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一章 10歳になって

23、王子様の誕生日 7(幼馴染と聖女の娘)

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 チリンチリンと高く響き渡る音に釣られて視線を向けると、ホールの奥にある弧を描くように作られた階段の踊り場に、王子と先ほどのギャッジと呼ばれていた執事が立っていた。

 執事が会の終わりを告げる。王子が手短な礼を述べ、執事がまた進行役へと戻り夜の舞踏会の時間と場所を告げる。夜の方が参加人数が多いらしく、会場が異なるらしい。城の中に舞踏会用の広間があるとのことで「そちらへお間違えの無いように」とのことだ。





 皆がぞろぞろと会場を後にしていく。

 隣のグラーネを見ると、先ほどまで王子が立っていた階段の踊り場を見て余韻に浸っているようだ。胸の前で手を組み、髪の間から覗く目が輝きに充ち、頬が高揚して鮮やかな桃色になっている。うっとりとした表情とは正にこれか。

(今は邪魔しないでおこう………)

 触らぬ神に祟りなし、とアルベラは身を引く。

「アルベラ」

 まだ性別のつけようもない高い少年の声にアルベラはふり向く。

「あら、キリエ。お久しぶり」

 見知った顔にアルベラは気の抜けた返事を返す。 

 キリエ・パスチャラン。アルベラの街から見て、王都とは反対の方角にある、お隣の町の領主の息子だ。深緑の瞳には虹彩に沿って桃色の差し色が入り、黄緑の髪には黄色のメッシュが幾つか入っている。女の子みたいな顔つきに、おかっぱのように切られたさらさらの髪はよく似合っていた。見た目のカラフルさに反して少しおっとりした雰囲気の少年だ。

 彼の領地は畜産系に特化しており、動物の改良などにも力を入れている。そんな土地柄が彼の人間性に影響を与えてか、彼は大の動物好きであり「動物好かれ」だ。

(キリエ、去年の収穫祭ぶりだっけ? にしても、この世界の人間って鮮やかなのに全然違和感ないなぁ。不思議)

 「体調はもう大丈夫?」とキリエに尋ねると、彼の顔は分かりやすく赤くなった。

「うん。もうずっと前の事だし、全然平気だよ。それより誕生日は行けなくてごめん」

 アルベラにとっては「この間」の半年前を「ずっと前」と言うとは。子供特有の時間感覚を忘れていたアルベラは自身の体感のずれを再認識する。

「ああ。別に気にしないで」

 と言い、反射的にこれまでのキリエとの関りが脳裏に浮かぶ。自分より立場が低く、何でも言う事を聞く子分のような存在。10歳までの自分は彼を手下や下僕として理不尽な言いつけをしては困らせていたはずだ。ならばこの返答だけでは毒気が無さすぎるだろう。

「来年、今年の分も合わせて倍にして祝ってちょうだい」

 気を付けたつもりのアルベラの言葉に、それでもキリエは違和感を感じたらしい。一瞬目を見張り、不思議そうに首を傾ぐ。

「………アルベラ、なんか変わったね」

「そう?」

「えっと、悪い意味じゃないんだ。なんていったらいいんだろう」

「ほら、貴方たち、まずは会場を出ましょう。話は外に出てからでもいいんじゃなくて?」

「あ、ごめんなさい、レミリアス様」

 アルベラの母の呼びかけに、キリエはぺこりとお辞儀をし急いで外に向かう。アルベラとグラーネも釣られるように急ぎ足で外に向かう。その後ろを悠々と歩き、母は子供たちの跡を辿る。





 会場の外に出ると、待機していた馬車が次々と主を乗せてそれぞれどこかへ向けて出発していた。

 自分たちの馬車を前に、アルベラ含む子供達3人とアルベラの母が軽く立ち話をする。

 グラーネとキリエのお付きは馬車の前で、主を急かすことなく生真面目に話が終わるまで待っている姿勢だ。

 「そちらは?」とキリエが尋ねる。

 王子関係でない時の平常時は人見知りモードらしく、どう切り出そうかアルベラとキリエと自分の手元へチラチラ視線を行き来させるグラーネの代わりにアルベラが口を開く。

「彼女はスカートン・グラーネ。ええと……」

(それ以上知らない……)

