幾千の恋が煌めくこの世界で

詩季乃よる

文字の大きさ
上 下
5 / 18

4月の聖者たち

しおりを挟む


本年度から4月1日(エイプリルフール)は
嘘がつけなくなります
本音で話したくない人がいる方は
くれぐれもご注意ください

政府からそう発表があると
人々は「そんなまさか」
とまるで信じていなかった

エイプリルフールに人々や企業が嘘をつくことで
毎年数千億の損害を被る中
各国の首脳たちは協力して独自の研究を進め
衛星から電波を流すことで
脳内の感情をそのまま言葉にさせる技術を確立させた

政府から再三の通告があったにも関わらず
殆どの国民がそれを信じていなかったので
ある国の首相は4月1日になった瞬間
緊急の会見を開いた

「国民の皆様、発表は事実です
くれぐれもご注意ください」
そう首相が話す中
1人の記者が質問をした
「ということは
首相はいま嘘をつけないってことでしょうか?」
「はい、そうなりますね」
「では」
記者は悪い笑みをこぼして質問した

「国民の事はどう思ってますか?」
首相は笑顔で答える
「はい、バカな愚民どもには感謝しておりますよ
増税で反発してもすぐに忘れて何も言わず働き出しますし
そもそも制度の本質を理解してないのでたいした反論もできない
その血税で毎日会食できますし
搾取される側の人間は本当に都合が良い働きアリのようだ
心から感謝しています」

首相は言い終えたあと血相をかえ
脂汗を滲ませながら逃げるようにはけていった
記者たちは
「それが本音なんですか!」
「あんたは人の上に立つ人間じゃない!」
と罵声を浴び続けた

そのニュースをみて国民たちは
本当に嘘がつけないのだと知る
学校では喧嘩が絶えず
カップルたちは口論を始め
会社では上下関係問わず諍いが起き
契約も取引も次々の破談になっていった

たった1日で社会的損失は数兆円にもなった
ある国の衛星からの電波送信を
担当する部署でも争いが起き
1人の担当員が怒って衛生の緊急停止を押した

だが手順のミスで衛星はコントロールを失い
電波を止めることができなくなって
4月1日以降も人々は嘘をつけない世界がやってきた

人々は協調性を失い
ただ黙々と自らの目的を達成する生き物になってしまった
嘘も方便
本音だけが人と人とを繋げるものじゃない
そう気づいた頃には手遅れで
人々は家族や恋人を失って孤独になっていった

やがて人類は『言葉』を捨てる事で
再び手を取り合う事ができた
目の前にいてもスマホでやり取りし
ただ表情のみを相手に伝えるようになった

数年が経った頃
衛生同士が衝突して唐突に電波は途絶えた
人々は沈黙の時代が終わったと歓喜し
ある国の首相は再び会見を開いた

「国民の皆さん、電波は止まりました
沈黙の時代は終わりです
私は今後も身を粉にして皆様のために働きます
どうかご支持頂けますと幸いです」
と深く頭を下げた

人々は首相が嘘つきなのを知っている
だが人間には時に嘘をつく事も必要だ
誰だって本音だけでは生きられない
本音と建前と方便を織り交ぜて
うまく社会を生きていくのだ

嘘を許さないと、孤独になってしまう
その中から本音を掬わないと
人を人たらしめるものを失ってしまう
そう自覚した人々は
首相も恋人も家族も許し
こう考えるようになった

嘘で人を幸せにできるなら
それでいいじゃないか
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

人生の行き先

Hanakappa!
青春
どこにでもある普通高校にいる1人の少女がいた。しかし、全く人と話すことができない。周りからいじめにあっており、いろいろと彼女自身で考え込んでしまい、なかなか人に言うことができないことで、自分の殻に閉じこもってしまう日々を送っていた。 何もない日々を過ごしている少女にさまざまな出来事が襲いかかる。そこに見える少女の過去とは一体なんだろうか? そしてそのことで新しい自分を見つけ出そうとする。

足を踏み出して

示彩 豊
青春
高校生活の終わりが見え始めた頃、円佳は進路を決められずにいた。友人の朱理は「卒業したい」と口にしながらも、自分を「人を傷つけるナイフ」と例え、操られることを望むような危うさを見せる。 一方で、カオルは地元での就職を決め、るんと舞は東京の大学を目指している。それぞれが未来に向かって進む中、円佳だけが立ち止まり、自分の進む道を見出せずにいた。 そんな中、文化祭の準備が始まる。るんは演劇に挑戦しようとしており、カオルも何かしらの役割を考えている。しかし、円佳はまだ決められずにいた。秋の陽射しが差し込む教室で、彼女は焦りと迷いを抱えながら、友人たちの言葉を受け止める。 それぞれの選択が、少しずつ未来を形作っていく。

【完結】カワイイ子猫のつくり方

龍野ゆうき
青春
子猫を助けようとして樹から落下。それだけでも災難なのに、あれ?気が付いたら私…猫になってる!?そんな自分(猫)に手を差し伸べてくれたのは天敵のアイツだった。 無愛想毒舌眼鏡男と獣化主人公の間に生まれる恋?ちょっぴりファンタジーなラブコメ。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

嘘つきな僕らの物語

小谷杏子
青春
──二度読み必至の切ない青春恋愛小説── 高校二年の古野白夜は無気力な日々を過ごしていた。 ある夜、こっそり家を抜け出してみると、白杖を持った視覚障がいの少女と遭遇する。 少女は同い年で名前を青砥瑠唯という。瑠唯は白夜をかつての想い人だと勘違いし『カゲヤマ』と呼んでなついてしまう。 彼女の視力が完全に失われるその日まで、白夜は『カゲヤマ』として瑠唯と付き合うことに。 不思議な彼女の明るさに、無気力だった白夜も心を動かされていくが──瑠唯は嘘をついていた。 そして白夜も重大な秘密を抱えていて……。

南雲くんはナルシストではない

あるふれん
青春
「きみは美しいね」 北添さんのクラスメイト、南雲くんは少し変わり者。男女構わず先生にさえ、ある言葉を捧げるからだ。 だけどそんな彼にも、特別扱いをする人が居るようで──。 "特別"とは何か。そんな悩みを抱えた若者たちが過ごす、学園青春ストーリー。

処理中です...