愛しの妻は黒の魔王!?

ごいち

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第一章 結婚は人生の墓場と言うが

皇弟の望み

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 ある山の獣道、一本の筋を作った血の跡を追うと、小さな子どもが大人の体を木に括り付けていた。

 夜の山にこだまするのは、大人の悲痛な叫び。

 大人はこの一帯を縄張りにする賊の一人であり、山中を一人で歩いていた子どもを襲い、返り討ちにされたのだった。

「うがぁあ!」
「指、指、指って言ったら指切りげんまんだね。あっそうか、指全部落としちゃったんだっけ。これじゃ無理だね」

 子どもは顔に血を浴びつつも、不気味な笑みを浮かべた。

 そんな子どもに、大人は助けを乞うた。

「た、たすけ、たす」
「うーん、もういいや、次、腕」

 子どもはその願いを聞くことなく、持っていた小刀で大人の腕を躊躇なく切り落とした。

「うがぁぁぁああ! やめっ、やめろぉぉぉお! もうやめてくれぇぇえ!」
「勿体無いけど、腕をもいじゃうね」

 子どもは腕を完全に切り落とさず、体と少し身がくっついた状態で引きちぎった。

 腕を引きちぎられた大人は絶叫し、痛みに涙を流して失禁する。

「あぁぁぁああ!」
「うーん、飽きちゃった。それじゃあ、ばいばーい」

 子どもは大人の喉に小刀を突き刺し、息絶えたことを確認する。

「………」
「もっと強い人と戦いたいなぁ」

 
 ◇


 迦ノ国と皇国の国境、とある山中。

 迦ノ国との交渉がひと段落つき、俺は皇国に向けての帰路についていた。途中で出会った商人連中達と共に、道中の護衛も兼ねて街道を進んでいた。

 街道を進むうちに霧が濃くなりつつあった。小夜へのお土産もある以上、帰りが遅くなるのは避けたいが。

「随分遅くなっちまったな。霧まで出てくるったぁ、ツイてねぇな」
「この辺りで霧なんて滅多にでないんだがなぁ」

 馬車の荷台から手綱を握る商人に話しかける。その隣に座っていた商人が、妙な噂話を話し始めた。

「そういえば、最近迦ノ国で連続して殺しが起きているらしいな」
「あぁ、あれだろ。何でも生きたまんま身体を解体して、苦しませてから殺すってやつか」
「おっかねぇなぁ。それ本当の話かよ?」
「あぁ、俺は殺されたやつを見たことがある。本当にバラバラだった。あの所為で、食った飯吐いちまったよ」

