愛しの妻は黒の魔王!?

ごいち

文字の大きさ
上 下
8 / 45
第一章 結婚は人生の墓場と言うが

不釣り合いな政略結婚

しおりを挟む
 皇帝は、この婚姻のために現実離れした大出世と侯爵位、離宮のような立派な邸宅をグレウスに与えた。どれ一つを取ってみても、並みならぬ待遇だ。
 裏を返せばそれは、皇帝ディルタスがそれほど強く異母弟の降嫁を望んでいたということの証明でもある。高額の持参金と引き換えにしてもいいと思うほど、彼を城から追い出したかったのだろう。
 古い慣習を排して改革を進めていこうという若き皇帝が、異母弟を居城から排除するためにその古い慣習を利用した。――皇帝を尊敬していただけに、グレウスはこのやり方が残念でならなかった。
 降嫁を受けるに相応しい人間が他にもいただろうに、どうして『無能者』の平民を選んだのかと思うと、やりきれない気持ちになる。
 誰の目にも不釣り合いな政略結婚。
 しかし、婚姻は結ばれてしまった。グレウスにとっても皇弟にとっても、今更ほかの選択肢はない。
 取り戻せない過去を惜しんでも仕方がないことはわかっている。これからのことを考えなければ。
 男同士であること。年齢の差。あまりにも大きな出自の違い――。
 何一つ釣り合わず、互いに望まぬことではあるが、グレウスと皇弟は縁あって家族となってしまったのだ。
 ここでの生活が皇弟にとっても居心地のいいものになるように、少しずつ努力していこうと、グレウスは思った。
 




 それぞれの部屋に通された後、グレウスは軽食を取り、湯を使って体を清めた。
 湯浴みを終えたグレウスのところに、ちょうど時間を見計らったように盆を掲げたマートンが訪れた。
 盆の上には小振りのグラスが載っている。中は琥珀色の液体で満たされていて、どうやら寝酒のようだ。
 初めての大邸宅で緊張して眠れないかもしれないと思っていたので、細やかな心配りがありがたかった。
「本日はお疲れでございましょう。邸内の案内は明日以降にさせていただくこととして、今宵はどうぞゆっくりと夜をお過ごしください」
「お気遣いありがとうございます。いただきます」


 礼を言ってグラスを煽る。
 喉を焼く液体を飲み干すと、グレウスがグラスを返すのを待って、白髪の執事は穏やかな様子で口を開いた。
「旦那さま。わたくしにそのような丁寧なお言葉遣いは不要にございます」
 穏やかだが、毅然とした話しぶりだった。
「旦那様はこの屋敷の主にして、侯爵家当主。そして降嫁されたオルガさまの夫君にございます。下の者にも示しがつきませんので、どうぞ相応しいお振舞いをお願いいたします」
 物言いは柔らかだったが、要するに使用人相手にへりくだった態度を取るなと言うことらしい。
 上品な老執事に偉そうな口を利くのは抵抗があるが、グレウスの評判は、嫁いできた皇弟の体面にも関わる。噂になった時に嗤われるのは、グレウスよりもむしろ皇弟の方だろう。
 たとえ付け焼刃であっても、それらしい態度を身につける必要があることは理解できた。
「んん……教えてくれてありがとう、マートン。まだ慣れないが、努力する」
 考えながら答えると、執事は皺深い顔に笑みを浮かべて一礼した。
「では寝室にご案内を」


 初めて足を踏み入れた自分の屋敷は、グレウスにとっては迷子になりそうなほど広く思えた。
 あちこちに絵や花、彫刻などが飾られていて調度品も多く、まさに離宮のようだ。掃除にも手入れにも手間がかかるに違いない。
 夜遅いせいか、さっきから使用人はマートンしか見かけないが、他にも大勢いるのだろう。彼らの顔と名前も少しずつ憶えていかなければいけない。
 貴族の当主が当主らしく扱われるには、それなりの接し方が必要だとカッツェからも聞かされていた。マートンから学ぶことも多いだろう。
 前を行く執事は、長年皇族に仕えてきた熟練の執事だと聞いている。
 初めて城で顔合わせをした時に、ずいぶんな高齢に思えたので歳を尋ねたが、年齢不詳ですよと笑ってはぐらかされた。確かに年齢を気にする必要はないほど、頭も体もしっかりしているようだ。
 湯浴みに使った部屋と寝室は、少し離れていた。静まり返った廊下を歩く足取りはしゃんとしていて、むしろ寝酒を飲んだグレウスの方がふらついているかもしれない。
 歩いているうちに先程の酒が回ったようで、体が火照ってきていた。


「こちらでございます」
 マートンが案内する寝室は、広い階段を上った先の二階にあった。屋敷全体でも一番奥に位置しているようだ。
 扉を開きながら、執事は言った。
「明日はお休みと伺っております。御用の際には呼び鈴でお呼びください。食事はこちらへご用意いたしますので、何時でもお目覚めの時で結構でございます」
「ありがとう」
 暗に昼まで寝ていても良いのだと言われて、グレウスは心遣いに感謝した。食事の作法に自信がなかったので、食堂で皇弟と顔を合わせずに済みそうなこともありがたい。
 騎士団からは五日間の新婚休暇を貰っている。
 その間に皇弟との接し方を学びつつ、最低限の礼儀作法を身につけられればいいのだが。
「……どうぞ、お励みくださいませ」
 おやすみ、と言おうとしたグレウスの後ろで扉は静かに閉じられた。
 貴族の屋敷では眠ることを『励む』と言うのかと可笑しくなって、グレウスは少し笑ったのだが――。


