愛しの妻は黒の魔王!?

ごいち

文字の大きさ
上 下
3 / 45
第一章 結婚は人生の墓場と言うが

褒賞は『臣籍降嫁』

しおりを挟む
 謁見の間では戦争絡みの深刻な話が出るのではないかと、団長ともども怖れ戦きながらやってきたのだが――。
「ははぁ……そなたがグレウスか……!」
 石造りの床に膝を突くグレウスを見て、皇帝ディルタスは喜色満面と言った様子で声をあげた。
 畏まって跪くグレウスに顔を上げさせると、上座の椅子から身を乗り出すようにして、好奇心も剥き出しに眺めてくる。仕方なく、グレウスも高い位置から見下ろしてくるディルタスを見返した。


 三年前に即位した現皇帝ディルタスは、今もまだ三十代半ばという若さだ。
 どうやらあまり落ち着きのない人柄のようだが、アスファロス随一の魔導師であることは広く知られている。
 というのも、この国では当代一の魔力を持つ皇子が、次の皇帝となる習わしだからだ。


 偉大なる建国の魔導皇アスファロトは、エルフの血を引いていたと言われている。
 エルフと言えば、現代では伝説の中にしか存在しない、失われた民だ。
 明るい金や銀の髪に、澄み渡った青や緑の瞳。
 すらりとした長い手足と長身を持ち、寿命は今の人間たちよりずっと長かったと語られている。
 魔導皇に率いられたエルフたちは強大な魔法を操り、大陸を支配していた魔王とその眷属である黒い竜を打ち滅ぼした。
 そして神聖なるアスファロスを築き上げたのだという伝説が残されている。


 皇帝ディルタスは、その伝説のエルフの血を濃く継いだらしい。
 柔らかな金の髪に青い瞳。穏やかに整った顔。
 身の内に秘めた魔力は膨大で、皇位継承者の最終選抜では選定の宝玉が眩しいほどに光り輝いたと言われている。
 間近で拝謁したことのなかったグレウスは、皇帝はさぞかし威厳溢れる人物だろうと想像を膨らませていたのだが、どうやら少々違ったらしい。
「それにしても、そなたは体が大きいな。力も強そうだ。騎士団では『灰色熊』と呼ばれているそうだな?」
 感心したように語り掛けてくる声には親しみが感じられた。
 偉大な魔導師だというのに、身分の上下をあまり気に留めない性格なのかもしれない。興味津々といった表情にも愛嬌がある。
 人好きのする笑顔に、ついつい同僚と話すような言葉を返してしまいそうで、なんと返事していいのかわからなかった。
 戸惑うグレウスの代わりに、同席している騎士団長のカッツェが皇帝の言葉に応えた。
「グレウスは近衛騎士団随一の体格の持ち主です。見た目通り力が強いだけでなく、剣技にも優れており、また忠誠心も非常に篤い優秀な騎士です」
「そうか。それは素晴らしい」
 手放しで褒めてくれる言葉に、グレウスは緩みそうな口を真一文字に結んだ。
 カッツェと直接話したことは多くはないが、意外と自分のことを見ていてくれたらしい。
 上官に恵まれた幸運を噛み締めながら、グレウスは短く謝辞を述べた。


 若き皇帝ディルタスは、優れた君主として広く知られている。
 グレウスのような一介の騎士にも、新しい皇帝を褒め称える言葉は色々なところから耳に入る。
 ディルタスは、自身が優れた魔導師であるにも関わらず、魔力を持たない民にも目を向けてくれる皇帝だ。
 魔力を持たない平民たちが暮らすのに困らないよう、さまざまな経済政策が取られているし、産業を発展させようと周辺国からの技術者の招聘にも積極的だ。城下の街には国からの支援で、いくつかの新しい工房と学校が建設されようとしている。
 誉れ高い近衛騎士団に平民のグレウスが配属を許されたのも、考えてみればディルタスが即位してからのことだった。
 今までの皇帝は、魔力を持つ皇室や貴族の血統を守ることにばかり固執していた。
 だが、ディルタスの施策からは、魔力を持つ者も持たない者も、すべての民が一丸となって国を支えていくのだという意気込みが感じられる。
 即位して僅か三年だが、少なくとも街の顔馴染みでディルタスの治世に不満を漏らす者はいない。


