王宮に咲くは神の花

ごいち

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最終章 神饌

忘れ得ぬ王3

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 長い睫毛を震わせて、花は怖れを押し殺すようにゆっくりと瞼をあげた。

 汗ばんだ浅黒い肌が見える。美しい筋肉の連なり、長く強靭な手足。
 緩く波打つ黒髪も見えた。背を覆って零れる豊かな髪が、まるで立派な鬣のようだ。
 骨太のしっかりとした顎の線、笑みを滲ませる肉厚の唇、スッと通ったまっすぐな鼻梁。
 高い頬骨と、その上にあるのは二つの切れ長の瞳。日輪のような金の虹彩を持つ、漆黒の瞳だった。

「……!」

 夢なら永遠で覚めないでほしい。
 切なる願いを込めて瞬きもせず見つめる花に、男は悪戯そうに微笑った。

「どうした。俺の名を忘れてしまったのか、シェイド? それとも花の君と呼んだ方がいいか?」

 涙をいっぱいに溜めた目で、信じがたい奇跡に花はフルフルと首を振った。
 零れた雫がまた頬を濡らして、男の指がそれを拭う。頬を包み込まれる感触も、懐かしいあの頃と同じものに感じられる。
 目の前の現実を信じきれないと、花は両手を男の顔へと伸ばした。

 精悍な輪郭は、記憶に焼き付けた最初の伴侶のものと寸分の違いもない。
 そして、それは遥か以前にも触れた覚えのある輪郭だった。





 ――突然、今まですっかり忘れていた記憶が鮮やかに甦ってきた。
 
 次代のファラスを生み出す苗床となるために、北の大地に芽吹いた日のこと。
 ファラスの使いとしてこの大陸を訪れ、怖ろしくも美しい豹の神に惹かれたこと。蕾を抉じ開けて操を奪われ、獣の営みに溺れて蜜を零し、追ってきたファラスを拒んでこの地に咲くと決めたこと。
 抱きしめられた獣の腕の、包み込むような温かさ――。

 手に触れた頬の感触は、神話の時代に何度も睦み合った豹の神と同じものだった。

「ウェル、ディ?……それとも……ジハード……?」

 金の虹彩を持つ黒豹の神は、鋭い牙を見せて笑った。

「好きな名で呼ぶがいい。どちらも俺の名だ」

「ア、アァッ!?」

 長い肉厚な舌でべろりと口元を舐めたかと思うと、男は花を腕に抱きすくめたまま、体を起き上がらせた。





 胡坐をかいた膝の上に座らされて、花が悲鳴を上げる。ずっしりとした男の怒張がまだ体内に刺さったままなのに、姿勢を変えたことでもっと深い場所まで貫かれたからだ。
 吐精を迎えても勢い衰えぬ牡が、所有権を主張するように感じやすい腹の底を突き上げた。

「こうしてまぐわうのも久しぶりだな。まさか、あれしきで満足したとは言わぬだろう?」

「あ、あっ、ヒッ……ジハード、ッ……!」

 花の弱みを知り尽くした顔で、男神は意地の悪い笑みを浮かべて体を揺さぶる。花があげた抗議の声など素知らぬふりだ。

 男神はしなやかに仰け反る背を支えると、もう一方の手を足の間に滑り込ませた。
 種を蓄えた小さな袋に隠された場所、うっすらと口を開きかけた亀裂に指を這わせる。
 人目に触れぬその場所に、雌の裂け目が隠されていると知っているのは、神話の時代に交わった豹の神だけだ。

 そこから、とろりとしたぬめりが滲み出た途端、部屋に甘い芳香が漂った。

「こちらも、ちょうど熟れる寸前だな」

「あ、あぁあ……やめて、そこはまだ、だめ……」

 前世で、この荒々しい獣の神にここを力づくで破瓜されたことを、花は思い出した。






 蕾が開いて花を咲かせる前に、獣の王はここを抉じ開けてまぐわう悦びを叩きこんだ。
 ファラスとなる花は、相手が雄花であれ雌花であれ、優れた神と交配して次のファラスを生み出せるよう、雌雄同株で生まれてくる。
 大地に根付いて花開き、婚姻の香りで伴侶を誘う頃になってやっと、雄蕊と雌蕊が成熟するのだ。
 だが、花は花の神同士の穏やかな交配を知る前に獣の雄に蹂躙され、雌の愉悦だけを知ってしまった。雄花としては成熟することなく、その分、雌としての交配への渇望は身を焼くほどに激しくなった。花神である父ファラスと交配して苗床になることなど、考えられなくなるほどに。
 今度は育ち切るのを待ってほしい。
 ここまで力と記憶を取り戻したのだから、完全な成熟を迎えるまであと少しのはず。

