愛しの妻は黒の魔王!?

ごいち

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第一章 結婚は人生の墓場と言うが

魔法大国アスファロス

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「そういえばですね、魔王様」

 どうした側近よ。

「我々の目的って、なんでしたっけ?」

 何ってそりゃ、人間の国を征服することだろう。
 そのために、最大の障害である勇者の弱点を探しているんのではないか。

「ええ、その通りです。
 その通りなんですが――」

 どうした?
 言いたいことがあるならはっきり言え。

「――勇者の弱点、もう見つかってませんか?」

 え、マジで!?
 なになに、側近、もう見つけちゃったの?
 凄いなお前!!

「え、ええ、それは――」

 ――待て。

「はい?」

 お前が弱点ソレを言い出す前に一つ釘を刺しておくが……
 “女性関連”で勇者を攻めるのは……無しだ!

「うっ!?」

 ……やはりそれを考えておったか。

「確かに、私もこの方法が恥ずべき手段であるとは思っています。
 しかし、打倒勇者の大義の前では――」

 馬鹿者!

「はっ、はいっ!!」

 いいか……勇者は敵だ。
 我々魔王軍にとって、最大の敵であろう。

「仰る通りで」

 敵であるのであれば――敬意を払わねばならぬ。
 我々を脅かすほどの者を、貶めるような真似をしてはならぬのだ。

「お、おお、なるほど!
 魔王様の御慧眼に、私、心が洗われました!」

 うむうむ。

「では、“勇者に美女をあてがい、篭絡させる”という作戦は没にしておきましょう」

 …………。

「――魔王様?」

 いや……まだ捨てる必要もないのではないかな?

「え?」

 いやいやいやいや、使うつもりなんて全然ないよ?
 でもね、一応保険というかなんていうか、安心できるカードは持っておきたいというか――ああ違う違う。

 ――おお、そうだ!
 これから先、勇者がまた女を寝取られるかもしれんだろう!?
 その時、奴の傷心を慰めるために必要なんだよ!!
 敵に塩を送るために!!

「今考えたでしょう、その理由。
 だいたい、これ以上勇者から女性が寝取られるなんてことがあるわけないじゃないですか。
 彼、人間の価値観では十分美形ですし、性格も誠実かつ正義感もある――こんな好青年から離れる女性なんて、そうそういません。
 魔王様とは根本が違うんですよ?」

 分かっとる分かっとる、だから保険だって――――ん?
 側近、今さらっと吾輩をディスらなかった?

「気のせいですよ。
 さ、勇者の観察を始めましょう」

 ……う、うむ。



 ――――――――



 前回から、2つ3つ先の街に勇者は来ていた。
 ここは人間の街の中でも、最も商業が盛んな街だ。
 街の規模も今までとは比べ物にならんほどでかい。

「――っ、――っ、――っ」

 時刻は深夜。
 街の裏路地を、息を切らしながら駆ける勇者。
 その目的は――

「あっはっは、どうしたの、坊や!
 もう息が切れているようだけど?」

「――――!」

 目の前の女を追っているのだ。

「遅い遅い!
 ほらほら、鬼さんこちら♪」

「――――!!」

 女は勇者を挑発しながら、どんどん彼を引き離していく。

 単純な速度であれば勿論セリムの方が早いのだが、相手の女はとにかく路地裏を走るのが上手かった。
 道のあちこちにあるゴミ等の障害物を華麗にかわし、時には利用し。
 曲がりくねった路地裏も熟知しているようで、最短距離を走っていく。

 対して勇者は障害物がある毎にもたつき、道も遠回りをしてしまっている。
 これでは、如何に足が速かろうと追いつけるはずもない。

「あれあれー、もうギブアップ?
 そんなんでこの大盗賊ヴィネット様を捕まえようとはねー」

 女は勇者の方を振り返り、からかうように笑った。
 ……まだまだ余裕あるな。

『今日も勇者、彼女を捕まえるのは無理のようですね』

 うむ、そのようだ。

『ところで、魔王様』

 なんだね?

『――そこまで遠見の水晶にかぶりつかずともよろしいのでは?』

 うっ!?
 だ、だって仕方ないじゃん!?
 あの女、ものすげぇ格好してるんだもん!!

『……まあ、そうですね』

 この女――ヴィネットは、この街で夜な夜な盗みを働いている盗賊だ。
 褐色の肌にセミショートに切り揃えた銀髪がなんとも美しく映える。
 大人の魅力溢れるその顔は、常にふてぶてしい表情を浮かべていた。

 だがそんなことはとりあえず置いておいて。
 吾輩はこの女の装いにこそ注目したい!
 こいつ、すっごいピッチピチのボディスーツを着ているのだ!
 すっごいピッチピチのボディスーツを!!