 治世の在り方とは別に、グレウスが現皇帝に好感を抱く理由はもう一つあった。
 この国では偉大なる魔導皇の血を残すべく、皇帝は複数の側室を持つことが伝統だ。
 だがディルタスは皇太子時代に迎えた妃以外に、一人の側室も持たない。噂によると大変な愛妻家らしく、皇帝妃はすでに五人の皇子皇女に恵まれ、教育にも熱心らしい。
 グレウスの両親も仲睦まじく暮らしているので、皇帝が自身の家族を大切にしているという話は親しみが持てた。
 貴族社会では伝統を守らないことに批判もあると聞くので、周囲の言葉に流されずに自分を貫くのは、きっと大変なことだろう。柔和な笑みの裏に、計り知れない努力があるに違いない。
 そんな皇帝に仕えられることを、グレウスは内心誇りに思っていた。
「ときにグレウス」
 グレウスの思いを知ってか知らずか、ディルタスが話題を変えた。
「そなた、結婚を考えている相手はいるのか?」
「えっ!?」
 突然思いもしない方向に話を振られて、グレウスの口から上擦った声が漏れた。


「え、ええ……と」
 グレウスは言葉を詰まらせた。


 グレウスは今年二十六歳になる、いたって健康な若者だ。
 平民の出身で、父親は城下の街で家業の鍛冶屋を営んでいる。
 髪は灰色、目は薄い青。顔立ちは少々厳ついが、男臭く精悍な顔だと言えなくもない。
 だが残念なことに、女にはまるっきりモテた試しがない。
 灰色熊のあだ名の通り、分厚い筋肉に覆われた巨体が一番の原因だ。大抵の女はグレウスの胸のあたりに頭があり、そもそも視線が合いもしない。
 その上、夏至の事件で顔に火傷を負ったせいで、凶悪度にはさらに磨きがかかっている。
 こんな男と結婚してくれるような度量のある女は、国中を探してもいないかもしれない。


「……いえ、そういう話はまったく……」
 正直に打ち明けると、斜め前に膝を突いていた騎士団長のカッツェが、不憫なものを見るような目で振り返った。いたたまれない雰囲気だ。
 そんな微妙な空気を打ち破るように、皇帝が声を張り上げた。
「そうか、それは重畳!」


 『重畳』じゃないと、思わず反論しそうになった。
 健康な男が二十六にもなって、まったく女っ気がないことが喜ばしいはずもない。二つ年下の弟でさえ、去年可愛い嫁さんを迎えている。本当はグレウスも、そろそろ結婚を考えられる相手が欲しかった。
 しかし娼館の女さえ、グレウスの体躯を見ると怯えて寄ってこないのだから、まともな女が寄り付くはずもない。
 このまま自分だけが、一生誰とも添い遂げずに歳をとっていくのかもしれない……。


 ――そんな暗い想像をよぎらせるグレウスに、ディルタスはにやりと笑って言った。
「勇猛なる騎士グレウス・ロアよ。褒賞として、そなたに臣籍降嫁を許そう。我が弟を妻として娶るがいい」
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

白金の花嫁は将軍の希望の花

葉咲透織
BL
義妹の身代わりでボルカノ王国に嫁ぐことになったレイナール。女好きのボルカノ王は、男である彼を受け入れず、そのまま若き将軍・ジョシュアに下げ渡す。彼の屋敷で過ごすうちに、ジョシュアに惹かれていくレイナールには、ある秘密があった。 ※個人ブログにも投稿済みです。

【完結】生まれ変わってもΩの俺は二度目の人生でキセキを起こす!

天白
BL
【あらすじ】バース性診断にてΩと判明した青年・田井中圭介は将来を悲観し、生きる意味を見出せずにいた。そんな圭介を憐れに思った曾祖父の陸郎が彼と家族を引き離すように命じ、圭介は父から紹介されたαの男・里中宗佑の下へ預けられることになる。 顔も見知らぬ男の下へ行くことをしぶしぶ承諾した圭介だったが、陸郎の危篤に何かが目覚めてしまったのか、前世の記憶が甦った。 「田井中圭介。十八歳。Ω。それから現当主である田井中陸郎の母であり、今日まで田井中家で語り継がれてきただろう、不幸で不憫でかわいそ~なΩこと田井中恵の生まれ変わりだ。改めてよろしくな!」 これは肝っ玉母ちゃん(♂)だった前世の記憶を持ちつつも獣人が苦手なΩの青年と、紳士で一途なスパダリ獣人αが小さなキセキを起こすまでのお話。 ※オメガバースもの。拙作「生まれ変わりΩはキセキを起こす」のリメイク作品です。登場人物の設定、文体、内容等が大きく変わっております。アルファポリス版としてお楽しみください。