 商人たちが身体を震えさせる。

「そう言えば、殺しがあった時、こんな感じで霧が出ていたらしい」
「霧、か…」

 すると、馬車が急に止まる。商人が手綱を引いて止めたわけではなく、馬が自らの意思でその歩みを止めたのだ。

「どうした?」
「誰か倒れてやがる。行き倒れか?」

 よく見ると、道を塞ぐように黒い装束を着た誰かが倒れていた。俺は若い商人と共に馬車を降り、行き倒れに近寄った。

 身なりと背丈からして、子どもだろう。

「子どもか?」
「おい君、大丈夫か?」

 若い商人が行き倒れに手を差し出そうとした瞬間だった。

「ッ⁉︎」

 直感で違和感を感じた俺が商人の手を引き戻そうとするが、時すでに遅し、突然仰向けになったそいつが小刀を抜き出し、商人が差し出した右手を文字通り切り刻んだ。

「ぎゃぁあああ! 手、 手ぇ! 手がぁ!」
「てめぇ何しやがる!」

 一瞬の判断から居合いで斬りかかるが、黒装束は飛び上がり、人間とは思えないほどの超人的な動きで斬撃を交わす。

「なっ!?」

 黒装束は攻撃をかわすと、一瞬のうちに姿を消す。俺は振り返り、まだ手綱を握る商人に逃げろと促す。

「何をしてるんだ、早く逃げ…」

 目に映ったのは、首を切り落とされ、力なく馬車から崩れ落ちる商人の姿。

 おびただしい血に染められた荷台に立っていたのは、血塗られた二本の小刀を持つ小さな影だった。

「あはっ、あはははっ!」
「何てこった…」

 声や風体から、恐らくまだ幼い女の子だろう。もしかすれば、小夜よりも幼い子どもかもしれない。

 黒装束の影から覗く赤い瞳が、俺をギロリと睨みつける。

「お兄さん。お兄さんはすぐに壊れない?」
「何を言ッ!?」

 俺は刀を構え双剣の斬撃を受け止める。小さな身体から繰り出されたとは思えないほど、重く鋭い一撃だ。

 霧が深く、気配を察知することができない。突然襲いかかる少女の攻撃を、俺は必死で防ぐことしかできない。

「あははっ、お兄さん強いね!」
「そうか。褒めてくれてるなら嬉しいね」
「中々やるね。ねぇねぇ、お兄さんの名前、教えて」
「右京だ。嬢ちゃん、名前は?」
「私の名前?」
「あぁ」
「私に名前なんてないよ。ただの普通の女の子だね!」

 少女はそう言って霧の中へと消えていく。すると、あれほど濃かった霧がみるみるうちに晴れていく。

「本気で俺を殺しに来る女のどこが普通の女の子か聞きたいぜ…。名無しの暗殺者、名無しか。さしずめ無名と言ったところか…うくっ!?」 

 右腕から血が滴り落ちる。それにしても、何て強さだ…早く城へ戻ろう。

 何故か、とてつもなく嫌な予感がする。


 ◇


 都の案内を終えた私は、ユーリと共に城の天守閣で杯を傾けていた。ここからは都が一望でき、お酒を飲むには絶好の場所であった。

「綺麗ですね」

 私の対面でお酒を飲むユーリは、月夜の下で未だに光を放ち、眠る様子のない都を見てそう呟く。

「あなたは良き皇です。民が何かに怯えることなく、日々の生活を営んでいる事が何よりも証拠です」
「私はただ、自分の感情に任せて動いただけです。それがいつしか、国を打倒し、新たな国を築き、私は皇となった。誇るよりかは寧ろ、地に獄門があるなら私はそこへ堕ちるでしょうね」

 全ては私の一言から始まったのだ。結果がどうであれ、多くの人々を犠牲にしたのは言い逃れが出来ない。

「皇たる者、気に病む事はありませんわ。それよりも自分を誇ってください。理由はどうであれ、あなたは民を救ったのですから」

 戦を引き起こし、多くの犠牲を出したことよりも、民を救った事を誇るか。

 胸を張ってそう言えるのは、まだまだ先かも知れない。

「公式な場ではありませんが、神居古潭は貴国とは格別な友好関係を築くことをお約束します。大御神様の名の下に、貴国と貴国の民に祝福があらんことを」

 ユーリと別れた後、私は自室へと戻る事にした。あまり飲んでいないが、お酒のせいで少しふらついてしまう。

「ふぅ…」

 明日はユーリとの本格的な会談を控えている。今日はもう寝るとしよう。

「ッ!?」

 殺気を感じるのが、人生でこれが初めてだった。本能が警鐘を鳴らし、思わず身体を翻して帯に差していた鉄扇を投げつける。

 キィンという金属音が鳴り響き、不意の攻撃を受け思わず後ろに倒れてしまう。

「きゃあっ!?」
「あはっ、お姉さん凄いね!」
「だ、誰ッ!?」

 辺りを見渡すと、四つ足の机の上に誰かが立っていた。それは、黒い装束に身を包む小さな影だった。

「首を落としたと思ったけど、残念」
「何者ッ!? どこから忍び込んだの!」
「どこからって、ずっと後ろにいたよ?」
「う、後ろに!?」

 その瞬間、背筋が凍りつく。

 一体いつから?

