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第三章 ミスル離宮
グスタフの砦
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扉が外から閉められるや否や蹄の音が鳴り、馬車はゆっくりと動き始めた。
王城は王都の最奥、神山にもっとも近い場所に建てられている。いくつかの門を潜る気配の後、馬車は坂をゆっくりと下り始めた。城を離れるのだ。
緩い坂を下りながら、馬車は往来を進んでいく。
紋章がないために何処の馬車かは分からなくとも、二十もの騎兵が守っている物々しさから、人々は自然と道を空けるようだ。
馬車は城下の大通りをまっすぐに下り、王都を区切るいくつかの門に通行手形を示して遅滞なく進んだ。
シェイドは王宮で産まれ、王宮で育った。
城を離れたのは、ヴァルダンの城下屋敷に預けられた半年間だけだ。その間も一度も屋敷の外には出ていない。
王都ハルハーンは、書斎に置いてあった書物によると、三重の城壁とウェルディの加護に守られた不落の城塞都市である。
『一の城壁は王城を守り、二の城壁は神殿と貴族の城下屋敷を守る。そして三の城壁はいくつもの櫓を備えて、王都に住まう民すべてを外の敵から守っている』
『この壁の内側は戦神ウェルディの守護地であり、戦で命を失うことは決してない』、と。
その書にはこうも書かれていた。
『三の城壁の外は荒野が広がり、獣や盗賊や病や飢饉などありとあらゆる災厄が襲いくる魔の巣窟である。人々は一歩城壁の外に出たその瞬間に、ウェルディの加護を失った事実を知るだろう。不安と恐怖に震えながら、ハルハーンの高い壁を仰ぎ見るのだ』
馬の蹄と車輪の音が、軽く硬い音へと変わる。今まさに、馬車は三の城壁の跳ね橋を渡っていた。
跳ね橋を渡り終えて、車輪が硬い地面を走り始めると、空気さえもが王都の中とは違うように感じられた。
ひしめき合うような人々の気配も、物売りの声も、蹄鉄や馬車の音も聞こえない。ここはもうウェルディの庇護を離れた土地なのだ。
シェイドは座席から立ち上がると物見の窓を開いた。冷たい風が吹き込んできたが、目を眇めてそれを躱し、身を乗り出して後方を見る。
視界いっぱいに広がるのは背の高い灰色の城壁だった。両端が見えないほど巨大な壁と、跳ね橋を備えた勇壮な城門。二の城壁、一の城壁の上端と、神山の山脈を背に聳え立つ荘厳な城が遠く見えた。
これほど巨大で美しい都だとも知らずに今まで生きてきたのだ。
意識すらせぬまま、ずっとウェルディ神の懐に守られて生きていた。卑しい北方人の自分さえ、この都の中では等しく守護を受け、生かされていたのだ。
「……何かご用でしょうか」
窓を開けたシェイドに、騎兵の一人が馬を寄せて用向きを尋ねてきた。シェイドはそれに首を振って答えると、物見の窓を閉めて座席に着いた。王都を遠く離れる前に、最後にその姿を見ることができて良かったと思った。
何のためかは分からぬ涙が溢れてきたが、シェイドはそれを拭いもせずに、徐々に揺れが激しくなる馬車の背凭れに体を預けた。
何度かの短い休息を挟みながら、馬車は走り続けた。
窓の隙間から差し込む光が夕日になり、やがて薄青くなって消えた。六頭立てで疾走する馬車は、日が落ちると同時に隙間から肌を刺す冷気が吹き込み始めた。
外套を纏っていても肌寒い。体が冷えてくると考える気力さえも失われる。馬車の行く先や、その先で待ち構える運命のことも、恐れるより先に現実味が失われていく。
日がすっかり沈みきって暫く経った頃、馬車の車輪が石畳の坂を登る気配があった。今まで疾走していた街道とは明らかに違う音に、目的の場所が近いことをシェイドは悟った。
慌てて涙の跡を拭い、髪の乱れを整えて帽子を被り直す。