 現状アルベラが彼女について知っているのは、この引っ込み思案な性格と、王子の熱烈なファン、またはストーカーという事と、感情に任せて魔法を発動してしまうという事だろう。

(こんな紹介したらただの危ない人物だよな)

「あ、えと、王都の………教会の、者、です!」

 意を決したようにグラーネがアルベラの影から一歩前に出る。

 それを聞いたレミリアスは「あら。どこかで聞いた名だと思えば、恵みの聖女様のご令嬢ね」と扇子越しに微笑んだ。

 「ああ、そっか!」とキリエも頷く。

「グラーネ、どこかで聞いた名だと思いました。毎年聖女様にはお世話になっているのに申し訳ありません! ボクはキリエ・パスチャラン。バレージュの街の領主、ムロゴーツ・パスチャラン伯爵の息子です」

 グラーネはおどおどしながらも、「い、いつも……は、母がお世話になっております! よろしくお願いします!」とお辞儀をする。

 その様子をみながら、アルベラはこの国の教会について思い出していた。スレイニーの授業で教わったのだ。





 教会には3つの役割がある。穢れを祓う。体を癒す。恵みをもたらす。其々の教会は城を囲んで三角になる位置に設置されており、国内各地から祈りを捧げに人柄訪れたり、其々が祭事で国内の各地に出向いたりしているらしい。

 王都の輪郭は上から見ると三角に縁取れるのだが、それらの教会の存在により今の形と至ったそうだ。つまり、都に家をたてる際、人々が競うように教会の回りに住みたがったと。そういうことらしい。そして今も一般的に教会近くの土地は高くなる。となると当然教会の周りには裕福層が集まり、街も活気付く。

 授業でアルベラが学び覚えているのはそんな内容だった。





(グラーネのお母さんはその3つの内の、祈りをささげて恵をもたらす聖女様ということか……。確かに、記憶をたどればこれに関わる話を聞いたことがあるな。穢れを祓う聖女様はご高齢で、癒しの聖女様は幼いんだっけ……? あんまり姿が見れないって聞いたきも……。恵みの聖女は30代後半、つまり前世の自分と同じくらいの年だったと。……そっか、この年の子供がいても不思議じゃないよな)

「じゃあ、毎年キリエの街の収穫祭で祈りを捧げてるのって」とアルベラは尋ねる。

「はい。私の母なんです」

 バスチャラン家の領は畜産業に力を入れてる。そういった土地では大地も海も同等に恵みを司る恵みの聖女様を特にありがたがる傾向があった。

「そうでしたか。 じゃあ私たち、毎年グラーネ様のお母様を見に行ってたってことですね。あの蛍みたいなやつ、凄い綺麗でいつも感動してます」

「………あ、の、へへ……… ありがとうございます」

 グラーネは母を誉められ、くすぐったそうに笑った。こうやって見ると、花の妖精みたいで可愛らしい子だ。それがなぜああも変貌してしまうのか。恋は盲目。王子恐るべし。

 グラーネとの挨拶が済むと、アルベラの母が二人の馬車の方を見て気を回す。

「続きは舞踏会でいかが? お二人も衣装直し等、準備があるでしょう?」

 キリエは「そうですね」と答えると何かを思い出したように急にそわそわしだし、グラーネは「え、舞踏会?!」と小さく驚きの声をあげた。

「グラーネは、舞踏会いかないの?」

「あ、え、いえ。い、行きます!」

 向き合ったまま言葉の意味を探して呆けているアルベラへ、グラーネは消え入りそうな声で、恥ずかしそうに伝える。

「あの、舞踏会も、お話してもらえる、なら…………ぉ、おねがいします」

 アルベラはこの数時間で理解したグラーネの性質を思い出す。なんだ、そんなことかとクスリと笑う。

 キリエも根が内気なタイプなので、気持ちは分かるとでも言いたげに安心させる笑みを浮かべる。

「グラーネ様。舞踏会でもよろしくね。あとアルベラでいいから、私もグラーネと呼ばせて。キリエにも敬語は必要無いから、何でも言ってやりなさい」

「え、ア、アルベラ…………。 あ! あの、ボ、ボクもお父様とややこしいだろうからキリエでいい………です。けど、急にため口は難しいかもしれないので、ちょっとずつにさせてください。グラーネって、呼ばせてもらうね?」

