼儀や作法を重んじる者にははしたなく映る。

 母はそんな一部の存在を気遣い一応注意をする。直接ではなくエリーに目配せをして。

「お嬢様、奥様から前を見るようにと」

 その言葉でアルベラは思い出したように前を見る。気づけばいつの間にかホールの中央に一筋の列ができていた。その先に待つのは立派な椅子に座った王と王子だ。

「ニベネント殿下、ラツィラス王子、この度はおめでとうございます」

 父のあいさつでレミリアスとアルベラとエリーが深々と頭こうべをたれる。

「ラーゼン来たか。レミリアス、久しぶりだな。そちらが自慢の愛娘か」

「ニベネント殿下、お久しぶりです。ええ。アルベラ、ご挨拶を」

 母に促されアルベラは再度深々と頭を下げる。

「お初にお目にかかります。アルベラ・ディオールです。この度は誠におめでとうございます」

「はっはっは。中々有望そうな子ではないか。ラーゼンもレミリアスも、鍛えがいがあろう?」

「まあ、殿下。それは立派な淑女にという事でよろしいでしょうか?」と、母は微笑む。

「おや。………そうか。なるほどなるほど。噂に聞く『箱娘』で間違いはなさそうだな。お主たちの方針に口を出すつもりはない。だがカエルの子はカエルともいう。私は楽しみだよ」

 大人たちの会話を片耳で聞いていると、王子がひらひらと手を振っている。同じく手を振り返すわけにはいかないのでお辞儀をして返すと、王子は面白げにつんつんと自身の左側を指さして見せた。

 アルベラは示された方へこっそり視線を向ける。

 多分あれだ。

 警備だろう。王と王子へ何かあったらすぐ駆け付けられる距離間で大柄な壮年の男性が立っている。他の兵たちより立派な鎧をまとい、その装飾は分かりやすく他の者たちより凝っている。きっとそれなりに偉い人なのだろう。

 よく見たら誰かと何かを話しているのか満面の笑みだ。話しながらも参列者を見張る、または見守るお仕事は果たしているようで、視線はしっかりと王とそれに向き合う者たちへと向けられていた。アルベラの視線にも気づいているようだ。だがやはり誰かと話しているようでその口元は小さく動いている。

 すると突然その男は吹き出す様に「がっはっは」と笑いだした。そしてまた急いで声を小さく抑える。

 王と両親もその声に気づきそちらへ顔を向けた。

「すまないな。城の隊の騎士長だ。我が子が初の晴れ舞台で舞い上がっていてな」

 王子が男の笑い声と共にクスクス笑う。何がそんなに面白いのかと思いよく観察すると、男がせわしなくわしゃわしゃと手元を動かしていた。犬でもいるのだろうと思っていたが、そこには子供の頭があった。

(ん? ………じ、ジーン?)

 整えられていたであろう髪は男の無遠慮な手によりぐしゃぐしゃに乱されていた。その表情はあのムスッとしたもの、と思っていたがちがう。怒る気力もないのか、相手にするだけ無駄とされるがままだ。

(大丈夫? トンボの頭みたいになってるけど)

 ころりと捥げたりしないよね、と不安になる。

 なんとなく王子たちから見て右側を見ると、あの大柄な男と向き合うように兵が配置されていた。あの大きな男より若干若めで、後ろに髪を一つ結びにしている。鎧の装飾的にあの大柄な男と同じくらいの立場だろう。王と王子を挟みこんだ正面のやり取りに呆れた顔をしている。

「ああ、ジェイシ殿か。そうか。お子さんがいるとは聞いてましたがアルベラと同年代の子でしたか」

「うむ。ラツィラスと同じ年でな、お付きをしてもらっている。アルベラちゃんや、あの子とも仲良くしてやってくれ」

「は、はい!」

 王やラーゼンの視線に気づき、大柄な兵士は鎧を小さく鳴らして敬礼をした。

 頭を解放されたジーンも、三半規管がやられてるのかふらつきながら男に倣って敬礼をする。

 ラツィラスが笑いながら二人に手を振ると、ジーンはやはりあのムスッとした顔になった。王の前で王子に対しそっぽを向くものだから、急いで父と呼ばれた大柄な男の手により共にお辞儀をさせられた。

 アルベラの視線にも気づいたようで、ジーンはこちらへも客人へするよな礼儀正しいお辞儀をする。アルベラも小さくお辞儀をして返した。

「さてと、まだまだ会はこれからだ。ラーゼン、レミリアス、アルベラ、存分に楽しんでいっておくれ」

 王との挨拶は済んだ。

 「さあ、これで好きなだけ会場を観察していいぞ」と父の許しが出る。

 ひとまず自由時間を得たアルベラは、父と母を軸にエリーと軽く会場内を歩いて回っていた。

 途中仮面をつけてる客人もまばらにいたりして「顔隠すのも有りなんだなぁ」と興味津々に眺めてしまった。

 アルベラのその様子にエリーが説明を挟んでくれる。

「確か、こういう場合は仮面に目印があって、警備や主催者にはそれが誰か分かるようになってるそうですよ。例えば、『左上に青い蝶の羽』みたいに、2か所くらい仮面の特徴を伝えておくそうです。そうすることで主催者には仮面の下が誰か把握できるので、不審な人物ではないという証明になるとか」