置き去りにされたら、真実の愛が待っていました

夜乃すてら
BL
 トリーシャ・ラスヘルグは大の魔法使い嫌いである。  というのも、元婚約者の蛮行で、転移門から寒地スノーホワイトへ置き去りにされて死にかけたせいだった。  王城の司書としてひっそり暮らしているトリーシャは、ヴィタリ・ノイマンという青年と知り合いになる。心穏やかな付き合いに、次第に友人として親しくできることを喜び始める。    一方、ヴィタリ・ノイマンは焦っていた。  新任の魔法師団団長として王城に異動し、図書室でトリーシャと出会って、一目ぼれをしたのだ。問題は赴任したてで制服を着ておらず、〈枝〉も持っていなかったせいで、トリーシャがヴィタリを政務官と勘違いしたことだ。  まさかトリーシャが大の魔法使い嫌いだとは知らず、ばれてはならないと偽る覚悟を決める。    そして関係を重ねていたのに、元婚約者が現れて……?  若手の大魔法使い×トラウマ持ちの魔法使い嫌いの恋愛の行方は?

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!

ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。 「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」 なんだか義兄の様子がおかしいのですが…? このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ! ファンタジーラブコメBLです。 平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります♡ 【登場人物】 攻→ヴィルヘルム 完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが… 受→レイナード 和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。

【完結】伯爵家当主になりますので、お飾りの婚約者の僕は早く捨てて下さいね?

MEIKO
BL
【完結】そのうち番外編更新予定。伯爵家次男のマリンは、公爵家嫡男のミシェルの婚約者として一緒に過ごしているが実際はお飾りの存在だ。そんなマリンは池に落ちたショックで前世は日本人の男子で今この世界が小説の中なんだと気付いた。マズい!このままだとミシェルから婚約破棄されて路頭に迷うだけだ┉。僕はそこから前世の特技を活かしてお金を貯め、ミシェルに愛する人が現れるその日に備えだす。2年後、万全の備えと新たな朗報を得た僕は、もう婚約破棄してもらっていいんですけど?ってミシェルに告げた。なのに対象外のはずの僕に未練たらたらなの何で!? ※R対象話には『*』マーク付けますが、後半付近まで出て来ない予定です。

【完結】健康な身体に成り代わったので異世界を満喫します。

白(しろ)
BL
神様曰く、これはお節介らしい。 僕の身体は運が悪くとても脆く出来ていた。心臓の部分が。だからそろそろダメかもな、なんて思っていたある日の夢で僕は健康な身体を手に入れていた。 けれどそれは僕の身体じゃなくて、まるで天使のように綺麗な顔をした人の身体だった。 どうせ夢だ、すぐに覚めると思っていたのに夢は覚めない。それどころか感じる全てがリアルで、もしかしてこれは現実なのかもしれないと有り得ない考えに及んだとき、頭に鈴の音が響いた。 「お節介を焼くことにした。なに心配することはない。ただ、成り代わるだけさ。お前が欲しくて堪らなかった身体に」 神様らしき人の差配で、僕は僕じゃない人物として生きることになった。 これは健康な身体を手に入れた僕が、好きなように生きていくお話。 本編は三人称です。 R−18に該当するページには※を付けます。 毎日20時更新 登場人物 ラファエル・ローデン 金髪青眼の美青年。無邪気であどけなくもあるが無鉄砲で好奇心旺盛。 ある日人が変わったように活発になったことで親しい人たちを戸惑わせた。今では受け入れられている。 首筋で脈を取るのがクセ。 アルフレッド 茶髪に赤目の迫力ある男前苦労人。ラファエルの友人であり相棒。 剣の腕が立ち騎士団への入団を強く望まれていたが縛り付けられるのを嫌う性格な為断った。 神様 ガラが悪い大男。  

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

前世が飼い猫だったので、今世もちゃんと飼って下さい

夜鳥すぱり
BL
黒猫のニャリスは、騎士のラクロア(20)の家の飼い猫。とってもとっても、飼い主のラクロアのことが大好きで、いつも一緒に過ごしていました。ある寒い日、メイドが何か怪しげな液体をラクロアが飲むワインへ入れています。ニャリスは、ラクロアに飲まないように訴えるが…… ◆いつもハート、エール、しおりをありがとうございます。冒頭暗いのに耐えて読んでくれてありがとうございました。いつもながら感謝です。

処理中です...