『二度言いましたね』

 大事なことだからな!!

 そのボディスーツのピッチピチ具合は、彼女のやや筋肉質でしなやかな肢体がほぼ全てくっきり分かってしまうほど。
 おっぱいも、尻も、へその形まで!
 特に尻がいいな! 吾輩、こいつの尻が好みだ!
 あの引き締まりつつも女の柔らかさが損なわれていない、プリンっとした尻はもう見てるだけでたまらんわい!!

『そうですかねぇ、私はもっとがっしりしていた方がいいですね。
 オーガのお尻とか』

 それ筋肉の塊ですやん。

『それがいいんですよ。
 それと、別にボディスーツだけという格好ではないでしょう。
 ジャケット羽織ってますし、盗み用のツールを留めるベルトを幾つもしているじゃないですか』

 細かいやつだなぁ。
 そんなん別にいいだろ、どうでも。

『どうでもは良くないでしょう。
 ……あ、勇者がヴィネットを見失ったようですね』

 うーむ、ふがいないぞ、勇者よ。
 あの程度の追いかけっこに敗れるとは。

『魔王様は、彼女に追いつけるので?』

 おいおい、吾輩の体型をよく見ろ。
 このメタボ体質でまともに走れるものかよ。

『――――』

 せめて何か喋れ。
 お、勇者、諦めて帰っていくな。

「――――」

 ……背中に哀愁を感じるのぅ。

『仕方ありませんよ、これで3回目ですからね』



 場所は変わって、ここはとある屋敷の応接室。
 部屋には勇者も含めて数人の男達が居た。

「――今日もダメでしたか、勇者様」

 そうセリムに言ったのは、恰幅の良い中年の男だった。
 こいつはこの街で一番の大金持ち、オルグ。
 勇者に盗賊ヴィネットの捕縛を依頼した張本人である。

「――――」

「ああ、顔をお上げください、勇者様!
 貴方様が未熟だったわけでなく、相手が一枚上だっただけでしょう!」

 落ち込むセリムを、オルグは慌ててフォローする。

『……この男、金持ちによくある傲慢な態度がまるでありませんね』

 依頼を出した時から一貫して、勇者へ敬意を払い続けておるな。
 今時、なかなか珍しい人間よ。

 まあ、勇者も最近は知名度が上がっとるようだからの。
 下手な扱いをすれば自分の信用を損なうという打算もあるかもしれん。

『順調に冒険をこなしていますからね。
 今回が初めてじゃないですか、セリムが一つの事件にここまで手こずるのは』

 歴代の勇者の中でも、バランスの良さは一番かもしれんな、奴は。
 そんなセリムであっても、あの盗賊を捕まえるのは一筋縄ではいかんか。

『魔王軍にスカウトしたいですね』

 うむ――あのピッチピチのボディスーツの件もあるしのぅ。

『鼻の下伸ばさないで下さいよ。
 ただでさえ歪な鼻してるんですから』

 おっまえ吾輩の悪口のバリエーションどんだけ持ってんの!?

「――今日はもう遅い。
 お休みになって下さい、勇者様。
 おい、勇者様を部屋へお連れしろ」

「はい。
 さあ、勇者様、こちらへ」

 オルグの部下に連れられて部屋を出ようとすると、部屋に待機していた他の部下達の会話が聞こえてきた。

「――へ、勇者っつっても大したことねぇな」

「――ああ、まだまだ青臭いぜ」

 勇者への軽口だ。
 セリムがそれへ反応を示す前、彼らを怒鳴りつける者がいた。
 ――オルグだ。

「お前達!
 勇者様になんということを!!
 ――――と、そういえばなんだお前達、その鎧は?
 いつものと違うな?」

「御存知ないのですか、オルグ様?」

「これは鋼の鎧・勇者モデルですよ。
 今、街で流行っているのです」

 その返答にオルグは不思議そうな顔をする。

「……なんでそんなものをお前達が着ている?」

「いやだって勇者様超かっこいいじゃないですか」

「勇者様と同じ格好とか、男なら一度は憧れちゃいますよね」

 ――言ってることと態度が真逆だぞこいつら。

『ツンデレってやつですかねぇ』

 いい年したおっさんがやっても気持ち悪いだけだがな。

「……もういい。
 いいか、勇者様を誹謗する言葉など口にしないように。
 分かったな!」

 オルグも我々と同じ感想を持ったようだ。
 疲れたようにため息を吐くと、彼らに退出を命じた。



 次の日の夜。

「また坊やなの?
 キミも飽きないねぇ」

 再び勇者と盗賊の追いかけっこが始まった。
 ――だが。

『芳しくないですね』

 うむ、今まで通りの展開だな。
 どうした勇者よ、何か策を考えておらんのか。

「いつまでアタシの後ろにいるのかな?
 ひょっとしてお姉さんのお尻が気に入っちゃった?」

 走りながら、尻をふりふりと左右に振るヴィネット。
 うぉおおおおっ! すげぇっ! すげぇエロい!!