 廊下を歩いていた時、ユーリとお酒を飲んでいた時、都で甘味を食べていた時…。

 言いようのない恐怖が、私の身体を侵食する。脚がガタガタと震え、呼吸が乱れ始める。

「怖いの? ねぇ、怖いのお姉さん?」
「い、嫌…」
「大丈夫、他の人と違ってすぐに殺してあげるから」

 影がふた振りの小刀を構えて迫ってくる。

 私は恐怖で目を瞑り、覚悟を決める。

「遅くなってすまない、瑞穂」

 目を開けると、そこには御剣がいた。刀を構え、謎の暗殺者から私を守ってくれた。

「斬られちゃった」

 御剣は切り傷を確認する暗殺者から目を逸らさず、背中で語りかけてくれた。

「怪我はないか、瑞穂?」
「だ、大丈夫よ」
「なんなんだこいつは…」

 御剣の攻撃で黒い装束が切り裂かれ、小さな少女の姿が露わになった。驚いたのが、少女の頰には御剣と同じ呪詛痕があった。


 ◇


 目の前にいるのは、明らかに異様な風体の少女だ。

 特に目を疑ったのは、少女の左頰には俺と同じ呪詛痕が刻まれていた。

「貴様ッ、どこの手の者だ!?」
「手? 手ならここにあるよお兄さん」

 少女は戯けた表情で手をひらひらさせる。

「ふざけてるのか貴様!誰に刃を向けたか分かっているのか!」
「知らないよ。そこのお姉さんから強い人の匂いがしたから襲ったの。でも、お兄さんからはもっと、もっともっともーっと強い匂いがするね」

