愛しの妻は黒の魔王!?

ごいち

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第二章 とんでもない相手を好きになり

八方塞がりとはこのこと

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 決闘の話をグレウスはすぐに皇帝に報告した。
 他国の王子と自国の騎士の決闘――下手をすれば国際問題だ。皇帝や貴族院の重鎮が間に入って、上手くことを収めてくれるのではないかと期待したが、実際は違った。
 報告を聞いた皇帝は重々しい溜息を吐いた後、こう言ったのだ。
「ゼフィエル王子はあれでも現国王の一番お気に入りでな。腹が立つこともあろうが、くれぐれも大きな怪我はさせぬように頼むぞ」
 決闘を止めさせようという気配は微塵もなかった。
 その場に同席した貴族院議長コンラートの言い草は、さらにひどいものだった。
「ゼフィエル王子は剣と魔法を使いこなすラデナ随一の魔法剣士。その名誉に十分な配慮をしつつ、無傷で国元にお返しするつもりで挑んでくれ」
「王子殿下は魔法を使えるんですか?」
 驚いてグレウスは問い返した。
 老いてなお端正な老公爵のコンラートは、何を今更と言いたげにグレウスを見やった。
「ラデナ王室には我が国から大勢の皇子皇女が嫁いでおられる。名目上は同性婚だが、他国に行ってしまえば細かいことまでは言えんから、あちらの王家には魔法の使い手が多い」
「近頃は、我が国を追放された魔導師たちまで引き込んでいるらしいぞ。まったく。魔法帝国たる我が国に取って代わろうとでも言うつもりか」
 重鎮二人が苦渋の滲む表情で語る内容に、グレウスは愕然とした。


 国情に疎いグレウスにも、ディルタス皇帝が頑としてラデナ王国にオルガを嫁がせなかった理由がわかった。
 アスファロス皇国の一番の強みは、魔導皇の血を引く優れた魔導師が存在することだ。その力や知識が無闇と拡散することのないよう、国内では皇室と聖教会が目を光らせている。
 ところが遠く離れたラデナでは、名目上は同性婚とした皇族に異性の愛人を宛がって、魔法の使い手を増やそうとしているらしいのだ。
 オルガは魔力を失っているとはいえ、少年の頃には次代の皇帝間違いなしと言われた魔法の天才だ。魔法そのものや魔導具に関する見識も深い。
 そういう人材を外国に流出させることは、国益の重大な損失を意味する。
 かといって国内の有力な貴族に嫁がせて、そこで様々な魔法の指導や魔導具の開発に取り組まれたのでは、皇室の権威が揺らぎかねない。
 魔力を持たない無能者で、家のしがらみも権威もない平民のグレウスが選ばれたのは、そういう事情からだったのだ。


「しかしまぁ、厄介だな。近年ラデナは海での交易権を握って荒稼ぎをしている。懐には相当溜め込んでいるだろうし、下手につつくと始末が悪い。どのあたりで収めるか……オルガは何か言っていなかったか?」
 皇帝から話を振られて、グレウスは力なく床を見つめた。


 元凶とも言えるグレウスの妻に比べれば、はっきり言って目の前の二人は争いごとを好まない温和な羊のようなものだ。
 オルガは決闘を宣言して去っていくゼフィエルの背中を眺めて、『手が滑ったと言って首を刎ねてしまえ』などと吐き捨てた。
 オルガらしいといえばオルガらしいが、さすがにこれは言えるはずがない。
「……いえ、なにも……」
 ダラダラと冷や汗をかきながら俯くグレウスの姿に、国の重鎮たちは何かを察したらしい。二人して盛大な溜息を吐いた。
 ディルタスはオルガの異母兄弟であり、貴族院議長のコンラートもまた、数代前の皇位継承権を争って籍を勝ち取った皇族である。特にコンラートは、裏ではオルガに忠誠を誓っていると噂されるだけあって、『黒の魔王』が言いそうなことは想像がついたようだ。
 眉間に皺を寄せて、重々しく告げた。
「ロア侯爵……すまんが、貴殿の剣は刃を潰した粗悪品に代えさせてもらうぞ。まともに打ち合ったら一撃で根元から折れるようにな」
「……」
 さすがのグレウスも、もはや返答をする気力も湧いてこなかった。