『落ち着いて下さい魔王様。
 ちょっとその顔は見るに耐えません』

 ふごぉおおおおっ!! ふごぉおおおおおっ!!
 すっげ、プルンプルン跳ねてるよ、あの尻っ!!

 ……んん?
 勇者の様子が――?

「―――――!!!!」

 勇者の目がギラリと光った――気がする。
 次の瞬間、セリムの身体が一気に加速した。
 その姿はまるで弾丸のようだ

「――え!?」

 これにはヴィネットも驚愕する。
 今までの余裕はどこへやら、目を見開いて焦り出す。

『……どうやら勇者、彼女の油断をずっと伺っていたようですね』

 セリムを侮ってヴィネットが速度を緩めた瞬間を狙って、全力で走り出したわけか。
 おお、見ろ、2人の間の距離がぐんぐんと縮まっていくぞ。

「あわ、あわわわわ……」

 盗賊も余裕をかなぐり捨てて走り出すが――遅い。
 勇者の手が、彼女の肩を掴もうとする。

「あわわわわわ――――なーんちゃって♪」

 突然、勇者の身体が宙を舞った。
 見れば、彼の脚に縄が巻き付いている。

『……罠を仕掛けていたようですね』

 そのようだな。
 慌てていたのは演技か。
 抜け目がないな、あの女。

「――――!?」

 足に絡まった縄によって、逆さづりになる勇者。
 そんな彼へヴィネットが近づいてくる。

「惜しかったねー、坊や?
 ま、次は頑張んなさいな、アタシはいつだって挑戦を待ってるよ?」

 そう言うと、彼女は勇者へ顔を近づけ、

「――ちゅっ♪」

 彼の頬に、キスをした。

「――!? ――――!?!?!??」

 突然の出来事に、勇者は気が動転している。
 ……そういえば、まだそういうことしていないんだよな、セリム。
 耐性がまるで無かったわけか。

「アッハハハ、慌てちゃって! 可~愛いっ!
 じゃーね、坊やっ!!」

 高笑いしながら、ヴィネットは去って行った。



 そして、屋敷へ。

「だ、大丈夫です、勇者様!
 あと一歩のところだったそうではないですか!
 次こそはやれますよっ!!」

 オルグがまたしても勇者を励ましていた。
 彼に肩を叩かれながらも意気消沈しているセリム。

 そしてそんな二人の後ろで、またしても部下達が――

「――へ、何度失敗しても許されるんだから、勇者ってのは得だなぁ」

「――あと何回失敗したら上手くやってくれるんですかねぇ?」

 オルグが部下を叱り飛ばす。

「お前達っ!
 何度言ったら――って、今度は何だ、その手。
 布でぐるぐる巻きになってるじゃないか」

「これですか?
 いえ、勇者に握手して貰いましてね」

「向こう一か月くらいは洗わないつもりです」

 ――こいつら、勇者のこと好きなのか、嫌いなのか。

『好きだからこそ、ついつい苛めてしまうのかもしれませんね。
 私が魔王様にそうするように」

 ――え?
 側近、お前吾輩のことをそういう目で見てたの!?

『――ニヤリ』

 やめろ!!
 その含みのある笑いはやめろ!!
 背筋に悪寒が走るから!!

『……冗談ですよ』

 ほ、本当か?
 本当に冗談なのか?