 只者じゃない、一瞬でも油断すれば殺される。

 身体中に緊張が走った。

「お兄さん、あそぼ?」

 不敵な笑みを浮かべた少女は、六本の苦無を投げつけてくる。

「ッ!?」

 二本は躱し、二本は叩き落としたが、瑞穂に向かっていった二本を身体を呈して受け止める。

「御剣!?」

 苦無が両足に刺さった状態ではあるが、痛みを我慢して斬り込む。しかし、手傷を負った足のせいで少女の動きに追いつけない。こちらの攻撃は全て躱される。

「速いッ!」
「あれあれ、お兄さん足大丈夫?」

 悔しいが、今のままではこの少女に勝てない。諦め掛けていたその時、騒ぎを聞きつけた仁たちが駆けつけてくれた。

「御剣、これは一体!?」
「気をつけろ! そいつはやばい!」

 仁たちに斬りかかるが、人数の差で状況は不利になっていく。

「うーん、これじゃあ勝てないや」

 少女はそう言い、床になにかを叩きつける。

「煙幕か!?」
「楽しかったよお兄さん達、また遊んでね!」

 煙が晴れると、そこにはあの少女はいなかった。

「衛兵は場内をくまなく探しなさい。見つけても、絶対に一人で対処せず私たちを呼ぶ事。よろしいですね!?」

 仁が衛兵達に指示をする。その様子を見て気を緩めると、両足から激痛が走った。

「うくッ…」
「大丈夫、御剣!?」
「すまん、油断した…」

 刀を杖代わりにして両膝をつく。幸い毒は塗られておらず、刺さった場所も重傷には至っていない。

 ただ、痛い。

 瑞穂が足に刺さった苦無を引き抜き、戸棚から薬品を取り出して応急処置を施してくれる。

「痛ッ」
「少し我慢しなさい。これでよしと…」

 両足に包帯を巻き付け、血を止血する。

「あぁ、怖かった…」

 処置を終えて緊張がなくなった瑞穂は、腰を床に下ろして座り込む。

「瑞穂、あいつは一体何者だ?」
「私も知らないわ。部屋に入った途端急に襲われたから」

 辺りを確認していた仁が問いかける。

「聖上、何か心当たりは?」
「ないけど。あの子、ずっと後ろにいたって言ってたわ。怖すぎて鳥肌が立ったもの」

 瑞穂はそう言って、床に落ちていた鉄扇を拾い上げた。この扇が鉄製でなかったら、恐らく首を突き刺されていただろう。

「ユーリ達は?」
「リュウとローズが護衛してる。二人の実力なら問題ないだろう」
「そう。今、神居古潭側に何かあれば私たちの立場が危うくなる。小夜や千代は?」
「二人には可憐姉さんがついてる」
「聖上、しばらくは警戒を強めたほうがよろしいかと。検非違使には都での巡邏を強化させ、民には夜の外出を自粛させます」
「そうね。出来れば兵士も可能な限り動員して」

 謎の暗殺者の襲撃の後、迦ノ国から戻ってきた右京から、外交の結果と暗殺者についての報告を受けた。

 無名、右京がそう名付けた名無しの暗殺者、警戒するに越したことはない。


 ◇


 昨晩の襲撃から一夜明けるが、まだあの時の状況が頭から離れない。

 そんな私の心配とは裏腹に、神居古潭との会談は滞りなく進んだ。結果、神居古潭は私を新たな国の皇として認め、国規模で良好な関係を築く事で合意した。

 しかし、今回の結果は皇国に、強いては私に課せられた山積みの問題の一つを一つ解消したにすぎない。

 そこで私は、部屋に国の顔役たちを集めた。

「あの子の頰、確かに呪詛痕があったわ…」
「分からない…」
「何?」
「瑞穂はおかしいと思わないのか? あんな小さな子が、誰の指図も受けずに殺しをしているんだ」
「裏で誰かが手を引いているってこと?」
「そう考えた方が合点がいく。皇国はまだ始まったばかりだ。緋ノ国を打ち破り、新たに建国した国をよく思わない勢力もいるはずだ。それに、襲撃してきたのは神居古潭の人間が滞在している時だ」
「純粋に自分の意思に従っているだけじゃないの?」
「そう言う輩は子どもの純粋さに漬け込むんだ。当の本人は訳も分からず殺しを強制され、それが悪だとは思っていない」

 もし、御剣の言うことが事実であるなら、私は絶対にそいつを許せない。

「ねぇ、仁。暗殺者って夜、もしくは右京の言ってたように霧が出ている時に出るのよね?」
「暗殺者にとって自らに有利な状況ですから。夜は人の動きを鈍らせ、霧は己の姿を消してしまいます」
「そういう人間は、相手から逆に襲われる事には慣れていないものだ」
「瑞穂、どうするつもりなんだ?」
「こちらから動いてやろうと思ったの。私の首を狙う絶好の機会に、襲ってきたのはあの子ひとり。相手は単独と考えていいわ」

 仮に裏で手を引いている者がいれば炙り出し、そうでなければ暗殺者のみの対応をする。

「いくらなんでも、それを決めつけるのは早計過ぎじゃないか?」
「問題の芽は早いうちに摘んでおくべきよ。後回しにしていたら、逆にこっちが追い詰められる」

 ならば、早いうちに行動を起こし、こちらが相手を追い込めばいい。

「はっきり言うと、この大切な時期にこんな事で貴重な時間をとってられないの。私達にはやるべきことがたくさんある」
「聖上の言う通りよ」
「今夜、私の予想だともう一度襲撃があるわ。いえ、彼女の性格からして、成功するまで何度もやるでしょうね。そこでだけど、私が囮になって城の地下に彼女を誘導、退路を絶った上で全員で相手をする」
「おいおい、あんた囮になるつもりか?」
「無論、危険も承知の上よ」
「瑞穂、俺はその作戦には反対だ。それでも実行すると言うのなら条件が一つある。俺が護衛をする」
「それなら許してくれる?」
「あぁ」

 私は両手を叩く。

「決まりね。それじゃ、始めましょうか」

 今夜、私たちと暗殺者との戦いが始まる。
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