王宮に咲くは神の花

ごいち

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第三章 ミスル離宮

幸せの時

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 日中を中庭で過ごした二人は、日が暮れきるのさえ待ちかねて寝室に入った。
 湯浴みをして汗を落とし、新しい夜着を身に着け、縺れるように寝台に入る。寝台の中で押し当てられた唇を、シェイドは自分から吸って口づけに応えた。
 二度、三度と戯れるように吸い合った後、温かいジハードの舌が口内に滑り込んできた。濡れた肉厚のそれを迎え入れ、舌先を絡めて柔らかさと力強さを享受する。

 舌と舌を絡め合わせていると体中が敏感になって、腹の底から熱がじわりと上がってきた。

「ん……」

 思い切って両手を相手の首に回せば、背に回った腕がますます力強くシェイドの体を抱きしめた。

「……愛している、シェイド」

 口づけの合間に囁かれる睦言が、胸の奥に甘苦しい疼きをもたらす。
 名を呼ばれるだけ、声を聞くだけでも、胸が締め付けられるように甘く疼く。

 ――呪われたこの名を、優しい声で何度も呼んでくれる相手がいる。
 叱責するためでも、追い払うためでもない。温もりを伝えるためにこの名を呼んでもらえるのだ。しかも、相手はあれほど恐れた国王ジハードだった。

 蔑まれ、忌み嫌われているとばかり思っていた国王が、誰からも与えられなかった誕生の祝福を与えてくれた。この国の守護神の末裔が、ここで生きていていいと、そう言ってくれたのだ。
 例え今この時だけのことだとしても、生きることを許してもらえた瞬間があったことは、長く絶望の中で生きてきたシェイドに希望という光を見せた。

 そしてジハードが力強いその両腕で救おうとしているのは、シェイド一人だけではない。多くの北方人とその血を引く民、病や怪我の苦痛に喘ぐ者、飢えや貧困に嘆く人々も、ジハードは救い守ろうとしている。
 歴代の王のように、貴族や富裕層だけがウェルディリア人なのではなく、ジハードの前ではすべての人間が国民なのだ。

 シェイドもまた、庇護すべき民の一人だとジハードは言った。
 それならばシェイドも、ジハードの民の一人として、あらん限りの忠誠を捧げたいと思った。





 口づけが途切れた折に、目を開けて国王の顔を見つめると、ジハードははにかむような笑みを浮かべて見つめ返してきた。少年のような柔らかい表情を目にすると、胸を擽られるような不思議な心地がした。

 今まで何度ジハードから愛を囁かれても、言葉は耳を素通りするだけで、意味を持っては届かなかった。
 北方人の己を家畜以上に思うはずがない。それ以前に人としてさえ生まれなかった己が、人間として扱われるはずがないという思いが胸の中には常にあった。

 幼い頃のことは断片的に覚えている。
 犬たちの間で体を丸め、餌として与えられた肉を口にしていたこと。人間たちに見つかって小屋から引きずり出され、口々に罵られながら棒で追われたこと。恐怖のあまり、壁の隅に身を縮めて唸り声を上げることしかできなかったこと。

 人間の間で育てられることになり、衣服を与えられ、言葉を教えられ、文字を読めるようになった。後宮を出て見習い従者として王宮に入る頃には、見かけだけはただの北方人の子供のように見えただろう。

 だが、じっと目を見られれば、裸で地べたを這い回っていたあの頃の己を知られてしまう。もしも知られれば、犬よりも卑しい化け物だと、棒で打たれ石を投げられる――。





 怯える気持ちは、今も消えない。正体を知られてはならないと、ずっと怖れ続けてきた。
 けれど神の血を引く国王は、全てを知って祝福をくれた。

「陛下……」

 正面から向けて貰える笑みが勿体ないほど嬉しくて、この感謝の気持ちをどんなふうに伝えれば良いのか分からない。精悍な頬におずおずと敬慕の口づけを捧げると、ジハードの笑みがますます深くなった。

「愛している……お前を幸せにしたい」

 迷いもなく頬に口づけを返されて、胸が温かくて涙が出そうになる。
 もう何時死んでも悔いはない、一生分の幸せをいただいたのだと伝えたかったが、喉が詰まって声にならなかった。

「抱いても良いか……。俺に抱かれるのは、嫌ではないか……?」

 言葉が出ない代わりに、シェイドはジハードの首に回した腕に力を込めた。





 今までは罰を受けているのだと思っていたから、触れられるのが怖かった。快楽に溺れている最中も、首に掛かった処刑の縄を絞め上げられているように感じていた。

 だが、そう思っていたのはシェイドだけで、ジハードの方は初めからただ愛でてくれていたのかもしれない。
 シェイドを一人の人間として認め、他のウェルディリア人の奥侍従たちと同じように、愛してくれていたのかもしれなかった。

 ――陛下に、永遠の忠誠を誓います。

 そう言って崇敬の思いを伝えたいのに言葉にならない。その代わり、シェイドは震える唇でおずおずとジハードの唇に触れた。

「シェイド、お前を愛している……!」

 啄むようだった口づけが、急に激しいものに変わった。
 肉厚な舌が入り込み、舌を絡め取り、歯列をなぞる。背を抱いていた手が首筋を辿り、夜着の袷から胸元へと滑り込んできた。鎖骨を通った手は腋の柔らかさを確かめ、胸の肉を寄せるように包むと、緊張に尖った胸の粒を指先に捕らえた。

「あっ……」

 下腹に痺れるような熱が走った。

 思わず仰け反った首筋にジハードが吸い付き、軽く歯を立てながら跡をつける。興奮を押し隠すような息づかいに耳を擽られ、全身がますます敏感になっていく。

「気持ちいいか……」

 硬くなって夜着を押し上げた屹立に、隆々としたものが押しつけられた。硬く逞しいジハードの雄の部分だ。
 沁み入るような快感にじわりと煽られて、シェイドは返事の代わりに自らのものをジハードのそれに擦りつけた。ジハードが、フッと好色そうな笑みを浮かべる。

「お前はここが好きだものな……」

「あ、んんっ……!」

 両方の乳首がジハードの指に囚われた。胸から走った疼きが、下腹にジンジンと響く。
 軽く抓んで指先で弾き、捏ねるように潰されて、押し上げられた夜着の前が湿るのが分かった。

 白い肌に所有の跡を残したジハードは、指で育てた胸の突起を口に含んで、健気に尖ったそれの硬さを確かめる。

「あ……あ、あ……っ」

 温かく濡れた舌に擽られて、シェイドはもどかしいような声を上げた。
 片方を指で弄られながら、もう片方を吸われると腰の奥まで疼きが走る。夜着の前がますます濡れ、その奥にある窄まりがキュッと締まった。
 このまま気をやって、果ててしまいそうだった。

「へい、か……」

 啜り泣きを漏らしながら、シェイドは昂ぶったものをジハードの腹に押しつけた。薄い夜着越しに、良く鍛えられた硬い肉体の感触が伝わる。

 このまま終わりを迎えたい……激しい肉体の欲求がシェイドから慎みを失わせていく。

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