何処に連れて行かれるにしても、用意されたこの服に恥じるような無様を晒すわけにはいかない。それはジハードが最後にくれた恩情を裏切ることになってしまう。
馬車が止まると、シェイドは背を伸ばし居住まいを正した。外には幾人もの人の気配がしていた。
やがて、馬車の扉が静かに叩かれた。
「長旅お疲れ様でございました。扉を開けてもよろしいでしょうか」
掛けられた声に困惑しながら、シェイドは扉を開ける許しを出した。――この声は、白桂宮で出立を見送られたフラウのものではないか。
思った通り、外から扉を開けたのはフラウだった。
白桂宮で別れたはずの侍従は、馬に乗って追いついてきたらしく、騎乗用の外套と長靴を身につけていた。騎兵の人数もいくらか増えている。何度かの休息の際もシェイドは一度も外に出なかったが、どこかで合流したものらしい。
「……馬車に酔われましたか?」
穏やかな笑顔を浮かべていたフラウが、心配そうに表情を曇らせた。開けられた形跡のない昼食の包みに目を走らせ、案じるように顔を覗き込んでくる。
シェイドは俯いて顔を隠し、何でもないと首を振って馬車を降りた。
行き先も教えられずに馬車に揺られているのは、自分で思うよりずっと心細かったのだろう。フラウの顔を見た途端ホッとして鼻の奥が熱くなってしまい、シェイドは睫を伏せて目が潤んでくるのを隠した。
「大事ありません……」
胸に手を当てて、声が震えそうになるのを少しでも抑えようとする。そのシェイドの元に、軍服姿の老人を先頭にした人の列が近づいてきた。
先頭の老人はシェイドの数歩手前で足を止めると、背を伸ばして嗄れた声を張り上げた。
「初めてお目に掛かります。ヴァルダン公爵領グスタフ砦を預かる、ドルゴ・グスタフと申します」
ドルゴは老いてなお肉厚な体躯を深々と折り曲げ、王族にするように恭しく礼を取った。
篝火が焚かれてはいるものの、暗闇でシェイドの髪色が判別できないようだ。北方人そのもののこの姿を見れば、こんな丁重な挨拶はないだろう。
シェイドが帽子を取ってそれに応えようとするより早く、隣にいたフラウが声を上げた。
「こちらは王兄シェイド・ハル・ウェルディス殿下でいらっしゃいます。殿下はお疲れのご様子ですので、すぐに案内を頼みます」
その名乗りに、シェイドは戸惑って侍従の顔を見た。
『ハル・ウェルディス』の名は、ジハードが戯れに額環に刻み込んだ架空の名ではなかったのか。その名が白桂宮の外で使われることがあるとは、シェイドは思いもしなかった。
だがそれを聞いたドルゴは何一つ不審そうな様子は見せず、胸に手を当てて最上の敬意を表した。
「王兄殿下にお運びいただける栄誉を賜り、望外の喜びにございます。ご覧の通りの無骨な砦ではございますが、どうぞごゆるりとお休み下さい」
疲れた様子のシェイドに、ドルゴは余分なことは言わなかった。先に立って歩き砦の中へとシェイドたちを先導する。出迎えに並んだ砦の兵達も、皆一様に深々と腰を折り、シェイドやフラウを北方人だと嘲る様子の者は一人もいなかった。
案内された砦は、小さな城塞だった。
俄拵えの灯りが随所に灯されていたので暗くはなかったが、王宮やヴァルダンの城下屋敷しか知らないシェイドの目にはかなり質素な建物に見えた。
やがて通された部屋は賓客を迎えるためのものらしく、古びてはいるが重厚な調度が揃えられている。暖炉には火が焚かれ、卓の上には食事の皿が並んでいた。
料理は冷めていたが、あらかじめ伝えられていたらしく、肉や魚の類いは載っていなかった。
「長旅でお疲れになられたでしょう。少し喉を潤されてはいかがでしょうか」
ドルゴが去ると、フラウが気遣わしげに話しかけてきた。
帽子と外套を脱ぎ、食事の卓につく。給仕しようとするフラウを制して、シェイドは尋ねた。
