王宮に咲くは神の花

ごいち

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第五章 王宮の花

過去の亡霊

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『――すまない』

 苦渋が滲む謝罪の声に、シェイドは首を横に振って、いいのだと伝えようとした。

『すまない……傷つけて、すまない……すまない……』

 闇の中から聞こえる声は、同じ言葉を何度も繰り返す。
 もう謝らなくていいと、伝えたいのに声が出ない。上から圧し掛かる相手に首を絞められているからだ。

『すまない……すまない……すまない……』

 圧し掛かった相手に、シェイドは体を穿たれていた。
 大きく開いた足の間を、硬く猛々しいものが規則的に出入りしている。
 突き上げられるたびに腹の底を押し上げられて声が漏れそうになるが、喘ぎは喉で止まって声にはならない。

『……すまない……すまない……』

「……ッ!」

 左の胸に焼けつくような痛みが走って、シェイドは声もなく悶えた。
 手足は重くて自由にならず、首を扼されて逃げることもできない。
 貫かれて血を流す肉片に、冷たい金属の環が通された。人ならぬ卑しい奴隷であることを証立てる札がつけられたのだ。

『淫売め……!』

 身を穿つ動きが荒々しくなった。尻の肉を叩く音とともに、腰が激しく打ち付けられる。

『メス犬が』

『北方奴隷め』

『洗礼を受けさせろ』

『掃き溜めの穴にしてやる』

 四肢が押さえつけられ、緑色の粘液を滴らせた木の枝が目の前に現れた。
 ――嫌だ、やめてくれと叫んでも、首を絞められていて声にならない。ポトリポトリと肌の上に雫を垂らしながら、残酷な淫具が震える屹立に近づいていく。

「――――ッ……!!」

 焼けるような痛みの直後に、全身が震えるほどの甘美な疼きが下腹から広がった。
 声にならない声をあげ、シェイドは絶頂へと昇りつめていく。頭の芯が真っ白に焼き尽くされ、もう何も考えられない。
 あまりの快楽に感極まって、閉じた瞼から涙が零れ落ちた。

 男たちが次々と圧し掛かってくる。乱暴なされようだというのに、尻の中を出入りする肉棒が堪らなく気持ちいい。
 もっと欲しい――。闇の中で、シェイドは顔も分からぬ相手に足を絡ませて縋りついた。もっとして、中にたっぷりと精を注いでと強請りながら。
 動きはますます激しくなり、下腹が熱いもので濡れていく。
 叫びだしそうな絶頂に全身がふわりと宙に浮き上がり……次の瞬間、全ての支えを失って叩きつけられるように落下した。

 闇の中から、雷のような罵倒の声が響いた。

『――この薄汚い娼婦め……!』





「――さま、……シェイド様!」

 強い声で呼びかけられて、シェイドはハッとなって飛び起きた。
 一瞬自分がどこにいるのかわからなかった。暗くてじめついた地下牢か、それとも寝台以外に何もない砦の小さな部屋か、と。
 だが、ここはそのどちらでもない。初夏の爽やかな風が吹く、白桂宮のホールだった。
 汗ばんだ額を押さえながら、ほっと安堵の息を吐く。
 どうやら来客を待つ間に椅子で転寝してしまったようだ。

 火照った体に風が心地よかった。
 白い大理石でできた柱の合間からは明るい陽光が差し込み、庭の花々は甘い香りを運んでくる。
 鳥たちは賑やかに囀っており、先程シェイドが置いて来たパンの欠片はもう食べ終わってしまったようだ。

「……すみません。少し、眠っていました」

 手に持っていたはずの書類が、風に飛ばされて足元に落ちていた。
 拾わなければと思うより早く、伸びた手がそれを拾い上げる。内侍の司の長官ラウドだった。

「夜はちゃんとおやすみになっておいでですか。お顔の色が優れませんよ」

 落ち着いた様子のラウドの言葉に、この肌の色は元からですと、そんな皮肉が出そうになってシェイドは口を噤んだ。
 そういうことを言われているのではないのは分かっている。ただ、ひどく神経が立って過敏になっているのだ。

 シェイドは頭から被ったベールを落ち着かない様子で掻き寄せた。
 文官の頭布に似て、それより二回りも大きく作られたそれは、シェイドを腰のあたりまですっぽりと覆い隠してくれる。
 第一王位継承者を示す青い布地に、豪勢な金糸の刺繍がなされたベールは、程よい大きさと重さでシェイドの体を包み込む。細工の美しいこのベールは、白桂宮に戻った日にサラトリアから献上されたものだ。
 贈り主は気に入らなくとも、これに体を包んでいれば他人の視線が遮られて気持ちが落ち着いた。

「……眠っています。以前より、ずっと」

 白桂宮に来たばかりのあの頃に比べれば――。そう続けようとして、シェイドは皮肉さに唇を噛んだ。

 あの頃は夜もまともに眠らせてもらえなかった。
 ジハードは遅い時間に戻ってきても必ずシェイドを求めた。交わりは激しいうえに、一度で済んだことなどなかった気がする。
 泣いて、鳴いて、叫んで、声を枯らして喘いで、――いつのまにか意識を飛ばして、目覚めては、また喘いで……。

「……ッ」

 思い出してはいけないことを考えてしまって、シェイドは短く呻いた。肉を噛む小さな金属が、身の程を知れと告げてくる。
 無意識のうちに胸に手を当てそうになるのを堪えて、シェイドは静かに息を吐いた。
 借り受けていた書類をラウドに返す。

「ご協力を感謝します。無理な願いに応えてくださってありがとうございました」

「恐れ入ります。些少なりともシェイド様のお役に立てましたならば、よろしゅうございました」

 虫食いの目立つ古い書類を丁寧に揃え、ラウドは持参した物入の中にそれらを戻した。





 シェイドがラウドに命じて持ってこさせていたのは、内侍の司に残る覚書だった。
 宮内府で保管される公式記録と違って、私的な覚書として内侍の司に残されたものだ。ここからは、公式記録には載せられなかったさまざまな実情が読み取れる。
 ベラード領から迎えたラナダーンの母についても、公式記録に書かれていたのは入宮と退宮の日付だけだったが、内侍の司の覚書には毎月の月のものの有無や、国王が後宮に通った回数まで書かれてあった。

 丁寧に読み込めば、退宮の少し前から月のものが途絶えていることがわかった。懐妊の可能性があったことが推測できる。
 しかし、その後懐妊の有無が記載されていないところを見ると、確認できなかったのか、さもなくばベラード領主であるマクセルからの要望で記載を控えたのかもしれない。

 こういった事例がテレシア・ベラードただ一人であったと誰が断言できるだろう。
 後々になって第二、第三の『ラナダーン』が出てこないとも限らない。不穏分子があるならば先手を打って探し出し、対策を取っておこうと考えたのだ。

 だが、その調査も一区切りがついた。
 シェイド自らかなり念入りに調べてみたが、先王及び先々王には他に庶子はおらぬという結果が出たのだ。

「ところで……」

 書類を仕舞い終えたラウドが、別のものを物入から取り出した。

「またマンデマール侯からお預かり物です。……こちらはエメロード伯。デクスター伯御令嬢からの親書もお預かりしてございます」

 数通の親書とともに、絹張りの小箱に入って出てきたのは、珍しい螺鈿細工を施した紙押さえだった。
 シェイドは傍らに置いた本にそっと手を伸ばした。この本の間に、恋文への返書を隠してあったからだ。
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