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【第一章】ハートの女王は靡かない

18.

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「………は?」



 なんだろう。
 今、背後から物凄く聞きなれた罵声が――と思って振り返ると。



「クソが!! なぜこの家はこんなに天井が低いんだ!!」



 記憶の中にだけにいた金髪美丈夫が、思い切り鴨居かもいに頭をぶつけかけて、キレていた。
 ちなみに、その隣にいる金髪美少女は「失礼なことをおっしゃった罰ですわ!」とフンスしている。


 しかも、二人とも正装。
 正装も、ど正装。エガリテは濃紺に金の刺繡が存分に施されたドレスに、扇のようなつばの広い帽子をつけている。
 ジェニに関しては「戴冠式帰りですか?」と言わんばかりの堂々とした貫禄だ。
 漆黒の儀礼服の上に、大小無数の勲章がついたマントにローブ。頭部には勲章のついた黒の軍帽。
 歴史的な中世西欧の正装に酷似していて、眩暈がしそうだ。
 

 初夏の夕方、比較的涼しい気候であっても日本の暑さは常軌を逸している。
 にもかかわらず、汗一つかかずに涼しく着こなしている姿は、さすがというべきか。やはり現実感が気薄で、これは夢か何かだと思わせてしまう。



「ど………」



 どうして。なんで。
 一体、何がおこっているんだ。
 なぜ日本家屋の居間に、映画から飛び出してきたような金髪美男美女の王族がいるんだ。



「なんだその呆けた顔は」



 ジェニと真正面から目が合う。
 あの不遜なアイスブルーの瞳で、意地悪く笑っていた。



「……再会のキス待ちか? なら口で言え」




 まぁ、口にせずともこちらからしてやるがな、と男が嬉々として伊久磨の頬に手を伸ばすのを、よけることもせず受け止めようとした時だ。




「ああ? 伊久磨どうした? 友達か?」


 
 お玉を持った祖母が、ガラス戸が割れそうな勢いで扉を開いた音で我に返った。



「ばッ、ばあちゃ………ちが、これは……っがぼ!!」

「夕飯時のお忙しい時間にお邪魔してしまい、申し訳ありません」



 日常をぶち壊すかのように訪れた、あまりにも早すぎる再会。
 この非現実な状況に錯乱した伊久磨が、慌てて祖母を振り返った瞬間。伊久磨の頬に伸ばそうとしていたジェニの手が、蛇のごとく弁明する伊久磨の口を塞ぐようにして、その肩を抱き寄せた。



「私は彼と、させていただいております、ジェニ・ロワ・トランプと申します。愛宕あたごヨネ様でいらっしゃいますね。ヨネ様の作る日本料理が大変美味だといつも彼から伺っておりましたので、ついお邪魔してしまいました」

「おやまぁ!」



 大変親しく――の部分を異常なほど強調しつつ、言った事もなければ、教えたこともない祖母の情報をぺらぺらと話し出され、伊久磨が犯罪者を見る様なジト目でジェニを見る。
 ジェニはというと、にこやかな顔はそのままに伊久磨の口を封じたまま「……余計な事はしゃべるなよ、何事も最初が肝心だからな」とひっそり耳打ちしてきた。恐怖である。
 


「そうなんか? まぁまぁ! こちらこそわざわざこんな汚いところにきてもらって……」



 それはそうと日本語が上手じゃの~!! と、明らかに照れまくって手にしたお玉を不自然に振り回しながら乙女のように頬を赤らめる祖母・ヨネ。
 

 そうだよ!!!
 日本語!!!!!!
 なんでそんなに流暢に話せるんだ!?



「えぇ、彼に教えていただいたんです。私も彼と親しくなりたくて覚えました。ヨネ様とこのように直接お話しすることもでき、嬉しく思います」



 嘘が過ぎる!!
 呼吸をするようにぺらぺらと語られる虚偽の発言。おそらく、能力を使ったのだろうが、異世界でも通用するものなのだろうか。
 それにしたってなんでこんな友好をアピールしまくるんだ! やめてよ!! 君とは出会って1日ちょっとだろ!!


「そ、そうなんか! 伊久磨! やりおるな!!」



 違う!!違うばあちゃん!!
 よく見て!! 詐欺師みたいな顔して笑ってるから!!