「貴方まで王都を出されてしまったのですか」
シェイドの問いかけに、フラウは屈託のない様子で答えた。
「勿論です。殿下の御身回りを他の者に任せるわけにはまいりませんから」
迷いのないフラウの答えに、シェイドは眉を顰めた。
ドルゴの様子からすると、処刑のためにわざわざこんな遠方まで連れてこられたとも思えなかったが、王都を追放されたことに変わりはない。
いつかはこうなると覚悟していたので自分は構わないが、自分付きというだけで諸共に王都を追われたフラウにシェイドは心を痛めた。
「私のことは構いませんから、ハルハーンに戻れるように手を尽くしてみてはどうですか」
「……えっ!?……あの、それは……?」
困惑した様子でフラウが何かを問いかけようとした、ちょうどその時。――開門を叫ぶ砦兵の声が二人の耳に届いた。
部屋の中にいてさえ、緊迫した気配が伝わってくる。次いで、騎馬の一団が蹄を鳴らして砦の坂を駆け上がってくる音がした。シェイド達を追うようにして騎馬団が砦にやってきたのだ。
出迎えの人々が大慌てで部屋の外の廊下を走り抜ける足音が聞こえた。
もしかすると、王都から派遣された処刑人が到着したのではないか。そう考えて、シェイドはひやりとした心持ちになる。
王妃と同じ目と髪の色を持つ死体が人目につくのを避けるため、ジハードはわざわざこんな辺境でシェイドを処刑することにしたのかもしれない。あるいはジハードから始末を命じられたサラトリアが、手勢の中から処刑人を選んでここへ送り込んできたのか。
突然王都を出されたばかりで、まだ気持ちの整理も付けきれずにいるというのに。
「見て参ります」
フラウが慌てた様子で扉の方へと向かった。
だが侍従が扉に手をかけるより早く、その扉は外から開かれた。
「……!」
松明の灯りに照らされた顔を見て、シェイドは思わず息を飲んで椅子から立ち上がっていた。
そこに立っていたのは、王都を空けるはずのない国王ジハードその人だったからだ。
王城は王都の最奥、神山にもっとも近い場所に建てられている。いくつかの門を潜る気配の後、馬車は坂をゆっくりと下り始めた。城を離れるのだ。
緩い坂を下りながら、馬車は往来を進んでいく。
紋章がないために何処の馬車かは分からなくとも、二十もの騎兵が守っている物々しさから、人々は自然と道を空けるようだ。
馬車は城下の大通りをまっすぐに下り、王都を区切るいくつかの門に通行手形を示して遅滞なく進んだ。
シェイドは王宮で産まれ、王宮で育った。
城を離れたのは、ヴァルダンの城下屋敷に預けられた半年間だけだ。その間も一度も屋敷の外には出ていない。
王都ハルハーンは、書斎に置いてあった書物によると、三重の城壁とウェルディの加護に守られた不落の城塞都市である。
『一の城壁は王城を守り、二の城壁は神殿と貴族の城下屋敷を守る。そして三の城壁はいくつもの櫓を備えて、王都に住まう民すべてを外の敵から守っている』
『この壁の内側は戦神ウェルディの守護地であり、戦で命を失うことは決してない』、と。
その書にはこうも書かれていた。
『三の城壁の外は荒野が広がり、獣や盗賊や病や飢饉などありとあらゆる災厄が襲いくる魔の巣窟である。人々は一歩城壁の外に出たその瞬間に、ウェルディの加護を失った事実を知るだろう。不安と恐怖に震えながら、ハルハーンの高い壁を仰ぎ見るのだ』
馬の蹄と車輪の音が、軽く硬い音へと変わる。今まさに、馬車は三の城壁の跳ね橋を渡っていた。
跳ね橋を渡り終えて、車輪が硬い地面を走り始めると、空気さえもが王都の中とは違うように感じられた。
ひしめき合うような人々の気配も、物売りの声も、蹄鉄や馬車の音も聞こえない。ここはもうウェルディの庇護を離れた土地なのだ。
