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【第二章】愚者王の恋
12.
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「貴方は愛宕伊久磨様ですか?」
はっきりとした、流暢な日本語。
――え、日本語?
振り返った先には、艶やかな黒髪にアメジスト色の瞳を持った美青年。どことなく、まだ幼い感じがする。成長したら迫力のある男前に成長しそうだ。
身長は、男の時の自分と同じか、それ以上。ジェニほどではないが、かなり高身長だ。
ジェニが以前着ていたような黒い軍服に、菖蒲色のマント。騎士なのだろうか。腰には何本もの剣を帯刀している――あれは、日本刀?
「はい、そうですが……」
「やはり、そうでしたか」
伊久磨が認めると、厳しい眼差しをふっと和らげる。少し緊張していたのだろうか。
「後姿を拝見し、もしやと思いお声をかけさせていただきました」
彼はそういうと、伊久磨に対して上体を倒し、まるで日本軍人のような最敬礼をしてみせた。
「ご無礼をお許しください」
「気にしないでください。ええっと……君は?」
「私は、北の大地を守るスパーダ伯爵家の息子。ダノワ・アイリス・スパーダと申します」
この度は、姉パラス・スパーダが愛宕様に大変な無礼をおかけしましたことを、お詫び申し上げます、と再び頭を下げられる。
姉?
スパーダ?
「…………あ!」
ジェニの婚約者の、弟さん!?
言われてみれば、先ほど目にしたパラス・スパーダ伯爵令嬢と似ている。
髪の色もそうだが、意志の強そうな迫力ある瞳と言い、眼差しと言い。彼女の弟さんなら、もっと年下なのだろうが、それを感じさせない貫禄と風格に満ちている。おそらく、軍服についている勲章やマントも、きっと彼の地位と実力を示しているのだろう。
「あぁ、いえ、そんな………」
いや、そんなことあるな?
思わず流れで「そんな気にしなくていいですよ」と、日本人的なことを言いそうになってしまったが、それはそれで違うだろうとも思い、口をつぐんだ。
せめて、男に戻してほしい、とは思うから。
本当にパラス伯爵令嬢が自分を女性にし、ハートのクイーンの能力を消したのだとしたら、最悪、ハートのクイーンの力はなくてもいい。あれは自分には大きすぎる力だから。なんなら、自分以外の、その名にふさわしい女性に譲渡したいくらいに思っていたくらい。
自分があの力を失ったことで、今後、ジェニとの《婚約》が継続するかどうかも怪しい。
自分一人が元の生活にもどるのであれば、男に戻るだけで十分だ。
「――愛宕様には、ハートのクイーン様には命を助けていただきました」
「へ?」
「……あの日、愚者の軍勢がこの王城まで押し入った時、我々騎士団だけでは力不足でした」
ジェニの婚約者の弟。
そのことから、思考があちらこちらに飛んでしまっていた伊久磨に、ダノワが語りだす。一瞬、内容が理解できず反応が遅れたが、《騎士団》というワードに、あっと息をのんだ。
『――騎士団は全員突破されたのか』
苦々し気なジェニの声が脳裏によみがえる。
伊久磨の覚醒した能力で、王城の上空にテレポートしてしまい、逃げ惑う人々を目にした時の発言だ。
「あの時の……」
「はい。上空にハートのクイーン様が降臨された瞬間。私は神話の中でしか存在しないと思い込んでいた、聖母アルジーヌをこの目で見た気がしました」
それは、この世の何よりも美しく、神秘的な御姿でした。
青年ダノワは静かに語り、そのアメジストの瞳に熱を灯して、伊久磨を見つめる。
「あの時、私は効き腕を負傷しておりました。他の騎士団達も感染し、仲間内での争いが起き、地獄のような光景でした。……ですが、ハートのクイーン様の慈愛の力で仲間は正気を取り戻し、私も傷が回復し、再びこうして刀を持つことが許されました」