 相手は王国一の魔法剣士。
 すぐ折れる粗悪品の剣を渡されて、怪我一つさせるなと。
 無茶にも程がある。
 暗い気持ちで皇帝の執務室を出ると、グレウスはフラフラと士官室に向かった。
 近衛騎士団団長のカッツェは、伯爵位を持つ貴族の当主だ。近衛所属の騎士たちはほとんどが貴族の家の出身で、家同士の事情や繋がりにも明るい。
 穏便に事が収まるような知恵や伝手を持っているかもしれない。
「………………」
 だが士官室の扉を開けたグレウスは、絶望のあまり無言で立ち尽くした。
 部屋の中に残っていたのは、下級事務官がたった一人。
 聞けば、団長以下全員が特殊任務で都を空けることになったらしい。
 まるでグレウスの来訪を避けるかのように、詰め所も兵舎もきれいさっぱりもぬけの殻だった。








 何の対策もとれないまま、決闘の日はやってきた。
 試合場として用意された東の中庭は、若い皇族が剣や乗馬の練習に使うために用意された広場だ。四方を壁に囲まれており、壁の周囲には背の低い植え込みなどがあるが、中央部分は芝生が敷き詰められた平坦な庭となっている。
 決闘の場に同席するのは、皇帝ディルタスと貴族院議長のコンラートの二人だった。
「オルガはどうした?」
 先に中庭にやってきた皇帝に尋ねられたが、グレウスには答えようがなかった。
 実は昨夜からオルガとは顔も合わせていないからだ。
 城から帰ってきて、なんとか決闘を回避する手段はないかと口を滑らせたところ、オルガに激怒されてしまったのだ。
 『――私のために決闘するのは馬鹿馬鹿しいか』
 ひどく据わった声で言われ、そうじゃないと慌てて弁明したが、オルガは眉を吊り上げて書斎にこもってしまった。それきり顔はおろか声一つ聞いていない。
 今朝も屋敷を出る前に書斎の扉に声を掛けたのだが、返事はなかった。
 あの会話がよもや今生の別れになりでもしたら、死んでも死にきれない。
「……うん……まぁ、その……気苦労を掛けてすまないな」
 色々と察したらしい皇帝がグレウスを慰めた。





 冬の太陽が高く上がる頃、ゼフィエル王子は十数人の従者を連れて試合場に姿を現わした。
 城の警備兵は中庭の出入り口に控えている。それを見て、自身も従者に上着を預けて待機するように命じると、そこから先は一人で進んできた。
 余程腕に自信があるのか、中のシャツやベストは先日と同じように豪奢な装飾が施されたものだ。王子らしく華やかだが、防御という面ではまったく役に立たない。
 王子は少し距離を空けて対峙すると、グレウスが身に着けた胴当てと手甲を見て、小馬鹿にしたように笑った。
「そんな安っぽい防具で、私の攻撃を防げるとでも思っているのか」
 グッと胃が重くなるのを感じながら、グレウスは剣の柄を握った。


 この剣は、使い慣れた自分の剣ではなく、今朝登城してから渡されたものだ。
 打ち合えばすぐに根元から折れるようにできているから、使い方には重々気を付けるようにと教えられた。
 防具はグレウスの愛用品だ。
 胴当ては体が大きいグレウス用に革を分厚く重ねた特別仕様で、これのおかげで夏至の爆発事故の際にも致命傷を免れている。ゼフィエル王子は火の魔法を得意とするらしいが、多少の炎ならばこれが防いでくれるだろう。
 手甲にも厚めの鉄板が仕込んであるので、斧でも振り下ろされない限りは、この手甲で上半身を十分に守ることができる。
 ゼフィエルが腰に差しているのは、先日と同じ黄金造りの細身の剣だった。
 柄が重く刃の部分は細いので、おそらくは速度重視の剣だろう。重装備ではそれに対応できないので、防具は必要最小限にとどめた。
 皇帝も議長も、グレウスが負けることを望んでいるようだが、グレウスにそのつもりはない。勝ちの目が少しでもあるのならば、とことん食い下がって戦うまでだ。
「これより、ラデナ王国ゼフィエル・ラデナ殿下と我が国のグレウス・ロア侯爵の決闘を、厳粛に執り行う!」
 朗々としたディルタスの声が中庭に響いた。

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