「お、お二人ともありがとう、ございます! あの、スカートンとお呼びください。えっと、アル、ベラ………キリ、エ」

 スカートンが、顔を真っ赤にして下を向きながら、小さく二人の名を呼ぶ。ドレスをぎゅっとつかみ、恥ずかしさに耐えている。

 「ありがとう。スカートン」とアルベラ。「グラーネ、よろしくね」とキリエ。

 王子の熱烈なファンで、感情により魔法を発動させてしまう物騒な彼女だが、その初々しい様子にもしかしたらとアルベラは尋ねる。

「もしかして、スカートン。友達作りで私に声をかけにきたの?」

 すると、ドレスを握っていた両手からはすっと力が抜け、真っ赤になっていた顔も落ち着き、彼女はゆっくり目を細めた。答える声は小さく静かだが、先ほどまでの震えはない。

「………はい。アルベラ様がどんな方か、ちょっと確認しておきたかったもので」

 にこりと怪しげに微笑む。その瞳に宿った危なげな光に、アルベラは本能的に危機を感じる。

(私消されてたかもー!!!!)

 背筋に寒気を感じ硬直していると、キリエが「どうしたの?」と覗き込んでくる。

「い、いや。もう行きましょ」

 スカートンが怖い。

「そうだね。あ、アルベラ………舞踏会、………よろしくね!」

「ええ。よろしく。あ、えーと、スカートンも………また、ね」

 ひらひら手を振ると、スカートンは恥ずかし気に手を振り返した。

 母と馬車に乗り込み、安心感から「ほうっ」とため息をつく。

(やばい子と知り合っちゃったかなぁ………)





 ***





「お嬢様」

 シスターに促されてスカートンが馬車に乗ると、中で2人のシスターが待っていた。

 彼女らに会釈し窓越しに馬車の外を見ると、今日知り合った二人の少年少女と目があい再度手を振る。

 王子を思う時とは異なる温かさがスカートンの心を満たした。慣れないことへの気恥ずかしさに彼女の耳の先が赤くなる。

 「ほぉ、」と息をつき、スカートンは両手で頬を覆う。一瞬正面に座るシスターが心配そうな顔をして、直ぐに「違う」と気づいたのか微笑みへとかわる。

「お嬢様、良いことでもありましたか?」

「良いこと…… ―――はい。……えっと……と、と…………ともだちが! ……できた かも、しれないです……………。―――同じ年の友達…………初めてかもしれません。しかも二人も、」

 と胸元のロケットをいつもの癖で嬉し気に両手で握った。





 ***





 キリエが馬車に乗ると、中では父と母が待っていた。

「アルベラちゃんもあっという間に大きくなって。可愛らしいわねぇ」

 これはキリエの母の口癖のようなものだ。年に数回顔を合わすご令嬢へ、毎回変わらず溢す言葉。

 キリエの父、ムロゴーツは小窓から顔を覗かせ何かをじっと見ていた。神妙な面持ちで車内へ向き直ると、キリエへ向かい「見たか?」と尋ねる。

 正面に座るキリエも、夫の隣に座る妻もはてなを浮かべた。

「あの使用人。新顔だったな。かなりの美人だ。あの馬に跨がる姿………… ―――たまらん!!! 馬に乗れる女はやっぱりいいよなぁ! しかも美人!」

「う、うん。エリーさんかっこよかったね」

 父の熱い視線にキリエは困りぎみに頷く。

「ほう、エリーさんというのか。今度ラーゼンが来る際に詳しく聞いておかないとな。いいか。キリエ。やはり女は馬には乗れんと。だから父さんは母さんを選んだんだぞ。な? 父さんの見る目に間違い無かっただろ? 今度母さんが馬に乗る姿を見せてもらいなさい! 馬にのった女のうなじを、腰を、手綱から肘にかけての曲線に、服の裾から覗く脹らは、ぎっ!」