 ――と、とりあえず勇者達はそこで解散したようだった。
 そして吾輩はその日、恐怖で眠れぬ夜を過ごす……



 明けて次の日の夜。
 都合、5回目の挑戦だ。

 この日の勇者は――

「ちょ、ちょっと!
 早い、早い早いってば!
 どうなってんの、坊や!!」

 ――凄まじい速度でヴィネットを追いかけていた。
 おふざけする間などなく、盗賊は必死に勇者から逃げている。

『これまでの経験で、勇者はコツを掴んだようですね』

 そのようだな。
 セリムの走り方はヴィネットと全く同じだ。
 華麗に障害物を避け、或いは利用し。
 入りくんだ路地を最短のルートで爆走する。

「く、くそ、これなら――!」

 盗賊は積荷の上をとんとんと渡り、そのままジャンプ。
 屋根の上へと着地する。

「これはできないでしょ――ってぇ!?」

「―――!!」

 一瞬遅れて、勇者も屋根の上に着地した。

「う、うそぉおおおっ!!」

 盗賊の絶叫が響く。

 今度は屋根の上で追いかけっこが始まった。
 2人とも器用に屋根から屋根へと飛び移っていく。

「あわわわ、やば、やばい――」

 今度こそ、正真正銘ヴィネットは慌てていた。

『……今日こそは勇者の勝ちでしょうか』

 順調にいけばそうなるな。
 ……しかし、最初は手も足も出なかった相手を、何の策も用いず真っ向勝負で打ち破るとは。
 しかも、こんな短期間で。
 セリムめ、成長力も一級品か。

『末恐ろしい勇者ですね』

 まったくだ。
 ……ん? 決着がつきそうだな。

「あああああっ!!
 か、加減してよ、坊や!!」

 2人の距離が肉薄する。
 と、そこで。

「つ、捕まってたまるか――――って、あれ?」

 焦ったせいか、盗賊の足が屋根を踏み外した。
 バランスを崩した彼女はそのまま滑り落ち――

「――――!!!」

 盗賊が宙に投げ出された時。
 セリムは彼女に抱き着いた。
 そして――

「いったぁあっ!?」

「――!!?」

 2人が同時に呻き声を出す。

「あいたたたたた――」

 先に起き上がったのはヴィネットの方。
 勇者は打ち所が悪かったのか、気絶しているようだ。
 ヴィネットは彼をじっと見つめる。

「……馬鹿。
 捕まえようとしたアタシを助けてどうすんのさ」

 彼女の言う通りだった。
 セリムはヴィネットの下に身体を持っていき、地面と彼女の間に挟まって自らの身体をクッションとしたのだ。

『……何故このようなことを』

 側近よ、分かり切ったことを質問するな。
 ――奴が、勇者だからだ。

「……はぁー。
 まったく、アタシも焼きが回ったもんね」

 大きくため息をつくと、ヴィネットは勇者へと近づいた。



 その後。

「―――?」

 勇者は“ベッドの上”で目を醒ます。

「あ、気が付いた?」

「―――!?」

 ベッドの傍らには、ヴィネットの姿。
 それを確認して、勇者は驚きの声を上げる。

「―――!?」

「ここ?
 ここはアタシの隠れ家――のうちの一つよ。
 キミを担いで運んであげたんだから、感謝してよね」

 勇者の頭には包帯が巻かれている。
 彼が気絶している最中、ヴィネットが手当していたのだ。

「――――?」

「なんでって……
 坊や、アタシを庇っただろう?
 大盗賊ヴィネット様はね、借りはすぐ返す主義なの」

「――――」

「お人好しって……キミに言われる筋合いはないね。
 とっ捕まえようとしてる犯罪者を助けようとするなんて、十人聞いたら住人が馬鹿にするよ」

「――――」

「自分を捕まえようとした相手を助けるアタシも同じって?
 馬鹿、言っただろう?
 アタシは借りを返しただけだってね。
 坊やと一緒にされちゃ困る。
 ……さ、まだ傷、痛むだろう?
 もう少し横になってなよ」

 そう言うとヴィネットは、セリムへと布団を被せる。

「――この隠れ家、もうアタシは使わないから。
 好きなだけここで休んでいって。
 ……それと、これ」

 ヴィネットはベルトに括り付けた袋から今日の“戦利品”を取り出すと、それを勇者の傍らに置いた。

「――――?」

「今日は坊やの勝ちってこと。
 ……言っとくけどね、次は負けないよ?」

 そう告げると、ヴィネットはすっとセリムに顔を近づけ――彼の唇に自らの唇を重ねる。

「――!!?」

「アハハハ、やっぱりこういうのには弱いんだ!
 もういい歳だったのに、そんなんで大丈夫?
 なんなら、お姉さんがいろいろ教えてあげようか?」

「――!! ――――!!」

 畳みかけるような誘惑に、パニくるセリム。
 ――むう、勿体ない。

『彼女、勇者が首を縦に振ってたらやらせてくれそうですよね』

 うむ、あの美貌で盗賊なんてやってれば“そういうこと”に百戦錬磨だろうからなぁ。
 せっかくだから女を教えて貰えばいいのに。
 まあ、そのあたりは追々頑張ってもらおう。