シェイドは座席から立ち上がると物見の窓を開いた。冷たい風が吹き込んできたが、目を眇めてそれを躱し、身を乗り出して後方を見る。
視界いっぱいに広がるのは背の高い灰色の城壁だった。両端が見えないほど巨大な壁と、跳ね橋を備えた勇壮な城門。二の城壁、一の城壁の上端と、神山の山脈を背に聳え立つ荘厳な城が遠く見えた。
これほど巨大で美しい都だとも知らずに今まで生きてきたのだ。
意識すらせぬまま、ずっとウェルディ神の懐に守られて生きていた。卑しい北方人の自分さえ、この都の中では等しく守護を受け、生かされていたのだ。
「……何かご用でしょうか」
窓を開けたシェイドに、騎兵の一人が馬を寄せて用向きを尋ねてきた。シェイドはそれに首を振って答えると、物見の窓を閉めて座席に着いた。王都を遠く離れる前に、最後にその姿を見ることができて良かったと思った。
何のためかは分からぬ涙が溢れてきたが、シェイドはそれを拭いもせずに、徐々に揺れが激しくなる馬車の背凭れに体を預けた。
何度かの短い休息を挟みながら、馬車は走り続けた。
窓の隙間から差し込む光が夕日になり、やがて薄青くなって消えた。六頭立てで疾走する馬車は、日が落ちると同時に隙間から肌を刺す冷気が吹き込み始めた。
外套を纏っていても肌寒い。体が冷えてくると考える気力さえも失われる。馬車の行く先や、その先で待ち構える運命のことも、恐れるより先に現実味が失われていく。
日がすっかり沈みきって暫く経った頃、馬車の車輪が石畳の坂を登る気配があった。今まで疾走していた街道とは明らかに違う音に、目的の場所が近いことをシェイドは悟った。
慌てて涙の跡を拭い、髪の乱れを整えて帽子を被り直す。
何処に連れて行かれるにしても、用意されたこの服に恥じるような無様を晒すわけにはいかない。それはジハードが最後にくれた恩情を裏切ることになってしまう。
馬車が止まると、シェイドは背を伸ばし居住まいを正した。外には幾人もの人の気配がしていた。
やがて、馬車の扉が静かに叩かれた。
「長旅お疲れ様でございました。扉を開けてもよろしいでしょうか」
掛けられた声に困惑しながら、シェイドは扉を開ける許しを出した。――この声は、白桂宮で出立を見送られたフラウのものではないか。
思った通り、外から扉を開けたのはフラウだった。
白桂宮で別れたはずの侍従は、馬に乗って追いついてきたらしく、騎乗用の外套と長靴を身につけていた。騎兵の人数もいくらか増えている。何度かの休息の際もシェイドは一度も外に出なかったが、どこかで合流したものらしい。
「……馬車に酔われましたか?」
穏やかな笑顔を浮かべていたフラウが、心配そうに表情を曇らせた。開けられた形跡のない昼食の包みに目を走らせ、案じるように顔を覗き込んでくる。
シェイドは俯いて顔を隠し、何でもないと首を振って馬車を降りた。
行き先も教えられずに馬車に揺られているのは、自分で思うよりずっと心細かったのだろう。フラウの顔を見た途端ホッとして鼻の奥が熱くなってしまい、シェイドは睫を伏せて目が潤んでくるのを隠した。
「大事ありません……」
胸に手を当てて、声が震えそうになるのを少しでも抑えようとする。そのシェイドの元に、軍服姿の老人を先頭にした人の列が近づいてきた。
先頭の老人はシェイドの数歩手前で足を止めると、背を伸ばして嗄れた声を張り上げた。
「初めてお目に掛かります。ヴァルダン公爵領グスタフ砦を預かる、ドルゴ・グスタフと申します」
ドルゴは老いてなお肉厚な体躯を深々と折り曲げ、王族にするように恭しく礼を取った。
篝火が焚かれてはいるものの、暗闇でシェイドの髪色が判別できないようだ。北方人そのもののこの姿を見れば、こんな丁重な挨拶はないだろう。
シェイドが帽子を取ってそれに応えようとするより早く、隣にいたフラウが声を上げた。