 突然言葉を切って肩を揺らす父。キリエは不思議に思うも、その足元をみて納得する。母の細いピンヒールが貫通していそうな位に父の足へ突き刺さっていた。

「あなたぁ? ラーゼン『様』でしょう? 親しき中にも礼儀ありです。間違えて何方かの耳にでも入った日には、伯爵ごときが不敬だと反感を買いかねませんよ。あとキリエ。今お父様が言った馬と女の件くだりは忘れて良くてよ」

「は、はい……」

 いつもの父と母のやり取りにぽかんとしつつ、キリエは今晩のイベントを思い出す。舞踏会。

(アルベラ……綺麗だったな。今晩ちゃんとカッコよく誘えるかな。知らないうちに他の男の子とも仲良く会ってたみたいだし……僕もしっかりしなきゃ。踊り、頑張って誘おう)

 賑やかな馬車の中、内気な少年はきゅっと膝の上の拳を小さく握った。





 ***





「ねえ、お母様。髪の色の濃さと魔力って何か関係あるの?」

 馬車の中、小窓の外を馬車と共に並走するエリーを眺めていたアルベラが先ほどの件を思い出し尋ねる。

「あら……グラーネ様の魔法で髪が光ってるのでも見ましたか?」

 母はいつもの涼やかな表情のまま面白げに目を細めた。

「そうなの。スカートンの髪が淡く光ってて、その部分を見せて貰ったら他の所より髪の色が濃かったから、髪の色が濃いところは魔力か精霊が集まりやすいのかなって」

 娘の考えに、母は納得した様子だった。

「グラーネ様の髪が光っていて、その部分の髪の色が周りと違った。その事は確かに魔力と精霊と関係します。しかし、髪の色の濃さとは無関係です。光っていた部分の髪の色が偶然濃かったというだけですよ」

「偶然濃かった?」

「ええ。後々、魔法の授業で重複してしまうかもしれませんが、魔力を発した際に光る部位は精霊が好む性質、物質になっているんです」

 「はぁ」とアルベラはわかったようなわからないような頷き方をする。

「あの部分だけ他の髪と違う髪だったんですか?」

「ええ。私たち人間にはわかりませんが、精霊にしてみると違うようです。―――アルベラは魔法の現象、つまり火が起きたり水が出たりという事が精霊の力を人が借りて起こしていることは知ってますよね」

「はい」

「基本的なものだと、水や火、風、雷等の精霊がいますが、それぞれ好む素材が違います。例えばグラーネ様の場合は、光っていた部分が風の精霊の好む質のだったんでしょう。だから彼女が気分の高鳴りで漏れた魔力が髪に集まっていた風の精霊に力を与え、その精霊が風を起こした……、こうなるわけです」

「なるほど……」

「物質として他の髪と同じでも、精霊が感知する何かがその部分にだけあるという事です。精霊と波長を合わせたり、彼らの性質や習慣を理解しそれを上手く利用できれば魔力を魔法という現象にすることが出来ます。魔力があってもそれを魔法に変換できなければ意味がありません。なので、人は神に祈ったり自身の周りにいる精霊を理解したりして魔法を使うのです」

「ありがとうございます、お母様。……多分……理解できました」

 レミリアスはゆるりと笑んで返した。

「ちなみに、精霊の力を借りずに魔法を使える人達もいます。その人たちは神からの寵愛や加護を受けている人たちですね」

「寵愛も加護も言葉で聞くことはあります。そういう人たちは見ただけではわからないんですよね?」

「ええ。魔法を使っても精霊が多くいる場所が光るのは同じですから。魔力を感じ取れるようになれば、多少の違いは掴めます。―――聖女様はその筆頭ですね。神の寵愛、信頼を得て奇跡を起こせます」

(それについては前に授業で少しだけ聞いた覚えがあるな)

 と朧げな記憶をたどりアルベラはあることを思い出す。

「そういえば聖女様って精霊が見えるんですよね?」

「ええ。聖女様だけでなく、そういう特別な目を持つ人たちは少なからずいますよ。見える者たち曰く光る虫が群がってる見えているようです。群れの大きさには個人差があるそうですが、とても美しい光景だとか」