「アッハッハ、冗談だよ、冗談――半分くらいはね?
 ……それじゃあ、また今夜会おうか、勇者様」

 そうセリムに投げかけると、ヴィネットは手をひらひらと振りつつ部屋を出て行った。



 ……夜が明けた。
 勇者は――

「ぼ、ぼぼぼ、坊やっ!?
 なんでこんな所にっ!!?」

 目の前でヴィネットが大声を上げる。
 それも無理はないだろう。
 勇者は、“彼女のアジト”に居るのだから。

「な、なんでここが分かったの……?
 アタシの後を追ってきた――てわけじゃないよね」

「――――」

「なっ!? 
 アタシの行動範囲からアジトを割り出したって!?
 そんなことできるわけ――!?」

「――――」

「……ああ、そう、できるわけね。
 流石は勇者様。
 ……ハハ、おバカそうに見えたのに、とんだキレ者だったわけか」

 この5日間、セリムはただ闇雲のヴィネットを追っていたわけでは無かったのだ。
 彼女の出現ポイント、逃走経路を緻密に記録し――盗賊の拠点を探し当てた。

『普通に捕まえられればそれで良し。
 もしそれができなかったとしても、直接アジトを制圧するつもりだったわけですね』

 勇者の方こそ二重に罠を張っていたわけか。
 女の言う通り――頭がキレるな、奴は。

『……なんという難敵』

 それでこそ叩きがいがあるというものよ。

『おお、余裕ですね、魔王様。
 勇者を倒す算段がついたのですか』

 …………。

『――魔王様?』

 ……や、やっべぇえ!!
 やっべぇよ、あいつ!!
 腕っぷしも強くて頭も賢いとかどうすればいいの!?
 吾輩、どうやったら勇者に勝てるの!?

『…………。
 それを探るためにこうして観察しているのでしょう。
 さ、勇者のことをしっかりと解析しましょう』

 そ、そうね。
 それしかないものね!

 そんなバカな会話をしているうちに、遠見の水晶が映し出す映像は次の展開に進んでいた。

「……ふぅ。
 参った、降参だよ。
 好きにしな」

 両手を上にあげ、敗北を宣言するヴィネット。
 実に6日間に及ぶ追いかけっこは、勇者の勝利にて幕を閉じたのだ。
 だが、セリムが盗賊へ縄をかけようとした時、別の声が聞こえてきた。

「お、お待ち下され、勇者様!!」

 扉を開けて出てきたのは、一人の老婆。
 ……そして彼女の後ろから、老若男女様々な人物が次々と現れ、部屋に入ってくる。

「―――?」

「はい、勇者様。
 私らはこの街の貧民街に暮らす者共に御座います。
 単刀直入に申し上げます、彼女を――ヴィネットを捕まえることを止めて頂きたいのです」

「ちょっと、婆ちゃん!?
 何言ってんのさ!!」

 突然の訪問者に、勇者よりむしろヴィネットの方が驚いている。
 そんな彼女を置いて、セリムは老婆に尋ねた。

「―――?」

「……ヴィネットが盗みを働いていたのは、私らのためなのです。
 この街は貧富の差が激しく、私らのような貧民はその日の暮らしにも苦労しております。
 ヴィネットはそんな私らのため、盗んだ金で私らに物資を配っているのです」

「――――」

「ええ、それでお許し下さいなどと、調子のいいことは申しませぬ。
 私はただ、彼女が盗みを働いた理由は、私らにあると言いたいのです。
 ですから――」

 そこで、部屋に入ってきた者達が一歩、勇者へと近づき、首を垂れた。

「――捕まえるのは、私らにして頂きたく。
 私らは、ヴィネットが盗みをしていることを知ったうえで、今まで彼女を止めませんでした。
 全て、自分達の生活のために。
 この件に罪を問うのであれば、その責を負うのは当然、私らでございます」

「婆ちゃん!!
 別にアタシはそんなこと考えちゃいないっ!
 全部、アタシがやりたいからやっただけなんだっ!!」

 ヴィネットが叫び、老婆の言葉を否定する。
 だがその必死さが、かえって老婆が言ったことが真実であることを証明していた。

「いいかい!
 キミはアタシを捕まえて、街の偉いさんに突き出せばそれでいいんだ!」

「どうか、どうかお願いいたします!
 街の司法で裁かれれば、ヴィネットは極刑を免れません!
 ご慈悲を! なにとぞ、ご慈悲を!!」

「――――」

 盗賊と住人、双方から真逆のことを請われる勇者。
 彼が選んだのは――


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