「へぇー。色々あるのね。でもなんで顔隠すのかな。お忍び参加とか? 夫婦不仲でどちらかが火遊び目的、的な?」

「あら、お嬢様ったらおませさん♡ けど、実際理由は人それぞれですよね。そこまでは私でははっきりした返答は出来かねますわ」

「ふーん。あれ? 幾ら仮面の特徴伝えたって、仮面盗まれたら終わりじゃない? 悪い奴が入れ替わって忍び込むことも出来るよね」

「ええ。だから途中、小まめに中身の確認をするそうですよ」

「へぇー。仮面参加は手間がかかるのね」

 さらに歩いていると、昼出会ったケティ達ではない誰かが、自分についてコソコソ話している声が聞こえたりもした。

「―――お昼の、王子と話してた————見まして、先ほどの参列——————はしたない—————————————まだまだ子供なのね」

「ええ、きっと公爵の————————ですわ。甘やかされて—————————————身分に付け上がって―――――」

 アルベラは初め、その声がどこから聞こえてるのか分からなかったが、偶然自分の進んでる方向に彼女等がいたために少し気まずくなった。ただ通り過ぎるだけなら良かったのだが、進む方行にいたために目が合ってしまったのだ。

(あーーー。………うん)

 一瞬考えてしまったが、会場に着くまでにあらかじめ決めていた対応に倣ならう。有難いことに、ケティ達との出会いが、こういう時の対処について考える切っ掛けになってくれていた。

 相手は幾つか年上のご令嬢二人組だった。自分より少し背が高い。

 アルベラはその二人へ変わらぬ歩調で近づき、にこりと微笑む。

「見ず知らずのお相手にコソコソと陰口だなんて。そちらの方がよっぽどはしたないんじゃなくて? もっと心に余裕を持ってはいかがかしら?」

 彼女たちの口調を真似てそう言うと、スカートをつまみお辞儀をし、「では失礼」とまた変わらぬ歩調でその場を去る。令嬢たちは年下の少女の流れるような挨拶に追いつけず固まっていた。

(先手必勝)

 彼女達を後にし、アルベラは満足げな笑みを浮かべる。

(喧嘩買うのは売るのに比べてだいぶ楽だなぁ~。うんうん。やっぱり悪役なら強気でいたいし)

 後ろに控えるエリーは、嫌味を言われて一瞬ひるんだように見えた幼い主人の対応と、満足げな姿に「あらあら」と呆れ笑いを零していた。





 会場を一周し父の元に戻ると、ホールの中央ではそれなりの人数の人が踊り始めていた。

 アルベラがぶらぶらしている間に、ホールを真っ二つに割っていた王様と王子への挨拶の列は消化されきっていたようだ。椅子に座った二人の元へは遅い到着となった者たちが列になるほどではない位まばらに、別々のタイミングで挨拶をしに行っていた。

「お父様、そういえばお昼はお城で何をされてたの?」

 ワインを口に運ぶ父へ、アルベラは答えを期待せずに尋ねる。

「んん? あぁ。ちょっと城の者と話していてな。今日は色々とお祭りだから」

 その言葉の意味をアルベラは分かっている。

 やはり、今日自身の領地で行われる薬の売買について、父もちゃんと把握しているのだ。という事は今の言葉、何かしらの作戦会議ととってもいいかもしれない。

 父があの会合の事を「知っている」と取れる返答が貰えただけで十分だった。

「お祭りの日にも会議なんて、大人って大変なのね。けど、今はこうしてお父様も参加できてるわけだし、お祭一緒に楽しみましょうね」

(王子のお祭も、悪人のお祭りも、ね)

「だな。一緒に楽しもうな」

 父は娘の心の声に気づくはずもなくまた美味しそうにワインを口に運んだ。





 ***





「よう、」

(ハァ………ダレ?)

 舞踏会で初めに声をかけてきたのは知らない少年だった。

 父と母は一曲踊ってくるとその場を離れ、エリーが壁際に待機しに行ってすぐの事だ。

 背丈はアルベラより一回り高いが顔に仮面をつけているため「10代」という事以上に細かい年齢の予想がし辛い。

(やだ。こんな年の子まで火遊び?)

 仮面=火遊び連中、と勝手にレッテル貼りしていたアルベラは眉を顰ひそめる。

 妙に気軽な挨拶だったが、アルベラの記憶に一致するシルエットはない。ここ最近ではなく、もっと幼い頃に知り合っただれかだろうかと思い出そうとするが、屋敷から大して出たことのない記憶で思い出せる人物などごく少数だ。自身の誕生日会で屋敷に招かれた貴族たちの中にも、この仮面の少年のような子は思い至らない。

 返事も忘れて思い出すことに必死なアルベラを、何が面白かったのか少年は笑った。

「あぁ、そうか。すまないすまない。『はしたない』だよな。―――お嬢さん、私と一曲踊って頂けませんか?」

「え、ええ」

 片膝を折り、改めて上品に踊りへ誘う少年。アルベラは差し出された手に自らの手を重ね、少年にリードされるままホールの中央へと紛れる。大人に紛れて子供たちもふわふわと踊っているのが視界に入った。皆ぶつからずにうまいことやるなと頭の隅で思う。
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