本当にありがとうございます、とその場で片膝をつかれる。
当時の記憶が曖昧な伊久磨としては、「お役に立てたのなら光栄です」と無難な返ししかできない。というか、本当にあれは自分の能力だったのだろうか。その時は、ジェニの事やら体調不良やらで頭がパンクしていたせいか、全く実感がない。
「あ、ということは――僕が女性でないのも知って?」
「はい。ですので正直驚きました」
驚いている風には見えなかったけどな、と思いつつ見ていると「女性になった愛宕様は聖母アルジーヌと瓜二つなのですね」と更に衝撃的なことを続ける。
「その、聖母アルジーヌって、人類最初の人間を産んだっていう神様?」
「左様です。この噴水の女神像のモデルでもあります」
「へ?!」
振り返って、改めて噴水を見上げる。
女神の彫刻らしき女性。幼子を抱くその様子は白い彫刻なので、色はわからないが、確かに、髪の長さや顔つきなどが今の伊久磨に似ていないこともない。
「そう、なんだ……」
「愛宕様は……祖国である《日本》に戻られるのですか?」
日本。その言葉に、また驚いて、ダノワの目を見る。
「………君は、どうして日本語が話せるの?」
ずっと気になってはいた。あまりに自然に会話が進むので、忘れかけていた疑問を口にする。
すると、青年は「あぁ」と、感情のない声を出し「私の日本語が不十分で、不快な想いをさせてしまいましたか?」と返された。
「いいえ。君の日本語は素晴らしいよ。発音も綺麗で、聞き取りやすい。ただ、どうしてそんなに流暢に話せるのかが気になって……気分を害したならこちらこそ、申し訳ない」
「そうでしたか。愛宕様にお褒め頂き光栄です」
青年は安心したように立ち上がると、またまっすぐに伊久磨を見つめる。
その瞳には一点の曇りもなく、パラス嬢と同じようにキラキラと光に満ちていた。まるで、伊久磨の背後に、この場にいない誰か想うかのように。
「――私の祖母が、《日本人》でしたので、日本語は祖母に教えていただきました」
「……え」
「もう何十年も前の話です。スパーダ地方に《スペードのクイーン》として降臨したのが、今は亡き祖母でした」
当時、祖母は《ジョシコウセイ》だったそうです。
その言葉に愕然とした。
はっきりとした、流暢な日本語。
――え、日本語?
振り返った先には、艶やかな黒髪にアメジスト色の瞳を持った美青年。どことなく、まだ幼い感じがする。成長したら迫力のある男前に成長しそうだ。
身長は、男の時の自分と同じか、それ以上。ジェニほどではないが、かなり高身長だ。
ジェニが以前着ていたような黒い軍服に、菖蒲色のマント。騎士なのだろうか。腰には何本もの剣を帯刀している――あれは、日本刀?
「はい、そうですが……」
「やはり、そうでしたか」
伊久磨が認めると、厳しい眼差しをふっと和らげる。少し緊張していたのだろうか。
「後姿を拝見し、もしやと思いお声をかけさせていただきました」
彼はそういうと、伊久磨に対して上体を倒し、まるで日本軍人のような最敬礼をしてみせた。
「ご無礼をお許しください」
「気にしないでください。ええっと……君は?」
「私は、北の大地を守るスパーダ伯爵家の息子。ダノワ・アイリス・スパーダと申します」
この度は、姉パラス・スパーダが愛宕様に大変な無礼をおかけしましたことを、お詫び申し上げます、と再び頭を下げられる。
姉?
スパーダ?
「…………あ!」
ジェニの婚約者の、弟さん!?
言われてみれば、先ほど目にしたパラス・スパーダ伯爵令嬢と似ている。
髪の色もそうだが、意志の強そうな迫力ある瞳と言い、眼差しと言い。彼女の弟さんなら、もっと年下なのだろうが、それを感じさせない貫禄と風格に満ちている。おそらく、軍服についている勲章やマントも、きっと彼の地位と実力を示しているのだろう。
「あぁ、いえ、そんな………」
いや、そんなことあるな?
