王宮に咲くは神の花

ごいち

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第四章 三人目のハル・ウェルディス

尊き王

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 激しすぎた交合の後で痺れて力の入らない体を、シェイドは国王に預けていた。
 水で絞った手巾が敏感さの残る肌の上を撫で、汚れを拭き取っていく。
 こんなことを国王にさせてはならないと思うのに、絶頂を味わいすぎた肉体はいまだ嗚咽が収まらず、ひくひくと痙攣するばかりだ。

「……すまない、こんなに激しくするつもりはなかった。今日は王都に帰る日だというのに……」

 腿の内側を丁寧に拭いながら、ジハードが幾分萎れた声で言った。

 王都から遠く離れたこのミスルの離宮に来て、四度目の夜が明けようとしていた。王都を空けて五日目の朝だ。
 今日は夜明けと共にこの寝台を離れ、馬車に揺られて王都への帰路につく予定だった。
 長旅を慮って、ジハードは抱き合って眠るだけにしようと言ったのだが、眠る前の口付けを交わすうちに二人とも昂ぶってしまい、そのまま後戻りできなくなってしまった。

「無理をさせたな」

「……いいえ」

 その言葉に、シェイドは驚いて首を振った。
 求めたのはシェイドの方だ。重ね合わせた腰の間でジハードの牡が熱を持っているのを感じ取り、足をそっと開いて自ら招いたのだ。
 奥侍従としての分を超えた浅ましい振る舞いだったが、王宮を遠く離れたこの離宮でならそれも許されるような気がした。

「お慈悲を頂戴できて、身に余る喜びにございます……」

 シェイドの言葉を聞いて、ジハードが笑みを漏らす気配がした。慈しむような優しい気配が感じられる。
 満ち足りた溜息がシェイドの唇から漏れた。





 ジハードから与えられた祝福の言葉。それが今もシェイドの胸の奥に温かく残っていた。

 若き国王は、北方人の血を引く者たちも等しく己の民だと言葉にした。
 王都の冷たく閉塞した宮殿の中でその言葉を聞いても、こんなふうに心に響きはしなかっただろう。
 遠く離れたこのミスルで聞いたからこそ、束の間といえども夢を見ることができたのだ。これが見果てぬ夢に過ぎないことは、シェイドもよく理解しているつもりだった。

 何世代にも亘って築き上げられた根深い確執は、例え勅令があったとしても容易く変わるものではない。
 第一ジハード自身が王位についたばかりで、まだ足下を固めねばならない時期にある。北方人の事などを考えている暇はとても持てないだろう。

 それでも、この花溢れる離宮の中では、ジハードの言葉がいつか真になるのではないかと、そんな希望を夢見ることもできる気がした。

「シェイド……」

 汚れを拭う手が止まった。
 ジハードは手巾を床に落とすと、後ろからシェイドを抱きしめてくる。表情を見ることはできないが、その胸の温かさはシェイドにも伝わった。

「……俺のことを、少しでも愛してくれているか?」

 背を包み込む胸の鼓動が痛いほどに伝わる。ジハードの声は幾分緊張を孕んでいて、シェイドはそれを不思議に思いながら首肯した。

「はい。心から敬愛しております」

 迷う必要さえ無い答えだった。





 ジハードはまるでウェルディそのものだ。
 勇猛で荒々しく、炎のように激しく。けれど気高く慈愛に満ちた顔も持っている。

 父王ベレスの治世は穏やかながらも徐々に衰退の道を辿る時代だったが、ジハードが治める時代はそうはならないだろう。大海原を航海する船のように困難に満ちた旅となるだろうが、それを乗り越えればきっと今まで見たこともない新しい場所に辿り着く。
 そう予感させるような輝きが、ジハードにはあった。

「そうじゃない、シェイド……」

 だが、後ろから聞こえた声はもどかしげだった。

「そうじゃない。王としてではなく、一人の人間として……ウェルディの末裔ではない、ただの男としての俺を、少しは好ましいと思ってくれているか……?」

 抱きしめる力はますます強く、まるでしがみつかれているようだった。
 シェイドは困惑しながら、自分の体に回った腕に手を伸ばした。

 ジハードは生まれながらに王となるべき、尊いウェルディの後継だ。ただの男としてのジハードなど、初めからどこにも存在していない。
 存在しないものにどんな敬意を払えば良いのか、シェイドには見当がつかなかった。

「もし、俺が王でなければ……」

 小さく呟く声がする。
 シェイドは目を閉じ、背中越しの温もりと胸の鼓動を感じ取った。

 ジハードの腕の中は心地よかった。温かさを感じるうちにトロリとした眠気に襲われて、シェイドはゆっくりと息を吐いた。
 この温もりは、果たしてジハードが国王でなければ、冷たく味気ないものだったのだろうか。
 この胸の鼓動も、肌を通じて響くことなどなかったのだろうか。

 ――きっと、そうではない。
 ジハードが王でなくとも、この腕の心地よさはきっと変わりはしないはずだ。ならば、自分が抱く敬意も少しも損なわれることなどない――。

 そう言おうとしたのだが、答えを口にするより前に穏やかな眠りの波に覆われて、シェイドは温かい腕の中で安らいだ寝息を零した。
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