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第三章 ミスル離宮
真昼の湯殿
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「陛下……陛下ッ……」
抱え上げられたシェイドは、問答無用で湯殿に連れてこられた。
体に巻き付けたショールを毟り取られ、裾の長い部屋着を捲り上げられる。繊細な細工物の飾り釦が千切れ飛んで、石の床を転がっていった。
「早く服を脱げ、どこに湯を被った!」
「……被って、おりません……ッ!」
下着ごと引き裂くように服を脱がせるジハードの手を、シェイドは必死になって押し留めた。
確かに中身の入った茶器を投げつけられはしたが、それを浴びたのはフラウであり、しかも煎れてからの時間を考えれば十分冷めていたはずだ。
「フラウが、庇ってくれましたから……!」
息を切らしながら、シェイドは破れた部屋着をかき集めようとする。その手をジハードが掴み上げた。
「赤くなっているぞ」
「それは……!」
透き通るような白い肌のあちこちに、鮮やかな赤みが散っていた。
だがこれは湯を浴びせられた火傷の跡ではない。昨夜やその前、さらにその前の夜にジハードがつけた所有の印だ。
恥じらって口籠もるシェイドの様子に、ジハードもやっと思い至ったらしい。
「……ああ。……俺がつけたものか……」
「……んっ」
指先で触れて確かめられて、微かな痛みにシェイドは身を竦ませた。
跡が残されているのは、どこも敏感な場所ばかりだ。そこを吸われたときに味わった深い快楽を思い出すと、自然と体の芯が火照ってしまう。
そうとは意識しないまま、甘い吐息が鼻から漏れてしまった。
「どうか、お放しください……」
頬を赤らめて、シェイドは懇願した。
視線に怯えるように少し顔を背けて、伏し目がちの目は泣き出しそうに潤んでいる。閨の中で見せるのと同じ、恥じらいの表情だ。
不意をついて匂い立った色香に、ジハードは思わず唾を飲み込んだ。
真昼の湯殿の中で引き裂かれた部屋着をかきあわせて裸体を隠そうとしている、しどけない伴侶の姿がジハードを煽る。
どうして躊躇する必要があるだろうか。これは誰に遠慮する必要もない、神の御前で契りを交わしたジハードの妃だ。抱きたいときに抱いて良い肉体だ。
「……怪我がないか、この目で確かめてやろう……」
ジハードが手を振り、侍従たちに退出を命じた。
後を追ってきていた大勢の侍従が、潮が引くように姿を消していく。
最後にフラウが扉を閉めて出て行くと、蒸気が立ちこめる湯殿の中はジハードとシェイドの二人きりになった。
「全部脱いで、俺に見せてみろ。お前の体に一か所でも傷がついていたら、あの女を極刑に処してやる」
強い口調に逆らうこともできずに、シェイドは体を覆う役を果たさなくなった布きれを床に落としていった。
真冬だが、一日中出で湯が湧き零れるこの湯殿は蒸気で満たされていて、少しも寒くはない。石造りの床を溢れた湯が流れ続けているために、いっそ蒸し暑いくらいだ。
湯船に浮かべられた香草が、今日も豊かな香りを湯殿の中に漂わせている。
「……なぜアリアと会うことになった。侍従に何か不手際があったのか」
怒りの波はすでに去り、穏やかな口調でジハードはシェイドに問いかけた。だがここで答え方を間違えれば、フラウやこの件に関わった侍従達が後で罰を受けることは容易に想像できる。
シェイドは慎重に言葉を選んだ。
「……お会いして話をしてみたかったのです。公爵家の姫君でありながら、在外大使まで務められたお方ですから。今の国内の情勢や隣国の様子などもお聞きしたいと思いました」
政務の話はジハードとの食事の際に必ず出る話題だ。王族としての教育を受けていないシェイドは、その話題についていくために、空いた時間のほとんどを書斎に用意されたさまざまな政治書を読むことに費やしている。シェイドが政に興味を持つことを、ジハードは否とは言うまい。
だが、千切れかけた留め具を外す指は、内心の緊張を表して震えていた。
明言されたわけではなかったが、状況から考えてシェイドは外の人間と交流を持つことを禁じられている。ジハードとサラトリア以外の宮廷人が、今までここに足を踏み入れたこともない。
アリアの来訪はジハードの意向に反するものだっただろう。ジハードはシェイドが余人に会うことを望んでいない。
シェイドも、フラウがアリアを止められるようならば、自分が出て行くつもりはなかった。
だがアリアの態度は思った以上に強硬で、一介の侍従長に過ぎないフラウではこれ以上の足止めはできまいと思われた。
このまま足止めしようとすればアリアから責められ続け、押し切られて通してしまえばジハードから罰を受ける。
それならば、叱責は自分が受ければよいと思ったのだ。侍従たちにはこの先もまだ務めがあるが、自分はもうすぐ役目から放たれる身だ。
それにシェイドがアリアと話をしようと思った理由は、なにも侍従達のためばかりではなかった。
「アリア様は次期王妃とも謳われた姫君ですから、是非ともお会いしてみたかったのです」
意図的に話を核心へと繋げる。声が震えないようにするのが精いっぱいだった。
「ほぅ……」
案の定、ジハードが訝し気な声を上げた。シェイドの口からそんな言葉が出てくるとは思わなかったのだろう。
