異世界修道院物語 –シスター狐っ娘、たおやかにKる-

狐囃子

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20 フェンネル、聖務をこなす

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 メールを待つ間に早馬の運転を試みたが変速、前後、バケットなどと書かれているレバーがたくさんありわからないボタンもある。今更ながら動かしていた子狼がすごいと思う。
 このような珍妙なものを科学ではなく魔術で動くアーティファクトとして下賜された理由はこの国の未発達さと気候の問題があるからだ。
 王の道は黄色いレンガの上に魔術が舗装してあり頑丈だが、それはこの国のほんの一部である。国の西半分は雪が降ることの多い地域だ。比較的寒暖差の無い東半分も道とはいうが土色か砂色か水色で塗られた線である。
 素人操作だがスピードを出さずに王の道を往くだけなら何とかなりそうになったところで小屋に戻ってみるとヴァンは子狼の横で眠っていた。

 そっと子狼を挟んで向かい側で横になるとヴァンは眼をパチリとあけた。静かに微笑むと何も言わずにまた寝入ってしまった。私は確かにヴァンへ興味があるが、人間の身体をしている限り感情移入をすることはないだろう。彼の可愛さは世俗の人間が評価するものであって狐の守備範囲には入っていないらしい。そういえば彼は太老猫の使いだから猫なのだろうけれどどのような猫なのだろうか。
 三毛猫、サバトラ、キジトラ、ペルシャ、アビシニアン……この世界には様々な種類の猫が多数棲息しているが、彼らもまた厄介な存在として世界に記憶されている。狼の事情よりも身近で深刻な事情として。
 ヴァンから感じる印象の中に猫独特の距離感は無い気がする。猫は。猫が。猫の。
 まどろみには勝てず昼寝に付き合ってしまったのはヴァンのせいだ。そういうことにした。修道士失格である。

*****

 一刻ほど眠っていたが時課の祈りの習性で鐘の音が聞こえるとすぐに祈りを捧げた。ヴァンたちは眠ったままだが手持ち無沙汰なままはよろしくない。教会の墓地――カタコンベへ赴き死体の洗罪をすることにした。
 私は何度も人間の死体へ憑き500年を過ごしてきたが、これは死者への冒涜や生き続けるための手段として冷酷な所業をしていた訳ではない。この世界に限らず死者は肉と魂に原罪とも呼ばれる澱が付く。そしてその澱がついたまま土に還ると神が行使する星の維持のための回生エネルギーにも澱が溜まり、ヴァンが命じられた障壁の破損や、気候調整の混乱、トロールよりも恐ろしい魔の招来など世界の危機が起きる。
 私は死体に憑いてそうした澱を洗罪することも重要な聖務として御前から任せられている。もちろん教会できちんと死者の弔いができていれば私が出張る必要はないのだが、人間のやることに穴があるのもまたどこの世界でも同じことなのだ。
 澱を洗罪するのに時間はかからない。だが「人間至る所に青山あり」という誤読の通りに死体は場所を選べない。私はこうしてカタコンベや墓地や野ざらしの死体を見つけては供養と洗罪をしている。
 一方、狼は魂の洗罪を異界で行っている。魂に纏わる狼というと地球にも有名な神が存在して崇められているが、こちらの狼は即物的かつシステマイズされた工場制手工業のような仕組みで洗罪を施している。
 それもこれもこの世界の魂が異界に吸い込まれる仕様をチェザーレ様が企画していたからだ。そこに人間独特の宗教的解釈や魂に関する道徳観は存在しない。それに則って御前もクラウド処理システムを組み上げたらしい。処理というと冒涜的だが対象が苦しまずに最速で魂の救済を行うための処置である。処置する前が悲惨だったことと、現在もなお保守点検が悲劇的な点については御前の眼の下の黒ずみが物語っている。

 できる範囲でできる限りのことを終えたのは人間たちが床に着いたであろう頃。
 小屋へ戻ったが、小屋を出る前と同じ姿の二人がそこに居た。子狼の汚れは取れているのでヴァンが清潔にしてくれたのだろう。終課の祈りを終えて昼と同じように子狼の傍で寝るとやはり同じようにヴァンが眼を開けた。

「お疲れ様」

 そう微笑むと眼を閉じた。
 私もまた軽い疲労を覚えて眠りにつく。

「おやすみなさい」
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