(虫が群がる……)

 ユスリカが明かりに群がる光景が頭に浮かび少し鳥肌がたつ。なんでこんな気持ち悪い例を想像してしまったのかとアルベラは後悔した。





 その後宿に着くまでアルベラは精霊や魔法について母と話した。

 決まった日時に教会へ行けば自身の回りに精霊がいるか、どこにどんな種類が見て貰える事。常人が精霊を見ることは叶わないが普段から体の変化に注意していれば自分の魔法のヒントが得られる事―――等々。

 魔力や魔法について学ぶことは多そうだとアルベラは実感する。

(はぁ……魔法の授業はまだ先になりそうだし、とりあえず本でも見て下調べしておくか。目的地が図書館ならお父様も快諾してくれるかも。もう外出禁止は解けてるし)





 ***





 新しいドレスに着替えたアルベラは再度馬車に乗り城へ出向いていた。

 辺りは季節柄まだ少し明るい。馬車に装飾として填められた鉱石が、暗くなる準備を始めるかのように一足先に淡く点り始めていた。

 今着ているのは光沢のある濃く鮮やかな紫のドレスだ。昼のものに比べるとスカートのボリュームが1.5倍はある。ダンス用の仕様になっており自身の動きを大袈裟に反映して揺れる。その大袈裟な動きが面白く、鏡の前でひょこひょこ跳ねているとエリーに捕まった。





 馬車のなか、アルベラはややげっそりとして深く椅子にもたれ掛かかる。

「アルベラ、そろそろ着きますよ」

「は、はぁい」

「はっはっは。思ってた以上にエリー君とは仲良くやってたんだなぁ。お父さんは安心したぞ」

 アルベラ達の後に宿へ戻り合流した父は、アルベラとエリーのいつもの小騒ぎを初めて見たため新鮮だったのだろう。娘の扱いずらさについて使用人同士の話を小耳に挟む事も多かったので安心したらしい。

(信頼できる使用人は一人でも多くないとな)とラーゼンは髭を撫でつける。

「お父様、人の気も知らないで」

 ムッとする娘をからかいラーゼンは笑った。

「いやいや、いい光景だった。アルベラに代わって欲しいとも思ったがエリー君とも代わって欲しいと……美女か可愛い娘か……いやぁ、選びがたい」

 アルベラは頭の中で「くそ父め! お母様にやられてしまえ!」と毒づくと、タイミングよく母レミリアスが父へ向かい悪戯っぽく首をかしげた。

「あら、あなた……。今晩はエリーと踊りたくて?」

 目を細めてクスリと笑む母に父はわたわたと慌て出した。

「な、何を言ってるんだ! 君と踊りたいに決まっているだろう! こんなに美しい妻を放っておいたら悪い虫が寄ってくるとも限らないと不安で不安で仕方ないってのに」

 二人の仲良さそうな光景にアルベラは娘ながら少し恥ずかしくなる。苦笑して窓の外へ視線を移す。

(仲がいいことで何より)

 自分が邪魔になっているのではと気を使ってしまうくらいだ。





 そうこうしてるうちに馬車は門を抜けあっという間に城の前に着いた。

 アルベラが父と母に続き階段を登っていると、後ろからついてくるエリーの頭が段差により同じくらいの高さになる。

(こいつ……さっきは散々人を苦しめておきながらこんなキラキラしやがって……)

 アルベラは着替えの際にエリーから受けた仕打ちを思い出す。

 散々抱き締められ、頬擦りをされ、圧と臭いの暴力を受け……。自分はこんなにこんな身(皮膚)を磨り減らしたというのに。それと反比例するようにエリーの肌艶がよくなっているいるように見えた。

(腹立たしい)

 不満や恨みの込められたアルベラの視線も、エリーは満面の笑みで受け止める。

(くそ……! いつか見てろ……!)

 その後ろからは続々と、貴族たちが上品に会場への階段を上がってきていた。

 両脇に兵士を携え開け放たれた城の正面扉の前、父と母に倣って進むアルベラを会場の眩い明かりと賑やかな音楽と談笑の波が出迎える。



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