【完結・R18】婚活中に異世界転移したら俺様毒舌王子に粘着溺愛された話

星式香璃143

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【第一章】ハートの女王は靡かない

12.

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「お前……もう《視えている》のか……?」


 
 伊久磨の瞳孔は、まごうことなき《覚醒した女王の証》である、ハート型を成していた。
 

「凄い、ですわ……これが」


 ――女王の献身。

 愛情深い女王であればあるほど、国の隅々まで見通し、すべての人々にその無償の愛を与える。それがハートのクイーンの能力の一つ、《献身ディボーション》。


ジェニは息をのみ、エガリテはあまりの事態に両手で唇を覆った。

 
 おそらく、伊久磨にはこの国全体で今起こっている情景が、映像として視えているのだろう。人々が苦しみもがく姿が脳裏に流れているのか、ジェニを掴む指先がビクリと跳ねる。 

 
「――お願いだ! 僕はいいから!! 早く!! 彼らを!」

「おい! 落ち着け!」

「頼むから! 彼らのところに……!!」



 ―――《行ってくれ!!!》


 頑なに伊久磨から離れようとしないジェニに、半ばヤケクソでそう叫んだ瞬間、体がふわりと宙に浮くような浮遊感が広がった。


 あれ、と思って目を開けると。




「……お前、な………」



 目の前には、王子とは思えないほど、凶悪な顔面で口角をヒクつかせるジェニ。
 これは、とんでもなく怒っている。

 その彼の軍服のマントと、ローブのように自分を覆っていたベッドシーツが、ぶわりと下からの突風にあおられ、月夜に消えていく――その時に初めて、自分たちが、トランプ城の上空にいることに気づいた。




「え、ええええええ!!?」



 瞬間移動した?!
 肌寒い風に慌ててジェニにしがみつくも、体は上空を漂ったまま。

 まるでジェットコースターに乗っているときの、あの浮遊感だ。
 重力は下向きにあるのに、内臓が浮くようなあの独特な感覚に耐え切れず、ぐっと腹筋に力を入れて、ついでにジェニにしがみつく指先にも力を入れて耐える。


 ジェニはというと、宙に浮いているという超常現象中であるにも関わらず、しっかりとした体幹で伊久磨の腰を抱き、支えながら「そんなに飛んで火にいる夏の虫になりたかったのか」「その積極性をなぜ俺につかわん」とかなんとか、意味不明な次元でキレている――ところで、『飛んで火にいる夏の虫』って異世界でも通用することわざなのだろか。



 なんて、現実逃避している場合ではない。



 足元を見ると、緑色や灰色に変色したゾンビの様な人間に、泣き叫び助けを求める人々。
 数千人の人々が救いを求めて、伊久磨らがいたトランプ城内になだれ込み、まるで地獄の処刑場のような光景が広がっていた。



「――見ろ! ジェニ様だ」
「ジェニ様!」
「おお神よ!! お助けくださいませ!!」


 足元にいる人々が、次々に空を見上げ、指さし、叫ぶ。
 救いを求めて叫ぶのは、子供を抱きかかえる母親、年老いた老人――おそらく、若い男はみな愚者へと立ち向かっていったのだろう。
 そして、その勇気ある若者たちから《愚者》へと感染していく。


「――チッ、従者共騎士団は全員突破されたのか」


 俺の恩恵を受けながら不甲斐ない、と忌々し気に舌打ちするジェニ。



 そういえば、キング、クイーンの次にあたる《従者》。

 彼らは、《キング》であるジェニに、実力を認められた戦士たちのみに与えられる、この国でも最も名誉ある称号であると言われているらしい。

 ジェニに《従者》の称号を与えられると、ほんのわずかだがジェニと同じような能力――いわゆる、《魔力》のようなものを与えられ、魔法のような力を使用できると言われているらしい。

 故に、彼らは世界最強の騎士団とされているらしいのだが――何人構成なのかまでは聞いていないが、城内に愚者が襲撃してきた時点で、彼らは敗北したのだろう。




「それだけお前の影響で、愚者が強化されているというわけか」

「ぼ、僕?!」

「あぁ、この世界にはお前クイーンの信者がわんさかいるからな」


 ジェニに促されて下を見る。
 まだ無事である国民はジェニに救いを求めて、ジェニの名前を連呼しているが、愚者の何人かうめき声をあげながら伊久磨の方に両手を掲げている。

 まるで、女王陛下万歳と歓喜しているかのように。



「お助けください! 娘が! 娘がぁ!!」



 その軍勢の中で、一人の泣き叫ぶ女性に目を止めた。
 どうしてよいかわからず、神に救いを乞うように合わせた両手を天に掲げて、「私の宝むすめを助けてくださいぃ……!!」と震える声で叫び続けていた。
 

 瞬間。伊久磨の瞼の裏に、年若い彼女の娘が、数人の若い男の愚者ジョーカーに取り押さえられている映像が視えた。
 手足を愚者に拘束された部分から変色しはじめている娘は、男たちから衣服をはぎ取られそうになっていた。白い腕に噛みつかれ、「お父さん!! お母さぁん!!」と泣き叫びながら、抵抗している。

 娘を取り囲む男らも、その周辺も、全員愚者。
 もう助からない。そんな絶望的な状況で娘は神ではなく、両親の名を叫んでいた。



 それを視た瞬間―――ぷつんと、何かの糸が切れたきがした。



「――《静粛に》」 


 伊久磨の厳かな声に、《すべての愚者》が動きを止め、伊久磨のいる空を見上げる。
 太陽のように光り輝く月夜を背景に、伊久磨の身体から桜色と黄金の霧が立ち込め、頭上に光の輪を描いていく。


「おい……!!」


 冗談はよせ、今その力を使うな!
 ジェニの声が聞こえるが、頭に入らない。


 さっきからズキズキとした頭痛が止まらない。完全に頭に血が上ったように熱いのに、どこか冷めた目線で彼らジョーカーを見下ろす。


 自身からあふれ出す光は、やがて幾重にも重なる《光の輪》となり。伊久磨の頭上に、刺々しいティアラが完成される。

 体が軽い。今までの気だるさが嘘のようだ―――その波動に身を任せていると、ジェニが「やめろ! 行くな!」と叫び、自身から離れようとする伊久磨の身体を羽交い絞めするように抱きしめ――その腕の中から、伊久磨が消えた。

 伊久磨の身体は、まるで霧のようにジェニの腕の中から、宙へと飛び出したのだ。


 伊久磨の身体は宙を舞い、月の前でダンスをするかのように、華麗に一回転する。
 その様子は幻想的で、美しく――この世のものとは思えない光景に、人間、愚者、有象無象の区別なく、すべての人々が呼吸すら止めて、伊久磨に集中していた。



 「伊久磨!!」


 全ての国民が制止する中で、ジェニだけが叫んでいた。
 自分の腕から逃れた伊久磨へ、手を伸ばすように。
 

 しかし、伊久磨は人々を見渡すようにして右腕を前へ出した。



「《女王の名において命ずる》」




 ――《すべての愚者を解放する》。


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