愛しの妻は黒の魔王!?

ごいち

文字の大きさ
上 下
21 / 45
第二章 とんでもない相手を好きになり

八方塞がりとはこのこと

しおりを挟む
 決闘の話をグレウスはすぐに皇帝に報告した。
 他国の王子と自国の騎士の決闘――下手をすれば国際問題だ。皇帝や貴族院の重鎮が間に入って、上手くことを収めてくれるのではないかと期待したが、実際は違った。
 報告を聞いた皇帝は重々しい溜息を吐いた後、こう言ったのだ。
「ゼフィエル王子はあれでも現国王の一番お気に入りでな。腹が立つこともあろうが、くれぐれも大きな怪我はさせぬように頼むぞ」
 決闘を止めさせようという気配は微塵もなかった。
 その場に同席した貴族院議長コンラートの言い草は、さらにひどいものだった。
「ゼフィエル王子は剣と魔法を使いこなすラデナ随一の魔法剣士。その名誉に十分な配慮をしつつ、無傷で国元にお返しするつもりで挑んでくれ」
「王子殿下は魔法を使えるんですか?」
 驚いてグレウスは問い返した。
 老いてなお端正な老公爵のコンラートは、何を今更と言いたげにグレウスを見やった。
「ラデナ王室には我が国から大勢の皇子皇女が嫁いでおられる。名目上は同性婚だが、他国に行ってしまえば細かいことまでは言えんから、あちらの王家には魔法の使い手が多い」
「近頃は、我が国を追放された魔導師たちまで引き込んでいるらしいぞ。まったく。魔法帝国たる我が国に取って代わろうとでも言うつもりか」
 重鎮二人が苦渋の滲む表情で語る内容に、グレウスは愕然とした。


 国情に疎いグレウスにも、ディルタス皇帝が頑としてラデナ王国にオルガを嫁がせなかった理由がわかった。
 アスファロス皇国の一番の強みは、魔導皇の血を引く優れた魔導師が存在することだ。その力や知識が無闇と拡散することのないよう、国内では皇室と聖教会が目を光らせている。
 ところが遠く離れたラデナでは、名目上は同性婚とした皇族に異性の愛人を宛がって、魔法の使い手を増やそうとしているらしいのだ。
 オルガは魔力を失っているとはいえ、少年の頃には次代の皇帝間違いなしと言われた魔法の天才だ。魔法そのものや魔導具に関する見識も深い。
 そういう人材を外国に流出させることは、国益の重大な損失を意味する。
 かといって国内の有力な貴族に嫁がせて、そこで様々な魔法の指導や魔導具の開発に取り組まれたのでは、皇室の権威が揺らぎかねない。
 魔力を持たない無能者で、家のしがらみも権威もない平民のグレウスが選ばれたのは、そういう事情からだったのだ。


「しかしまぁ、厄介だな。近年ラデナは海での交易権を握って荒稼ぎをしている。懐には相当溜め込んでいるだろうし、下手につつくと始末が悪い。どのあたりで収めるか……オルガは何か言っていなかったか?」
 皇帝から話を振られて、グレウスは力なく床を見つめた。


 元凶とも言えるグレウスの妻に比べれば、はっきり言って目の前の二人は争いごとを好まない温和な羊のようなものだ。
 オルガは決闘を宣言して去っていくゼフィエルの背中を眺めて、『手が滑ったと言って首を刎ねてしまえ』などと吐き捨てた。
 オルガらしいといえばオルガらしいが、さすがにこれは言えるはずがない。
「……いえ、なにも……」
 ダラダラと冷や汗をかきながら俯くグレウスの姿に、国の重鎮たちは何かを察したらしい。二人して盛大な溜息を吐いた。
 ディルタスはオルガの異母兄弟であり、貴族院議長のコンラートもまた、数代前の皇位継承権を争って籍を勝ち取った皇族である。特にコンラートは、裏ではオルガに忠誠を誓っていると噂されるだけあって、『黒の魔王』が言いそうなことは想像がついたようだ。
 眉間に皺を寄せて、重々しく告げた。
「ロア侯爵……すまんが、貴殿の剣は刃を潰した粗悪品に代えさせてもらうぞ。まともに打ち合ったら一撃で根元から折れるようにな」
「……」
 さすがのグレウスも、もはや返答をする気力も湧いてこなかった。


 相手は王国一の魔法剣士。
 すぐ折れる粗悪品の剣を渡されて、怪我一つさせるなと。
 無茶にも程がある。
 暗い気持ちで皇帝の執務室を出ると、グレウスはフラフラと士官室に向かった。
 近衛騎士団団長のカッツェは、伯爵位を持つ貴族の当主だ。近衛所属の騎士たちはほとんどが貴族の家の出身で、家同士の事情や繋がりにも明るい。
 穏便に事が収まるような知恵や伝手を持っているかもしれない。
「………………」
 だが士官室の扉を開けたグレウスは、絶望のあまり無言で立ち尽くした。
 部屋の中に残っていたのは、下級事務官がたった一人。
 聞けば、団長以下全員が特殊任務で都を空けることになったらしい。
 まるでグレウスの来訪を避けるかのように、詰め所も兵舎もきれいさっぱりもぬけの殻だった。