シェイドは意を決して最後の一枚を床の上に落とすと、隠すもののない裸体を曝け出した。
抱え上げられたシェイドは、問答無用で湯殿に連れてこられた。
体に巻き付けたショールを毟り取られ、裾の長い部屋着を捲り上げられる。繊細な細工物の飾り釦が千切れ飛んで、石の床を転がっていった。
「早く服を脱げ、どこに湯を被った!」
「……被って、おりません……ッ!」
下着ごと引き裂くように服を脱がせるジハードの手を、シェイドは必死になって押し留めた。
確かに中身の入った茶器を投げつけられはしたが、それを浴びたのはフラウであり、しかも煎れてからの時間を考えれば十分冷めていたはずだ。
「フラウが、庇ってくれましたから……!」
息を切らしながら、シェイドは破れた部屋着をかき集めようとする。その手をジハードが掴み上げた。
「赤くなっているぞ」
「それは……!」
透き通るような白い肌のあちこちに、鮮やかな赤みが散っていた。
だがこれは湯を浴びせられた火傷の跡ではない。昨夜やその前、さらにその前の夜にジハードがつけた所有の印だ。
恥じらって口籠もるシェイドの様子に、ジハードもやっと思い至ったらしい。
「……ああ。……俺がつけたものか……」
「……んっ」
指先で触れて確かめられて、微かな痛みにシェイドは身を竦ませた。
跡が残されているのは、どこも敏感な場所ばかりだ。そこを吸われたときに味わった深い快楽を思い出すと、自然と体の芯が火照ってしまう。
そうとは意識しないまま、甘い吐息が鼻から漏れてしまった。
「どうか、お放しください……」
頬を赤らめて、シェイドは懇願した。
視線に怯えるように少し顔を背けて、伏し目がちの目は泣き出しそうに潤んでいる。閨の中で見せるのと同じ、恥じらいの表情だ。
不意をついて匂い立った色香に、ジハードは思わず唾を飲み込んだ。
真昼の湯殿の中で引き裂かれた部屋着をかきあわせて裸体を隠そうとしている、しどけない伴侶の姿がジハードを煽る。
どうして躊躇する必要があるだろうか。これは誰に遠慮する必要もない、神の御前で契りを交わしたジハードの妃だ。抱きたいときに抱いて良い肉体だ。
「……怪我がないか、この目で確かめてやろう……」
ジハードが手を振り、侍従たちに退出を命じた。
後を追ってきていた大勢の侍従が、潮が引くように姿を消していく。
最後にフラウが扉を閉めて出て行くと、蒸気が立ちこめる湯殿の中はジハードとシェイドの二人きりになった。
「全部脱いで、俺に見せてみろ。お前の体に一か所でも傷がついていたら、あの女を極刑に処してやる」
強い口調に逆らうこともできずに、シェイドは体を覆う役を果たさなくなった布きれを床に落としていった。
真冬だが、一日中出で湯が湧き零れるこの湯殿は蒸気で満たされていて、少しも寒くはない。石造りの床を溢れた湯が流れ続けているために、いっそ蒸し暑いくらいだ。
湯船に浮かべられた香草が、今日も豊かな香りを湯殿の中に漂わせている。
「……なぜアリアと会うことになった。侍従に何か不手際があったのか」
怒りの波はすでに去り、穏やかな口調でジハードはシェイドに問いかけた。だがここで答え方を間違えれば、フラウやこの件に関わった侍従達が後で罰を受けることは容易に想像できる。
シェイドは慎重に言葉を選んだ。
「……お会いして話をしてみたかったのです。公爵家の姫君でありながら、在外大使まで務められたお方ですから。今の国内の情勢や隣国の様子などもお聞きしたいと思いました」
政務の話はジハードとの食事の際に必ず出る話題だ。王族としての教育を受けていないシェイドは、その話題についていくために、空いた時間のほとんどを書斎に用意されたさまざまな政治書を読むことに費やしている。シェイドが政に興味を持つことを、ジハードは否とは言うまい。
だが、千切れかけた留め具を外す指は、内心の緊張を表して震えていた。
明言されたわけではなかったが、状況から考えてシェイドは外の人間と交流を持つことを禁じられている。ジハードとサラトリア以外の宮廷人が、今までここに足を踏み入れたこともない。
アリアの来訪はジハードの意向に反するものだっただろう。ジハードはシェイドが余人に会うことを望んでいない。
シェイドも、フラウがアリアを止められるようならば、自分が出て行くつもりはなかった。
だがアリアの態度は思った以上に強硬で、一介の侍従長に過ぎないフラウではこれ以上の足止めはできまいと思われた。
このまま足止めしようとすればアリアから責められ続け、押し切られて通してしまえばジハードから罰を受ける。
それならば、叱責は自分が受ければよいと思ったのだ。侍従たちにはこの先もまだ務めがあるが、自分はもうすぐ役目から放たれる身だ。
それにシェイドがアリアと話をしようと思った理由は、なにも侍従達のためばかりではなかった。
「アリア様は次期王妃とも謳われた姫君ですから、是非ともお会いしてみたかったのです」
意図的に話を核心へと繋げる。声が震えないようにするのが精いっぱいだった。
「ほぅ……」
案の定、ジハードが訝し気な声を上げた。シェイドの口からそんな言葉が出てくるとは思わなかったのだろう。
シェイドは意を決して最後の一枚を床の上に落とすと、隠すもののない裸体を曝け出した。
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