 老執事の言葉が意味するところは、すぐに判明した。
 大きな寝台が据えられた部屋の中に、大聖堂で誓い合った相手が待っていたからだ。


しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

白金の花嫁は将軍の希望の花

葉咲透織
BL
義妹の身代わりでボルカノ王国に嫁ぐことになったレイナール。女好きのボルカノ王は、男である彼を受け入れず、そのまま若き将軍・ジョシュアに下げ渡す。彼の屋敷で過ごすうちに、ジョシュアに惹かれていくレイナールには、ある秘密があった。 ※個人ブログにも投稿済みです。

置き去りにされたら、真実の愛が待っていました

夜乃すてら
BL
 トリーシャ・ラスヘルグは大の魔法使い嫌いである。  というのも、元婚約者の蛮行で、転移門から寒地スノーホワイトへ置き去りにされて死にかけたせいだった。  王城の司書としてひっそり暮らしているトリーシャは、ヴィタリ・ノイマンという青年と知り合いになる。心穏やかな付き合いに、次第に友人として親しくできることを喜び始める。    一方、ヴィタリ・ノイマンは焦っていた。  新任の魔法師団団長として王城に異動し、図書室でトリーシャと出会って、一目ぼれをしたのだ。問題は赴任したてで制服を着ておらず、〈枝〉も持っていなかったせいで、トリーシャがヴィタリを政務官と勘違いしたことだ。  まさかトリーシャが大の魔法使い嫌いだとは知らず、ばれてはならないと偽る覚悟を決める。    そして関係を重ねていたのに、元婚約者が現れて……?  若手の大魔法使い×トラウマ持ちの魔法使い嫌いの恋愛の行方は?

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!

ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。 「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」 なんだか義兄の様子がおかしいのですが…? このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ! ファンタジーラブコメBLです。 平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります♡ 【登場人物】 攻→ヴィルヘルム 完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが… 受→レイナード 和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。

【完結】伯爵家当主になりますので、お飾りの婚約者の僕は早く捨てて下さいね?

MEIKO
BL
【完結】そのうち番外編更新予定。伯爵家次男のマリンは、公爵家嫡男のミシェルの婚約者として一緒に過ごしているが実際はお飾りの存在だ。そんなマリンは池に落ちたショックで前世は日本人の男子で今この世界が小説の中なんだと気付いた。マズい!このままだとミシェルから婚約破棄されて路頭に迷うだけだ┉。僕はそこから前世の特技を活かしてお金を貯め、ミシェルに愛する人が現れるその日に備えだす。2年後、万全の備えと新たな朗報を得た僕は、もう婚約破棄してもらっていいんですけど?ってミシェルに告げた。なのに対象外のはずの僕に未練たらたらなの何で!? ※R対象話には『*』マーク付けますが、後半付近まで出て来ない予定です。

【完結】健康な身体に成り代わったので異世界を満喫します。

白(しろ)
BL
神様曰く、これはお節介らしい。 僕の身体は運が悪くとても脆く出来ていた。心臓の部分が。だからそろそろダメかもな、なんて思っていたある日の夢で僕は健康な身体を手に入れていた。 けれどそれは僕の身体じゃなくて、まるで天使のように綺麗な顔をした人の身体だった。 どうせ夢だ、すぐに覚めると思っていたのに夢は覚めない。それどころか感じる全てがリアルで、もしかしてこれは現実なのかもしれないと有り得ない考えに及んだとき、頭に鈴の音が響いた。 「お節介を焼くことにした。なに心配することはない。ただ、成り代わるだけさ。お前が欲しくて堪らなかった身体に」 神様らしき人の差配で、僕は僕じゃない人物として生きることになった。 これは健康な身体を手に入れた僕が、好きなように生きていくお話。 本編は三人称です。 R−18に該当するページには※を付けます。 毎日20時更新 登場人物 ラファエル・ローデン 金髪青眼の美青年。無邪気であどけなくもあるが無鉄砲で好奇心旺盛。 ある日人が変わったように活発になったことで親しい人たちを戸惑わせた。今では受け入れられている。 首筋で脈を取るのがクセ。 アルフレッド 茶髪に赤目の迫力ある男前苦労人。ラファエルの友人であり相棒。 剣の腕が立ち騎士団への入団を強く望まれていたが縛り付けられるのを嫌う性格な為断った。 神様 ガラが悪い大男。  

タチですが異世界ではじめて奪われました

BL
「異世界ではじめて奪われました」の続編となります! 読まなくてもわかるようにはなっていますが気になった方は前作も読んで頂けると嬉しいです! 俺は桐生樹。21歳。平凡な大学3年生。 2年前に兄が死んでから少し荒れた生活を送っている。 丁度2年前の同じ場所で黙祷を捧げていたとき、俺の世界は一変した。 「異世界ではじめて奪われました」の主人公の弟が主役です! もちろんハルトのその後なんかも出てきます! ちょっと捻くれた性格の弟が溺愛される王道ストーリー。

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

前世が飼い猫だったので、今世もちゃんと飼って下さい

夜鳥すぱり
BL
黒猫のニャリスは、騎士のラクロア(20)の家の飼い猫。とってもとっても、飼い主のラクロアのことが大好きで、いつも一緒に過ごしていました。ある寒い日、メイドが何か怪しげな液体をラクロアが飲むワインへ入れています。ニャリスは、ラクロアに飲まないように訴えるが…… ◆いつもハート、エール、しおりをありがとうございます。冒頭暗いのに耐えて読んでくれてありがとうございました。いつもながら感謝です。

処理中です...