「こちらは王兄シェイド・ハル・ウェルディス殿下でいらっしゃいます。殿下はお疲れのご様子ですので、すぐに案内を頼みます」
その名乗りに、シェイドは戸惑って侍従の顔を見た。
『ハル・ウェルディス』の名は、ジハードが戯れに額環に刻み込んだ架空の名ではなかったのか。その名が白桂宮の外で使われることがあるとは、シェイドは思いもしなかった。
だがそれを聞いたドルゴは何一つ不審そうな様子は見せず、胸に手を当てて最上の敬意を表した。
「王兄殿下にお運びいただける栄誉を賜り、望外の喜びにございます。ご覧の通りの無骨な砦ではございますが、どうぞごゆるりとお休み下さい」
疲れた様子のシェイドに、ドルゴは余分なことは言わなかった。先に立って歩き砦の中へとシェイドたちを先導する。出迎えに並んだ砦の兵達も、皆一様に深々と腰を折り、シェイドやフラウを北方人だと嘲る様子の者は一人もいなかった。
案内された砦は、小さな城塞だった。
俄拵えの灯りが随所に灯されていたので暗くはなかったが、王宮やヴァルダンの城下屋敷しか知らないシェイドの目にはかなり質素な建物に見えた。
やがて通された部屋は賓客を迎えるためのものらしく、古びてはいるが重厚な調度が揃えられている。暖炉には火が焚かれ、卓の上には食事の皿が並んでいた。
料理は冷めていたが、あらかじめ伝えられていたらしく、肉や魚の類いは載っていなかった。
「長旅でお疲れになられたでしょう。少し喉を潤されてはいかがでしょうか」
ドルゴが去ると、フラウが気遣わしげに話しかけてきた。
帽子と外套を脱ぎ、食事の卓につく。給仕しようとするフラウを制して、シェイドは尋ねた。
「貴方まで王都を出されてしまったのですか」
シェイドの問いかけに、フラウは屈託のない様子で答えた。
「勿論です。殿下の御身回りを他の者に任せるわけにはまいりませんから」
迷いのないフラウの答えに、シェイドは眉を顰めた。
ドルゴの様子からすると、処刑のためにわざわざこんな遠方まで連れてこられたとも思えなかったが、王都を追放されたことに変わりはない。
いつかはこうなると覚悟していたので自分は構わないが、自分付きというだけで諸共に王都を追われたフラウにシェイドは心を痛めた。
「私のことは構いませんから、ハルハーンに戻れるように手を尽くしてみてはどうですか」
「……えっ!?……あの、それは……?」
困惑した様子でフラウが何かを問いかけようとした、ちょうどその時。――開門を叫ぶ砦兵の声が二人の耳に届いた。
部屋の中にいてさえ、緊迫した気配が伝わってくる。次いで、騎馬の一団が蹄を鳴らして砦の坂を駆け上がってくる音がした。シェイド達を追うようにして騎馬団が砦にやってきたのだ。
出迎えの人々が大慌てで部屋の外の廊下を走り抜ける足音が聞こえた。
もしかすると、王都から派遣された処刑人が到着したのではないか。そう考えて、シェイドはひやりとした心持ちになる。
王妃と同じ目と髪の色を持つ死体が人目につくのを避けるため、ジハードはわざわざこんな辺境でシェイドを処刑することにしたのかもしれない。あるいはジハードから始末を命じられたサラトリアが、手勢の中から処刑人を選んでここへ送り込んできたのか。
突然王都を出されたばかりで、まだ気持ちの整理も付けきれずにいるというのに。
「見て参ります」
フラウが慌てた様子で扉の方へと向かった。
だが侍従が扉に手をかけるより早く、その扉は外から開かれた。
「……!」
松明の灯りに照らされた顔を見て、シェイドは思わず息を飲んで椅子から立ち上がっていた。
そこに立っていたのは、王都を空けるはずのない国王ジハードその人だったからだ。
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