 何の対策もとれないまま、決闘の日はやってきた。
 試合場として用意された東の中庭は、若い皇族が剣や乗馬の練習に使うために用意された広場だ。四方を壁に囲まれており、壁の周囲には背の低い植え込みなどがあるが、中央部分は芝生が敷き詰められた平坦な庭となっている。
 決闘の場に同席するのは、皇帝ディルタスと貴族院議長のコンラートの二人だった。
「オルガはどうした?」
 先に中庭にやってきた皇帝に尋ねられたが、グレウスには答えようがなかった。
 実は昨夜からオルガとは顔も合わせていないからだ。
 城から帰ってきて、なんとか決闘を回避する手段はないかと口を滑らせたところ、オルガに激怒されてしまったのだ。
 『――私のために決闘するのは馬鹿馬鹿しいか』
 ひどく据わった声で言われ、そうじゃないと慌てて弁明したが、オルガは眉を吊り上げて書斎にこもってしまった。それきり顔はおろか声一つ聞いていない。
 今朝も屋敷を出る前に書斎の扉に声を掛けたのだが、返事はなかった。
 あの会話がよもや今生の別れになりでもしたら、死んでも死にきれない。
「……うん……まぁ、その……気苦労を掛けてすまないな」
 色々と察したらしい皇帝がグレウスを慰めた。





 冬の太陽が高く上がる頃、ゼフィエル王子は十数人の従者を連れて試合場に姿を現わした。
 城の警備兵は中庭の出入り口に控えている。それを見て、自身も従者に上着を預けて待機するように命じると、そこから先は一人で進んできた。
 余程腕に自信があるのか、中のシャツやベストは先日と同じように豪奢な装飾が施されたものだ。王子らしく華やかだが、防御という面ではまったく役に立たない。
 王子は少し距離を空けて対峙すると、グレウスが身に着けた胴当てと手甲を見て、小馬鹿にしたように笑った。
「そんな安っぽい防具で、私の攻撃を防げるとでも思っているのか」
 グッと胃が重くなるのを感じながら、グレウスは剣の柄を握った。


 この剣は、使い慣れた自分の剣ではなく、今朝登城してから渡されたものだ。
 打ち合えばすぐに根元から折れるようにできているから、使い方には重々気を付けるようにと教えられた。
 防具はグレウスの愛用品だ。
 胴当ては体が大きいグレウス用に革を分厚く重ねた特別仕様で、これのおかげで夏至の爆発事故の際にも致命傷を免れている。ゼフィエル王子は火の魔法を得意とするらしいが、多少の炎ならばこれが防いでくれるだろう。
 手甲にも厚めの鉄板が仕込んであるので、斧でも振り下ろされない限りは、この手甲で上半身を十分に守ることができる。
 ゼフィエルが腰に差しているのは、先日と同じ黄金造りの細身の剣だった。
 柄が重く刃の部分は細いので、おそらくは速度重視の剣だろう。重装備ではそれに対応できないので、防具は必要最小限にとどめた。
 皇帝も議長も、グレウスが負けることを望んでいるようだが、グレウスにそのつもりはない。勝ちの目が少しでもあるのならば、とことん食い下がって戦うまでだ。
「これより、ラデナ王国ゼフィエル・ラデナ殿下と我が国のグレウス・ロア侯爵の決闘を、厳粛に執り行う!」
 朗々としたディルタスの声が中庭に響いた。

しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

白金の花嫁は将軍の希望の花

葉咲透織
BL
義妹の身代わりでボルカノ王国に嫁ぐことになったレイナール。女好きのボルカノ王は、男である彼を受け入れず、そのまま若き将軍・ジョシュアに下げ渡す。彼の屋敷で過ごすうちに、ジョシュアに惹かれていくレイナールには、ある秘密があった。 ※個人ブログにも投稿済みです。

置き去りにされたら、真実の愛が待っていました

夜乃すてら
BL
 トリーシャ・ラスヘルグは大の魔法使い嫌いである。  というのも、元婚約者の蛮行で、転移門から寒地スノーホワイトへ置き去りにされて死にかけたせいだった。  王城の司書としてひっそり暮らしているトリーシャは、ヴィタリ・ノイマンという青年と知り合いになる。心穏やかな付き合いに、次第に友人として親しくできることを喜び始める。    一方、ヴィタリ・ノイマンは焦っていた。  新任の魔法師団団長として王城に異動し、図書室でトリーシャと出会って、一目ぼれをしたのだ。問題は赴任したてで制服を着ておらず、〈枝〉も持っていなかったせいで、トリーシャがヴィタリを政務官と勘違いしたことだ。  まさかトリーシャが大の魔法使い嫌いだとは知らず、ばれてはならないと偽る覚悟を決める。    そして関係を重ねていたのに、元婚約者が現れて……?  若手の大魔法使い×トラウマ持ちの魔法使い嫌いの恋愛の行方は?

