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【第二章】愚者王の恋
2.
しおりを挟む――ジェニ・ロワ・トランプが、王位継承権を妹のエガリテに譲り、本格的に我が家に滞在することが決定した日。
その運命の転換期である夜に、話は遡る。
愛宕家での夕食後。
エガリテが「伊久磨様お大事に~~!!」とだいぶ反応に困る捨て台詞を残しつつ、祖父母に持たされた大量の野菜を抱えたまま、トランプ王国へと帰っていった後のことだ。
「伊久磨、食器洗いはいいから風呂はいってこい」
お前で最後だ、という祖母。
我が家は、年長者である祖父が一番風呂に入り、その日の流れで祖母か伊久磨が入るかが決まっていた。言われてみれば、祖母はつやつやの風呂上がりの顔をしていた。
「あ、うん。わかった」
「ついでに銭くんにも風呂の入り方教えてやれ」
横文字が苦手な祖父母は、ジェニのことを《銭》と呼ぶことに統一したらしい。
祖母は、「これから一緒に住むんだし、海外暮らしじゃ風呂の入り方も知らんだろうし」と、伊久磨らに背を向けながら、台所で食器洗いをしながら、なんやかんや言い続けていた。
しかし伊久磨には、その祖母の言葉が脳に入ってこない。
――おわかりいただけただろうか。
何気ない祖母の一言で、現場に緊張感が走り。
壮絶な心理戦開始のゴングが鳴らされたことを!!
「い……いや彼はッ……!!」
さすがに今日は実家で入ってきたよねぇ?!
思わず声が裏返ってしまう伊久磨に対し、ジェニは突然降って沸いた《好機》を逃すまいと、ギラギラに瞳を光らせながら、ゆらりと立ち上がり「そういえば、私は着の身着のまま国を追い出されたので入ってませんねぇ……」と舌舐めずりする狂戦士のような重めのボディーブローをくれた。完全に悪役のそれ。間違っても、一国の王子の所作ではない。
棚から牡丹餅どころか、棚の中の牡丹餅を素手で食い散らかそうとする気迫に、「そんな格式高い歴史的儀礼服を着こなす男が風呂に入っていないはずがないだろう!」という返しすら出てこない。
否、先入観はいけないと思う。
今日は本当に入っていないのかもしれない―――にしても、張り付けたような笑顔が胡散臭すぎる!!
そんな抗議を祖父母の手前何とか飲み込み、平静を装った。
実際全く装えておらず、顔は引きつり、石像のように体が硬直していたわけだが。
「あぁ? そおかぁ、海外ではシャワー文化なんだっけか?」
「えぇ、日本のお風呂には入浴のマナーなどがあるのでしょうか?」
「あ~~~そうさなぁ……まぁ、伊久磨としっぽり湯につかってきなぁ!」
野球は勝ったし酒は美味い! 明日は優勝セールだしな!!
トランプ王国産のワインで完全にできあがった祖父が、赤ら顔で「いってこい!」と大笑いしている。信頼する孫に説明を全て丸投げしたせいで、肝心な孫が「ひぇッ……!」と青ざめる姿が見えないのだろうか。
「そういうわけだ、伊久磨」
男がこちらを見据えている。
その薄氷色の瞳は、本気だった。
「教えてもらおうか、風呂の入り方とやらを」
その身体でな、といわんばかりに腕を掴んできた男の手には血管が浮き出ており、数十分前まで『あと一年まってやる』といった発言を完全に忘れているようであった。
***
愛宕家は、築100年以上になる二階建ての日本家屋だ。
昔は民宿もやっていたらしく、部屋数だけでも10部屋近くあり――何が言いたいのかというと、とんでもなく”””広い”””のだ。
しかも風呂に至っては、元々台所のすぐ横に《鉄砲風呂》なるものがあったのだが、老朽化に伴い、今は物置扱い。現在は、客人用に使用していたとされる離れのヒノキ風呂をリフォームし使っている。
そう。
頼みの綱であり、唯一の良心である祖父母がいる居間から、かなり離れた位置に風呂があるのだ。
伊久磨は戦慄した。
なんやかんや、今夜は逃げ切れると思っていたからだ。
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