「じゃあ、そのお嬢さんは《じぇに》さんの《がーるふれんど》?」
「わたくしは、エガリテ・ロワ・トランプと申します~♡ お会いできて大変光栄ですわ♡」


 
 こちらも《妹》を声量大きめに強調して、エガリテが美しいカーテシーを披露する。


「兄ともども、事前に連絡もなくお邪魔してしまい失礼いたしました。お近づきのしるしにこちら。大したものではございませんが……」


 言いつつ、エガリテが反対側の襖も開く。
 すると、先ほどまで何もなかった廊下に、クリスマスパーティーでもしそうなほどのプレゼントの山。山。山。
 その光景に祖母だけでなく、伊久磨も目を見開いていると、エガリテが「私共の両親も、伊久磨様にはお世話になっておりましたので、手土産にと持たせられまして~~~おほほほ♡」と、優雅に扇子を仰いでいる。

 まさか、家族ぐるみの犯行だとは。


「こ、こんなに……いいんかね!? 伊久磨! お前、いつこんな高貴な……、王族みたいな方々と!」


 ばあちゃん、ごめん。
 この人たちは「みたいな」じゃなくて、本物の王族なんです……なんて言えない。

 理由はまだジェニに口を塞がれているからである。さらに言うなら、伊久磨が抵抗しないのをいいことに、鼻歌でも歌いだしそうなくらい上機嫌なジェニが、口を塞ぐ指で、むにむに伊久磨の唇をいじっているからだ。これはもうセクハラだろう。

 どうしよう、この状況――と思っていたら、廊下の奥からドタドタと伊久磨と同じような歩き方で、こちらに来る足音。


「いや~! 数年ぶりにいいもんがでたぞ伊久磨!! ガンも全部出たんじゃないか!? がははっ快便快便――なんだ、どうしたこの山……おお!? 外人か!?」

「お世話になります、愛宕源五郎あたご げんごろう様」


 
 祖父の登場に、すかさずジェニが「私は伊久磨さんと親しくさせていただいている~」と再び、懇切丁寧に説明しだし、自己紹介。

 そして、流れるように「お近づきのしるしに、わが国名産の名酒をお持ちしました。ワインは嗜まれますか?」というと、すかさずエガリテが食事会の時に美味しいと思っていたワインを取り出し、恭しくうやうや祖父に渡す。

 あ、嬉しい。あのワイン、本当に美味しかったんだよね――とか思っている場合ではない。ジェニとエガリテの見事な阿吽の呼吸に感心している場合でもない。



「お、おう、なんだ。伊久磨の友達か……なんだか悪ぃな、こんなに頂いちまってよ」
「いえ、伊久磨さんの育ての親御様ですから。これは当然の事です」



 人見知りのある祖父にすかさず賄賂わいろを贈り、懐に入ることに成功したジェニの顔を横目でみると、「計画通り」といわんばかりに口角を吊り上げていた。


 誰だ。
 さっきから、横にいるこの金髪は誰なんだ。
 育ちのいい貴族らしく、丁寧な言葉遣いと、完璧な社交術で、外人を怖がる祖父母があっというまに「いいやつだなぁ」みたいな目線でジェニをみている。


 もう、王子というより完全に詐欺師だ。
 トランプ王国の時にみた、唯我独尊俺様男はどこにいってしまったのか。


 共犯者であるエガリテもずっと幸せそうに微笑んでは、夢見心地で「こちらが伊久磨様がお育ちになられたご邸宅なのですね~!」と聖地巡礼にきた女子高生のような顔で、見回している。




 これは、夢?
 まだ目覚めていなかったのだろうか?


「じぇにさんにえがりてさんや、何ならうちでご飯食べて……」
「―――――ちょちょちょっとちょっとまって!!」



 ちょっと!! 待って!!
 ついに、伊久磨は拘束するジェニの手を振りほどき、逆につかみ上げる。そのまま部屋の隅にジェニを引っ張ると超小声で「どういうことなんだ!」と問い詰める。
 


「なんで君たちがこの世界にいるんだ!?」
「説明は後だ。今はジジババに媚びを売りさばくので忙しい」
「売らないでくれよ!! 誤解されるだろ!!」
「誤解も何も俺とお前はすでに一線(世界線)を超えた仲だろうが」


「だからそれが誤解を招くんだってば!!」



 そんな《わかる人にはわかる》と言わんばかりの変化球で匂わせなんてしないでくれ!
 そう抗議したいのを懸命に堪えて、今一番聞かなければならないことを言うべく、息を吸った。




「君がこっちにきちゃったら、トランプ王国はどうなるんだ!?」


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