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21 フェンネル、狼を思う

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 教会には夜明けの鐘を鳴らす習慣はない。規律正しく時間厳守で祈りの時間を設ける修道士と違い、村人の生活リズムに合わせているのだろう。村人もまた夜明けに起床するのが常だが規則に従う生活ではない。
 鐘は無くても目が冴える。これで三度、ヴァンと子狼の同じ寝姿を見やると、朝課の祈りを捧げて軽い体操をしに外へ出た。
 島の東側のため、天気の不順こそ無いが小川や草木から漂う朝靄が服にまとわりつく。メールはまだ来ていない。既読マークがあるわけでもなし、一方通行のメールの利便性の不備がもどかしい。

 野草を3匹分摘んで小屋に2匹分置き、教会へ感謝と別れを告げに行く途中で着信音が鳴った。なんだろう、この安心感。メールの返信はこんな感じだ。

・子狼の件は把握した。異界のパスをこじ開けた。早馬で異界を通って各修道院と行き来できるようにしてある
・シダンシ修道院の不具合の一つは世界樹の苗木の管理状態にある
・鉢の破損が著しい。全損に近いため材料を輸送してシダンシ修道院で聖製して設置すること
・子狼には異界で休息を与えた後、材料輸送の任務を命ずる。材料の選別はフェンネルに一任する
・子狼の指揮権を君に移した。疲労が著しい場合は異界へ還して良いが、地球との交信で狼の不遇も解決する筈なので輸送聖務が終わり次第、助修士としてシダンシ修道院で保護すること
・異界で陰狼かげろうを捕縛した。絶対服従を施して1時の修道院の懲罰牢に落としてある。こちらも指揮権を君に移譲する。洗罪してこき使ってくれ。罰として2,3日ぐらい食事や睡眠をさせずに運用すること。陰狼もおかしかったが大狼と会長の動向も不穏だ。君のミッションについて大狼と会長の介入は断固阻止しろ

 陰狼は異界に住む狼だ。ほとんど顔を合わせないが私や大狼や会長と同じで、500年間、獣としての魂を保持している式神である。聖務は他の狼を式神として運用することで大陸の魔術師の呪いまじないを防ぎ続けるルーチンワーク。
 御前から禁じられていた子狼への命令をしていた辺り、何か陰狼に不具合が起きていたのだろう。

 御前は狼を式神として登録した後、式の書かれた紙は陰狼に管理させていた。というのも人間の魂の洗罪をする度に狼自身の魂も洗罪し初期化しているからだ。
 そうして狼は何度も洗罪と式神化を施さないと老化し、狂化し、摩耗し、何も食べることができずに衰弱する。例外は大狼と会長と生まれて間もない狼だけで、それ以外の狼は人間型として消耗してきたら異界でリセットすることになっている。
 500年も同じ作業をし続けていたら壊れるということだろうか?時間の流れを気にせず機械のように作業していたように見えたが御前による保守点検の範囲外だったらしい。

 そして最後にこう記してあった。

“猫の手はおろか神の手を入れることもままならない。世界樹以外にも問題が累積しているように感じる。君だけが頼りだ”

 世界樹の鉢……か。一朝一夕に聖製できるものじゃない。最悪、狼をドワーフのエサにすることまで考えないといけないな。狼2匹を私の手下にするというのは面倒な話だ。
 教会で簡単な執り成しの祈りをして別れを告げて小屋に戻るとヴァンが子狼をあやしていた。野草は1人分しか食べられていない。

「子狼が草を食べないんだけどー?」
「狼は肉食ですからね」
「そりゃまぁ……そうなんだけどなんとかしていないの?」

 子狼はむちころの四肢をぴょこぴょこと動かしている。水は飲んでいるのでやはり……

「狼にも強化骨格が埋め込まれているので内蔵も雑食できるように設えてあるのですが、命令でもない限り忌避感があるそうです」
「本能的な問題……か」
「はい、それにもっと困った事情もありまして」
「事情?」
「狼は忌み嫌われていますから。特に大陸の魔術師の呪いまじないで。子狼の今後についての話も含めて移動しながら話しましょう」
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