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!

ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。 「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」 なんだか義兄の様子がおかしいのですが…? このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ! ファンタジーラブコメBLです。 平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります♡ 【登場人物】 攻→ヴィルヘルム 完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが… 受→レイナード 和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。

【完結】伯爵家当主になりますので、お飾りの婚約者の僕は早く捨てて下さいね?

MEIKO
BL
【完結】そのうち番外編更新予定。伯爵家次男のマリンは、公爵家嫡男のミシェルの婚約者として一緒に過ごしているが実際はお飾りの存在だ。そんなマリンは池に落ちたショックで前世は日本人の男子で今この世界が小説の中なんだと気付いた。マズい!このままだとミシェルから婚約破棄されて路頭に迷うだけだ┉。僕はそこから前世の特技を活かしてお金を貯め、ミシェルに愛する人が現れるその日に備えだす。2年後、万全の備えと新たな朗報を得た僕は、もう婚約破棄してもらっていいんですけど?ってミシェルに告げた。なのに対象外のはずの僕に未練たらたらなの何で!? ※R対象話には『*』マーク付けますが、後半付近まで出て来ない予定です。

【完結】健康な身体に成り代わったので異世界を満喫します。

白(しろ)
BL
神様曰く、これはお節介らしい。 僕の身体は運が悪くとても脆く出来ていた。心臓の部分が。だからそろそろダメかもな、なんて思っていたある日の夢で僕は健康な身体を手に入れていた。 けれどそれは僕の身体じゃなくて、まるで天使のように綺麗な顔をした人の身体だった。 どうせ夢だ、すぐに覚めると思っていたのに夢は覚めない。それどころか感じる全てがリアルで、もしかしてこれは現実なのかもしれないと有り得ない考えに及んだとき、頭に鈴の音が響いた。 「お節介を焼くことにした。なに心配することはない。ただ、成り代わるだけさ。お前が欲しくて堪らなかった身体に」 神様らしき人の差配で、僕は僕じゃない人物として生きることになった。 これは健康な身体を手に入れた僕が、好きなように生きていくお話。 本編は三人称です。 R−18に該当するページには※を付けます。 毎日20時更新 登場人物 ラファエル・ローデン 金髪青眼の美青年。無邪気であどけなくもあるが無鉄砲で好奇心旺盛。 ある日人が変わったように活発になったことで親しい人たちを戸惑わせた。今では受け入れられている。 首筋で脈を取るのがクセ。 アルフレッド 茶髪に赤目の迫力ある男前苦労人。ラファエルの友人であり相棒。 剣の腕が立ち騎士団への入団を強く望まれていたが縛り付けられるのを嫌う性格な為断った。 神様 ガラが悪い大男。  

タチですが異世界ではじめて奪われました

BL
「異世界ではじめて奪われました」の続編となります! 読まなくてもわかるようにはなっていますが気になった方は前作も読んで頂けると嬉しいです! 俺は桐生樹。21歳。平凡な大学3年生。 2年前に兄が死んでから少し荒れた生活を送っている。 丁度2年前の同じ場所で黙祷を捧げていたとき、俺の世界は一変した。 「異世界ではじめて奪われました」の主人公の弟が主役です! もちろんハルトのその後なんかも出てきます! ちょっと捻くれた性格の弟が溺愛される王道ストーリー。

平凡な俺が魔法学校で冷たい王子様と秘密の恋を始めました

ゆなな
BL
貧しい村から魔法学校に奨学生として入学した平民出身の魔法使いであるユノは成績優秀であったので生徒会に入ることになった。しかし、生徒会のメンバーは貴族や王族の者ばかりでみなユノに冷たかった。 とりわけ生徒会長も務める美しい王族のエリートであるキリヤ・シュトレインに冷たくされたことにひどく傷付いたユノ。 だが冷たくされたその夜、学園の仮面舞踏会で危険な目にあったユノを助けてくれて甘いひと時を過ごした身分が高そうな男はどことなくキリヤ・シュトレインに似ていた。 あの冷たい男がユノにこんなに甘く優しく口づけるなんてありえない。 そしてその翌日学園で顔を合わせたキリヤは昨夜の優しい男とはやはり似ても似つかないほど冷たかった。 仮面舞踏会で出会った優しくも謎に包まれた男は冷たい王子であるキリヤだったのか、それとも別の男なのか。 全寮制の魔法学園で平民出身の平凡に見えるが努力家で健気なユノが、貧しい故郷のために努力しながらも身分違いの恋に身を焦がすお話。 性描写がある話には※印を付けてあります。 苦手な方は参考にして下さい。

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

処理中です...