「もう少し熟れるまで、どうか待ってくださいジハード」

 懇願する花に、獣の王は優しく口づけした。

「ああ、わかっている。雌雄ともに熟れる前に片方を散らされると、そちらの交合なしではいられなくなるようだからな」

 揶揄する言い草に、白磁の肌が首まで赤く染まった。

 何もかもわかった上で、この獣は青い蕾だった自分を食い散らしたのだ。
 そのせいで、自分はひと時とてウェルディと離れていられぬ淫らな花になってしまった。しかも獣自身も交合に溺れるあまりに、追ってきたファラスとの戦いに後れを取って、その結果千年近くも人間として過ごす羽目になってしまったのに。
 永い別離と孤独は、言うなればすべて豹神のせいではないか。

 キッ、と強い眼差しで睨みつける花を、神として甦ったばかりの男は好色そうに見返した。

「今度は無理強いするつもりはない。――お前から花びらを開いて強請ってきたとしたら、話は別だがな?」





「なに、を……!? ァアッ!?」

 男神の指先が、亀裂に浅く埋まった。
 中から滲み出るぬめりを掻き出すように動かされて、花は膝立ちになって身悶える。いっそ男神の腕の中から逃れ出ようとしたが、尻の間に男神の怒張を収めたままでは叶うはずもない。

「お前が成熟を迎えて神々おれたちを統べる王となるのが先か、それとも我慢できずに俺のつがいとなるのが先か……」

「!?……やだぁッ!……そこはさわっちゃ、だめ……ッ!」

 浅く埋まった指先が、これから交配のために成熟していくはずの雌蕊の亀裂で、ちゅくちゅくといやらしい音を立てる。
 神代と同じように、雌雄同株であるはずの神王となる前に、雌としての悦びを教え込んで自分のつがいに仕立てるつもりなのだ。

 何も知らぬ無垢な蕾だったあの時とは違う。
 千年の時を経てさまざまなことを経験した今、強かな狩人である豹の意図にも気づけたが、少し遅かったようだ。
 亀裂の縁に指を添えたまま、胡坐をかいた男神の体が上下に揺れ始める。先に放った精液と花のぬめりに助けられて、極太の肉棒は中の感じやすい場所をぐりぐりと抉り、指先は花の雌蕊の縁を滑る。

「やッ……ジハード!」

 嫌がって逃げようとする体をやすやすと引き下ろし、胸に咲いた小さな粒に牙を宛がって、獣の王は狡猾に笑う。

「……あぁ、少し口が開いてきた。そら、もう少し奥まで探ってやろう」

「やだ、やめて、やめ……ッ、ぁああ――――ッ」

 ブルブルと内股を震わせて、花は絶頂へと昇りつめる。
 成長しきらぬ雄蕊はすっかり力を失って蜜を零すばかり。種を収めた二つの珠は小さいままだ。
 後孔には凶器のような男神の怒張が深々と刺さって、永い時間をかけて教え込んだ獣の雌の悦びに溺れさせようとしている。
 そして、前世でここばかり強制的に熟れさせられた雌蕊の場所が、まるで伴侶の存在を思い出したかのように、まだ硬い肉壁の奥へ指先を誘おうとしていた。




「お前の極上の蜜を味わいたい。今すぐに、俺の前で咲いてみせてくれ」

 傲慢に命じる獣の王。 

「や、ぁああああッ……あ――――ッ!」

 尖った牙が左の胸の粒を貫いた瞬間、男神の太い指がぬめる媚肉の奥へと進んでいった。
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