思わず流れで「そんな気にしなくていいですよ」と、日本人的なことを言いそうになってしまったが、それはそれで違うだろうとも思い、口をつぐんだ。
せめて、男に戻してほしい、とは思うから。
本当にパラス伯爵令嬢が自分を女性にし、ハートのクイーンの能力を消したのだとしたら、最悪、ハートのクイーンの力はなくてもいい。あれは自分には大きすぎる力だから。なんなら、自分以外の、その名にふさわしい女性に譲渡したいくらいに思っていたくらい。
自分があの力を失ったことで、今後、ジェニとの《婚約》が継続するかどうかも怪しい。
自分一人が元の生活にもどるのであれば、男に戻るだけで十分だ。
「――愛宕様には、ハートのクイーン様には命を助けていただきました」
「へ?」
「……あの日、愚者の軍勢がこの王城まで押し入った時、我々騎士団だけでは力不足でした」
ジェニの婚約者の弟。
そのことから、思考があちらこちらに飛んでしまっていた伊久磨に、ダノワが語りだす。一瞬、内容が理解できず反応が遅れたが、《騎士団》というワードに、あっと息をのんだ。
『――騎士団は全員突破されたのか』
苦々し気なジェニの声が脳裏によみがえる。
伊久磨の覚醒した能力で、王城の上空にテレポートしてしまい、逃げ惑う人々を目にした時の発言だ。
「あの時の……」
「はい。上空にハートのクイーン様が降臨された瞬間。私は神話の中でしか存在しないと思い込んでいた、聖母アルジーヌをこの目で見た気がしました」
それは、この世の何よりも美しく、神秘的な御姿でした。
青年ダノワは静かに語り、そのアメジストの瞳に熱を灯して、伊久磨を見つめる。
「あの時、私は効き腕を負傷しておりました。他の騎士団達も感染し、仲間内での争いが起き、地獄のような光景でした。……ですが、ハートのクイーン様の慈愛の力で仲間は正気を取り戻し、私も傷が回復し、再びこうして刀を持つことが許されました」
本当にありがとうございます、とその場で片膝をつかれる。
当時の記憶が曖昧な伊久磨としては、「お役に立てたのなら光栄です」と無難な返ししかできない。というか、本当にあれは自分の能力だったのだろうか。その時は、ジェニの事やら体調不良やらで頭がパンクしていたせいか、全く実感がない。
「あ、ということは――僕が女性でないのも知って?」
「はい。ですので正直驚きました」
驚いている風には見えなかったけどな、と思いつつ見ていると「女性になった愛宕様は聖母アルジーヌと瓜二つなのですね」と更に衝撃的なことを続ける。
「その、聖母アルジーヌって、人類最初の人間を産んだっていう神様?」
「左様です。この噴水の女神像のモデルでもあります」
「へ?!」
振り返って、改めて噴水を見上げる。
女神の彫刻らしき女性。幼子を抱くその様子は白い彫刻なので、色はわからないが、確かに、髪の長さや顔つきなどが今の伊久磨に似ていないこともない。
「そう、なんだ……」
「愛宕様は……祖国である《日本》に戻られるのですか?」
日本。その言葉に、また驚いて、ダノワの目を見る。
「………君は、どうして日本語が話せるの?」
ずっと気になってはいた。あまりに自然に会話が進むので、忘れかけていた疑問を口にする。
すると、青年は「あぁ」と、感情のない声を出し「私の日本語が不十分で、不快な想いをさせてしまいましたか?」と返された。
「いいえ。君の日本語は素晴らしいよ。発音も綺麗で、聞き取りやすい。ただ、どうしてそんなに流暢に話せるのかが気になって……気分を害したならこちらこそ、申し訳ない」
「そうでしたか。愛宕様にお褒め頂き光栄です」
青年は安心したように立ち上がると、またまっすぐに伊久磨を見つめる。
その瞳には一点の曇りもなく、パラス嬢と同じようにキラキラと光に満ちていた。まるで、伊久磨の背後に、この場にいない誰か想うかのように。
「――私の祖母が、《日本人》でしたので、日本語は祖母に教えていただきました」
「……え」
「もう何十年も前の話です。スパーダ地方に《スペードのクイーン》として降臨したのが、今は亡き祖母でした」
当時、祖母は《ジョシコウセイ》だったそうです。
その言葉に愕然とした。
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